著名エンジニアの中島聡氏が、「AIと医療サービス」に関する興味深いエピソードを紹介する。難病の「多発性硬化症」を患う知人の妻。最近の血液検査でいくつか異常な数字が出た。ところが主治医は「まだ何も断定的なことは言えないので、このまましばらく様子を見ましょう」と言うだけ。患者としては不安が募る。そこで知人が妻の検査結果をChatGPTに渡し調査させたところ、意外な“診断結果”が返ってきたという。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
ChatGPTですらこれ。医療サービスはAIで劇的に進化する
先日、興味深い話を知り合いから聞きました。その人の奥さんは、多発性硬化症(MS:Multiple Sclerosis)という自己免疫疾患で、その進行を抑えるための薬を飲んでいるそうです。頻繁に血液検査などを行い、モニタリングをしているのですが、前回の検査でいくつか異常な数字が現れたそうです。
かかりつけの医者は、「まだ何も断定的なことは言えないので、このまましばらく様子を見ましょう」と言ったそうですが、彼女は心配になり、ネットで色々と調べていると、肝臓癌や他の重大な疾患の可能性もあることが分かり、もの凄く不安になり、鬱状態になってしまったそうです。
そこで、私の知り合い(その人の旦那)は、最近の血液検査の結果すべてをChatGPTに渡し、ディープ・リサーチをさせたそうです。
その結果、ChatGPTは、「いくつかの数値は異常値であるものの、肝臓癌のような重い疾患であれば必ず現れる数字が出ていないので、それほど心配する必要はない。まずは、食事療法と運動で、その異常値を改善できるかどうか試みるのが良い」と丁寧な食事療法の解説と、綿密なエクササイズ計画を立ててくれたそうです。
さらに、「薬の副作用の可能性もあるので、服用している薬の量を半分にして様子を見るのも悪くない」とまで書いてくれたそうです。彼女は、その説明を読んで安心しただけでなく、前向きに食事療法とエクササイズに取り組むようになってくれたそうです。
これを聞いて、「人間の医者はいらない」とも「ChatGPTの言うことを聞くのは危険」とも思いませんが、少なくとも「患者に寄り添った説明をする」という面では、このケースでは、ChatGPTが医者を超えていると思います。
彼女の医者も、血液検査の数値を見てChatGPTと同様の結論に至ったのだと思います。しかし、医者が患者一人あたりに割ける時間は5~10分程度であり、「まだ何も断定的なことは言えないので、このまましばらく様子を見ましょう」という「おざなり」な答えしか返せないのです。
それに対して、ChatGPTのほうは、最新のGPUクラスターの計算能力を最大限に活かして、彼女だけのために数ページの詳細なレポートを書くことが、医者の人件費よりも桁外れに安くできてしまうのです。
ここにも、「AI-nativeなビジネス」のヒントが隠されています。「AI-nativeな医療サービス」とは単に医者をAIで置き換えるのではなく、このケースのように、人間の医者であればコスト的に不可能である、特定の患者のためだけにネット上で最新の情報や論文を検索し、数ページのレポートを書くことであり、それによって患者を納得・安心させることだったりするのです。(次ページに続く)