中国政府の感情を逆撫でするかのような姿勢で進められる、高市政権の外交や安全保障政策。しかしその方向性は、昨今の国際情勢や周辺諸国の思惑とは大きく乖離している可能性が高いようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「自由で開かれたインド太平洋」構想を軸とした高市首相の対中戦略を検証。さらに安倍政権以来の「中国包囲網」形成の経緯を振り返りつつ、時代錯誤とも言うべき現政権の対中強硬路線について否定的に論じています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:今更ながら「中国包囲網」づくりに血道を上げる高市政権の二重の時代錯誤/ベトナム・豪州訪問の含意
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
否定できない二重の時代錯誤。中国包囲網づくりに血道を上げる高市政権の「今さら」感
(1)高市早苗首相が5月2日、ベトナムを訪問して行なった「自由で開かれたインド太平洋を進化させる」という外交演説と、
(2)小野寺五典自民党政調会長/元防衛相が4日、ワシントンでのCSIS(戦略国際問題研究センター)の会合で行なった「トランプ大統領は台湾問題について毅然として対応をとるべきだ」という発言と、
(3)さらに小泉進次郎防衛相が5日、フィリピンを訪問して交わした、海上自衛隊の中古の「あぶくま型」護衛艦を同国に輸出するとの合意、
――は、3つで1セットの高市政権としての外交・防衛姿勢の表明であり、その目指すところは、「インド太平洋」という名の「中国包囲網」に東南アジアを巻き込みつつ、米国に対しては6月に予定されたトランプ訪中で罷り間違っても中国に対して融和的な態度に堕することのなく毅然として反中国の立場を貫くよう釘を刺すことである。
が、私に言わせればこのような戦略が見当が狂っている。
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もはや時代遅れでしかない「インド太平洋」という冷戦的発想
まず何よりも、「自由で開かれたインド太平洋」という戦略的発想そのものが、(1)米国を盟主とし、(2)日本と豪州が両脇を固めたところに、(3)東南アジアを巻き込み、(4)さらに中印間に楔を打ってインドをも味方につけて中国を包囲し孤立させようという、つまるところ「新・中国包囲網」をやや遠回しにした言い換えに過ぎず、冷戦後遺症の表れでしかなかった。
「自由で」とは独裁国=中国は世界の邪魔者だという意味であり、「開かれた」とは中国が南シナ海を囲い込もうとしているのは許せないという意味であり、「インド太平洋」とはそれまでの「アジア太平洋」という慣用的な言い方を「インド洋」にまで広げようとする地理的な概念拡張であるかに見せかけながら、上記のように「インド」国を中国と離反させてこちら側に引き寄せようとする願望の隠微な表明に他ならなかった。
安倍晋三首相がこれを公式に述べたのは、2016年8月27日、ケニアのナイロビで開催された第6回アフリカ開発会議の基調演説でのことで、そこでは「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を自政権の「戦略(Strategy)」と呼びながらも、反中国と取られるような露骨な表現は用いていなかった。
日本の外交姿勢をコントロールする米国の対日安保政策マフィア
ところがその後、このFOIPの真意をあからさまに述べていたのは第2次安倍政権発足翌日の2012年12月27日付で国際言論NPO=Project Syndicateのホームページに安倍晋三名で掲載された「アジアの民主的な安全保障ダイヤモンド(Asia’s Democratic Security Diamond)構想」という英語論文であることが明らかになり、その中で安倍は「私が描く戦略は、オーストラリア、インド、日本、米国ハワイ州によって、インド洋地域から西太平洋に広がる海洋権益を保護するセキュリティーダイヤモンド(ひし形安全保障)を形成することにある」と、堂々と述べていた。
本誌はこの問題について……、
◆ No.971(18年12月3日号)で、岩上安身のIWJサイトによる全文和訳(文末資料)とその解説のための「ひし形安全保障」のイメージ図を紹介しつつ解析したが、ここでももう一度それらを再録することにする。
★ イメージ図:ダイヤモンド安保
◆ No.1072(20年11月9日号)で、この反中国宣言で日中関係が完全に行き詰まってしまった中で、第1次トランプ政権が急速に米中関係の緩和に向かおうとすることに安倍が焦って、FOIP「戦略」との言葉を「構想」に和らげたり、親中派ボス=二階俊博幹事長の訪中に懐刀の今井尚哉秘書官を随行させたりした有様を描いた。
また20年9月に安倍に代わって首相に着いた菅義偉が、総裁選の対抗馬=石破茂の持論「アジア版NATO」構想を批判する形で、中国包囲網を完全否定したことなどを分析した。さらに、
◆ No.1280(24年10月7日号)で、岸田文雄の後を襲って首相になった石破のその「アジア版NATO」構想が、何の論理的整合性もない支離滅裂な代物であることを批判した。
またその構想が石破が総裁に選ばれる2日前の9月25日付で米ハドソン研究所のホームページに英文と和文で掲載されたが、和文には日本語として妙な個所があり、どうも石破が自分で書いてハドソンの誰かが英訳したものではなくて、誰かが英語で書いて石破の名で発表させたものであるらしいこと、そして、振り返ると、安倍の上記ダイヤモンド論文も第2次安倍内閣が発足した翌日の12年12月27日に国際的な言論サイト=プロジェクト・シンジケートのサイト上に英文のみで掲載され、ある出版社が安倍事務所にこの日本語原稿の提供を申し出るがそれが存在しないと言われ、ならば翻訳して日本国民に広く知らしめたいと再度申し出たところ、それも断られたという経緯があったこと――つまり、政権の変わり目に次の首相の名前で反中国姿勢を表明する英語論文を出させて日本の外交姿勢をコントロールするというのが、どうも米国の対日安保政策マフィアの常套手段となっているらしいこと――を指摘した。
