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「今までで一番成功したG7」は本当か?エビアン・サミットが露呈させた、もう隠せないトランプと欧州の決定的な亀裂

世界はいま、ロシアもウクライナも、イスラエルもイランも、そして中国もアメリカも、誰一人として決定的な勝利を得られない「不安定性管理の時代」へと突入しつつあります。G7サミットが露わにした亀裂、米・イラン合意に潜む危うさ、台湾周辺で進む中国の既成事実化——これらは互いに連動し、世界を不安定にしています。メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では、著者で元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、今週の国際情勢の裏側を読み解き、誰も勝てない時代に本当に必要な力とは何かを問いかけます。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:誰も勝てない時代の到来 戦争の時代から“不安定性管理”の時代へ

誰も勝てない時代の到来。戦争の時代から“不安定性管理”の時代へ

【誰も勝つことが出来なくなった世界】と聞いてどのようなことをイメージされるでしょうか?

これまでこのコラムでも、国際協調に基づく戦後国際秩序が崩壊し、 今では【力あるものが弱者を制する“力による支配”が幅を利かせている】と、現在の混乱する国際情勢を描いてきました。

アメリカは、トランプ大統領というリーダーの個人的な資質もあるのでしょうが、力を盾に縦横無尽に行動を起こし、 言行不一致のダブルスタンダードでさえ押し通して、至る所でフリクションを起こしています。 “平和の使者”を自任してアメリカ大統領に返り咲いたトランプ大統領ですが、 就任2年目のトランプ外交は、力による支配が特徴となっています。

ロシアによるウクライナ侵攻も”力による支配“と”自国に都合の良いように解釈して、 強引な行動を継続する“特徴を見せていますし、中東地域各地におけるイスラエルの軍事行動も、 今や軍事力・経済力、そして技術力の面で一強となった”力による行動“と、国際社会との決別です。

しかし、今あげた3カ国は、果たして圧倒的な力を有することで、勝利を収めているでしょうか?

私の回答は否です。 多少強引でも事態を収めることはできず、自らが国際情勢における混乱要因になり、各国に不利益を与えているのが現実です。

今週、フランスのエビアンでG7サミットが行われましたが、その会議における駆け引きは、 その現実を改めて世界に示した会議だったように思います。

「結束の演出」と「亀裂の深化」

G7エビアン・サミットが示した現実は、 “結束の演出”と“亀裂の深化”が同時に起きているということです。

6月15日から17日にかけて、フランス東部エビアンで第52回G7サミットが開催されました。 マクロン仏大統領が議長を務め、トランプ米大統領、スターマー英首相、メローニ伊首相ら各国首脳が参集し、 日本からは高市首相が初めてのG7サミットに出席しました。

閉幕後、今回のG7会合を振り返り、トランプ大統領は『今までで一番成功したG7の一つ』 と上機嫌で語っていましたが、 その言葉を額面通りに受け取るのは危険です。

前年に引き続き、今回も包括的な首脳宣言は見送られました。 合意が地政学や重要鉱物など9分野の個別成果文書に留まったのは、 全体を束ねる共通の言葉を見つけることが今のG7にはもはや難しいという悲しい現実を反映しています。

トランプ政権発足以来、米国と他の参加国の意見が合わず、G7内の対立が露呈するリスクを避けるための“無難な着地点”として、 首脳宣言の見送りが“結果”として選ばれていますが、実際は、全首脳の合意の下、宣言を出さないことに合意したのではなく、 主だった内容において、G7内で意見が割れているから出せなかったという、 【結束の演出】と【亀裂の深化】という矛盾に満ちた状況が同時に起きていることを示しています。

特に顕著だったのが、ロシア・ウクライナ戦争の解決に向けた“対ロシア圧力強化を巡る温度差”です。

欧州各国は、ウクライナのゼレンスキー大統領からの要請もあり、対ロ制裁強化に前のめりでしたが、 日米はより慎重な姿勢を崩さず、ロシアに対する配慮も見える対応だったように見えます。

