自民党の青山繁晴衆院議員が「愛子天皇は否定しないが、未婚を強いなければならないということも考えに入れるべきだ」という趣旨の発言をしたことが波紋を広げています。「日本の尊厳と国益を護る会」の会合後、記者の質問に答える形で、根拠もないまま愛子さまの結婚や出産を制限すべきという暴論が展開されました。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では、漫画家・小林よしのりさん主宰の「ゴー宣道場」参加者としても知られる作家の泉美木蘭さんが、青山議員の発言の異常性と、その背後にある男尊女卑思想を徹底的に批判していきます。
※本記事のタイトル、見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
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青山繁晴が国会議員に広めるDV思想。”愛子天皇は結婚するな”の大失言
自民党の青山繁晴衆院議員が「愛子天皇は否定しないが、未婚を強いなければならないということも考えに入れるべきだ」という趣旨の暴言を口にした。
『女性自身』(ネット版記事)によれば、4月1日、高市早苗や長島昭久をはじめとする自民党内の男系固執議員が名を連ねる「日本の尊厳と国益を護る会」の会合が開かれ、終了後の記者とのやりとりで言及されたという。
実際の様子がYouTubeの「青山繁晴チャンネル」で公開されていたので見てみたが、この発言は、東京新聞の望月衣塑子記者の質問に対する回答として出たもので、「うっかり言ってしまった」という類のものではない。はっきりと意思を持って、愛子さまに未婚を強いる前提で、そういう考えを「立法府の人間は入れるべきでしょう」と言い切っている。
立法府の人間とは国会議員のことだ。
青山繁晴は、「愛子さまが天皇になるなら、結婚させてはならない」という極限の暴言を、国会議員の常識にしようとしているのである。
これは単なる失言ではない。愛子さまの人生に制約を課すことを、制度として検討させようとする発言であり、政治家の言葉として一線を越えている。
「護る会」会合の閑散とした実態
「護る会」は先の衆院選で当選した新人議員など数十名が新規参入し、総勢122人となっているらしいが、映像を見る限り出席者は少なく、集まっているのはせいぜい15名ほどだった。
最前列には、筆記具を手に熱心さを醸し出す新人らしき女性議員の姿もあり、そんなつまらない男尊女卑の会合に座っている時間があるのなら、『愛子天皇論』を読んで公論イベントに参加すればいいのに、という気持ちになる。
記者とのやりとりでは、青山から「護る会」による議論の概要が説明されたが、これがもう、何から何まで間違っていた。
「GHQがかつて、法的根拠なく不当に廃絶した宮家の中で、ご本人の同意が得られ、あるいはご家族の同意も得られる場合に皇統譜にお戻りいただく」 青山繁晴の発言より
なんということだ。出だしから間違っている。
「旧宮家はGHQの圧力によって不当に廃絶させられた」という話が、さも歴史的事実であるかのように語られているが、これは都合よく単純化された”俺たちのための物語”にすぎない。
実際には、皇籍離脱という発想は日本側に存在していた。大正期には「血縁の遠い傍系宮家は皇籍を離れる」というルールができていたのだ。現在「養子案」で取り沙汰されている旧宮家はまさにその対象で、仮に敗戦後の皇籍離脱がなくても、すべて臣籍に降ることになっていた。
財政的にも、増え続ける皇族全体の品位を維持することは難しかったし、こうした方針は、昭和天皇も支持していた。
「旧宮家養子案」を主張する人間たちは、今上陛下や上皇陛下のご意思を無視しているだけでなく、時代をさかのぼって昭和天皇の方針にまで反しているのだ。にもかかわらず、それを「伝統」と言うのだから、もはや歴史のすり替えである。
皇極天皇への無理解と古代社会観の歪み
「男性の天皇が崩御して、その後、皇子たちが権力争いをしてまとまらないので、やむを得ず皇極天皇が即位した。皇極天皇は即位したあと再婚しなかった」
青山は、皇極天皇を”薄幸の若妻”かなにかと勘違いしているらしい。
再婚せず、別の男性の子供を産んで王朝交代を引き起こすようなことはしなかった、8人10代の女性天皇はみなそうだったと言い出すのだが……まず、皇極天皇が即位したのは49歳である。
とうに出産年齢は終えているどころか、人生経験を積み、ベテランの域に入ってからのことだ。
即位後は、中大兄皇子と中臣鎌足らが、蘇我入鹿をぶち殺して政権奪取するクーデター(乙巳の変)が発生し、一旦退位。その後、斉明天皇として再び即位した時には、62歳だった。
ほかにも古代の女性天皇の多くは、10代~20代のうちに子供を産み、30代後半~40代になってから即位していた。経験を積んだ指導者として手腕を発揮できなければ、統治など担えなかったのだから当然である。
年齢という基本的な事実すら無視している時点ですでに破綻しているのだが、その点を脇に置いても、「再婚しなかった」と言い出す感覚そのものがおかしいとも私は思う。
これは、「夫の死後、女性は別の男性を見つけて再婚するもので、それをしなかったのには特別な理由があるに違いない」という発想である。
女性は弱く、男性に依存して生きていくものだという昭和の家族観がべったり染みついているから、古代の女性までそのように見てしまうのだろう。
だが、古代の王権社会では、近代の「嫁入り」と呼ばれる生活形態はとっていなかった。女性は夫に従属して生活を一体とするのではなく、それぞれが固有の居所を持ち、従者を引き連れて過ごしていたのだ。
そもそも「再婚」という言葉にも近代的なニュアンスがあって、婚姻関係も流動的で、複数の関係を持つようなことも自然にあり得た古代の社会にはそぐわない。
ネトウヨの言説によくある、ただの与太話である。
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