衆院の75.7%を占める巨大与党を率い、64法案すべてを成立させたにもかかわらず、高市早苗内閣の支持率は軒並み急落し、毎日新聞では不支持率が支持率を上回りました。順風満帆のはずの国会閉幕が、なぜ「終わりの始まり」と報じられる事態になったのでしょうか。『高野孟のTHE JOURNAL』では、著者でジャーナリストの高野孟さんが、高市首相の「人間嫌い」という性癖が招いた孤立と、皇室典範改訂や台湾有事答弁をめぐる独学主義の限界、そして麻生太郎ら党内の思惑が渦巻く会期末の荒涼とした政局を読み解きます。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
結局、見えてきたのは高市首相の「人間嫌い」?/何とも荒涼とした会期末の政局風景
今年2月18日に招集された特別国会が、7月25日、157日間の会期を事実上、閉じた。2月8日の総選挙で自民党が316議席を得、連立相手の維新の36議席と合わせれば352議席、衆院の全議席の75.7%を占める高市早苗政権が、
(1) 2026年度予算案をほぼ前年度末までに成立させ、 (2) 「国家情報会議」設置法案や皇室典範改訂案を含む政府提出の64法案全てを成立させ、 (3) さらに右翼が求める国旗損壊罪法案や維新が政治生命を賭けている「副首都」構想関連法案などの議員立法のいくつかも実現させた、
……のは当然のこと。普通なら順風満帆の国会乗り切りを祝ってあちこちから花火が打ち上がってもおかしくないはずだが、現実は真逆で、ここへきてマスコミ各社の調査で内閣支持率は軒並み10ポイントかそれに近い勢いで下落し、とりわけ毎日新聞では41%と50%ラインを割り込み、不支持率44%と逆転した。22日付同紙はこれを「高市政権『終わりの始まり』?」との見出しで大きく報じた。
その通りで、この政権は今後よほどのことがない限り下り坂を転げていくしかなさそうである。
早くも剥げ始めた「化けの皮」
元々316議席そのものが、高市が何者かをよく知らない世間一般の「女性初の総理大臣」への漠然たる期待、それと裏腹の野党第一党=立憲民主党の「中道」への逃げ込みという致命的なオウンゴール、結果が極端に振れがちな小選挙区制バイアスがSNSの活用ないし悪用で余計に偏った結果をもたらしたことなどによる水脹れであることは言うまでもない。
その化けの皮がこの半年弱で早くも剥がれ始めた最大の原因は、彼女の「人間嫌い」というどうにもならない性癖にある。書生っぽいことを言わせて頂くと、私は政治家の仕事は「限りなく味方を増やす」ことに尽きると思っている。それでなければ政権を握ることも、国をあるべき方向へと導くことも出来るはずがない。そこでまずは与党の中で多数派を作り上げ、また官邸はじめ各省庁の行政実務を担う官僚たちの信頼を取り付け、その一致協力体制の上で自分が踊れるよう舞台を作らなければならないし、出来れば野党にも表だけでなく裏からも手を回してパイプを繋ぎ「国会の最高機関」である国会を上手に操らなければならない。その先のガラス1枚隔てた向こうにはメディアがいて世論があり、何よりもその動きには敏感でなければならないだろう。
ところが彼女が見せているのは専ら、一人でキリキリ舞いして睡眠0〜3時間で頑張っている姿である。しかも酷いことに、それを自慢しているのではなく、前任者たちに比べて国会審議への出席が極端に少ないことへの弁解のためなのだろうが、自分から何度も口にしている。普通、仕事が間に合わなくて遅くまで残業し、それでも足りずに自宅にまで持ち帰って寝ずに処理しているというのは、頑張りの徴しではなく無能の証で、優しい上司なら「そんなに一人で抱え込んで夜も寝ずにいるようでは体に悪いし長続きしないから、周りの人たちの力を借りて時間内で処理するようにしなさい」とアドバイスするかもしれないが、怖い上司であれば「役に立たない奴だ。明日から来なくていい」と宣告するだろう。
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悲しいかな独学主義には限界が……
法案でも報告書でも関連資料でも、自分で読まないと気が済まないというのは立派な心がけであるけれども、やはりその分野の専門家である役人や、党内議論を経験してきた族議員とかに話をよく聞いて、どこが勘所であるかとか、ここがちょっとぼかしたこんな表現になっているのはこれまでにこういう経緯があったことなので心得ておいて貰いたいとか、そういう機微に触れる部分は要領よく掴んでおかなければ国会答弁は上手くこなせない。