欧州にとってウクライナ問題とロシアによる脅威の増大は、 いつ自国に降りかかってくるかもしれない【すぐそこの安全保障上の脅威】であり、 トランプ政権の対ウクライナ支援への消極的な姿勢と米欧間の同盟関係の亀裂の拡大を受けて、対米依存の限界を痛感した今、 欧州諸国による自律的な安全保障が生存戦略と直結しています。

一方のアメリカにとって、ウクライナ問題の解決はあくまでも、いくつか存在する優先順位の一つに過ぎず、 カナダや日本にとっては、自国の安全保障に全く無関係ではないですが、まだ遠いところの戦争であり、 日本にとっては、中国による脅威の拡大や北朝鮮の核開発問題への対応が安全保障上の最優先課題です。

このG7諸国間の安全保障に対する関心の大きな異なりという“非対称性”の存在こそが、 もう隠し切れないG7の亀裂の根本にあるものです。

さらに重要な背景として、NATOの防衛費目標をめぐる問題が存在しています。 昨年(2025年)6月のNATO首脳会議では、トランプ米大統領の強い要求を受け、 NATO各国の防衛費目標がGDP比2%から5%へと大幅に引き上げられました。 これは、表向きは【欧州がトランプの要求を受け入れた“成果”】に見えますが、 裏を返せば、欧州各国が自ら防衛費を大幅に積み増さなければアメリカの安全保障コミットメントを維持できないという現実を、 公式に認めてしまったともいえます。

アメリカが欧州のNATO諸国に求める“防衛費GDP比5%”という目標が欧州各国に非常に重くのしかかっており、 それが各国の国内政治における不安定性を高める要因になっています。

例えば、財政再建が急務のフランスでは防衛費増額をめぐって議会が混乱し、政権崩壊のリスクすら取り沙汰されています。 フランスやドイツをはじめとするEU各国では極右・ポピュリスト政党が防衛費増額反対を訴えて勢力を拡大しており、 NATOや対ロシア強硬路線に懐疑的な政党の台頭が欧州政治の不安定要因となっているのは、皆さんご存じのとおりです。

欧州各国は依然としてアメリカが世界の警察官として戻ってきて、 最後の最後で問題を解決に導いてくれることへの期待を捨てていません。

しかしトランプ政権が見ている景色はどうも異なるようです。 アメリカのトランプ政権が掲げる政策的な優先順位は、欧州各国や日本を含む同盟国が期待するような“世界を守ること”ではなく、あくまでも“アメリカの国際情勢における負担を減らすこと”に置かれています。

これは孤立主義というよりも、コストに見合わない秩序維持から距離を置くという現実主義的発想だと考えられるでしょう。

ロシア・ウクライナ戦争による混乱や、イスラエルが自国の利益に則って、力任せに縦横無尽に暴れ、 “法による支配”という自由主義陣営が大事にする基本ルールを踏みにじる現実を目の当たりにしても、 欧州はまだ冷戦後の世界観に立っているように見えます。

一方でアメリカは、その世界観から既に半歩外へ出て、アメリカ第一主義を推し進め、 国内外でMAGA (Make America Great Again)を実現しようとしています。 それに反するもの、邪魔になると考えられるものとは距離を取るという姿勢が明確に示されているのが、今のアメリカ外交です。

この欧米間に漂う温度差は、この先さらに大きくなるでしょう。 そしていずれ欧州は“アメリカのいないNATO”の存続の可否および必要性の有無と、 (マクロン大統領がずっと提唱してきた)欧州独自の安全保障体制の構築と強化という、 これまで想像すらしなかった問いを真剣に考えなければならなくなるかもしれません。

そして、これはすでによく問題提起されている問いではありますが、 【果たしてG7は現在の国際情勢の羅針盤、そしてリーダーとしての役割を果たし続けるのにふさわしいフォーラムかどうか?】 という新しい世界の現実と向き合わなくてはならなくなっています。

この問いは、直ぐに答えが出る問いではないですが、国際情勢が刻一刻と変化し続ける中、 そのまま目を閉じて放置しておいていい状況ではないことも現実でしょう。 今後の国際社会の在り方を考えるにあたり、世界はこの問い、つまりG7の有用性と必要性に対する答えを探さなくてはなりません。

