通信環境の進化や各種SNSの普及により、誰しもが手軽に情報の入手及び発信が可能となった現代社会。しかし人類はこの「利便性」と引き換えに、大きな物を失いつつあることもまた事実のようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、フランスの思想家ジャック・アタリの「注意力」をめぐる議論や大宅壮一の「一億総白痴化」論を引きつつ、現代社会に広がる「注意力操作」の実態を解説。さらにAIとSNSが結びつくことで生じる「認知疲労」の危険性と、その大きな影響について考察しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:スマホ・SNS・AIは「人間の注意力」を収奪し操作し劣化させる!/それを止める方策はあるのかというジャック・アタリの問いかけ
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
スマホ・SNS・AIは「人間の注意力」を収奪し操作し劣化させる!/それを止める方策はあるのかというジャック・アタリの問いかけ
先進7カ国のデジタル・技術担当大臣会合が5月29日パリで開かれ、インターネット上のデジタル・サービスを未成年者にとってより安心・安全で、知的な健康に資するものにするための「7つの共通原則」を盛り込んだ宣言を発した。
- 実効性のある年齢確認は、未成年者がより安心・安全なネット環境で年齢に相応しい体験を出来るようにする上での鍵である。
- アクセス制限の設計や、ペアレンタル・コントロール(親が不適切なコンテンツにアクセスできないよう管理する)ツールなどの初期設定によって、オンライン上の害悪から未成年を守る。
- 児童に対する性的虐待の素材の作成・配布や、同意に基づかない性的行為の画像に関連する犯罪行為は、法的措置を以て禁止すべきである。
- 両親、保護者、ケアラーは、使いやすくプライバシーに配慮したペアレンタル・コントロールのツールを装備し、もし技術的に可能な場合には、オンライン上の未成年者と対話しながら導いたり対処を助けたりすべきである。
- 未成年者には、デジタル・システムをよりよく理解するためのリテラシーとスキルを身につけるよう包括的な教育が与えられるべきであり、それによって彼らは、デジタルの技術、メディア、情報などに批判的に接して、オンライン上の善悪を見分けられるようになる。
- 未成年者の安全は、デジタル・サービス側がリスク管理を導入し、広範囲のリスクを評価し低減措置をとることで確保される。
- 未成年者にとってより安心・安全なデジタル空間を構築するには、デジタル・サービス事業者が政府はじめ関係者と密接に協力することが不可欠である。……
これはこれで、ネット上に溢れ返る不適切コンテンツから未成年者を守るという切実な問題に、G7各国が足並みを揃えて対応を強化しようという趣旨で、誠に大事なことを言っているとは思う。
しかしながら、日本を代表した堀内詔子=総務副大臣はじめ各国出席者の皆さんが丸っきり分かっていないのは、第1に、デジタル空間がもたらす害悪から守るべきは未成年者だけでなく成年者を含めた全人類だということである。
第2に、デジタル空間がもたらす害毒とは、ポルノなどの不適切コンテンツなど瑣末な問題で、人間の「脳」の機能が壊れていくというか、もっとイメージが湧く言い方をすれば、脳ミソが溶けて耳や鼻から漏れ出てきてしまうというか、そういう空恐ろしい文明論的な次元の害毒であって、我々はそれから逃れることができるのかどうかが問題なのである。
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人間の「注意力」が工学的に操られている?