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安保マフィアにとって何の心配もない高市首相の一挙手一投足
ところが、高市政権の発足にあたっては、このような米国の「ジャパン・ハンドラー(対日調教師)」とも呼ばれる安保マフィアからの指南書は届かなかったようだ。
それもそのはずで、高市は放っておいても、昨年11月7日の最初の衆院予算委答弁で、台湾海峡で中国と台湾の軍事紛争が起きたら直に自衛隊が出動・介入出来るかのような虚言を吐いて日中関係をフリーズさせてしまったし、翻ってトランプ大統領に対しては媚態の限りを尽くして擦り寄る姿勢を見せているので、彼らにとっては何の心配もない。
それどころか、師匠と仰ぐ安倍でさえ迷ってバランスを取ろうと散々もがいたことなど省みようともせず、思い込んだら一直線に突き進んでしまうのが高市だから、逆に、決して中国を敵視せずあくまで取引相手と捉えているトランプとの間にギャップが生じることもあり得よう。
対中強硬派として知られるルビオ国務長官はこのところ慎重な姿勢を取り、台湾問題に関して「現状維持を重視し、双方からのいかなる現状変更にも反対し、台湾独立を支持しない」という従来からの定義が不変であることを強調している。
それは、トランプがその場限りの駆け引きで「米国は台湾の独立に反対する」と一歩踏み込んだ“失言”をしかねないことへの牽制であって(日経5月10日付)、高市や小野寺が期待するような台湾有事の際には米軍が介入するつもりであることの表明に突き進む可能性は限りなくゼロである。
1996年の台湾総統選挙で国民党の李登輝が勝利する可能性が高まったのに対し、中国はそれを嫌って台湾の高雄近海にミサイルを撃ち込むという愚挙に出た。それに対し時のクリントン米大統領は2つの空母機動艦隊を台湾周辺海域に急派するという、それこそ「毅然とした対応」を見せたが、ロクな海軍も持っていなかった中国は為す術もなく見守るだけだった。
それは単に屈辱というだけでなく、いざという場合には武力を用いてでも台湾の独立を阻止するという1949年以来の“国是”に何の実体的裏付けもないことの露呈だった。
そこから、米空母艦隊に勝つのは難しいとしても、せめてその接近に抗うだけの近代的な海軍を建設することを目標に、猛然たる軍拡が始まり、30年後の今日では3つの空母機動群と地上発射の短距離ミサイル900発、「空母キラー」と呼ばれる東風21Dを含む中距離ミサイル1,800発(諸説あるが米ペンタゴン『中国軍事力報告書』の24年の数値)のほか巡航ミサイル、潜水艦発射ミサイル、ICBMなどを備えていて、米空母が出動すればほぼ間違いなく全面的な戦闘となりそれが核戦争にまでエスカレートすることを覚悟しなければならない。
従って、米国が台湾有事に際して「毅然として対応」を取る可能性は30年前に比べて格段に小さいと見なければならないだろう。これはトランプが他の誰かに代わっても同じである。
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まともな国家的インテリジェンス機能なき日本の不幸
フィリピンは、南シナ海をめぐる中国との紛争に直面しているので、ASEANの中では例外的とも言えるほど反中的だが、東南アジア全体をFOIPに引き込もうというのは、難しいというより無謀な試みである。
日経新聞4月7日付が引用したシンガポールのシンクタンクによる調査の結果によるとASEAN各国の有識者2,008人に「米国と中国のどちらかを選択しなければならないという場合にどちらを選ぶか」を尋ねたところ、6カ国で中国を選ぶ人が多かった(図:アジアの中国観)。
日本では9割以上の人が中国嫌いだとされるが、世界はもっと複雑だということである。インドにしても同様で、およそどこの国も安保一本槍で外交政策を組み立ててはおらず、どちらかと言えばまずは経済重視だし、それぞれの歴史的=文化的な社会要因も無視することはない。
こうして、安倍由来のFOIP戦略ないし構想は、始まった時にすでに冷戦後遺症的という意味で時代錯誤であったのに加えて、高市はそれゆえの安倍の迷いや菅の脱却努力などの歴史も一切無視して、これを「強化」しようとしている点で時代錯誤の2乗を犯そうとしていると言える。
日本にまともな国家的インテリジェンス機能があれば、この時期には、(1)高市が突き進むFOIP拡張・強化路線、(2)それと対極にある田中均などのFOIP再検討→「アジア太平洋」への回帰により中国との対話再開へと転換する、(3)その中間の、例えば高原明生=東大名誉教授のFOIPを続けながらそこに対中対話を組み込むという(絶対不可能な間抜けな)案などいくつかの折衷案――を並べて、(2)を上策、(1)を下策とするが、高市政権がすぐに(1)を脱して(2)に飛び移るとは考えられないので、(3)のどこかに少しはマシな落とし所を模索するといった戦略判断のための報告書を出すのかもしれない。
しかしそういう機能はないので、高市が引き篭もって一人勉強の一知半解で決め込んだ方向に走る以外の選択が行われることはないというのが、この国の不幸である。
《資料再掲》安倍晋三首相(当時)の2012年12月27日付プロジェクト・シンジケート掲載の《アジアの民主主義国による安全保障の四角形》論文――(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2026年5月11日号より一部抜粋・文中敬称略。再掲資料「アジアの民主主義国による安全保障の四角形」論文の全文を含む続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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