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米・イラン合意は「戦争管理」に過ぎない

次に、G7サミットでも議論の話題になりましたが、今週、最大のニュースと言えば、 米・イラン間での戦争終結に向けた覚書の合意です。

ここで見ていかなくてはならないのが、【米・イラン戦闘終結合意は歴史的転換点なのか】という大きな問いです。

パキスタンやカタール、オマーンなどの仲介により交渉が進められ、14日には米・イラン側が覚書に電子署名を済ませ、 両国代表は6月19日にスイスのビルケンシュトックで署名式に臨むことになっています。 (実際には両首脳が18日に電子署名を済ませたとのことです。)

いろいろな報道があり、正式な発表が米・イラン政府から行われていない状況ですので、詳細に変更があるかもしれませんが、 様々な情報源から得た情報を包括的に整理すると、合意の主な内容は以下の通りです。

【6月19日の正式な署名から60日間の停戦延長(双方が合意すれば、延長も可能)】、 【アメリカは海上封鎖を解除。最終合意30日以内に周辺から米軍が撤退する】、 【イランがホルムズ海峡の商船航行を30日以内に戦前の水準に回復させる】、 【アメリカなどが3000億ドル規模のイラン復興・開発計画を策定】 【ホルムズ海峡の通航再開(イランによる通航料を徴収の有無・可否については不明。 取りあえず交渉が続く60日間は無償と言われているが、その後は、イランは通行料の徴収の可能性に言及している。】、 【米国による対イラン海上封鎖の解除と石油販売の容認】、 【イランによる核兵器開発放棄の再確認と濃縮ウランの取り扱いについての交渉への応諾】、 【対イラン制裁・在外資産凍結解除の協議開始】。

1979年のイラン革命以来、敵対関係を続けてきた両国が、108日間の戦闘の末、 包括的な政治合意へ踏み込んだ意味は決して小さくありませんが、 私は、ここで冷静に現実を見なければならないと考えています。

今回合意に至った覚書と、これに続く様々な交渉プロセスの正体は、 【和平の実現】ではなく、【戦争管理】に過ぎないという現実がそこにあります。

なぜそう言い切れるのか。 理由は三つあります。

一つ目は、【合意の「賞味期限」の短さ】です。 “60日”という期間は、本格的な外交交渉を進めるには極めて短いと言わざるを得ません。

これまでの“協議”でも、イランの核を巡る協議は難航しており、この60日で両国の根本的な利害対立が、 相互受け入れ可能な形で解消されるとは考えにくい点を見落としてはなりません。

イランはこれまでにも“ウラン濃縮交渉に応じる”としながらも、核問題を先送りしてきた経緯があります。 これまでの“歴史”に照らし合わせて考えると、今回の“戦闘停止の覚書”という“合意”は、 イランの核を巡る問題を解決したのではなく、互いに一旦戦闘を停止することを優先したため、 解決を先送りした可能性が高いと考えられます。

例えば、イランが保有する濃縮ウランについては、 『イラン国内での“ウランの希釈”を含む処理を米国が受け入れた』とする見解が出ていますが、 昨年6月の12日戦争時に米・イスラエルの合同作戦でナタンズなどの国内の核処理施設を空爆して“損傷させた”際、 事前にイランは濃縮ウランや遠心分離機などをイラン国内各地に隠していると言われている状況下で、 【全て“処理”したか否か】の検証に対する信憑性は、果たして担保できるような“合意”を60日で詳細まで詰めて、 実施可能な形にまで持っていくのは至難の業だと考えますが、どうでしょうか?

二つ目は、【イスラエルがこの枠組みの外にいること】です。 ネタニヤフ首相はアメリカとイランの合意について『詳細は知らない』とした上で、 『ヒズボラに対するイスラエルの行動の自由を維持することに制限を設けるものではない』と明言し、 すでに米・イラン間での覚書の重要な要素に対して異なる認識を持っていることを明確に示しています。

これまでに触れたように、イスラエルはイランとの対立を国家存立に関わる問題、 そして国民の生存確率に対する最大の脅威として認識しており、 米・イランの合意にレバノン戦線での戦闘停止(それも恒久停戦)が含まれること自体、 絶対に受け入れがたいとする論理も持っており、すでに連立政権を組む極右のベングビール氏なども不満を公言して、 米・イラン間の停戦覚書は受け入れ不可であるとの姿勢を明確にしています。

