原作者の死という最悪の結末を迎えてしまった、ドラマ『セクシー田中さん』の脚本を巡る問題。これまでも漫画原作のドラマ化についてはさまざまなトラブルが報じられてきましたが、根本原因はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』で著者の伊東さんが、これまで繰り返されてきた「原作破壊」の数々を紹介しつつ、問題の背景を考察しています。
日常的な「原作改悪」が招いた最悪
昨年10月期に日本テレビでドラマ化された『セクシー田中さん』などの作品で知られる漫画家、芦原妃名子(ひなこ)さん(本名:松本律子さん)(50)が1月28日に行方不明になり、翌29日には栃木県内で亡くなっているのが発見される。
芦原さんは2005年に『砂時計』で小学館漫画賞を受賞した実力派で、『セクシー田中さん』は地味ながらも魅力的なダンスが得意な女性をユーモラスに描いた作品。この作品は昨年10月より、日本テレビで放映。
しかし、芦原さんは1月に入り、ドラマの9話と10話の脚本を自分で書くしかなかったと、X(旧Twitter)で明かし、日本テレビとの間で問題があったことを示唆する。
芦原さんの訃報が伝えられた後、29日付で日本テレビは芦原さんへの感謝を表す追悼コメントを出し、ドラマ制作の過程について説明、「芦原さんのご意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね、最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております」とした。
だが、このコメントには「冷たい」との批判が多く寄せられる。
問題の背後には、ドラマを通じて配信視聴者を狙うコンテンツビジネスの拡大がある。ただ、これは“電波屋”としてのテレビ局の伝統的なビジネスモデルが変化していることを指し示した。
数十年にわたり繰り返されてきた原作破壊
マンガを原作にした映画やドラマは数多く存在するが、ただし、原作が漫画の場合、作品完成の前後にトラブルが発生し、原作者が激怒するケースも少なくない。
過去には、浦沢直樹の『YAWARA!』が1989年に実写映画化される際にもトラブルが生じた。浦沢は出来上がった脚本に異を唱え、3日間も徹夜して自ら全て書き直す。
プロデューサーは「これ、使わせていただきます!」と脚本を持っていったというが、浦沢が実際に試写会で完成した作品を観たところ、自分で書いた脚本は1行も使われていなかった(*1)。
草なぎ剛が主演した『いいひと。』(1997年)のドラマ化は、原作の連載終了の直接的な原因となる。ドラマ化の条件のなかに「ゆーじと妙子だけは変えないこと」という一文があったにもかかわらず、ゆーじの設定が変えられてしまったことが原因。
当初、「原作」だったクレジットは途中から「原案」に変更された(*2)。
『のだめカンタービレ』(2006年)の場合、上野樹里と玉木宏が主演するフジテレビ版が有名であるが、実はそもそもTBSで放送される予定だった。
しかし、主人公を岡田准一演じる千秋に改変し、脚本も原作とはかけ離れた内容だったという(*3)。
問われる脚本の在り方とテレビの存在価値
問題の背景には、配信視聴者層狙いのドラマ枠拡大も。現在、在京キー局では深夜も含め、34本ものドラマが放送されている。ある民放関係者は、スポーツニッポンの取材に対し、
ここ2、3年、リアルタイム視聴でなく、配信でドラマを楽しむ視聴者が増えた。バラエティーとは比べられないほどの配信回数となっている。それだけ広告収入が見込めるため、各局とも配信狙いでドラマを増やそうという流れとなっている。
(「『セクシー田中さん』原作者急死に各局衝撃 トラブルの背景に配信視聴者層狙いのドラマ枠拡大」スポニチアネックス 2024年1月30日 *4)
つまり、日本のテレビ局は、リアルタイム視聴よりも、よりコンテンツを重視するようになってきたのが、そのコンテンツ制作がなおざりになってきた。とくに作品の“核”である脚本が日本の場合、軽視されている。
「テレビ局再編」へまったなし
ハリウッドと比較すると、日本のコンテンツ制作の弱点が見えてくる。
米国人は、日本人がマンガを書くような感覚で脚本を書いているという。そのため、脚本家志望の人間が実に多く、層も厚い。実際、ロサンゼルスのレストランでバイトしている若者のほとんどは、役者か脚本家志望と言われているほどだ。
そうした志望者たちが書く脚本の数は半端ではなく、大手映画スタジオや映像制作会社、タレントエージェンシーには毎週山のようなシナリオが投稿されてくる。
“山のように”と表現したが、これは決して誇張ではない。米国では脚本を読み切れないプロデューサーに代わってシナリオを読み、格付けするストーリー・アナリストという職業もあるのだ。シナリオの出来を評価するだけでなく、制作した場合の予算のめど、映像化の可能性もアドバイスするビジネスが米国では成立しているのである。
脚本大国の米国では、映画を始めとした作品を1人の脚本家だけで仕上げることはめったにない。何人もの脚本家が交互に、あるいは同時に作品に関わっている。
(増田弘道,Business Media 誠「日本とはまったく違う!? 米国映画のマンガ原作はわずか1%(後編)」ITmediaビジネス ONLINE 2012年8月29日 *5)
テレビ局がリアルタイム視聴主義による視聴率競争を手放し、コンテンツビジネスに力を入れるのは良い。一方で、日本の場合、脚本家に大きな負荷を与えているのも事実だ。
さらにいえば、テレビ局がコンテンツ制作に力を入れるとしても、その場合、有限ではない電波が無意味となる。
くしくも、巷では「テレビ局再編」の動きがある(*7)。今回の出来事はテレビ局の“電波屋”としてのはたらきの「終わりの始まり」を映し出す出来事であった。
■引用・参考文献
(*1)「X年後の関係者たち あのムーブメントの舞台裏」BS-TBS
(*2)[しんプレ!]on the web. 平成10年11月20日
(*3)『サイゾー』2005年11月号
(*4)「『セクシー田中さん』原作者急死に各局衝撃 トラブルの背景に配信視聴者層狙いのドラマ枠拡大」スポニチアネックス 2024年1月30日
(*5)増田弘道,Business Media 誠「日本とはまったく違う!? 米国映画のマンガ原作はわずか1%(後編)」ITmediaビジネス ONLINE 2012年8月29日
(*6)根岸豊明「テレビ局再編」新潮新書 2024年
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