解決への糸口が見えないまま、年月だけが過ぎゆく拉致問題。その過程では、政府発表そのものに対しても様々な疑問が投げかけられてきました。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、前回配信の「高市首相『私の代で拉致を解決する』は本気?安倍氏が残した『口先だけのやってるフリ』の轍を踏むのか」の続編として、高世仁氏の著書の内容を引きつつ、横田めぐみさんの遺骨鑑定を巡る経緯を検証。さらに当時の政府対応に残る数々の疑問点について考察しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:横田めぐみの遺骨はもしかしたら「偽物」ではなかったかもしれなかった?/高世仁の近刊『拉致』を読む《後編》
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プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
なぜ横田めぐみさんの遺骨は「偽物」とされたのか。裏で働いていた「力」の存在
北朝鮮が2002年9月の日朝首脳会談で出してきた拉致被害者「5人生存、8人死亡」との調査報告は、とうてい日本側を納得させるに至らなかった。そのためもあって、同年10月に「一時帰国」との了解の下で帰国した生存者5人が北に戻らずそのまま日本に永住することになり、北は激しく反発、ミスターXと田中均の間で積み重ねられてきた日朝交渉ルートは遮断された。
そこで今度は、飯島勲=首席秘書官が朝鮮総連ルートから工作し、04年5月に小泉純一郎首相が再訪中し金正日と会談、
- 平壌宣言の履行確認
- 帰国者5人が北に残してきた子どもらの帰国
- 安否不明者などの再調査
などで合意した。
この「再調査」の結果として、04年11月に北朝鮮側からもたらされたのが、横田めぐみの遺骨だった。この骨壷から警察庁の技官らが10片の検体を選定し、各5片ずつ科学警察研究所(科警研)と帝京大学法医学研究室とにDNA鑑定を依頼した。
その鑑定結果を12月8日に発表したのは細田博之官房長官で、「横田めぐみさんのものではないという結果が出た。先方(北朝鮮)の調査が真実でなかったと断じざるを得ない」と言い、それをマスコミは早速「『遺骨』、めぐみさんと別人」と一面の大見出しで報じた。
しかし、本当のところは、科警研の鑑定ではDNAが検出できず、帝京大学では2種類のDNAを検出したがいずれも横田めぐみとは別人のものであった、というのが淡々とした事実である。
2つの鑑定先の結果が異なっていたのであれば、そこは一拍置いて、どう考えるべきか専門家の意見をよくよく聞いてから政府としての判断を示すべきだった。ところが政府は、「別人のDNAは検出したがめぐみ本人のそれは検出できなかった」という帝京大の結果に飛びついて、しかもそれを直ちに骨そのものがめぐみのものではなく「偽物だった」という結論にまで駆け上った。
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遺骨本体のものでない可能性があった「検出されたDNA」
これに疑問を投げかけたのは、イギリスの権威ある科学雑誌『ネイチャー』05年2月2日号で、鑑定を担当した帝京大の吉井富夫講師自身の証言に基づいて次のように報じた。
吉井氏は以前に火葬された標本を鑑定した経験はまったくない。彼は自分が行なった分析結果が確定的なものではなく、サンプルが汚染されていた可能性があることを認めている。彼は「遺骨はなんでも吸い取る硬いスポンジのようなものだ。もし遺骨にそれを扱った誰かの汗や脂が染み込んでいたら、どんなにうまく下処理していたとしても、それを取り出すことは不可能だったろう」と述べている。
高世仁『拉致/封印された真実(上)』(旬報社、26年3月刊)P.228
つまり、吉井が検出したDNAは遺骨本体のものでない可能性があったわけで、それを本体のものと決め込んで、しかも北側が悪意を持って「偽物」を出してきたかのようにまで言うのは二重の飛躍だった。
そこには、どうしてもこれを「偽物」で片付け、従ってめぐみがすでに亡くなっているという証拠はまだ見つかっていないということにしておきたかった横田両親(の肉親として当然の願望)、救う会(の運動継続への材料確保)、安倍晋三(のやっているフリによる権力への階段上昇)という三者三様の思惑のベクトル合成が強く働いていたと見るべきだろう。