それは、イスラエルにとって交戦しているのはイランではなくヒズボラという“テロ組織”であり、 その上位にイランを据えて交渉し、自国の国家安全保障に対する脅威への対応を (イスラエルが協議に加わっていない)米・イラン間の話し合いの内容で決められ、 押し付けられるという構図自体が問題なのです。

6月19日の米・イラン間の覚書の署名と60日間の交渉のスタートというプロセスは止められないと考えますが、 今週末以降、イスラエル政府とネタニヤフ首相がどのような対応をするのか、非常に注意深く見ておく必要があります。

三つ目は、【合意の文言に双方が異なる“読み”(認識)をしていること】です。 例えば、イランメディアや、アルジャジーラのような中東地域の報道は、 イラン政府高官の話として、『合意後もホルムズ海峡はイランの管轄下に置く』と主張しており、 『草案の一部で双方の溝は埋まっていない』とも伝えています。

それに対し、アメリカ政府は、あくまでもトランプ大統領の言葉ですが、 『ホルムズ海峡の完全閉鎖は解かれ、商用船舶の通航は再開されることで合意した』と述べており、 それが今、各国に“安心”を提供し、株式価格の急騰に繋がっていますが、安心するのはまだ早いというのが、私の読みです。

今回の“覚書”を通じ、米・イラン間で言葉の上では合意していても、 重要な内容に対する解釈が食い違っているという状況は将来の紛争の火種そのものです。

そして、さらに“アメリカとイランが合意”しても、イスラエルとヒズボラが合意しているわけではなく、 ここに現在の中東の根本的な難しさがあります。

例えば、ヒズボラ幹部は『イスラエルによる対レバノン攻撃が停止されない限り、イランも合意しないだろう』 との見方を示しており、イランの革命防衛隊幹部もまた、同様の見解を示しています。 イスラエルも覚書の内容に大きな不満を示していることと、ヒズボラ攻撃作戦の継続に対する国内の高い支持を背景に、 この覚書から距離を置き、独自の行動を取る可能性は高いと懸念しています。

状況はまだまだ予断を許しません。

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戦争が終わっても安心は戻らない

米・イラン間の覚書に基づく交渉が順調に進み、仮に最終的な合意が成立したとしても、 それですべてが解決し、元通りになるということではありません。

【ホルムズ海峡の自由な航行が再開しても、すぐには元には戻らない】というのが現実です。

停戦が成立すると、軍事的な危機は去りますが、世界経済が直ちに正常化するわけではありません。

2月28日以降の一連の戦闘とホルムズ海峡の完全閉鎖を通じて、世界経済は 【中東発の安価なエネルギー】と【中東をハブとする多国籍間のサプライチェーン】という 2つの成長モデルを損ないました。

その結果、仮に軍事的な危機が去っても、イスラエル、アメリカ、 そしてイランによって破壊された周辺国のインフラ修復にはかなりの時間を要することが分かっています。

例えば、カタール政府によると、紛争前のレベルまでLNG生産と輸出を復旧させるには 少なくとも3年から5年を要するとのことですし、UAEのアルミ生産も、 紛争前のレベルまで完全復旧させるには最大で1年はかかるという現実が示されています。

結果、原油・天然ガス価格は高止まりし、タンカー保険料などの地政学的コストの上乗せが常態化することで 輸送コストも高騰したままの状況で、かつイランとオマーンによる“通行料”の徴収の可能性も否定できない状況が続いています。

そして、仮に軍事的危機が去ったとしても、機雷の除去、航路の安全確認、保険料の正常化には長い時間が必要です。 そして、たとえ実際に機雷が存在しなくても、 『イランが敷設した機雷がまだ存在するかもしれない』という認識だけで市場は敏感に反応します。 皆さんもよくご存じの通り、国際物流は心理によっても動くのです。