例えば、昨年11月7日の「台湾有事」をめぐるやり取りの中で、「〔中国が台湾海峡で行う行動が〕戦艦を使い武力の行使を伴うものであれば、どう考えても〔日本にとっての〕存立危機事態になり〔自衛隊出動があり〕うる」という答弁をして中国との外交関係を事実上、途絶させてしまったが、第1に、この「戦艦」(battleship)とは第2次大戦までは軍艦(warship)一般の中の最大級の主力艦のことを指す特別の用語で今はほぼ死語。彼女が外務・防衛官僚の説明をよく聞いていれば、こんな言葉遣いにはならなかっただろう。それを取り繕うために、日本政府は12月2日付で「戦艦は軍艦一般を指す場合もある」という馬鹿げた閣議決定を発表しなければならなくなった。
第2に、戦艦にせよ軍艦にせよ(今日では実際には中国が保有する3つの空母機動艦隊の一部か全部)が出てきて武力行使をしただけでは日本の存続危機事態にはならず、それで米艦船が撃沈されるなどして台湾周辺の日本向けシーレーンが切断されるといったことがなければそうはならない。日本が軍事攻撃されていないが米軍が攻撃されそれが日本の危機に直結すると判断される場合に安保条約に基づく集団的自衛権を一部解禁して日本も参戦しうるという15年安保法制の「誤読」(重大な成立要件の読み飛ばし)で、中国が身構えるのも当然だが、これも人の話を聞かずに独学で何でもこなせるという思い込みのなせる業である。
推測するに、これは彼女の自信過剰というよりも、経歴の中で米議会の「立法調査官」として働いたと虚偽を書き、それに疑問を投げかけられると「コングレッショナル・フェロー」と言い換えてきた歴史があるので、意地になっているのかも知れない。しかしどちらにしても、本当であればネイティブ並みの英語力のみならず米国の憲法・法律体系についてロースクール卒業並みの知識を試された上で、議会そのものか議員事務所から高給を以て迎えられる仕事で、真偽はその時期の給与証明書を取り寄せれば判明することである。
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世間の空気がますます見えなくなる
国会や官邸の用事が終われば一刻も早く公邸に帰って炊事、洗濯、介護、そして勉強というのでは、世間の空気、世論の動向にますます疎くなるのも仕方がない。その結果、物事の優先順位が分からなくなり、例えば麻生太郎副総裁を敵に回さないために皇室典範の拙速・粗暴な改訂を強行して「愛子天皇」容認論が圧倒的多数を占める世論を敵に回すとか、維新の吉村洋文代表を連立内に引き留めておくために国民の誰も関心がないばかりか大阪人も過去に2回否決している「大阪都」構想に手を貸すとか、理解不能な行動に出てしまう。
政府提出の64法案の中の「国家情報会議」設立、あるいは国旗損壊罪や副首都構想も、彼女の支持基盤の右翼や維新を引き止めておくための手段であって国民の求めるところではない。円安インフレに直撃されている国民にとって最大の直接関心事は飲食料品の消費税ゼロ化の公約の行方だろうが、これはそもそも国会の議論の外に専門家を交えた超党派の「社会保障国民会議」なるものを設けて「6月中旬までに中間報告を示す」としていたものの、まず0%か1%かで迷走している間に、これが本当に経済政策として妥当なのかの本質的な議論もなく、また妥当であったとしてその財源はどうするのかの議論もなく、結局、合意断念に追い込まれそうな気配である。
こうして、会期末の演出としてはほとんど支離滅裂で、これでは人心が離れていくばかり。国会は終わっても高市にとっては夏休みのない状態が続くのではないか。
まずは、秋の臨時国会前までには行うことになっている党・内閣人事が悩ましい。愛子天皇阻止にひとまず成功した麻生は、次の総選挙で引退しても引き続き影響力を維持できるよう、ここで子分格の茂木敏充外相を幹事長に据えた上で、できるだけ早く高市を引き下ろして茂木政権を作ることに全力を注ぐだろう。他方、その麻生の動きを乱すかもしれないのはここまで大人しくしてきた林芳正総務相で、おそらく閣外に出て本格的にポスト高市への動きを始めるだろう。彼に限らず野心ある者はすべからく高市の先行きに見切りをつけ、彼女との距離を置きながら準備を進めることに心を砕くことになるので、ますます彼女は一人になっていく。
他方、野党側では、中道と参院の立憲・公明との「合流」問題が夏の間に決着されなければならないが、私の予想ではこれは調整困難で、中道を含め一旦ご破算の仕切り直しに向かわざるを得ないのではないか。野党第一党がそのようであれば、自民党はゆとりを持ってポスト高市政権への道を模索することができるだろう。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2026年7月27号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
image by: X(@自民党広報)