小林よしのり氏が見抜いた「雑誌文化崩壊」の本質。“世界観なき時代”に70歳の天才漫画家が仕掛ける「逆襲」とは?

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もはや雑誌文化は終わりを迎えつつあります。流行を作り、新人作家を育て、読者共同体を形成してきた20世紀の文化装置は、ネットの台頭でバラバラに解体されつつあるのです。雑誌が担ってきた「世界観の提示」という役割は、今やアルゴリズムが推薦する情報の断片に置き換わりました。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では、著者で漫画家の小林よしのりさんが、雑誌文化の終焉が意味するものと、ネット時代に表現者がどう立ち向かうべきかを、自らの新たな挑戦と共に語ります。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです

雑誌文化の終わり~ネット戦略

SPA!のゴールデンウイーク合併号の値段が770円だったと聞いて、驚いた。

でもおそらく、扶桑社としてはそれでもそんなに収益は出ていないはずだ。何しろ部数が少なすぎる。もはやギリギリまで追い込まれているのだろう。

もう雑誌文化は終わる。 それでも表現を続けたければ、そのためのインフラを自分で作るしかない。

そもそも「雑誌文化の終わり」とは、ただ紙の雑誌がなくなるというような単純な話ではない。

雑誌文化とは、編集者が作り上げたある雑誌を読者が定期的に買い、同じ時代感覚を共有し、広告と流通がそれを支え、そこから流行・作家・思想・漫画・ファッション、そして読者共同体までが生まれるという、非常によくできた20世紀の文化装置だったのだ。

アナログレコードが完全に絶滅してはいないのと同じように、紙の雑誌自体は今後も細々と残ってはいくだろう。だが、問題はそこではない。重大なのは、「雑誌文化」というものが根こそぎ消滅するということだ。だがその深刻さを意識している人は、そんなに多くはない。

そもそも雑誌とは、単なる「情報商品」ではなかった。雑誌は流行を発生させて社会を活性化する媒体であり、作家・漫画家・評論家・写真家・編集者などを輩出する登竜門であり、出版社にとっては収益の柱であり、読者にとっては様々な文化に目を向ける入り口だったのである。

例えば週刊誌はニュースとスキャンダルを、漫画雑誌は娯楽と若者文化を、女性誌はファッションや恋愛観を、文芸誌は作家の評価を、思想誌・論壇誌は政治や社会への見方を発信していた。

読者は雑誌を読むことで「いま何が流行っているか」「どの作家が面白いか」「どんな服を着るべきか」「どんな考え方が新しいか」を知った。

もちろんそこには情報を恣意的に操作しうるといった弊害もあったのだが、「価値」が作られていたということの意味は決して軽視できない。

また、かつて雑誌には強い時間支配力があった。 毎週何曜に出る、毎月何日に出る、創刊号を買う、特集を待つ、連載の続きを待つ等々、読者の生活リズムの中に雑誌の発売日が組み込まれていた。

週刊少年ジャンプの発売は毎週月曜日だが、どこそこのコンビニは日曜の深夜に雑誌が到着したらすぐに並べるとかいって、ほんの数時間フライングして読むために、真夜中に走り回っていた読者も大勢いたのである。

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