戦争が終わることと、安心が戻ることは別の話です。 仮に戦争が終わっても、そこには 【不確実性のコスト】という新しいリスクが生まれてきます。

日本企業にとって特に重要なのは、エネルギー価格だけではありません。 ホルムズ海峡は日本のエネルギー輸入の約8割が通過する要衝です。 危機が一時的に収束しても、一度、イランがホルムズ海峡の完全閉鎖を武器として用いたという前例が存在するため、 『同様の事態がいつ再び起きるかわからない』という認識が広がれば、 企業は恒常的なリスクプレミアムを物流コストに組み込まざるを得ません。 原油価格の変動には慣れた企業も、 “いつ再び閉まるかわからないホルムズ海峡のリスク”を管理するノウハウはまだ持っていません。

物流費、保険料、輸送時間の増加といった“見えにくいが大きな影響を与えるコスト”が、 日本の製造業・貿易業の競争力に与える影響は、原油価格の一時的な高騰よりも深く、長く続く可能性があると懸念しています。

さらによく見落とされがちなのが、ホルムズ海峡の完全閉鎖に伴って各国および企業が取った代替ルートへの移行コストです。 スエズ運河を経由しないルートへの転換、アゼルバイジャンからの輸入、またLNG調達先の多様化といった対応が進みましたが、 それには当然、これまでにはない追加的なコストが伴います。

中東危機が残した最大の傷跡は、エネルギー価格そのものではなく、 【不確実性のコスト】という形で、日本企業のバランスシートに長く刻まれていくかもしれません。

米・イラン間の“イランの核を巡る争い”の激化と“イスラエルの核を黙認する姿勢”は、 1970年以降、NPTの下で続いてきた“核不拡散レジームの終焉”に繋がる恐れもあります。

例えば、サウジアラビアは公然とイランとイスラエルに対抗して核保有の可能性に言及し始めていますし、 目をアジアに向けると、北朝鮮が核戦力の拡大を公然と進める事態が存在します。

イランの核開発問題は、イスラエルの核保有という“公然の秘密”に行きあたり、 国際社会の大きな矛盾を露わにする材料になります。

スウェーデンのSIPRI (ストックホルム国際平和研究所)の統計によると、 イスラエルは約90発の核弾頭を保有すると分析されていますが、 イスラエルはNPTに加盟しておらず、欧米もイスラエルの核兵器保有を事実上黙認していることから、 実質的にイスラエルの核兵器は野放し状態になっており、 これが核不拡散体制の大きな矛盾を再度、クローズアップする結果になっています。

イランに【壮絶な怒り作戦】を仕掛けたトランプ大統領は、経済秩序の回復や世界に広がる核リスクの払拭が不発に終われば、 その作戦は【壮絶な失敗】として歴史に刻まれることになってしまいます。

その観点から、今回の米・イラン間の覚書合意に基づく“詳細な和平交渉”の成功と、 合意内容の確実かつ検証可能な実施が必須と言えます。

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中国の「行政権の既成事実化」

私たちの目が中東地域に釘付けになっている間に、アジア太平洋地域では静かに、 でも確実に安全保障のバランスが崩れ始めています。

アメリカが中東問題に釘付けになることで、アジア太平洋地域に駐留していたアメリカ軍が装備と共にペルシャ湾に派遣され、 アジアにおけるアメリカのプレゼンスが著しく低下しています。

また、米国防総省(ペンタゴン)によると、米軍は今回のイラン攻撃で、 それまで3000発保有していたトマホークミサイル(巡航ミサイル)の3分の1を使用し、 在庫の回復には、米国内の軍需産業を総動員し、生産ペースをマックスに高めたとしても、 4年以上かかるという見込みが示されています。

これにより、中ロは、アジアおよび欧州における力の空白を突いてくる恐れがあり、 欧州およびアジア太平洋地域におけるパワーバランスが一気に変わるだけではなく、 “同盟国”の安全保障への懸念を高めることに繋がる恐れが高まります。

そのような中、次の混乱として警戒されるのが【台湾有事】です。

このところ、中国は台湾に対して【軍事演習】から【行政権の既成事実化】というように、 ”新しい戦い方”を始めたのではないかと考えています。

これに関して、今週、もう一つ見逃してはならない動きがありました。 中国交通運輸省による【台湾東部沖での“海上交通特別法執行・測量行動”】です(6月6日~10日実施)。