ジャック・アタリはフランスの思想家にして経済学者で、かつてミッテラン大統領の顧問を務めたり、欧州復興開発銀行の初代総裁に就いた超大物。彼が国際的なネット言論サイト「プロジェクト・シンジケート」に投稿した「人間の『注意力』を奪う者が世界を動かす」と題した論考が、別のサイト「クーリエ・ジャポン」5月27日付で翻訳・紹介された。
● クーリエ・ジャポン「世界の賢人の視点」の中のアタリ論文:ジャック・アタリが警告 人間の「注意力」を奪う者が世界を動かす
アタリによると、21世紀においては「有限な『人間の注意力』を制することが権力の基盤」となる。米国の民事訴訟では、メタ〔旧Facebook〕とYouTubeが若いユーザーを意図的に依存させ、数多くのメンタルヘルスの問題を引き起こした責任があるとの評決が出たが、このような巨大IT企業がどうやって(若者に限らずあらゆる年齢層の)ユーザーを「意図的に依存させ」ることが出来るのかと言えば、それが「注意力の操作」なのである。
注意力は生物にとって重要な機能で、神経科学によれば、脳が情報の取捨選択をし、優先順位をつけるプロセスのことである。
我々は四六時中、情報の嵐に晒されているが、その全てを意識の中にまで受け入れたら気が狂ってしまうので、フィルターにかけて必要な少数の情報だけを受け入れる。このフィルタリングは、2つのシステムによって制御されていて、1つは、《反応が速くて、条件反射的に動くボトムアップ型の注意力》だ。これは目新しいものに反応し、恐怖や感情によって突き動かされる。もう1つは、《ゆっくり働く、意識的なトップダウン型の注意力》で、こちらは論理的思考や戦略的思考を可能にする。
今は、社会全体としてこの2つのバランスが崩れており、それが現代文明の断層となっている――とアタリは言う。
ここまで来ると、熱心な読者の皆さんは本誌がNo.1362で高市の「国家情報局」構想の貧困を論じた中で、同じ情報と言っても「インフォメーションとインテリジェンスの違い」を知った上で、インフォメーションの量の多さをインテリジェンスの質の高さに変換・凝縮していく技法に熟達しなければならないと述べたことを思い出すだろう。
さらに、インテリジェンスを鍛えるモデルとして、直感力=体(で感じる)と論理力=頭(で考える)と想像力=心(で拡張する)の三角形を描き、これを右回りでも左回りでもグルグル回せるようになると、その真ん中にインテリジェンスが宿るようになることを述べた。再掲すると、
直感力=体
するどさ
↑↓ ● ↓↑
想像力=心 → 論理力=頭
しなやかさ ← たしかさ
【関連】「国家情報局設置法案」に残る大きな疑問。“雑多な情報収集”から“戦略情報分析”への転換という絶望
アタリが言う、条件反射的な鋭敏な注意力と論理的に思考するゆっくりした注意力の相互作用とは、私の三角形の直感力と論理力の間の相互作用と同じことを指している。
で、彼が「この2つのバランスが崩れて」いると言うのは、条件反射的な直感的な注意力ばかりが肥大化して、ネット上を流れる情報(インフォメーション)に刹那的に反応することが増えていき、その分だけ、ちょっと待てよと一拍置いて吟味して、論理的思考でチェックすることで本当に必要な情報を振り分け、それを戦略的情報(インテリジェンス)に高めていくという機能が著しく衰退していることを警告しているのだ。
なぜそんなことが起きるのか。「昨今は、かなりの精度と強度で、人々の注意力を工学的に操れるようになっているからだ」。しかも人々は、自分が操られて「意図的に依存」させられるよう導かれているとは気が付かないまま、どんどんネット上のデジタル空間にのめり込んで行き、戻って来れなくなるのである。
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思い出すのは大宅壮一の「一億総白痴化」
アタリは言う。人間社会は何千年も前から、人々の注意力を惹きつけることに取り組んできた。雄弁家は修辞学を学んで群衆の心を動かそうとし、宗教集団は荘厳な儀式や巨大な豪華建造物で畏敬の念を集めようとした。あるいは政権は見世物を利用して人々の関心が同じ方向を向くよう仕向けた。
とはいえ、メディアが活版印刷やラジオやテレビであった時代は、確かにそれで影響力の範囲は広がったが、それによって人々の注意力の性質が変わることはなかった。
その通りで、20世紀の最後の10年間にアッという間に普及したインターネットは、理屈の上では、誰もが四六時中、全世界の人々と繋がっていて、あらゆるインフォメーションを得ることが出来るだけでなく、自分から発信することも出来るという、前代未聞の情報環境を作り出したのだが、正直言って人々はそれを上手に使いこなすだけのそれこそリテラシーを持ち合わせてはいない。
そこに付け込んで、人々の注意力を工学的に操作して悪事を働こうとする政治家、企業家、詐欺師、暴力団などが横行して、「現代文明の断層」を広げることになった。
但し、アタリが「ラジオやテレビの時代までは人々の注意力の性質が変わることはなかった」と言っていることには私は異論があって、テレビの時代にすでに注意力を撹乱させ麻痺させてどこかへ駆り立てるという情報による心理操作は始まっていたのではないか。