突如「マスコミ取材から隔離」された吉井氏の謎
当然にも、内外のメディアの取材は吉井に集中する。そこで起きたのは本当に我が目を疑うような出来事で、
05年3月25日、警視庁は突如、吉井氏を科学捜査研究所(科捜研)の法医学科長に任命したのである。科捜研は各都道府県の警察本部刑事部に設置されている機関で、吉井氏は地方公務員となった。そして公務員としての守秘義務を理由に、外部との接触は一切断たれ、吉井氏への取材は不可能になったのである。これは、警察が吉井氏を事実上「囲い込み」、鑑定結果に関する技術的な追及を断ち切るためだった。
同 P.230
しかし、その後でも日本政府がこの過ちを正す機会がないわけではなかった。高世書では
実はこの「遺骨」鑑定では鑑定書自体が未だ公開されていない。また、再鑑定したらどうかとの声もあったが、吉井氏は『ネイチャー』に「最も大きい1.5グラムの骨片は、鑑定で使い果たしてしまった」と語り、事実上、追試の可能性を否定した。残りの「遺骨」が現在どこにあるのかも、政府はいまだ明らかにしていない。
同 P.231
と書いているが、この再調査要請について本誌は独自取材に基づいて何度か書いてきた。たとえばNo.694(2013年8月26日号)では……、
▼米国政府は、このように日本が身動きが取れなくなった直接の原因は、北が出してきた横田めぐみ遺骨を科学的な根拠なしに早々に「偽物」と断定してしまったことにあると見て、以前から日本政府に対して「米国の最新技術で再鑑定したらどうか」と申し出てくれていた。
▼9・11のWTC爆破事件による数千人の遺体発掘・処理の過程で高温で黒焦げになってしまった遺骨からDNAを検出する技術は格段の進歩を遂げていて、それを用いれば、50%程度の骨が鑑定可能になっていると言われる。
▼が、日本は、それでもし「本物」という結果が出たらエライことになると思っているのだろう、「骨はもうない」と言ってこれを断ってきた。
▼こうして、外交のガの字も理解しない単純な一直線思考で、デマゴギーや陰謀まがいの隠蔽工作まで弄してこの国と国民をただひたすら北との対決に向かって追い込んできたのが安倍であり、そして第2次政権に就いてからは北だけでなく韓国と中国に対しても対決一本槍の姿勢を拡張し、徒な孤立と批判を招いている……。
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めぐみさんの「歯」の存在を全否定する日本政府
もう1つ、これに関連する大きな謎は、めぐみのものとされる「遺骨」が入った骨壷に、骨以外に「歯」が納められていて、さらにそれが彼女本人のものであることを裏付ける北朝鮮当局による歯科治療のカルテなどのかなり分厚いデータも付随していたことを、日本テレビの拉致取材班キャップ=福澤真由美記者がスクープしたが、日本側の政府も警察もその「歯」の存在そのものを全面否定。
「歯」は身元確認の最重要の材料とされ、それがあればDNA鑑定も可能である。日本政府はなぜ、「歯」の存在を頑なに隠そうとするのか。あくまで推測にすぎないが、「歯」がめぐみさん本人のもの鑑定されたのではないか。そしてそれが「死亡説」を裏付けられたものと受け取られることを恐れ、「歯」の存在を封印したのではないか。
同 P.237
もちろん、歯が本物であったとしても、だからと言って死亡が確認されたということにはならないのだから、何も恐れることはないはずだが、そこでコソコソする態度が逆に疑惑を招くのである。
以上の他にも、拉致事件そのものが孕む謎の数々とそれへの日本政府の対応の出鱈目さ加減の例証は幾つでもあって、先週の本誌記事冒頭では「5つか6つのポイントだけを取り上げる」というつもりを述べていたが、それでは上中下3回に分けても終わりそうにないので、今回は取り敢えずここまでとする。
なお、8月10日20時からの東アジア共同体研究所YouTube「友愛チャンネル」で高世仁と私の対談を放映する予定で、そこではこのもう少し先まで話が及ぶかもしれないので、是非ご視聴下さい。
● UIチャンネル 東アジア共同体研究所:East Asian Community Institute
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