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中島聡の仕事術【最新版】超高速開発を実現するAIネイティブな組織とは?/Vue.jsかReactかアンソニー・フー氏との対話/企業がオープンソースに取り組むメリット

著名エンジニアの中島聡氏が「私の肌感覚では生産性が3倍」になったという最近の働きぶりを紹介。AI活用によって開発スピードが飛躍的に向上した現状を報告する。中島氏は「AIネイティブな組織」によって長年の不愉快を解消し、本当の意味でコードを書くことに専念できる環境を手に入れた。これはオープンソースとも好相性だという。さらに、Vue.jsのコントリビューター、Anthony Fu氏との対話を通じたユニークな体験についても。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

一人ユニコーンの時代

先週の週末、シンギュラリティ・ソサエティが開催するイベントがあり、そこで「一人ユニコーンの時代(少人数で時価総額$1billionの価値を生み出してしまうこと)」というテーマでのファイアー・サイド・チャット(カジュアルな形のパネル・ディスカッション)をしたのですが、その時に話したのが、最近の私の働き方です。

MulmoCast(※1)という「私にしか見えない、私が登るべき山」を見つけたためにモチベーションが爆上がりしているのもありますが、AIのために私自身の生産性が大幅に上昇しており、これまでにない高い生産性でソフトウェアを作ることができているのです。
(※1)マルモキャスト。中島氏が開発中する、コミックスタイルの動画からビジネス向けプレゼン、ポッドキャストまで、さまざまな形式のコンテンツを高速作成できるAIネイティブなツール。たとえば「日本語の文章から英語の動画を生成する」といったことも可能[関連記事][0.1.x Beta版 リリースノート]

昔から優秀なエンジニア(スーパー・エンジニア)とそうでないエンジニアの間には20倍以上の生産性の違いがあると言われています。計算しやすいように、それぞれのエンジニアの生産性を「20」と「1」と置くことにしましょう。

どんなに採用の敷居を高くしても、ある程度の人数になると、平均の生産性は「5」ぐらいになってしまいます。つまり、エンジニアが100人いると、その生産能力の合計は「500」になります。

しかし、たとえ生産能力の合計が「500」あったとしても、大勢のエンジニアでものを作ると、どうしてもコミュニケーション・コストなどのオーバーヘッドが出てくるので、実際の生産性は、大幅に下がります。私の経験から言えば、100人ぐらいだと、大体5分の1、つまり「100」ぐらいに落ちてしまいます。

つまり、100人のエンジニアがいても、生産性の高いエンジニア1人が持つ生産性の、たかだか5倍程度しか出ないのです。

さらにここに来て、AIの活用により、エンジニアの生産性が爆上がりしています。私の肌感覚で言えば3倍ぐらいです。AIは私にとっては、大学を卒業したてのジュニア・エンジニアのような存在で、書くコードは未熟だけど、24時間、文句も言わずに働いてくれるし、私が使ったことがないライブラリのことも良く知っています

そのため、これまではジュニア・エンジニアに投げていたような、簡単な仕事は全てAIに投げるようになってしまった結果、私の生産性が爆上がりしたのです。結果として、10年前であれば数十人必要だったソフトウェア開発を、たった一人でこなせるようになったのです。

「AIネイティブな組織」がエンジニアの“不愉快”を解消してくれた

私は、2000年にマイクロソフトを辞めてから、UIEvolutionというソフトウェア会社を起業しました。とても良い経験でしたが、一つだけとても不愉快だったのは、VCからお金を調達し、人を雇い始めたため、CEOとしての仕事が忙しくなってしまい、コードを書く時間がなくなってしまったことです。

その反省もあり、今回は、VCから資金調達しないばかりか、会社登記もせず、売上のことも心配せずに、ひたすらコードを書ける立場に自分を置いています。

現在は、MulmoCastは、私も含めて2.5人のソフトウェア・エンジニアが開発をしていますが、明らかに10年前の100人のエンジニアよりも高い生産性で開発できていることを実感しています。

