戦時下という異例の状況の中で行われた、「当事国」アメリカへの高市首相の訪問。日本国内ではさまざまな評価がなされていますが、識者はどう見たのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、「結果的には成功」としてそう判断する理由を解説。その上で、日本経済が国際市場から「投げ売り」されないために高市氏が取るべき方策を提示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:訪米の評価と高市政権の今後
結果的には成功。日米首脳会談の評価と高市政権の今後
とにかく、訪米が決定した時点では想像もできなかったように、高市総理の訪米は戦争真っ最中というタイミングとなりました。これに対しては、この際だから病気を理由にキャンセルするのが国益という見方もあったぐらいです。それはともかく、様々な懸念の声があったわけですが、結果的には成功であったと思います。
まず、最も心配されたペルシャ湾への艦艇派遣問題については、停戦が成立しなければ不可能という法律の建て付けをアメリカに理解させたことになります。具体的には交戦が継続している中での交戦地への艦艇派遣は、事実上の戦争への参加になるという当たり前の事実を説明できたのは成功です。
この結果について、「高市政権はこれで戦後世界に逆戻り」だという右派の言説とか、「きっと第九条改憲を約束してきたに違いない」などという左派の勝手な言説が飛び交っていますが、間違いです。高市総理は淡々と現状維持に成功した、それ以上でも以下でもありません。
またこうしたは結果は、日本の利というだけでなく、アメリカとイランという当事者間の態度軟化の契機となったようです。これに関しては、日本とイラン両国の政府間にある1979年の革命以来延々と続いている関係がうまく働いているようです。さらに言えば、イランがやや態度を軟化したことは、窮地のトランプ政権も暫定停戦のきっかけに使うことができました。そう考えると、全体が得をしたという望外の効果があったと言えます。
その他にも、対米投資の拡大など、通商の関係で以前赤沢大臣が合意した内容に追加するような要請が突きつけられるという見方もありました。特に、相互関税がアメリカの連邦最高裁判決で無効化された中では、妙な新ネタが繰り出される危険もあったのですが、こちらも問題なく終わりました。
総理自身によるトランプ氏への態度が問題だという批判は、日本国内ではかなり見られるようです。まあ、かなり際どいラインではありますが、必要悪かつ許容範囲というところだと思います。例えばホワイトハウス内で、バイデン氏の肖像写真を掲げるべき場所に妙な写真がかかっています。バイデン氏が認知低下に陥っていて署名すべき箇所にはスタッフが「自動ペン」でサインさせていたという「ネタ」を「写真」にしたものです。
その写真の前での高市総理の写真が出回っています。高市氏は笑っていて、いかにもバイデン氏を揶揄しているように見えますが、会話の内容は不明ですから本当にバイデン氏への揶揄があったのか、真偽は分かりません。あとは、ガッツポーズの写真だとか、トランプ氏に抱擁されるように飛び込んだらしいとか、いずれも確かに際どいテクニックには違いありません。
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高市とトランプに共通する「大衆政治家」の宿命と行動原理
そうではあるのですが、高市氏もトランプ氏も、共に大衆政治家という宿命を背負っているわけです。その程度ということでは、トランプ氏ははるかに重いものを背負っています。ですから、いくらトランプ氏に迎合するのが下品でも、その後ろには猛烈な反エリート排外感情を抱えた世論が存在します。そんな中では、トランプ氏に対して「お行儀よく反発する」などという行動は、意味を成しません。
この点においては、日本の場合は制度がうまい具合にできているということもあります。象徴天皇制の日本としては、総理大臣とはあくまで行政府の長であり、実務家であり、実利を追求する役割です。国民統合を象徴する存在ではないので、この種の逸脱行動(ハグとかガッツポーズなど)を行っても、国の威信は全くもって揺らぐことはないのです。
そんなわけですから、今回の総理訪米はイラン情勢と、日本の対米投資というのがテーマという理解がされていました。そして、どちらも総理は「合格点」を獲得した、これは間違いありません。その一方で、その裏では別のメカニズムが働いていたと考えられます。それは、日米における金利と為替の問題です。
まず、日本側の事情としては財政規律の問題があります。具体的には、高市総理に対する国際市場の評価というのが問題となっています。高市総理は長年にわたって「積極経済」を口にしてきていました。これによって、30年来の財務省の戦略に変化が生じるのではないか、国際市場はこの点を息を詰めて見守っているのです。
その背景には長いストーリーがあります。1990年代の日本経済の急激な下降に対して、例えば小渕恵三政権は思い切り財政出動を行って景気の浮揚を図りましたが、空振りに終わりました。このコラムが以前にお世話になっていた村上龍氏の「JMM」は、この小渕政権の失敗を契機に始まった日本の「失われた年月」への危機感からスタートしていたことも想起されます。