この“海上交通特別法執行と測量行動”では、中国海警や中国人民軍の巡視船など計4隻が台湾東部沖に展開し、 航行中の約200隻を調べ、3隻の「違反行為」を改めさせたとされています。

直接的な契機は、日本とフィリピンが台湾東側のEEZ境界画定交渉を開始すると宣言したことへの対抗措置と言われていますが、 今回の“行動”を巡る含意にはより深いものがあります。

中国共産党系メディアの環球時報は、この“行動”を『権利の主張を管轄の実践へと転換する重要な一歩だ』と称賛しましたが、 この言葉は、今の中国の台湾戦略の本質を正確に言い表しているように考えています。

それは『権利の主張から、管轄の実践へ』という大きな方針および対応の転換です。

今週行われた“行動”は、単なる軍事演習ではなく、“中国の行政権の行使”という形式を取っていることに要注目です。

そこに重要な意味があります。軍事演習であれば、国際社会は中国による一連の行動を【挑発】と批判できますが、 “行政行為”であれば、【主権の行使】として扱われる余地が生まれます。 中国はその曖昧な領域を意図的に活用しているのです。

中国が選択したこの戦略には一貫した論理があります。 中国は近年、軍事的威圧だけでなく、海洋調査、海底ケーブル監視、海図作成、海上交通管理といった 【平時の行政行為】を積み重ねています。

それぞれは単体では問題になりませんが、 有事になれば、封鎖作戦や上陸作戦の基盤となることを意識しておかなくてはなりません。

このことから見えてくるのは、 【中国は台湾を武力で攻撃する前に、台湾周辺海域を実効管理する環境を着々と整えている】 ということです。

中国による一連の行動に対して、台湾が『国際法違反だ』、『主権の侵害だ』と反発しても、中国はそれを意に介しません。 なぜならば、中国の一連の行為は『台湾は我々の行政管轄下にある』という既成事実を積み重ねることが目的だからです。 この手法の巧みさは、相手が強く反発するほど『台湾が独立国であるかのように振る舞っている』という構図および印象を 国際社会に印象づけてしまい、国際社会からの支持を失う可能性を高める点にあります。

中国の一連の行動についてもう一点重要なのは、今回の行動が 【日本・フィリピンのEEZ交渉への対抗措置】という形を取っていることです。

つまり中国は、台湾海峡問題と東シナ海・南シナ海問題を一体のものとして扱い始めています。 日本が台湾問題に間接的に関与しようとするだけで、中国は台湾周辺に公船を展開するという 【連動した圧力】を使い始めたのです。

日本にとってこの問題は、台湾有事そのものより先に、今すでに始まっています。 台湾東部沖には日本のタンカーや貨物船が日常的に通過しますし、バシー海峡は日本のエネルギー輸送路の要衝です。

東シナ海や台湾東部海域が【中国に管理されつつある台湾周辺海域】という現実が、日本の物流、エネルギー安全保障、 半導体供給網に与える影響は、今後ますます無視できなくなるでしょう。

最近、中国が日本政府に対して非常にシビアな態度を取り続け、 米中首脳会談の場でもわざわざ日本批判を行うほど日本への圧力を強めていますが、 その背後には、“日本憎し”という感情ではなく、 先に触れたような事情や狙いが潜んでいることを私たちは理解しておかないといけません。

【鬼の居ぬ間に洗濯】ではないですが、まさに今、中国は 【アメリカの居ぬ間にアジア太平洋地域における覇権の確立】を狙っていると考えられます。

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終わらないロシア・ウクライナ戦争

ロシアとウクライナの戦争も、新しい段階に入りつつあります。 ロシア・ウクライナ戦争は【終わらない戦争】への道をひたすら進んでいます。 停戦交渉は行き詰まり、そこにあるのは消耗する二つの国の現実です。

トランプ政権は就任以来、停戦仲介を加速させました。UAEの首都アブダビや、スイス・ジュネーブと交渉の場を重ね、 今年5月9日のロシア戦勝記念日には米の仲介で3日間の停戦と双方1,000人ずつの捕虜交換も実現しました。