これこそが「一人ユニコーンの作り方」だと感じています。AIを最大限活用して自分たちの生産性を上げ、オーバーヘッドを究極にまで排除した少数精鋭な組織、まさに「AIネイティブな組織」を作り、猛烈なスピードで開発をするのです。

私はこれまで、

という4つの大きな変化の中に身を置き、その度にワクワクして夢中になって仕事をしていました。

AIは、これらに匹敵する、もしくはそれ以上の「10年に一度の大チャンス」であり、エンジニアとしてこれを逃す手はないと感じています。

妻には「あなたはいつになったら引退するの」「家のことも少しは手伝ってよ」と怒られていますが、MulmoCastをちゃんとした形で世の中に送り出すまでは、もう少し待っていただく必要があります。(次ページに続く)

MulmoCastをオープン・ソースな形で作る理由

先週、企業がオープンソースに取り組むべき理由として、以下のように書きました。

プロジェクト内部に閉じた形で作られたソフトウェア・モジュールは多くの場合、そのプロジェクトでしか使われず、たとえ同じ社内であっても共有されることは滅多にありません(私がいた頃のMicrosoftがそうでした)。結果として、社内で作られたさまざまなソフトウェア・モジュールが再利用もされずに「死蔵」されてしまいます。

それだけでも大きな損失ですが、作るエンジニアからすると、そのソフトウェア・モジュールを一度だけ使うために作るのか、再利用を前提に作るのかで、設計の仕方もコードの書き方も大きく変わって来ます。特に、オープンソースとなれば、だらしないコードを公開することは、自分の恥を晒すことになるので、意気込みも違います。

MulmoCastに関しても、同様で、オープンな形で書くからこそ良いものが作れる、という面は多分にあります。

それに加え、MulmoCastの場合、私自身の「会社経営ではなくコーディングに集中したい。売り上げを上げることよりも、良いものを作ることを優先したい」という気持ちも、とてもオープンソースと相性が良いのです。

この業界には、毎年、何千、何万という数のベンチャー企業が誕生していますが、その大半がVC(ベンチャー投資家)から資金調達も出来ず、必要な売り上げを上げることができずに消えて行きます。

ごく一部の選ばれたベンチャー企業はVCからの資金調達に成功しますが、その多くも、やはり2~3年で消えてしまいます。

VCから億単位の資金を調達しながら、なぜすぐに倒産してしまうのか不思議に思えるかも知れませんが、そこにはVCのビジネスモデルがあります。

VCは、LP(VCに資金を提供する投資家)から集めた資金を有望なベンチャー企業に投資します。上場企業への投資と違って、かなりハイリスクな投資であるため、成功した場合のリターンは大きいものでなければなりません。100社に投資し、そのうち大半が倒産したとしても、数社がそれぞれ10倍、100倍のリターンを返してくれれば十分なのです。

野球に例えれば、VC傘下のベンチャー企業群は、全員がホームラン狙いの野球チームのようなものです。打率は低くても良いので、常にホームラン狙いで「マン振り」することを期待されており、バントヒットが得意な選手は、そもそもチームに入れてもらえないのです。

私自身もCEOとしてそんな環境に二度ほどさらされました。どちらも結果オーライ(売却)でしたが、それ故、途中で売却しなければいけなくなってしまったし、私自身がコーディングを楽しむことが出来ませんでした

MulmoCastの場合、幸いなことにメルマガからの収入があるため、売上やVCからの資金に頼らず、地に足をつけた形で、まずは「世の中に価値を提供する」ことに専念出来ます。生産性の高い2.5人のエンジニアが、資金繰りの心配もせずに1年間開発を続けたら、どんなものが出来るのか、想像しただけでワクワクします。

「Googleとの交渉破談」という苦い経験を糧に

以前、メルマガに書いた記憶がありますが、私が2000年に作ったUIEvolutionは、私が開発したUIEngineという、組み込み機器向けのユーザーインターフェイスの描画エンジンをライセンスするビジネスを行っていました。2004年にGoogleからGoogle TVへの採用を打診されたことがあります。

当時、スクエニと組んでビジネスをしていたUIEvolutionは、パナソニックのテレビへのUIEngineの採用に向けて交渉を進めていましたが、そこに横槍を入れてきたのがGoogleだったのです。

