世界中のメディアで大々的に報じられている、ジェフリー・エプスタイン氏をめぐる膨大な量の文書内容。その中で浮上したのは、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボとエプスタイン氏とのあまりにも不適切な関係でした。今回のメルマガ『上杉隆の「ニッポンの問題点」』ではジャーナリストの上杉隆さんが、公開された「エプスタイン文書」を徹底的に分析し、伊藤穣一氏がラボ内で果たしてきたとされる「役割」を検証。その上で、学術機関が「富と権力」に侵食されうる構造と、誰一人として実質的な処罰を受けていないという「説明責任の欠如」を厳しく問うています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:エプスタイン・ファイルが暴く伊藤穣一氏とMITの闇~米司法省公開文書が明らかにした 「東欧美女」「ビルゲイツ」「匿名寄附」の謎を解明する
エプスタイン・ファイルが暴く伊藤穣一氏とMITの闇~米司法省公開文書が明らかにした 「東欧美女」「ビル・ゲイツ」「匿名寄附」の謎を解明する
ジェフリー・エプスタイン――2019年8月、ニューヨークの拘置所で自殺したとされる億万長者の性犯罪者。彼の名前は、権力者たちの暗部を照らし出す象徴となった。そして、その光は遠く日本人テクノロジストにまで届いている。伊藤穣一、通称「Joi」。MITメディアラボの所長として、テクノロジー界のスター的存在だった男の転落は、エプスタインとの癒着によって引き起こされた。
本稿は、2026年1月31日に米司法省の公開した約350万ページに及ぶ「エプスタイン文書」、2020年の法律事務所Goodwin Procterによる調査報告書、さらにロナン・ファロー記者(ニューヨーカー誌)らの徹底取材によって明らかになった証拠文書と2019年のスクープ記事を綿密に分析し、元ニューヨークタイムズ取材記者の私、上杉隆がNYタイムズ時代の知己と独自のAI解析(AI Media Uesugi Prompt)を用いて追加取材を行い、伊藤穣一が何をしたのか、そしてMITメディアラボがいかにして性犯罪者との関係を隠蔽しようとしたのかを明らかにする(なお、調査・取材・解析等は約3週間かけてすべて英語で行っている)。
「ヴォルデモート」――口にしてはならない名
「彼の名前を口にしてはいけない」
MITメディアラボの職員たちは、ジェフリー・エプスタインをこう呼んでいた。「ヴォルデモート」。『ハリー・ポッター』シリーズの悪役にちなんだ隠語である。あるいは「He who must not be named(名前を言ってはいけないあの人)」。
これは冗談ではなかった。そして、組織ぐるみの隠蔽工作の証拠ともなった。
2014年9月、伊藤穣一は電子メールでエプスタインに研究所への資金提供を依頼した。「もう10万ドル追加で出してもらえないか?契約をあと1年延長したいんだ」。エプスタインは即座に「イエス」と返信した。伊藤はこのメールをスタッフに転送し、こう書き加えた。
「これは必ず匿名として記録すること(Make sure this gets accounted for as anonymous)」
メディアラボの開発戦略ディレクター、ピーター・コーエンは念を押した。「ジェフリーの寄付は匿名にする必要がある。よろしく(Jeffrey money, needs to be anonymous. Thanks)」
これは氷山の一角に過ぎない。今回公開された電子メール群は、伊藤穣一とMITメディアラボが、性犯罪者であることを知りながらエプスタインから資金を受け取り、その事実を組織的に隠蔽していたことを示している。
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750万ドルの「仲介者」――ビル・ゲイツとレオン・ブラックの資金
エプスタインがMITメディアラボに直接寄付した金額は、MITが公式に認めた85万ドル(2002年から2017年)だけではなかった。伊藤は「仲介者」として、はるかに大きな金額を動かしていた。
2014年10月、ビル・ゲイツがメディアラボに200万ドルを寄付した。伊藤は内部メールにこう記した。
「これはビル・ゲイツからの200万ドルの寄付で、ジェフリー・エプスタインによって指示されたものだ(This is a $2M gift from Bill Gates directed by Jeffrey Epstein)」
コーエンは返信した。
「寄付記録の目的上、ジェフリーの名前をこの寄付の推薦協力者として記載することはしない(For gift recording purposes, we will not be mentioning Jeffrey’s name as the impetus for this gift)」