しかしこうした「部分的な成果」が本格的な停戦への足がかりになっているかと言えば、現実は異なります。

問題の核心は、双方の要求が根本から相容れないことです。 ロシアはクリミアを含む占領5地域のロシア編入の国際承認と、 ウクライナのNATO加盟断念・非軍事化を絶対条件としています。 一方のウクライナは現在の接触線を交渉の出発点とし、主権と独立を犠牲にする合意は受け入れないと主張しています。 この溝を埋めるものは、現時点では何もありません。

戦場でも状況は膠着しています。 ロシア軍は多くの正面で前進を試みているものの、ウクライナ軍の反撃を受けて後退する局面もあり、 決定的な突破口を開けていません。

一方のウクライナもロシアを押し返す力は持っていません。 その間にも、ロシアのドローン攻撃はむしろ激化しており、 2026年に入ってからは月4,000~6,000回もの攻撃がウクライナに打ち込まれています。 エネルギーインフラへの被害が積み重なる中、ウクライナ市民の生活は4度目の冬を過ぎてなお極限状態が続いており、確実に国内では厭戦機運が高まっています。

さらにロシアの継戦体制を下支えし、戦争をややこしくしているのが、北朝鮮との深化する軍事連携です。 北朝鮮による協力は、兵器・砲弾の供与にとどまらず、北朝鮮軍の実戦投入も事実上明らかになりました。 北朝鮮はロシアから軍事技術の供与やエネルギー支援を受ける見返りに、 人員と兵器を提供するという取引が定着しつつあります。

ロシアにとって北朝鮮は、もはや単なる“継戦のツール”を超えた長期的な同盟国になりつつあります。 (そして北朝鮮は、ロシア・ウクライナ戦争での実戦経験を軍に積ませることで、軍の能力向上を手に入れ、 かつロシアからのノウハウの提供を受け、弾道ミサイルおよび核弾頭の小型化技術を獲得して、 着実に、でも急速に軍事力を、量・質ともに向上させています。これは、日本にとっては脅威の拡大を意味します。)

一方、注目すべきはロシアの経済実態です。 2023~24年は軍需拡大を背景に実質GDP成長率が4~5%に達していたロシア経済ですが、2025年は1%にまで急失速し、 今年に入って【軍事スタグフレーション】という言葉が飛び交うようになりました。

軍需が民需を圧迫し続ける中、軍需自体の景気けん引力も剥落しつつあるのが現状です。 IMFやロシア中央銀行も2026年のロシアの経済成長率を1%前後と予測しており、 高インフレと財政赤字が国民生活に重くのしかかっています。

ただ、ロシアの場合、ここに重要な逆説が存在します。 ロシア経済は弱りつつあるのは確かですが、しかし弱っているからといって、戦争を終える方向に振れるわけではありません。 プーチン大統領にとって最優先事項は国民の支持を繋ぎ止めることであり、戦争に負けた大統領は政権を失います。 ゆえに、経済的に苦しくなっても、いくら人的な犠牲を出しても、政治的に負けを認める選択肢はないのです。

これはウクライナ、そしてゼレンスキー大統領にとっても同様です。 ロシアの領土要求を飲めば国家としての独立が失われるため、戦い続けるしか選択肢はありません。

こうして見てみると分かるように、この戦争は、ロシア・ウクライナ双方にとって、 “勝利”のためではなく、“敗北を避けるために続いている戦争”です。 そして双方が“今やめる理由”を持てない限り、停戦交渉がどれだけ行われても、前線での消耗戦は続くでしょう。

その結果、ロシア・ウクライナ共に止め時を見つけられずに、ひたすら惰性のように戦い続けるしかなくなっているため、 停戦の機運は、しばらくは訪れないと考えます。

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「不安定性管理の時代」への移行

私は今週の国際情勢を見ながら、ある一つの結論にたどり着きました。

世界は「戦争の時代」から【不安定性管理の時代】へ移行しつつあります。

ロシアも勝てない。ウクライナも勝てない。イスラエルも勝てない。イランも勝てない。 中国も容易には台湾を統一できない。アメリカも世界を単独で支え続けられない。

つまり、誰も決定的な勝利を得られない世界です。 だから各国は、“勝利”ではなく、【管理可能な不安定性】を追求し始めています。

しかし、ここに大きな落とし穴があります。

管理された不安定性は、安定とは同義語ではありません。 管理された不安定性は【いつ崩れるかわからない均衡】です。 均衡が保たれている間は平和に見えますが、 小さな誤算や事故といった偶発的な出来事が一気に危機へ発展する可能性を常にはらんでいます。

