雑誌が作っていた「世界観」とは
雑誌が衰退していった理由は、単に読者が活字を読まなくなったというだけのことではない。 むしろ大きいのは、やっぱりネットの出現である。
週刊誌が担っていたニュース報道や速報性は、ネットのニュースサイト、SNS、動画配信などに取って代わられた。
ファッション雑誌が担っていた流行の紹介やファッションの提案は、ネットのインフルエンサーに取って代わられた。
カタログ雑誌が担っていた新商品や優良な商品の紹介は、ネットショップ、レビューサイト、検索広告に取って代わられた。
アイドル・芸能雑誌が担っていた情報発信は、公式SNSやファンクラブの配信で十分になった。
漫画や連載小説は、電子コミックやWeb小説に移行した。 批評や論説に至っては、ブログ・メルマガや動画で誰でもできるようになってしまった。その質はともかくとして。
こうなると一見、雑誌がなくても何の支障もないように思える。 だが、ここには大きな問題がある。 雑誌は、編集者が形成するひとつの「世界」だったのだ。 編集者は、何を載せ何を載せないかを決める。 新人を発掘する。 特集の切り口を作る。 読者の少し先を読む。
誌面の順番、写真、タイトル、余白、表紙、連載陣を組み合わせる。 そうして一冊の「世界観」を作っていたのが雑誌であり、読者は単に情報を仕入れるためだけではなく、その世界観を共有したくて雑誌を買っていたのである。
ところが現在のデジタル空間では、読者は記事単位、投稿単位、動画単位で情報に接する。 情報はジャンルごと、個人ごと、アルゴリズムごとにバラバラに分散していて、読者はスマホ上で、自分に最適化された情報の断片を次々に見ることになる。そこには雑誌全体を通して読ませるような構成力や世界観はなく、ただ検索に強い見出し、SNSで拡散される一文、短い動画、アルゴリズムに拾われる話題性を重視した、情報のカケラが氾濫しているだけなのだ。
雑誌は単に「情報」を売っていたのではなく、ひとつの「世界」や「価値」を作りあげ、読者の行動様式までも牽引していた。
代表的な例は60年代後半の全共闘世代の若者を象徴する流行語「右手にジャーナル、左手にマガジン」だ。 当時の若者は硬派な政治・思想雑誌『朝日ジャーナル』と、漫画表現を革新していた『週刊少年マガジン』を同時に読んでいた。
このフレーズは「思想」と「娯楽」が別々のものではなく、同じ若者文化の両輪となっていたことを表していたのだ。
70年代にはファッション雑誌『anan』『non-no』から生まれた「アンノン族」が流行った。両誌が旅行ガイド、ファッション、写真、ライフスタイルを結びつけ、「女性が自分の感性で旅をする」という行動様式を作り、これに触発された若い女性が一人旅や少人数旅行に出るという、それまでになかった行動を起こすようになったのだった。
雑誌が世界観を作り上げ、読者がそれに呼応していくというパターンは特にファッションやサブカルの分野で80年代以降も相次いだ。
「Hanako族」を生んだ『Hanako』、「オリーブ少女」を生んだ『Olive』をはじめ、アメリカンなシティーボーイ文化を提唱した『POPEYE』、エンタメ文化の発信地となった『ぴあ』、サブカル文化の入り口になった『宝島』から、「コギャル」ブームを作った『egg』まで、その例は枚挙にいとまがない。
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