当時、Googleは家電の第一歩としてGoogle TVの開発の準備を進めていましたが、まだAndroid OSを持っていなかったGoogleは、コンパクトで移植性の高いUIEngineを評価し、採用を打診して来たのです(GoogleがAndroidを買収したのは翌年の2005年)。

パナソニックも交えた交渉が始まったのですが、そこでGoogleが強く主張したのは、UIEngineをオープンソースにすることでした。テレビ以外の家電や、自動車への進出まで考えていたGoogleとしては、コアとなる技術を一社に頼り切ることは出来なかったのです。

そのころの私は、オープンソースの本当の価値を理解していなかったこともあり、「オープンソースにしてしまっては、UIEngineのライセンス料が入らなくなる」と考え、それを頭から拒否してしまったため、破談になってしまったのです。

この苦い経験も、MulmoCastをオープンソースで開発することに繋がっています。オープンにすることにより、複数の企業とパートナーシップを結び、大きなエコシステムを作って行くことが出来たら良いと考えています。(次ページに続く)

アンソニー・フー氏との会話で感じたこと。とてもユニークな「決定プロセス」

今回、ちょっとしたきっかけから、Anthony Fu氏と食事をする機会がありました。Anthonyは、私が気に入って使っているVue.jsのコントリビューターであり、TypeScript業界では、有名なエンジニアです。

Anthonyは、中国生まれのエンジニアで、台湾の大学でコンピュータ・サイエンスの勉強をしていた時に、Vue.jsのコントリビュータになり、それがきっかけで、フランスの会社NextLabsに採用され、給料をもらいながらオープンソースの開発をするという恵まれた環境に置かれています。

最近になって、日本の学生ビザを取得し、日本に移り住んでリモートで働くという、とても面白いことをしている人物です。

食事の場ではいろいろな話をしましたが、もちろん、MulmoCastの話もし、興味を持ってもらえました。彼の専門はAIではありませんが、当然、何が起こっているかは知っており、MulmoCastを通じて、AIの世界にもコントリビュータとして参加してもらえたら良いと考えています。

ちなみに、MulmoCastは、先週ベータ版(beta1)を発表しましたが、まだ一般の人には使いにくいので、次のフェーズ(beta2)では、アプリ版をリリースする予定です。その際に、UIはWebの技術を使って作るのですが、Reactで作るべきか、Vue.jsで作るべきかは、悩ましいところです。

私自身は、Vue.jsの方が好きなのですが、AIにコードを書かせる場合にはReactの方が有利なのです。

市場のシェアは、8:2でReactの方が有利なため、githubのリポジトリーを教育データとして学んだ大規模言語モデルは、Reactの方が得意なのです。

すでにUIのプロトタイプもReactで作り初めていたため、「このままReactで行くしかないかな」と考えていた矢先に、Anthonyと会ったのです。

私は、「Anthonyと会ったところでReactを採用する決定は下すしかない」と考え、その決定の通知を翌朝MulmoCastの開発チームのSlackチャンネルに書き込もうとしたら、驚くことにAnthonyがそのチャンネルに参加していることに気がつきました。

確かに食事の場で、「Slackチャンネルに招待するよ」みたいなことを言ったことは覚えていますが、私は社交辞令ぐらいにしか考えておらず、実際にすぐに入ってくれるとは驚きです。

そこで、試しに、「Anthonyが手伝ってくれるなら、Vue.jsを採用するよ」とカマをかけたところ「君たちにとって一番良いプラットフォームを採用すべきだよ。僕に何が出来るかは考えてみるよ」という返事が返って来ました。

そう言われてしまっては、Vue.jsでUIを構築して、彼にコントリビュートしてもらうことを期待するしかありません。オープンソース業界ならではの、とてもユニークな「決定プロセス」になりました。

(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年6月10日号を一部抜粋・再構成したものです。中島氏が最新ニュースや技術トレンドを解説する「私の目に止まった記事」や読者質問コーナー(今週は12名の質問に回答)などメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です ※メルマガ全体約1.6万字)

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