ウクライナや中東での紛争をはじめ、混乱が続く国際社会。そんな中でのトランプ氏のアメリカ大統領就任は、「さらなる混迷を招く」との見方が大勢を占めているのが現実です。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、不確定要素ばかりと言っても過言ではない今後の世界の行く末を予測。さらに日本が見つけるべき立ち位置についても考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:秩序なくさまよう国際情勢‐強国がすべてを牛耳る世界の継続か?それとも分極化する無秩序な世界の固定化か?
強国がすべてを牛耳る世界の継続か?それとも分極化する無秩序な世界の固定化か?混迷する国際情勢と日本の立ち位置
ロシアとウクライナの戦争の行方について。
こちらは、イスラエルとハマスの案件ほど目立った進展はありません。ロシア・ウクライナ国境での戦いは一進一退を繰り返しており、目を引く内容と言えば、かなりの数の北朝鮮兵がこの戦闘で死亡し、今後、金正恩氏からプーチン大統領への請求書の額がかなり高騰しそうだという点ぐらいでしょう。
ロシアはここにきて一気に攻勢を強めつつ、最前線の攻略に加え、ウクライナ領内のインフラの破壊に勤しんでおり、真冬のウクライナに絶望を再びもたらそうとしています。
それ以外は、トランプ大統領がどのような手を打ってくるかを見極めるために、目立った行動は慎みつつ、着実に支配地域を広げ、ロシア領内(クルスクなど)からウクライナを追い出そうとしているようです。
トランプ大統領による停戦協議の中身に期待感を示す余裕を示し、プーチン大統領は「ロシアは常に(ロシアの条件を呑むのであれば)停戦協議の交渉のテーブルに着く用意があると繰り返してきたし、今後もそれには変わりない」と言って、トランプ大統領との直接的なディール・メイキングを行おうとしているように見えます。
ただ交渉のテーブルにはつくが、ロシアの停戦のための条件は妥協するつもりはないらしく、今後の協議がさほど容易なものでないことを仄めかしています。
プーチン大統領は、バイデン政権にも水面下で働きかけ、“ロシアとアメリカによる解決”を持ち掛けてきましたが、同じことをトランプ大統領にも行っているようで、今後、トランプ大統領側がどのような反応を示すのか注目です。
もし“解決”を優先し、そのためにはゼレンスキー大統領の面子を潰すことを厭わないなら、直接プーチン大統領と協議して、ロシアの獲得地をロシア領に編入し、ウクライナ東部を切り取ったうえで、そこを緩衝地帯にして、欧州各国に停戦監視団としての役割を担わせて、そこで戦闘の凍結を行って停戦とする、というような内容が予想できます。
緩衝地帯の設置自体は、揉めることになりますが、もしロシア側が妥協する場合、欧州各国に加えて、比較的ロシア寄りでもあるトルコや、スタン系の国々、もしかしたら中国の部隊も停戦監視団に迎えて、かつてのベルリンの分断のようにするか、朝鮮半島の38度線の休戦ラインを挟んだ睨み合いのようにするかといったアレンジメントがなされるかもしれません。
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ゼレンスキーの要求には応える気のないトランプ
そんなことになると、実質的にウクライナは終わりでしょうし、ゼレンスキー大統領の立場も一気に危なくなることになります。
ゼレンスキー大統領はそのような危機を十分に察知し、トランプ氏が再選されてから必死に直接にアピールしていますが、トランプ大統領に要求を突き付けるような姿勢を取っていることで、トランプ氏はゼレンスキー大統領を相手にしていないようで、ゼレンスキー大統領からの要求には応えようとする気持ちがありません。
欧州の調停官の分析によると、トランプ氏はゼレンスキー大統領を「自らの対プーチン大統領のディール・メイキングの駒」としてしか見ておらず、プーチン大統領に停戦を呑ませるための“咬ませ犬”程度にしか扱っていないとのことです。
プーチン大統領には「私が提案する停戦案に合意して停戦を実現することを要求する。もし拒んだ場合には、アメリカ政府は前政権とは比較にならないレベルの軍事支援をウクライナに与え、ロシアの企てを阻む」と圧力をかけ、ゼレンスキー大統領に対しては「私が提示する停戦条件を呑めないなら、アメリカからの軍事支援は即時停止し、あとは当事者間での解決を促すことになる」と脅して、両者を協議のテーブルに就け、停戦を実現しようとしています。
これは、プーチン大統領にとっては恐らくさほど難しくないことなのだと思いますが、ゼレンスキー大統領にとっては命取りのディールになり、恐らく大統領の座から追われることになるでしょう。
プーチン大統領としては、自身が生存しているという大前提がありますが、トランプ政権中は大人しく停戦条件を遵守しているかと思いますが、水面下で軍の立て直しと軍備の調達などを急ピッチで行い、トランプ退任後の来るべき時期により大規模かつ本格的な攻撃をウクライナとその周辺国に加えるための準備を着々と進めることになるでしょう。
もしそれを知りつつ、アメリカが見逃すようなことがあれば、今回のオペレーションにおいて反ロシアに回った各国や、新しくNATOに加盟し、反ロシアの姿勢を鮮明にしたフィンランドやスウェーデン、そしてプーチン大統領の頭の中で“ロシアに対する裏切り国家”というイメージが消えることがないバルト三国に、そう遠くないうちにロシアが牙をむく可能性が出てくるかもしれません。
ウクライナが実質的に消滅し、ロシアに牙をむいた各国も大打撃を受けるような事態が生まれた場合、トランプ氏が去った後のアメリカや、直接的にロシアの脅威と対峙することになる欧州、そしてスタン系の国々などは果たしてどのような対応を取るでしょうか?そして、ロシアと仲良くしてきた中国はどのように動くでしょうか?