これに対する一種の反動が小泉純一郎政権であり、いわゆる「骨太の政策」という奇妙な「小さな政府論」がその具体化でした。以降の20年、反対に日本は曲がりなりにも財政規律を意識してきたのでした。その点で財務省は一貫していたわけです。若い世代に「ザイム真理教」などと揶揄されるその行動原理ですが、その背景には、日本の国家債務が既に危険水域に入っているという認識があったのでした。
1997年に韓国やタイで起きたアジア通貨危機、つまり国債のデフォルトという現象を見て、当時の財務官僚は心の底から恐怖を感じたのです。しかも当時の日本経済はまだまだ大きく、仮に日本が破綻したらIMFも連鎖倒産して世界は大恐慌となる、そんなシナリオも意識されていたのでした。実際は、この時点では日本経済は「倒すには大きすぎる」規模を維持していました。ですから、日本を破綻させることは困難ではあったのです。
ですが、危機感ということ自体は悪いことではありません。ただ、この想いは、戦前からの悪しき伝統に従って、都市の高学歴層に強く、どういうわけか中道左派的な属性を持っていました。例えば2009年から3年にわたって国政を担った民主党政権は世界的に見れば超タカ派の経済財政政策を採用するなど、財政規律については厳格な志向を持っていました。選挙に負けて崩壊する前の野田立憲も同じで、これも自分たちエリートがしっかりしないと国家が破綻するという知的でロマンチックな悲観論が背景にあったのです。
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アベノミクスの限界と「積極経済」に向かう日本の転換
その前に実際に野田民主党が政権を維持していた際に、これを批判して登場したのが第二次安倍政権でした。「アベノミクス」を掲げて登場した第二次安倍政権は、確かに金融緩和は行いました。ですが、投資姿勢は保守的なままでした。そして、何よりも円安に振っても原油が安いので日本経済にはオッケーという「ラッキー」にも恵まれたのでした。
そんな中で、財政規律を緩めてもいいという言論も2010年代から20年代半ばまではありました。例えば、日本の国家債務が危険水域に深く入り込んでも超円安が起きないのは、巨大な国債発行残高が国内の個人金融資産で消化できているという神話がありました。これに加えて、MMT理論、つまり政府の貨幣発行は資本金の増資のようなもので、弊害はないという新興宗教のような話が世界で流行しており、日本でもこれに乗っかる議論も見られたのです。
更に、一時的な動きとしては、コロナ禍に対抗した財政出動については、中国、アメリカ、欧州ともに限界一杯のカネを突っ込んでいました。ということは、いくら国家債務では劣等生でも、日本の通貨というのは「比較すると優等生」であり、何もしないと「すぐに円高になる」体質、つまり比較優位があるという感覚のあった時代もありました。こうした感覚を背景に、菅義偉氏と総理総裁の座を争った時期の高市早苗氏は「積極経済」を口にしたのであり、以降、これは彼女のトレードマークになっています。
ただ、万年総裁候補であった時期の高市氏は、とにかく「保守票頼みの一本足打法」でしたから、「第三の矢」に失敗した安倍晋三氏と比べても、より「構造改革」は言い出せない立ち位置でした。ですから、いわゆる「サナエノミクス」というのは、金融緩和と財政出動が主であり、そこには強靭化理論が乗ったり、軍需産業育成がくっついたりしていたのでした。
そして、今回、最終的に総理総裁に上り詰める中では、より大衆政治家として「減税するしない」の議論において、危ないレトリック(検討の加速)で権力を奪取しているわけです。そんな中で、今回の訪米直前の時点では、高市総理の立場はより切迫していました。まず総理就任後の為替相場は穏やかながら明確な円安傾向にありました。総理総裁候補として長年「積極経済」を主張してきた総理には、国際市場からは財政規律を緩める政治家というイメージが定着していたからです。
更に問題なのは、超長期国債の金利が高騰していることでした。一時期には4%を大きく超える危険水域に突っ込むという事態もあったのです。つまり、高市氏のもとで財政規律が緩んだままでは、40年ものの超長期国債の償還を迎える頃には、日本の財政は顕著な悪化が進む可能性が濃いという判断から、市場において金利が上昇(つまり国債は下落)したのでした。
数ヶ月前までは、ドル円相場が円安に振れるのは「日米の間に金利差がある」からだという説明がされていたわけです。そうなのですが、現在起きているのは日本の金利が上がって、日米の金利差が縮んでも円が高くならないという現象です。金利差の影響を、財政悪化懸念が帳消しにしているとも言えます。これはかなりマズい傾向です。
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「3月末」という危険なタイミングが招いた為替と金利の綱渡り
問題は3月末という訪米時のタイミングでした。まず、日本の大企業の多くは多国籍化していて連結決算における海外比率が高くなっています。ですから、円安になれば円建ての売上利益は大きく見えます。反対にこのタイミングで急に円安になると多くの企業の決算は悪化して、新年度の賃上げなども吹き飛んでしまいます。また、金利に関しても更にアップすると、新年度の国債利払いの予算が急激に膨らんでしまい予算が組めなくなります。
そんな中で、例えば日米首脳会談のタイミングでアメリカがいきなり強めの「円高ドル安誘導」を行うような、それこそプラザ合意の二の舞のような事態となれば、危ないところでした。同じように米国の利下げというのも、仮にドル安誘導の文脈と連動するようだと、円を更に押し上げてしまいます。