大学に提出された正式な記録には、「ゲイツは匿名を希望する友人の推薦によりこの寄付を行う」とだけ記されていた。コーエンは同僚に、「これが何十人もの人に配布されるとは思わなかった」と書き、エプスタインの名前は記されていないが「質問される可能性がある」と懸念を表明。今後、エプスタイン関連の提出書類は「公開情報にならない場合のみ」提出すべきだと指示した。
ゲイツの代理人はメディアラボ幹部に、ゲイツもこの寄付に関する公的議論から名前を伏せておきたいと伝えた。(なお、後に、ゲイツの広報担当者は「エプスタインがビル・ゲイツのプログラムまたは個人的な寄付を指示したという主張は完全に虚偽である」と否定している)。
しかし、今年2026年1月31日に公開された新たなエプスタイン文書は、この否定に疑問を投げかけている。
2014年10月の電子メールで、エプスタインとゲイツのトップアドバイザーであるラリー・コーエン(ゲイツ・ベンチャーズCEO)が「Re: MIT」という件名でやり取りしていた記録が発見された。コーエンはエプスタインに「彼ら(MIT)に、我々が書類を準備中で、11月3日に送金すると知らせましょう」と書いている。
さらに重要なのは、エプスタインがゲイツの別のアドバイザー、ボリス・ニコリックとの会話について報告しているメールだ。エプスタインはコーエンに、ニコリックがゲイツの最高投資責任者マイク・ラーソンと1時間話し、「ビルはファンドの25%以上を出すことはできない」と言われたと報告している。
これらの文書は、ゲイツ陣営の否定にもかかわらず、エプスタインがゲイツのMITへの寄付に深く関与していたことを強く示唆している。
500万ドルの謎――レオン・ブラックの寄付
アポロ・グローバル・マネジメント創業者のレオン・ブラックからは、さらに大きな金額が動いた。今回(2026年)公開された文書により、エプスタインが調整した500万ドルの寄付の存在が初めて確認された。
2015年5月、伊藤、コーエン、エプスタインの間で交わされた電子メールで、コーエンは伊藤に尋ねている。
「レオンが匿名の寄付者になりたいかどうか、大学側が知る必要がある。ジェフリーに聞いてレオンに確認してもらえないか?(Can you ask Jeffrey to ask Leon that?)ちなみに簡単に匿名にできる。レオンがクレジットを望むなら別だが」
コーエンはさらに続けた。
「もしジェフリーがレオンはMITから少し敬意が欲しいと言うなら、それも手配できる。でも、今のところ、学長を含めて誰も彼を訪問しようとはしない」
伊藤はこのメールをエプスタインに転送した。
2015年10月、伊藤はエプスタインにメールを送り、ブラックからの最初の100万ドルを受け取ったことを確認し、年末までに残りの400万ドルを「待っている」と述べた。
2015年11月、大学管理部門が伊藤に、ブラックの寄付金支払いが2015年末までに期限を迎えると通知した際、伊藤はこのメールチェーンをエプスタインに転送し、寄付の状況を尋ねた。エプスタインは簡潔に「リマインダーを送れ(send reminder)」と返信した。
ブラックの広報担当者は、ブラックはこの寄付を匿名にするつもりはなかったと主張しているが、これらの文書は別の物語を語っている。
伊藤穣一は、エプスタインを単なる寄付者としてではなく、資金調達のパートナー、いや、共同事業パートナーとして扱っていたのである。
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「東欧系のモデルたち」――MITキャンパスに連れてこられた若い女性たち
2015年夏、メディアラボへのエプスタインの訪問が計画された。コーエンはスタッフに指示を出した。もしイーサン・ザッカーマン准教授(エプスタインとの関係に反対していた人物)が予期せず現れた場合、エプスタインが会議をしているガラス張りのオフィスから遠ざけるようにとも付け加えられた。
元開発担当者で同窓OBのコーディネーターだったシグネ・スウェンソンは、衝撃的な証言をしている。伊藤がコーエンに伝えたところによれば、エプスタインは「2人の女性『アシスタント』なしでは決して部屋に入らない」といい、彼女たちをメディアラボへの会議に連れてきたいと希望した。
スウェンソンはこれに反対したが、結局、「アシスタント」たちはエプスタインに同行することが許可された。ただし、会議室の外で待つことになった。
訪問当日、スウェンソンは「アシスタント」とされている若い女性たちを目にして愕然とした。
「彼女たちはモデルだった。東欧系、間違いなく(被害女性に見えた)(They were models. Eastern European, definitely)」
スウェンソンは言う。