ネットが出現する遥か前の1971年に米国の心理学者ハーバート・サイモンは「豊富な情報は注意力の貧困を生む」と警告していたとアタリは書いているが、それはおそらくテレビのことを言っているのだろう。
この場合の情報は「インフォメーション」で、その量が膨大になり溢れ返っているのは豊かさのように見えるけれども、実は人々の注意力をミジャミジャに壊していて、その結果、論理的・戦略的にものを考える力は貧困になっていくという指摘だろう。
テレビに関しては、日本では、テレビというものが1950年代半ばに始まって数年も経っていない時に、稀代の社会批評家にしてジャーナリストの大宅壮一がテレビの本性は「一億総白痴化」にあると喝破したことが知られている、
改めて調べるとそれは、『週刊東京』1957年2月2日号の「言いたい放題」という欄で、「テレビに至っては、紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億白痴化運動』が展開されていると言って好い」と書いたのが原典で、白痴化の前に「総」を付けてこの言葉を広めたのは松本清張だとされている。
確かに、テレビはその当時も今も馬鹿げたお笑い・おふざけ番組が主体で、その合間にニュースや、たまには真面目なドキュメンタリーとか懐かしい良質な映画などをやることもあるといった代物で、結局のところ視聴者は、全くの受け身で断片化されたインフォメーションをシャワーのように浴びせられることに慣らされて、その分だけインテリジェントにものを考えることから遠ざかった。それが「一億総白痴化」の意味なのだろう。
ネット時代になると、テレビが受け身一本槍だったのに対して、今度は「誰もが発信者」で、仮に「いいね」ボタンを押すだけであっても自分も全世界に向かって何事かを能動的に発信することが出来るという喜ばしい時代になったのだが、反面、「誰もが発信者」ということは、邪悪な企図を持って人々を騙そうとする者も含まれる訳で、しかもその者が工学的な知識を持っていて気づかれずに人々の内面に入り込んで注意力を操作することが簡単に出来てしまうという誠に嘆かわしい時代にもなったのである。
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高市が雇った「注意力操作犯」の手口
邪悪な「注意力操作犯」の最近の一例は、文春砲が暴き続けている高市早苗首相の事務所によるネット上のネガティブ・キャンペーン作戦である。
高市事務所からの依頼を受けた松井健という人物が語っているところでは(週刊文春6月4日号)、
▼まず大量のスマホを用意した。20台ほどだった。
▼そして1つのスマホにつき、Gmailのアカウントを3つずつ作る。
▼そのアカウントと連携する形でX、TikTok、YouTube、InstagramといったSNSにそれぞれまたアカウントを作る。
▼そこに、動画をどんどん投稿していく。スマホ20台×メルアド3つ×SNSアカウント4つで単純計算で投稿先は240になる。
▼動画は1分程度のショート動画で、それを生成するAIソフトの自作、ほぼ自動で動画を大量生産した。……
この方法で、自民党総裁選の場合は、事前の調査でトップを走っていた小泉進次郎にネガキャンを浴びせ、また2月総選挙では「中道」の大物議員をターゲットにして実際に次々に落選させた。
明治大学サイバーセキュリティ研究所の齋藤孝道教授が文春に語っているところでは、
▼SNSへの介入にAIを用いるのは、国内外で一般的になりつつある。AIスロップと呼ばれる「質より量」との方針も確かに有効だろう。大量に情報が出回ることで、まずは空気感が醸成されるという効果がある。
▼さらに、大量の情報を浴びた受け取り手は、真実かどうかを逐一判断することに疲れてしまう。判断力が低下する「認知疲労」を引き起こすことがある。
▼そして徐々に、あふれる情報を批判的な目で見ることができなくなる。高度な手法と言える。……
アタリの言う、上行と下行の2つの注意力のバランスを崩していく工学的な手法の最先端の具体例がこれである。ネットに繋がっているのが当たり前と思っている人は、常にこのような邪悪な攻撃に身を晒していて、脳ミソが溶けて耳や鼻から漏れてしまう危険に直面しているのだということの自覚を持つ必要がある。
そこから逃れる方法はあるのかについては、私は悲観的で、必要最低限、どうしてもという時以外、SNSの類は一切開かないことにしている。もちろん、主だったSNSは始まったらすぐにアクセスしてどんなものかを体験することにしているので、それぞれのアカウントは持ってはいるが、日常的には使わない。
たまに「高野さん、〇〇でこんなこと言われてますよ」と知らせてくれる人がいたりするが、「あ、私は〇〇は見ないので、関係ないです」と言って、本当に放ったらかしておくが、それで何か支障が生じたことは一度もないのである。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2026年6月1日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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