アメリカと激しく世界の覇権を争うも、早くも衰退の兆しを見せ始めたとの声も多く聞かれる中国。そんなアジアの大国でも手の届かなかった覇権国家の座に一番近いと目されているのがインドですが、「中国の低迷」を予見していた国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは否定的に見ているといいます。なぜそのように判断するのでしょうか。北野さんは今回、自身の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』でその理由を詳しく解説しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:インドは超大国、世界的覇権国家になれるか?
インドは超大国、世界的覇権国家になれるか?
RPE2024年6月10日号は、「【検証】★インドに関する10年前の予測」でした。ここでは、2014年に集英社から出版された、『日本人の知らない「クレムリンメソッド」世界を動かす11の原理』の通りに世界が動いている件について書きました。
特にインドについては、本の一部を転載し、詳述しました。すると、複数の読者さんから、「インドは、超大国、世界の覇権国家になるのでしょうか?」と質問がきました。今日はこれについて。
インドが超大国、世界の覇権国家になるのに足りないもの
結論からいうと、私はインドが「超大国、世界の覇権国家になることはない」と考えています。
「リアリズムの神」ミアシャイマー教授は、大国の条件として、
- 人口
- 経済力
- 軍事力
の三つを挙げています。
インドはすでに、中国を超えて、人口世界一になっています。今後2~3年で、インドのGDPは、日本、ドイツを抜いて世界3位に浮上するでしょう。中国と違い、インドの人口は、今後も増え続けることが確実。それで、そう遠くない将来、インドがGDP世界一になる可能性は高いのです。GDP増加にともない、軍事費も比例して増えていきます。それで、将来インドが「軍事力世界一」になる可能性も否定できません。そう、インドは、「世界一の強国」になる可能性がとても高いのです。
それでも、「超大国、世界の覇権国家になることはない」のでしょうか?なぜ?
考えてみると、世界は「多極」が常態でした。第2次大戦前は、日本、アメリカ、イギリス、ソ連、ドイツなどが「極」だったでしょう。2次大戦の結果、日本、ドイツが没落した。そして、イギリスは戦勝国であるにも関わらず没落し、世界中の植民地を失いました。
残ったのはアメリカとソ連です。アメリカは、民主主義、資本主義陣営の覇権国家になりました。ソ連は、共産主義陣営の覇権国家になりました。1991年12月、ソ連が崩壊。世界は、「アメリカ一極時代」に突入したのです。
しかし、アメリカ一極体制は、2008年にはじまった「100年に1度の大不況」で崩壊。世界は、「米中二極時代」に移っていきました。
世界を二分したアメリカとソ連には、それぞれ「世界観」がありました。なんでしょうか?故渡部昇一先生的に解説すると。
フランス革命のスローガンは、自由、平等、友愛でした。友愛は、誰もが素晴らしいと思えるものです。しかし、自由と平等は、「同時に成り立たない」と考えられました。
たとえば、小学校のかけっこをイメージしてみてください。「自由に走ってください」といえば、当然足の速い子が勝ちます。それで、1位~4位と順位がつく。これは、「不平等だ」と考える人もいます。そこで、「手をつないでみんな一緒に走り、一緒にゴールしましょう」となりました。この場合、「平等」ですが、一番足の遅い子に合わせるため、足の速い子供たちの「自由」が制限されています。
こんな感じで、「自由と平等は両立しない」と考えられた。
そこで、「平等より自由を重視した」のがアメリカ合衆国。「自由より平等を重視した」のがソ連だったのです。
アメリカは、「自由の国」と呼ばれますが、「平等な国」とは呼ばれません。「自由の国」であるために、言論、信教、結社の自由などが保証されています。一方、結果はどうあれソ連が目指したのは、「万民平等の世界」でした。つまり、アメリカにもソ連にも、「一国を越える世界観、思想」が存在していたのです。
「万民平等」を掲げるソ連の思想は、1917年のロシア革命後、急速に広がっていきました。なぜでしょうか?日本や欧米、いや世界中で、労働環境がひどかったからです。言ってみれば、「全世界総ブラック企業の時代」です。日本や欧米の人々は、「俺たちをこきつかう資本家を打倒して、労働者の国を作りたい!」と思った。
一方当時、世界のほとんどは、欧米列強の植民地でした。そしてソ連は、欧米列強に対抗するために、「植民地解放」も掲げていました。それで、ソ連の影響力は、おどろくべきスピードで拡大していったのです。一方アメリカも、「自由」、それを実現するための民主主義、資本主義を世界に広げていきました。
アメリカにもソ連にも、世界に受け入れられる可能性がある世界観、思想がありました。だから、両国は、世界を二分できたのです。
1991年12月、ソ連崩壊で、共産主義はほぼ死にました。
今の世界を見渡すと、世界観、思想をもっているのは、アメリカと欧州だけです。彼らは、自由、民主主義、人権などを掲げています。
その他の国々は、どうでしょうか?
中国は、とっくに共産主義を捨て去り、今は「中国の夢」を掲げる「ナショナリズム国家」です。ロシアも、とっくに共産主義を捨て去り、今は「ロシア世界」(=ルースキーミール)を掲げる「ナショナリズム国家」です。
ロシアが、超大国、覇権国家に返り咲けないのは、わかるでしょう。しかし、中国も超大国、世界的覇権国家になれません。
もちろん、「国家ライフサイクルで低成長の成熟期に入ったこと」とか「人口急減時代に入ったこと」なども、大きな理由です。それ以上に、「中国には超大国、世界覇権国家になるための世界観、思想が存在しない」のです。
ちなみにアメリカも、あまり変わりません。アメリカ、特にトランプさんは、「アメリカ・ファースト」を掲げる「ナショナリスト」です。「アメリカ第一主義」というのは、他の国に受け入れられない主義、思想です。だからトランプさんは、知ってか知らずか、「自ら覇権を手放そうとしている」のです。
では、インドはどうでしょうか?インドのモディさんは、「ヒンズー教」を優遇する「インド・ナショナリスト」です。だから、インドは、人口、経済力、軍事力が世界一になっても、「超大国、世界覇権国家」になれないのです。
近未来の世界
では、21世紀の世界は、どうなっていくのでしょうか?20世紀の覇権国家アメリカは?
19世紀の覇権国家イギリスは20世紀、2度の世界大戦に勝利しました。しかし、20世紀には植民地も覇権も失いました。21世紀、覇権国家アメリカは、20世紀のイギリスがそうだったように衰退していくでしょう。長期的には、中東、欧州、アジアから徹底する方向でしょう。
中国は?この国は、私が2005年から予測していたように、まさに「2020年から」低成長の成熟期に入りました。そして、人口急減時代に突入しています。2050年には、今の半分の7億人台になることが予想され、力は衰えていきます。
インド。人口は安定的に増え、GDPも軍事費も世界一になる可能性が高いです。ですが、既述のように「超大国、世界覇権国家」にはなれません。
近い将来、アメリカやソ連のような、「超大国」「世界的覇権国家」は現れません。世界は、歴史のほとんどの時期がそうだったように、複数の大国が併存する「多極時代」になっていくのです。
日本は、多極世界の極の一つになれるのでしょうか?それは、私たちの今後の努力次第ということでしょう。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2024年6月19日号より一部抜粋)
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