「研究室の女性スタッフ全員で、彼女たちに注意深く親切に接することにした。もし彼女たちが自分の意志でエプスタインとともにいたくないのならば、助けられるかもしれないという、わずかな可能性に賭けて」
この証言は重い。エプスタインの性犯罪の被害者の多くは東欧出身の若い女性だった。MITという世界最高峰の学術機関のキャンパス内に、性犯罪者が被害者とみられる若い女性たちを連れて歩いていたのである。
そして伊藤穣一は、それを許可した。
個人的な利益――120万ドルの投資資金
伊藤がエプスタインから受け取った金額は、メディアラボへの寄付だけではなかった。
2019年9月、ニューヨーカー誌の報道を受けて、伊藤はエプスタインから個人の投資ファンドのために120万ドルを受け取っていたことを認めている。これはメディアラボへの52万5,000ドルの寄付とは別のものだった。
つまり、伊藤は公的な研究機関の所長という立場を利用して、個人的な金銭的利益も得ていたのだ。
さらに、2026年に公開されたエプスタインの2014年の信託文書によれば、MITは「第三順位の最終受益者」として指定されていた。寄付は「ジェフリー・E・エプスタイン基金」と名付けられ、「MITに通う大学院生および学部生への財政援助を提供する」ことを目的としていた。
死後もなお、エプスタインはMITに影響力を及ぼしていたのだ。
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内部告発者の勇気――シグネ・スウェンソンの証言
「私の仕事は秘密を守ることだと感じていた」
シグネ・スウェンソンは、ガーディアン紙のインタビューでこう語った。
2014年に採用された際、スウェンソンは自分の職務の一つが「伊藤穣一とジェフリー・エプスタインの既存の関係を支援すること」だと告げられた。エプスタインがMITの中央寄付者データベースで「不適格(disqualified)」とされていることを知っていたスウェンソンは、「彼は犯罪的な小児性愛者だと伊藤に指摘した」と言う。「エプスタインと仕事をするのは良いアイデアに思えない」と告げたが、結局、ラボの仕事を尊重して職を受け入れた。
しかし、入所後の最初の週に、スウェンソンはコーエンと伊藤から、エプスタインからお金を受け取りながら大学内で報告しない方法についての相談を受けている。コーエンが「なんとかして匿名にする方法はないか?」と尋ねると、スウェンソンは大学の内部報告要件が存在するため、寄付を隠す方法はないと答えている。スウェンソンでは、伊藤は「小額の寄付なら匿名で受け取れるのでは」と語ったという。
2015年、エプスタインがメディアラボを訪問する際、スウェンソンは「小児性愛者が私たちのオフィスに来るんだという事実に衝撃を受けた」と語る。コーエンはエプスタインが「よくない人物(unsavory)」であることに同意したが、「とにかく実行するつもりだ――これは伊藤のプロジェクトだった」と言った。
3年間働いた後、スウェンソンは辞職した。「自分や他の女性スタッフの意見が通ることはないと悟った」からだ。
2019年8月、エプスタインが逮捕され、その後拘置所で自殺すると、スウェンソンは行動を起こすことを決意した。伊藤とMITの限定的な認容と謝罪を見て、「MITが権威を守り、関係者の立場を守り、都合のよい情報だけを出して、謝罪と贖罪を提したようにみせ――組織防衛をしながら、物語の死ぬことを望んでいる」と感じたからだ。
スウェンソンは内部告発者支援団体「Whistleblower Aid」の支援を受け、ロナン・ファロー記者に証言した。それが、2019年9月のニューヨーカー誌のスクープ記事につながったのである。
セス・ロイド教授――刑務所とプライベート島への訪問
伊藤だけではない。MIT機械工学教授のセス・ロイドもエプスタインと深い関係を持っていた。
ロイドは2004年、有名な文芸エージェント、ジョン・ブロックマンの主催する「エッジ・ビリオネアズ・ディナー」でエプスタインと出会った。(このブロックマンという人物は、エプスタインを多くの有名科学者に紹介した責任があるとされている)
2008年、エプスタインが性犯罪で有罪判決を受け、フロリダ州の刑務所で服役していた時期――ここが重要だ――ロイドはエプスタインを刑務所に訪問している。
ロイド自身が2020年1月に公開した謝罪文で認めている。
「エプスタイン氏の逮捕とその後の有罪判決を知ったとき、私は深く動揺した。(子供は売春婦ではない、という事実に気づくべきだったとも書いている)。しかし、熟考の末、私はフロリダでの刑期中にエプスタイン氏を訪問することにした。当時、私はそれが良い行いをしているのだと信じていた」
性犯罪者が刑務所に服役している最中に、MIT教授が面会に行く――これが「良い行い」だと?
ロイドは続ける。
「エプスタイン氏は自らの行為に対する後悔を表明し、決して再犯はしないと私に約束した」
釈放後、ロイドはエプスタインの開催する科学者たちとのミーティングへの参加を再開し、2012年と2017年にエプスタインの財団から2つの助成金を受け取った。さらに、ロイドはエプスタインから個人的に6万ドルの贈り物を受け取っていたが、これはMITに報告されてはいなかった。
Goodwin Procterの報告書によれば、ロイドはエプスタインのプライベート島を少なくとも5回訪問している。
今回(2026年)に公開された文書では、2013年、ロイドがハーバード大学のマーティン・ノワック教授と共にエプスタインのニューメキシコ牧場を訪問する招待を受け入れたことを示す電子メールが見つかっている。
さらに衝撃的なのは、2014年のノワックとエプスタインの間の電子メールだ。ノワックが「我々のスパイは任務を完了した後に捕らえられた」というメッセージを送ると、エプスタインは「あなたは彼女を拷問したのか(did you torture her)」と返信している。
この「彼女」とは誰のことなのか?
2020年1月、MITは調査報告書の公表後、ロイドを有給の休職処分とした。だが、現在もロイドは終身在職権のある教授としての地位を保持している。
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伊藤穣一の弁明と辞任
2019年8月16日、エプスタインとの関係が最初に報じられた後、伊藤はMITメディアラボのウェブサイトに謝罪文を掲載した。
「私はエプスタインと2013年に信頼できるビジネス上の友人を通じて会議で出会い、メディアラボの資金調達活動の中で、彼を研究室に招き、彼の複数の住居を訪問しました」
「複数の住居」――これにはニューヨークのエプスタインのタウンハウス、カリブ海のプライベート島(エプスタイン島)、ニューメキシコの牧場が含まれていたことが後に判明する。
伊藤は続ける。「エプスタインとのすべての交流において、私は彼が告発された恐ろしい行為に関与したことは一度もなく、彼がそれについて話すのを聞いたこともなく、証拠を見たこともありませんでした」
これは本当だろうか?
スウェンソンの証言によれば、伊藤はエプスタインが「2人の女性アシスタント(被害者とみられている)なしでは決して部屋に入らない」ことを知っており、それをスタッフに伝えていた。伊藤はエプスタインのニューヨーク、カリブ海、ニューメキシコの住居を訪問していた。
「伊藤が何も疑わしいものを見なかったという主張は信じがたい(implausible)」とスウェンソンは言う。「最良の場合でも、問題を否定することに加担していた。最悪の場合については考えたくない」
伊藤の謝罪は不十分だった。そして2019年9月6日、ロナン・ファローのニューヨーカー誌記事が公開された。
記事は、MITメディアラボがエプスタインの寄付を組織的に隠蔽していたこと、伊藤がエプスタインを通じて少なくとも750万ドルの寄付を調整していたこと、そして個人的に120万ドルを受け取っていたことを詳細な証拠とともに暴露した。
翌日、2019年9月7日、伊藤穣一はMITメディアラボ所長を辞任した。
伊藤は辞任のメールでこう書いている。
「過去数日と数週間にわたってこの件について熟考した結果、私がメディアラボの所長として、さらに教授および研究所の職員として、即座に辞任するのが最善だと思います」
しかし、辞任したのはMITだけではなかった。伊藤は同日、ニューヨーク・タイムズの取締役会からの辞任も発表した(ボード)。世界最高峰のメディアが、幼児性愛者との深い関係をもつ人物の存在を許すはずもない。当時の様子も含め、NYTに聞くと、伊藤の現在の評価は「テック業界における倫理を軽視する典型的な人物」「エプスタインをめぐる権力構造を担った危険人物」として突き放しており、NYTの論説でも「信頼を損なったリスクのある人物」として批判されている。
さらに、伊藤はバイオテクノロジー企業ビルダーPureTech Healthの会長職からも辞任せざるを得なくなった。
MIT幹部の責任――ラファエル・ライフ学長と管理者たち
「結果論で言えば、私たちは恥と苦悩を共有しています。私たちMITは、エプスタインの評判を高めることに貢献することを許してしまいました。それが、彼の恐ろしい行為から世間の注意をそらすことに役立ってしまいました。どんな謝罪もそれを取り消すことはできません」
MITのラファエル・ライフ学長は2019年8月、謝罪文を発表した。しかし、彼自身もエプスタインとの関係に関与していたことが後に明らかになる。
2012年、ライフが学長に就任してわずか6週間後、彼はエプスタインの寄付に対する感謝状に署名していた。2019年9月、ライフはこの事実を認めざるを得なくなった。「伊藤がこの最初の寄付を保持する許可を求め、私の上級チームのメンバーがそれを許可しました」
さらに、エプスタインの寄付は「私が出席していた、少なくとも一度のMITの定期上級チーム会議で議論されました」とライフは述べた。
Goodwin Procterの報告書によれば、MIT財務担当副学長イスラエル・ルイス、資金開発担当副学長ジュリー・ルーカスを含む複数の幹部が、エプスタインの寄付を承認していたとされる。ルイスは電子メールで「今のところ、このやり方で7桁の寄付を受け入れられる。金額がもっと大きければ、再度議論すべきだ」とも書いていた。
後に、ルイスは「500万ドル以下なら年間受け入れ可能」とし、「100万ドルまたは200万ドルのレベルでは広報の必要なし」と述べている。
報告書を作成した調査官たちは、「エプスタインのアカウント以外に、MITが匿名指定した寄付者の存在は確認できなかった」と記している。
2019年12月、MITはルイスが春学期末に辞任すると発表した。
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抵抗した人々――イーサン・ザッカーマンの抗議辞任
ただし、MITでは全員が共犯だったわけではない。
イーサン・ザッカーマン准教授は、2013年から伊藤に対してエプスタインとの関係について度々、懸念を表明していた。ザッカーマンは教授会の後に伊藤を引き留め、「君はエプスタインと会っていると聞いた。それは良いアイデアだとは思わない」と語っている。
伊藤は「彼は本当に魅力的な人物なんだ。どうだ、会ってみたいか?」と答えている。ザッカーマンは伊藤の申し出を断固として断ったうえで、「エプスタインとの関係はメディアラボにとって悲劇的な結果をもたらす可能性がある」と忠告している。
2019年8月9日、エプスタインが拘置所で死亡した翌日、ザッカーマンは伊藤と話をした。その夜、伊藤はザッカーマンに、メディアラボのエプスタインとの関係が「はるかに深い(went much deeper)」ことを告げた。
伊藤とエプスタインの間のビジネス、伊藤のベンチャーキャピタルファンドが支援する企業への投資、エプスタインによるメディアラボへの寄付と訪問、そして伊藤によるエプスタインの別荘などへの訪問が含まれていた。
ザッカーマンは即座に決断した。
「私たちのグループが行っている仕事は、社会正義や疎外された個人と社会の包摂に焦点を当ててきました。その私たちが、エプスタインとの関係を偽装し、自らの価値観に明確に反する行為を容認する人物ら(伊藤とロイドのこと)と、正義面をして仕事を続けることは困難です」
そして、2019年8月21日、ザッカーマンは抗議の辞職を発表した。
ザッカーマンは2018年のメディアラボ「Disobedience Prize(不服従賞)」の受賞者――STEMにおける#MeToo運動に取り組む3人の女性――に次のような謝罪の手紙を送った。「性的嫌がらせと暴行と戦う彼女たちの科学技術分野での仕事が、メディアラボとの関連によって損なわれるかもしれないというのは、ひどい皮肉だと感じました」
他の共犯者たち――エド・ボイデン、ニール・ガーシェンフェルド、そしてリード・ホフマン
伊藤とロイド以外にも、複数のMIT関係者がエプスタインと関わっていた。
エド・ボイデン教授(神経科学者、MITメディア・アーツ・アンド・サイエンス)は、2020年の報告書の後に声明を発表し、エプスタインが「重大な犯罪で有罪判決を受けていたことを知りながら」、キャンパス内外でエプスタインとの会議に出席したことを後悔していると述べた。
報告書によれば、ボイデンはエプスタインをキャンパス外で「少なくとも5回」訪問し、研究と潜在的な資金提供について議論したことを認めている。
2026年に公開された文書では、2013年、ボイデンがエプスタインのニューメキシコ牧場を訪問する申し出を受け入れたことを示す電子メールが見つかった。
さらに衝撃的なのは、2015年のボイデン、エプスタイン、伊藤の間の電子メールだ。ボイデンは、エプスタインと伊藤の言及した「コーチ」に会うことに熱心だと書いた。その後、エプスタインは伊藤と私的にやり取りし、ボイデンが必要とするコーチが「『ピッチ』コーチなのか、それとも女性の選び方のコーチなのか(the ‘pitch’ coach, or the how to pick women coach)」と冗談を言った。
ニール・ガーシェンフェルド教授(物理学者・コンピューター科学者)は、2013年にMITキャンパスへのエプスタインの複数回の訪問中にエプスタインと会った。ガーシェンフェルドは後にエプスタインの自宅での食事に招待されている。
2014年の電子メールで、ガーシェンフェルドはエプスタインに自分のオフィスでの「ランチ」を確認し、将来の祝賀会に言及して「サングラスとビーチボールはオプション」で、「うまくいけば、これはもっと楽しい場所で会うためのウォームアップになる(hopefully this will be a warm-up for meeting in more entertaining venues)」と付け加えている。
そして、リード・ホフマン――LinkedInの共同創業者で億万長者のベンチャーキャピタリストも、この醜聞に深く関与していた。
ホフマンは伊藤を通じてエプスタインと関わり、メディアラボへの寄付にも関連していた。2019年9月、ホフマンは謝罪声明を発表し、「ジョイ・伊藤が私にジェフリー・エプスタインを紹介した時、私はエプスタインの恐ろしい背景については知りませんでした」と述べた。
2013年7月19日、エプスタインはMITキャンパスを訪問し、伊藤とリード・ホフマンと会った――これはGoodwin Procter報告書に記録されている。
ホフマンは後に、伊藤がエプスタイン問題で批判を受けた際、私的な電子メールで伊藤を擁護していたことも明らかになった。
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2026年の新文書――さらなる暴露
2026年1月30日、米司法省は約350万ページのエプスタイン関連文書を公開した。この「エプスタイン・ライブラリー」は、新たな衝撃的事実を明らかにした。
MITは、エプスタインの2014年信託文書で「第三順位の最終受益者」として指定されていた。寄付は「ジェフリー・E・エプスタイン基金」と名付けられ、「MITに通う大学院生および学部生への財政援助を提供する」ことを目的としていた。