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国家安全保障上のリスクヘッジを怠ることのない中国
ちょっと脱線しますが、今回の“大国が決める国際秩序”という観点から無視できないのが中国の動向です。
中国の経済はスランプに陥り、一部の専門家からは“中国の体制は持続可能ではなく、そう遠くないうちに崩壊するだろう”という過激な予想も存在しますが、そのカギを握るのは「中国のサプライチェーンを維持できるかどうか」という点で、それを左右しうるのが、アメリカの力だと言われています。
トランプ氏の対中関心は、関税措置というカードを用いたディール・メイキングで、経済的なものに限られると読んでいますが、もし関税のみならず、アメリカが軍事力を駆使して、中国の国際的な物流網を断つような行動に出るようなことになれば、自国でなんでもまかなえてしまうアメリカとは違い、中国の力の根源は著しく断たれることに繋がります。
中国共産党の上層部が恐れ、軍部が宥めているのが、もし中国人民解放軍が台湾に対して軍事侵攻を行って、力による統一を図る場合に予想される国際的な制裁網です。
ロシアがウクライナに侵攻し、欧米諸国とその仲間たちが対ロ制裁網を敷いてから、中国政府では「台湾侵攻の場合に課される経済制裁の影響とシナリオ」についての研究・分析が進められ、様々なシナリオに備えた策が練られていると聞きます。
その中でも多くのシナリオでは「欧州各国およびアジア太平洋地域の対中依存度の高さに鑑みると、自らの犠牲を回避して、中国への制裁に加わる能力はないので、さほど心配がない」という分析がなされていますが、その際の大きな条件が“日本が対中制裁網に加わっていないこと”と“日本が中国に対して何らかの軍事的な対応をしないこと”というものだそうです。
トランプ政権誕生前夜ともいえるこの時期に、中国政府はアメリカにケンカを売るわけでもないですが、秋波をおくるわけでもない、どっちつかずで曖昧な態度を取り続けています。
China Firstと言ってしまえばそれまでかもしれませんが、内憂は増加しているものの、対外的な影響力の拡大には相変わらず勤しんでおり、アフリカ大陸や中東地域において、ロシアが喪失した権益と拠点を、迅速に中国がカバーし、吸収して、着実に勢力拡大しています。これは自国の影響力と市場拡大にもつながりますが、同時にロシアに恩を売っておく、ロシアに対する交渉カードを増やしておくという戦略にも映ります。
どちらにせよ、中国にとっては自国の影響力と各国・他大陸による中国に対する依存度を高め続けることで、自国の国家安全保障上の(そして中国の存続上の)リスクヘッジをしているものと考えます。
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米国に再び秩序の守り手として立ち振る舞う覚悟はあるか
「秩序なくさまよう国際情勢‐強国がすべてを牛耳る世界の継続か?それとも分極化する無秩序な世界の固定化か?」
今回のタイトルにもなったこの問い。私自身の答えは「どっちも」です。
アメリカが強国として君臨し続けることと思いますが、そのカギを握るのは、再び国際社会の秩序の守り手としてアメリカが立ち振る舞う覚悟があるかどうかです。
国際的な物流を守るための圧倒的な海軍力を発揮する覚悟。紛争に介入してできるだけ迅速に収め、停戦を保証するための立ち位置に戻る覚悟。
これらが復活するようなことになれば、アメリカが真のスーパーパワーとして、功罪両方あるでしょうが、国際社会に秩序をもたらす存在になり、世界は安定し、再び協調の輪に戻るすることになるでしょうが、これから始まるトランプ大統領とその政権は、再度方向転換をする覚悟があるでしょうか?
もし、その代わりに、クリントン政権以降続く、国際案件から距離を置き、地域のことは地域に任せるという姿勢を貫き、世界の7つの海にプレゼンスを持つ唯一の強国の立場から撤退するようなことがあれば、それは他の強国であるロシアや中国、そして中国と競うインド、アフリカの雄である南アフリカ、そしてラテンアメリカ諸国を纏めようとするだろうブラジル、そしてアメリカを上手に使いつつ、中南米を抑えようとするメキシコなどが割拠して、それぞれに仲間づくりをして勢力圏を築くことになると思われます。
欧米型の旧来の統治方法(民主主義陣営)による価値観の押し付けにうんざりする国は、中ロが築く国家資本主義体制と与するか、すでに表れているようなグローバルサウスのように、緩い結合体で、自立主義的な繋がりを持つブロックに寄せられ、第3極を作って、国際社会における分断の確定に寄与することになるでしょう。
トルコはすべての陣営に足を突っ込み、ブロック間の調整役と言った特殊な立ち位置を築こうとするでしょうが、どこからもフルには信用されない立場を貫くことになり、今後も難しい存在になると思われます。
そのような世界で日本はどこに立ち位置を見つけるのでしょうか?
今後も“唯一の同盟国”アメリカについていくのでしょうか?それとも、トルコ的な立ち位置を、できるだけ周りを刺激せずにのほほんと実現していくことを選ぶのでしょうか?それとも、まだ想像さえできないようなユニークな立ち位置を確立し、世界新秩序を構築する一翼を担うことになるのでしょうか?
来週から始まるアメリカのトランプ政権の4年間のうちに、新しい国際社会の姿が浮かび上がってくるものと考えています。
不確定要素が多すぎて大変ですが、2025年の国際的な荒波をしっかりと越えていけますように。
以上、国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年1月17日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録ください)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
image by: Presidential Press and Information Office, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons