大統領就任から6ヶ月以内にウクライナ戦争の停戦を実現させると豪語してきたトランプ氏。しかしながらその達成の見込みは限りなく低いと言わざるを得ないのが現状です。もはやロシアに蹂躙され続けるウクライナを救う手は残されていないのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ウクライナとガザ両紛争の「現在地」を、調停の最前線に立つ担当者の言葉を交えつつ詳しく紹介。その上で、これらの紛争の解決を一気に図る手法を提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:芽吹かない停戦の機運と迷走する国際情勢
アメリカの「多方面外交攻勢」の行き詰まり。芽吹かない停戦の機運と迷走する国際情勢
「残念ながら、仲介の試みは失敗したと言わざるを得ない。悔しいが停戦に向かうモチベーションが見当たらない中、これ以上のコミットメント、深入りは避けるべきだと考える」
先週から今週にかけて複数案件を前に、調停グループ内で議論した際に“当事者”が声を振り絞るようにして出てきた言葉です。
そしてそれはガザ問題とウクライナ戦争両方に対して向けられた不満と懸念、そして何とも言えない無力感が入り混じった言葉です。
ガザ問題にもウクライナ戦争の仲介・調停にも携わるカタールの担当者は「直接的な協議が行われず、つねに仲介者を通して話す間接協議のスタイルを取っている限りは、実質的な意思疎通は行われず、仲介者はそれぞれの意見や条件を抱えて相手方に図り、その考えを持って再度当事者に合意可能か否かを図る、まるで伝書鳩のようなプロセスが続くだけで、解決も合意も望めない。もう疲れた」と嘆いていました。
「ガザ問題については、イスラエルは10月7日の事件を受けて国民感情が高まり、極右の主張が通りやすくなっている中、積年の懸念と脅威であったハマスを圧倒的な力で踏み潰す絶好の機会と捉えているようだ。そのような中でハマスに何らかの妥協を行うような内容を本気で受け入れることはない。それはハマスにとっても同じで、イスラエルの存在に大打撃を与え、アラブ全体をパレスチナの大義に引きずり込む絶好の機会だと捉えているため、こちらも自身の存在の存続の確保が絶対条件となっているが、それをイスラエルが受け入れないことも重々承知なので、妥協を行うことはないだろう。そのような中、アメリカが介入し、その方針が一貫しないどころか、180度転換されるような事態においては、誰が停戦と人質解放のディールを仲介し、どのような合意案を提示するのかが分かりづらくなっている。これは和平プロセスにおいては、致命的な問題だと考える」
「ロシア・ウクライナ戦争については、特段の利害はなく、純粋に中立な第3者として仲介の任に当たった。ロシア・ウクライナ双方と等間隔で位置し、双方の言い分やニーズを明らかにしようとしたが、これもまた当事者間での直接的な協議の場が用意されない中、シャトル外交的な手法でmagic solutionを描き出すのは不可能だろう。この案件は欧米諸国も中国も、またインドやトルコなど多くの国々がそれぞれの利害を持ち、関心を持って、それぞれの立場から考えをぶつけ、かつcoordination(調整)なく、それぞれに行動するような状況では、仲介者としてできることは限られている。アメリカが“仲介者”として前に出てきた今、ひとまず仲介の任は降りて事の成り行きを見たいと思う。ただ、恐らくこの仲介は失敗するだろう」
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
全ての紛争案件をテーブル上に並べ一気に解決を図るという手法
いろいろな意見が出て、様々な見解が示されました。中には「今こそ適切な去り際」と調停プロセスからのexitのタイミングを模索する専門家もいましたが、「まだ何か手はあるに違いない」と信じて、プロセスに踏みとどまる専門家もいます。
私は後者のグループに属しますが、非常に難しい複数案件を同時に調停する困難さをひしひしと感じつつ、「何かまだ見落としている要素はないだろうか」と考え続けています。
そのような中、「アメリカ政府の方針転換による混乱が、政権スタートから100日以内に成果が欲しいという特異な心理状況の結果だとしたら、100日を過ぎたあたり、つまり日本のゴールデンウイークが終わるころには潮目が大きく変わり、国際的な調停のwindowが開くかもしれない」と考えています。
ロシアのプーチン大統領の企て通りに、ロシアがのらりくらりと時間稼ぎをし、次々とアメリカや欧州が呑めないような条件を出し、その間にいろいろな理由をつけてウクライナへの攻撃を強め、軍事的な優勢を確立するという事態になった場合、ロシアとしては一切停戦を急がなくてはならない理由がなくなるため、協議の場も設けられず、戦争は継続されることになります。
その際、仲介は不可能とトランプ大統領が判断した場合、激しくプーチン大統領を非難するか、その責任を“アメリカからのディールを迅速に受け入れなかった”ゼレンスキー大統領に擦り付けるかして、アメリカが手を退くという可能性は否定できません。
欧州各国が口ばかりで結局支援があてにできない現状では、アメリカが退いた後のウクライナは一気にロシアに飲み込まれ、実質的に崩壊する可能性が高まります。
ここでもしウクライナという国が崩壊するか、ゼレンスキー大統領が退陣を余儀なくされる状況に陥れば、あまり望ましい形にはなりませんが、表面的な“停戦”の機運は生まれるかもしれません。
ただし、ロシアの条件を丸のみにする(すでにトランプ大統領の姿勢はそれに近いですが)形での停戦が成立する可能性がありますが、ウクライナはロシアの政体に吸収され、実質的にはロシアの衛星国となるかもしれません。
紛争調停官としてはあまり出番のない調停になってしまいそうですが、戦争は一応終結することになります。
最悪の場合を除き、最後までこのチョイスは模索しませんが。
では、他にどのような調停が可能でしょうか?
例えば、並行して起こっている紛争を繋ぎ合わせてパッケージ化するのはどうでしょうか?
いつもこのコラム内では「紛争が相互に反応して繋ぎ合わされることで戦火が広がり、世界戦争に発展するかもしれません」といったようなお話になりますが、ここで触れたい“紛争案件のつなぎ合わせ”は、純粋に交渉術としてすべてのパッケージとして扱い、single undertakingに近いニュアンスで紛争の解決を一気に行おうという手法とお考えいただければ良いかと思います。
仲介・調停のやり方・手法には問題があると見ていますが、現在、トランプ政権の特使として中東案件とロシア・ウクライナ案件を同時に扱っているウィトコフ氏の存在は、このアイデアに近いと思われます。
仮にウィトコフ氏的な立ち位置にいる誰かが、すべての紛争案件を一旦テーブル上に並べ、すべてを同時に眺め、類似点と相違点、紛争同士がリンクしている点などを整理し、その上で全体にまたがるsingle solutionを提示することで、一気に解決を図る手法です。
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「紛争案件のつなぎ合わせ」による解決を成功に導く条件
かなり難易度が高く、やり方を間違えると、それこそ世界戦争が勃発しかねない状況に陥りますが、それぞれの言い分・主張を整理し、イシューをリンクさせて紛争終結のための条件の柱(要素)をまず整理します。
そして全体をカバーする共通要素と、ある紛争案件にだけ当てはまる要素を洗い出し、それらをすべてパッケージに入れて要素間の適切なバランスを模索するという手法です。
ウィトコフ氏は個人的な意見を公に述べてしまうのでこの任には向かないと考えますが、最近までカタールが行ってきた調停と仲介のプロセスは、このスタイルに近いように思います。
これを成功に導く条件は、ニュートラルな第3者の専門家が調停・仲介の任に就き、協議には当事者のみが参加することです。
まず仲介者・調停者が各partyの意見、特に関心と懸念について聞き、すべての要素を偏りなく整理して当事者に提示して、まず協議の基盤とすることに対する合意を取ることが必要です。
その際、私がお勧めしたいのは、一つの案ではなく、3つほどのパッケージを同時にテーブルに乗せ、その中のどれをベースに進めるかを当事者間でしっかりと議論させるスタイルです。
仲介者・調停官は当事者全体から請われるまでは“停戦合意案”なるものは提示せず(仮にポケットの中に合意案を忍ばせていたとしても)、あくまでも当事者の意見・主張・関心・解決したい課題などのまとめの作成をファシリテートすることに徹します。
そしてまとめた内容に対して各当事者から意見や感触を聞くと同時に、内容的に不透明なことや解釈が異なりそうなことに対してさら問いを行って、さらに意見やアイデアを引き出させる手助けをします。その都度、まとめの内容を磨き、それぞれの要素に対して共通認識を作り出し、その上で合意の素案をテーブルにあげていいかを尋ねるという手法を取ります。
地域も当事者も異なりますが、当事者のアイデンティティが比較的はっきりしているロシア・ウクライナ戦争と、イスラエル政府とハマスが当事者であるガザ問題の解決は、容易ではないですが、パッケージ化ができるのではないかと考えます。特にロシアから何かしらの妥協を引き出す手段としては使えるかもしれません。
この際、核になるのは、ロシアとイスラエルが相互にやり取りをして、互いの紛争を停止することによって相互に得るものと、逆に紛争を続けることによって失うものを明らかにして整理し、まず両国間で何らかのディールを作り上げることではないかと考えます。それを直接的にウクライナとハマス・パレスチナに提示するか、調停者を通じて示し、意見を聴取するというやり方も有効かと考えます。
かなりデリケートなバランス感覚を必要とし、かつかなりクリエイティブでないと魔法の解決策は導き出せませんが、個人的には不可能ではないと思っています。
例えば、ロシア・ウクライナ戦争とガザ紛争のパッケージに、イランの核問題の解決を“強力要素”として加え、イランに対しては制裁を解除する代わりに、責任をもって親イラン派によるイスラエル攻撃を無期限中止させるという条件を示すというやり方です。