さらに、2014年の電子メールで、リンダ・ストーン(元MITメディアラボ諮問委員会メンバー、伊藤をエプスタインに紹介した人物)がエプスタインに、MIT学部生のジェレミー・ルービン(2016年卒、ビットコイン研究者)を紹介していたことが判明した(伊藤がCCで入っている)。「伊藤も、私も(ストーン)、あなた(ルービン)がこの人(エプスタイン)を超面白いと思うだろうと考えています」
ルービンは後に2014年から2018年まで複数回エプスタインと会っていた記録が見つかっている。2018年8月の電子メール交換で、エプスタインはルービンに暗号通貨について助言を与えていた。
結論――構造的腐敗と説明責任の欠如
これらの調査が明らかにしたのは、伊藤などの個人の道徳的失敗だけではない。MITの組織的・構造的な腐敗である。
伊藤穣一は、性犯罪者であることを知りながらエプスタインと深い関係を築き、彼から個人的に120万ドルを受け取り、メディアラボに少なくとも52万5,000ドルの寄付を受け入れ、さらにエプスタインを通じて750万ドル以上の資金を調達した。そして、伊藤はこれらすべてを組織的に隠蔽しようとしたことが明らかになっている(とくに今回のエプスタインファイルで)。
MIT幹部は、エプスタインが大学の寄付者データベースで「不適格」とマークされていることを知りながら、彼からの寄付を承認していた。学長ラファエル・ライフは、エプスタインへの感謝状に署名している。複数の管理者が、エプスタインの関与を「匿名」として記録することに同意した。
セス・ロイド教授は、刑務所に服役中のエプスタインを訪問し、釈放後も関係を続け、彼のプライベート島(エプスタイン島)を訪問した。そして、個人的に6万ドルの贈り物を受け取りながら、それをMITに報告しなかった。
ビル・ゲイツとレオン・ブラックは、エプスタインを通じて数百万ドルをMITに寄付した――その後、彼らの広報担当者は関与を否定したが、文書記録は別の物語を語っている。
そして、最も衝撃的なことは、若い女性たち、おそらくエプスタインの被害者たちが、MITという世界最高峰の学術機関のキャンパス内を、性犯罪者に同伴して歩いていたという事実である。
シグネ・スウェンソンのような内部告発者の勇気がなければ、この真実は永遠に闇に葬られていたかもしれない。イーサン・ザッカーマンのような健全な精神を持った学者の抵抗がなければ、誰も声を上げなかったかもしれない。
確かに伊藤穣一は辞任した。しかし、それで十分なのだろうか?
セス・ロイドは有給休職処分となったが、教授としての地位を保持している。ラファエル・ライフ学長は謝罪したが、辞任しなかった。イスラエル・ルイス財務担当副学長は「辞任」したが、それは報告書公表の1年前に発表されていた。
誰も刑事責任を問われていない。誰も実質的な処罰を受けていない。
MITは「独立調査」を実施し、報告書を公表し、謝罪した。しかし、構造的な問題――富と権力が学術的な誠実性を侵食できるシステム――は依然として存在している。
エプスタインは死んだ。しかし、その彼を象徴とする腐敗――金で沈黙を買い、金で影響力を買い、金で共犯者を買うシステム――は生き続けているといえるだろう。
そして、伊藤穣一が何をしたのかという問いへの答えは明確である。
彼は知っていた。彼は利益を得た。彼は隠蔽した。そして彼は、世界で最も尊敬される学術機関のひとつが、性犯罪者を正当化する手助けをすることを許したのだ。
これが、公開されたエプスタイン文書が暴いた真実である。
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【後記】
今回の調査報道は、米司法省が2026年1月31日に公開した約350万ページのエプスタイン関連文書、2020年1月に公開されたGoodwin Procterによる61ページの独立調査報告書、ロナン・ファロー記者(ニューヨーカー誌)の2019年9月の詳細な調査報道、内部告発者シグネ・スウェンソンの証言、筆者のニューヨークタイムズ時代の知己への取材、上記とは別の公的機関が認めた多数の電子メール記録と公開文書に基づいている。
すべてのクレジットは出典の明記された公開文書からのものに拠っている。調査・解析はすべて英語による。なお、伊藤穣一氏本人への取材やインタビューは、「NoBorder News」への出演を兼ねて再三にわたって伊藤が学長を務める千葉工業大学へ依頼しているが、2月25日現在一切の回答はない。
また文中の敬称はすべて略した。
(『上杉隆の「ニッポンの問題点」』2026年2月26日号より。ご興味を持たれた方はご登録の上お楽しみ下さい。初月無料です)
※本コラムは個人の見解であり、特定の個人や団体を擁護・非難す
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