その一方で、仮にペルシャ湾に対する問題で、日本が困難な立場に追い込まれるようなことになれば、国力衰退につながるとして国際市場では円は売られて下がり、同時に長期国債は暴落(金利上昇)となっていたかもしれないのです。
そう考えると、今回の日米首脳会談の位置づけは、すごく「危ないギリギリの状況」であったということが分かります。ハグだとかガッツポーズだとか、演技で済むのなら、女優高市早苗としては、いくらでも体当たりでやる覚悟だったのでしょうし、そんな危険な局面でもあったのです。
結果的には、日米首脳会談後の日本株は多少の上下がありましたが、円はやや安い水準で落ち着いています。超長期国債金利も劇的には改善していませんが、落ち着いています。ということで、高市政権としては年度末の危機をほぼ乗り切ったと言えると思います。今回の首脳会談について言えば、実はこれが本筋であったわけで、だからこそ茂木、赤澤という重要閣僚も同行したのでした。
では、このまま政権は順風満帆に進むのかというと、全くそうではありません。まずイラン情勢ですが、高市=トランプ会談を契機に様々なファクターが鎮静化に向けて動いていますが、これが半月以上「持つ」かは分かりません。イスラエルが、更に冒険主義をエスカレートしたり、4月以降の展開は全く読めないからです。仮にシナリオが悪い方にシフトして、原油が1バレル120とか140といった水準になれば、日本経済の出血は加速します。
そんな中で、新年度に例えば、トランプ政権が火を付けて円高が進むシナリオの場合、日本の不動産と株に関しては、海外の投資家が「利益確定」に走ることで、暴落の危険があると思います。その一方で、このまま財政の好転が見えない場合は、さらなる円安の中で長期金利は上がり続けます。そうして「日本円は二度と輝かない」と市場が判断した瞬間に、株と不動産には「損切り」の売りが入るかもしれないのです。
例えばですが、ここ数ヶ月のアメリカでは日本発の世界恐慌というネタが流行っています。ホンモノのアナリストではなく、例えば動画などで発信しているインフルエンサー的な人々が、次のようなメッセージを出しているのです。それは、
- 日本の財政が減税などで破綻まっしぐら、
- そこで日本が保有する米国債を売りに出す、
- 米国債も暴落、
- 株価も含めて全体がクラッシュ、
- 肥大しているノンバンク融資なども吹っ飛んで金融危機の再来、
というストーリーです。
荒唐無稽ではあるのですが、日本の財政が相当に悪いということと、今の総理が緊縮ではなく積極経済論だということは、日本の歴史や文化に詳しくない世代にもかなり広まっています。これは全くもって、良いことではありません。
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高市政権に問われる本気度と日本経済を左右する構造改革の行方
その意味で、今度こそ高市総理には、亡くなった安倍晋三氏もできなかった産業と人材の構造改革に踏み込んでいただかなくてはなりません。例えば、軍需産業に依存するのは「落ちぶれ」なのかという議論がありますが、これは本当に「落ちぶれ」だという認識が必要です。軍需とは究極の官需であって、政治によるマーケティングに依存できます。ですが、同盟国しか対象になりませんし、同盟の仮想敵との対立エネルギーが高まることで販売が可能になるという破滅性を持っています。
さらに言えば、特定の技術が軍需のゾーンに囲い込まれると、競争原理は働かなくなり、全世界の民生品市場には行けなくなります。ですから、どう考えても民需より官需、官需より軍需というのはやはり「落ちぶれ」なのです。英語と文化がわからず、同世代の友人が少ない中で世界の若返りつつある民生品市場へのマーケティングができないし、そのリスクも取れないところに「落ちぶれた」結果だからです。
高市氏には、そこまで理解して、とにもかくにも35年間何も良いことのなかった日本経済を反転させるような発想の転換を求めたいと思います。国際市場は、見ていないようで見ています。そこに本気度を感じることができれば、日本の「投げ売り」は回避できるかもしれません。けれども、そのような本気度を見せて信用を得ることができなければ、新年度の日本経済は正念場となるように思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2026年3月24日号の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「対米投資で送金しても円安にはならない」「論点も対立軸も間違い、皇位継承論の不幸」、人気連載「フラッシュバック81」もすぐに読めます。
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- 【Vol.631】冷泉彰彦のプリンストン通信 『訪米の評価と高市政権の今後』(3/24)
- 【Vol.630】冷泉彰彦のプリンストン通信 『イラン危機と国際経済』(3/17)
- 【Vol.629】冷泉彰彦のプリンストン通信 『中東と東アジアの連立方程式』(3/10)
- 【Vol.628】冷泉彰彦のプリンストン通信 『イラン攻撃でも下がらなかったNY株』(3/3)
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