歴史を振り返れば、大きな戦争の多くは『本当は誰もそこまでのつもりはなかった』という状況の中で起きています。

1914年のサラエヴォがそうでした。オーストリア皇太子の暗殺という“局所的な事件”が、同盟の連鎖を引き起こし、 ヨーロッパ全土を巻き込む第1次世界大戦へと発展しましたが、当事者の誰も最初からそれを意図していたわけではありません。

そして今の世界は、そうした【誤算が最も起こりやすい環境】になりつつあります。

米・イランの合意に解釈の齟齬がある。 中国の「行政行為」と台湾・日本の「主権侵害」という認識が衝突する。 ロシア・ウクライナの停戦交渉が続きながら前線では戦闘が続く。 G7の中でアメリカと欧州の世界観がずれ続ける。

こうした【管理されているようで管理されていない緊張】が、世界のあちこちで同時進行し、 厄介なことに、それぞれが独立した問題ではなく、互いに連動しています。

ホルムズ海峡の危機が原油価格を押し上げ、欧州のエネルギー政策に影響し、ウクライナへの支援継続に影響を与えています。 中国の台湾周辺での動きが日本の安全保障政策を変え、日米同盟の在り方を問い直すきっかけになっています。

【不安定性の連鎖】という構造が、世界全体を覆いつくし、世界を非常に不安定な場所に変えています。

誰も勝てない時代に必要な力とは

そのような世界の中で、私が最近強く感じるのは、世界に必要なのは新しい兵器でも新しい同盟でもないということです。

必要なのは、【対立を管理する仕組み】です。 勝者を決める仕組みではなく、共倒れを防ぐ仕組みです。

外交、調停、危機管理、信頼醸成措置… これらは地味で時間もかかります。 そしてニュースにもなりにくい。

しかし誰も勝てない時代だからこそ、それらの価値はかつてなく高まっています。

翻って、日本はどうでしょうか。 エビアン・サミットで高市首相が問われたのは『ホルムズ海峡問題を前に、日本として具体的に何ができるか』でした。 エネルギー安全保障の観点からの関与、そして調停機能の発揮などが挙げられますが、 こうした核心をつく重要な問いは今後も繰り返し突き付けられることになるでしょう。

ここであえて日本が持つ強みを改めて考えてみたいと思います。 日本は軍事大国ではないので、対立する各国の『調停者』として信頼を得やすい立場にあると言えます。 戦後80年以上にわたって積み上げてきた平和外交の実績は、今の世界においてむしろ希少な価値を持ちつつあります。

一方で、日本がこの役割を担えるかどうかは自明ではありません。 防衛費の大幅増額、安全保障政策の転換という変化の中で、 日本がどこまで『調停者としての信頼』を保てるかは未知数と言わざるを得ません。 特に中国・台湾問題や朝鮮半島問題において、日本は当事者に近い利害関係を持っています。 利害を持つ国が調停者になれるかどうかは、問われるべき難しい問いです。

それでも私は、こう思います。

2026年後半の世界を左右するのは、『誰が勝つか』ではありません。 【誰が不安定性を管理できるか】です。

軍事力は“勝利のための道具”として生まれました。 しかし、現在のような【不安定性管理】の時代においては、軍事力だけでは問題を解決できないのは明白です。

外交的な信頼、調停の能力、危機を対話に転換するチャンネルの存在といったソフトな力こそが、 これからの国際社会における最も重要な戦略資産になるでしょう。

【誰も勝てない時代だからこそ、「共倒れを防ぐ力」を持つ国が、真の意味で強い国になる。】

そのことを、今週の国際情勢を眺めながら、改めて強く感じています。

以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2026年6月19日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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