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美しい橋が隠す“深い亀裂”。ボスニア・モスタルの街角に残る「戦後30年」の現実

内戦終結から30年近くが経過した現在も、ボスニア・ヘルツェゴビナは「平和」と「分断」が同時に存在する稀有な国です。メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者でジャーナリストの引地達也さんは、ボスニアのモスタルという一つの都市を通して、分断社会の現実と、修復の可能性について考察しています。

迫る危機-モスタルで分断された町は修復可能なのか

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボの閑散とした駅から乗り込んだ列車の中は、駅とは対照的ににぎやかなでくつろいだ雰囲気の人たちが座席を埋めていた。

同国5番目の規模のモスタルまでは約2時間。

やまがちなこの国の鉄路はどこも山並みの間を縫うように線路が敷かれていて、乗客は険峻な渓谷や高低差の景色を車窓から楽しめることになる。

到着したモスタルは、2005年に同国初のユネスコ世界遺産に登録された橋、スタリ・モストが有名な観光地。

いつもは賑わっているようだが、この日は3月1日の独立記念日で多くの店が休業していた。

店舗では国旗を示すことが奨励されているようで、休業中でも店先には必ず青と黄色に白い星が並ぶ国旗が掲げられていた。

子どもが画用紙に描いたものも、色紙で作ったもの、立派な生地で掲揚されたものもある。

この国旗は内戦終了後、1998年の長野オリンピックに向けて制定されたたもので、下地は欧州連合(EU)旗を模したとされ、加盟の希望を表しているが、同時に殺し合った3勢力が「共存」する意志を示しているものの、それは不安定さゆえの意志ともとれる。

国の紛争を終わらせた1995年のデイトン合意は付属文書で規定された憲法があり、そこには紛争当事者であった3民族を主要民族とし、ボスニアをボシュニャク・クロアチア人中心の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」(国土の51%)と「スルプスカ(セルビア人)共和国」(同49%)の2つのエンティティ(政体)とブルチュコ特別区から構成されるとした。

各勢力の分断を固定化し、「平和」が保たれているのが、この国である。内戦で凄まじい市街戦や略奪や虐殺の舞台となったモスタルは市内を分けているネレトヴァ川に架かっているスタリ・モストが街の見どころだが、同時にこの橋は分断と危うい平和の象徴ともいえる。

橋はもともとオスマントルコの支配下にあった16世紀に作られたものを原型とし、当時の技術を駆使した美しい橋として知られ、町の象徴となった。

紛争中の1993年11月9日午前3時にクロアチア系のカトリック民兵によって破壊されたが、デイトン合意後、復興計画が立てられ、2004年6月23日に復興した橋が完成した。

切り立った崖の間を架かる石橋は周囲の景観とともに風光明媚で、周辺のレストランやカフェからの眺めも角度によって見え方が違い、歩いて、見て、楽しめる世界遺産である。

観光客が楽しむ様子は平和そのものだが、町を俯瞰するとまた違って見えてくる。

橋の西側にはカトリック地区でカトリック教会の尖塔が街を見渡し、東側はムスリム地区でモスクが立ち並ぶ。

観光客には2つの趣を見られる素敵な街並みと目に映るかもしれない。

しかし、四半世紀前にはこの勢力同士が攻守交替しながら悲惨な殺戮を行ったことを思うと、その風景は暗い灰色にくすんでくる。

この固定化された勢力を位置づけた憲法はいわば、内戦を終結させるための方法であり、そこから恒久的な平和に向けた進展的な動きは停滞したままである。

国旗の配色とともにEU加盟を望む姿勢を鮮明にしたものの、その道筋は見えない。

むしろ、ロシアとウクライナ、イスラエル・米国とイラクを持ち出すまでもなく、世界各地で紛争は大小さまざまな形で頻発している。

その紛争の導火線がこの地域にどう飛び火するか、予断は許されない。

立教大の長有紀枝教授はフィナンシャルタイムズ等を引用しながら「デイトン合意から四半世紀を経た現在、ボスニア情勢は、1995年の紛争終結以後、『最悪のセキュリティクライシスのただ中』、『紛争終了後最大の国難ともいえる政治状況』などとされるほどに緊迫している」(※1)と指摘する。

今だからこそできる対話があるのではないか。

時間はない。

切迫した状況であることは共有したい。

※1 長有紀枝(2022)「持続的な平和(Sustaining Peace)の実現に向けた取り組みの現状と課題 ボスニア・ヘルツェゴビナの平和構築再考 ─デイトン和平合意25年後の教訓─」『国際安全保障50巻1号』
長 有紀枝

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image by: BBA Photography / Shutterstock.com

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障がいがある方でも学べる環境を提供する「みんなの大学校」学長として、ケアとメディアの融合を考える「ケアメディア」の理論と実践を目指す研究者としての視点で、ジャーナリスティックに社会の現象を考察します。

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