ここでロシアはイランに対してある程度の影響力を発揮できますので、イスラエルとの協議、ディール・メイキングの場で、イランを制御することをオファーとして提示し、イスラエルにはハマス・パレスチナとの仲介にロシアを絡ませることを提示することで、思いもよらなかった解決井向けた図式が描き出せるような気もします。
ただし、イスラエルの願いが“脅威の排除”であり、ガザを破壊し、ハマスおよびヒズボラを壊滅し、ついでに周辺諸国も自国の手の中に収めたいという内容であり、究極目標が自国の存在の確保であった場合には、あまりこの種のクロスオファーのメリットがなくなってしまいますが、いろいろな試みが躓く中、トライしてみる価値はあるかなと考えます。
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自らを「手いっぱいの状況」に追いやっているトランプ
ただ国際紛争と内戦をパッケージに組み込んで解決することは適切ではないと考えます。
例えば、上記のパッケージに、スーダンの内戦や、コンゴ民主共和国内での100を超える当事者間で争われる覇権争い、そしてミャンマー内戦などを加えても、common elementsがないと思われるため、あまりよい策にはなりません。
これらの紛争案件の解決には、周辺諸国や、かつて植民地支配を行った旧宗主国などが間に入るスタイルが望ましいと思われますが、現在のシリアでの混乱に対するアラブ諸国の態度を見れば分かるように、周辺国もそれぞれの利害で動き、下手すると代理戦争の様相を作り出してより紛争を複雑化するという弊害もあるため、ここもまたハンドリングが非常に難しいと言わざるを得ません。
ひと昔なら、良いか悪いかは判断が分かれますが、世界の警察官的な役割を自任していたアメリカが仲介役として介入して、支援を梃子に合意を作り上げてくるスタイルが成り立っていましたが、アメリカがその役割を放棄し、かといって中国やロシアがその役割を担えるだけの実力を兼ね備えていないため、多くの紛争案件が放置され、仲介・調停プロセスの開始にまで漕ぎつけることができないのが現状です。
現時点でもそれが出来うるのはアメリカだけだと思うのですが、そのアメリカ政府は今、ガザに首を突っ込み、シリアでのプレゼンスを落とし、シリアには直接関わらず、レバノンの案件もイスラエル側に立って対応し、イランとの緊張を高めるのか和らげるのか分からない動きを取り、そして北朝鮮問題にも介入することで、手いっぱいの状況に陥り、現行の国際情勢を大所高所から全体像を把握して、一気に対応に乗り出すというスタンスが取れない状況に、自らを追いやっています。
トランプ大統領はロシア・ウクライナ戦争とガザ紛争を半年以内に止めると公言しました(当初は就任から24時間以内でしたが)が、その達成の見込みは限りなく低く、調停者として皆の意見を聞くのではなく、自分が考える“あるべき姿”を当事者に対して受け入れを迫るという姿勢を続ける限り、アメリカとトランプ大統領はpeace makerとしてのレガシーを築く代わりに、世界秩序を修復不能なまでに崩壊させ、防ぐと豪語していた第3次世界大戦の引き金を引く役割を担ってしまう可能性があります。
Point of No Returnを踏み越える前に、“やりかた”を再考し、強いリーダーシップを発揮して世界の諸問題に対して解決をもたらすようなマジックを発揮してほしいと願っていますが、果たしてその日は来るのでしょうか?
スタートからもうすぐ100日が経つトランプ政権。世界に安定と安心を取り戻す救世主になるのか?それとも究極の破壊者になるのか?
関税措置の発動によって、国際経済に対して多大な損失を与えているトランプ政権ですが、武力紛争がもたらす不安と破壊に対しては、終止符を打つことができるのか?
予想さえ不可能な状況になってきているように感じますが、世界の英知によって思いもよらない“いい”結果が導き出されることを、まだ心のどこかで信じながら、できることに尽力したいと思います。
とりとめのない内容になってしまいましたが、以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年4月18日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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