高市政権の強引な姿勢に対して野党が審議の拒否で応ずるという、異常事態に陥っている今国会。民主主義の根幹を揺るがすこの状況から脱する手立ては、果たして残されているのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、高市首相の国会対応や日本維新の会との関係を詳しく検証。その上で、国会正常化のために高市氏が下すべき判断について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:「陳述書」で逃げ切れるのか。国会を麻痺させた高市政権の黄昏
「陳述書」という奥の手で逃げを図る卑劣。国会を麻痺させた高市政権の黄昏
困ったことに、いまの国会は、民主主義の「停止状態」にある。高市首相の資質と政治姿勢、そしてその傲慢さが招いた必然的な“空転”といえる。
野党が求める予算委員会の集中審議や党首討論への出席を、高市首相があくまで自己都合で拒み、恩義のある維新に約束した議員定数削減法案と副首都法案を「数の力」で強引に審議入りさせた。これに野党がいっせいに反発、衆参両院で審議を拒否しているのだ。
6月5日に補正予算が成立したあと、与野党の国対委員長は協議をし、6月と7月に、高市首相が出席する集中審議、党首討論を各1回づつ行う方向で合意していた。ところが、実際には6月に党首討論はなく、22日に衆参で集中審議が開かれた。とはいえ、それぞれ3時間ずつという異常に短いものだった。
目下、野党側は7月の集中審議と党首討論をあらためて求めているが、与党側は「官邸との調整がなかなか難しい」と回答。自民党の松山政司参院議員会長が直談判したものの、「応じる必要があるのか」と高市首相は首を縦に振らなかったという。
憲法63条には、首相や大臣は答弁や説明をするために国会(両議院)から出席を求められた場合は、必ず出席しなければならないと定められている。本来なら、高市首相の姿勢は憲法違反と受け止められても仕方がない。
6月26日に開かれた参院の「災害対策及び東日本大震災復興特別委員会」。この件を取り上げた立憲民主党の小沢雅仁氏と高市首相のやりとりをじっくり吟味してみたい。
小沢氏 「国対委員長間でやりとりをして返ってきた与党の回答は『官邸との調整がなかなか難しい』とのことでした。7月の集中審議と党首討論を求めているという報告は総理にあがっているんですか?」
高市氏 「官邸との調整が難しいということはございません。国対委員長に何ら指示をしたものではありません。これまで国会を最優先で対応してきたつもりです」
小沢氏 「では、窓口になっている官房副長官がきちんと調整含めて総理とやりとりしていないということじゃないですか」
高市氏 「私は国会から出席の要請があれば、出席して答弁させていただいております。今後も出席の要請があれば出席をして答弁させていただく。その方針は変わりません」
いかがだろうか。高市首相は「出席の要請があれば出席する」と憲法順守の回答をしているが、現実には応じていない。では、なぜそうなるのか、窓口の官房副長官がちゃんと伝えていないのかと質問すると、それには一切答えず、「要請があれば出席する方針は変わりません」と繰り返す。
小沢氏が「では、総理が指示を出せばいいじゃないですか。憲法63条に基づいて私は受けますと明確に言えばいいじゃないですか」などと問いただしても、首相の答弁は全く同じだった。
高市首相が国会に出席したがらない本当の理由は何なのだろうか。もともと、国会審議に時間を費やし、心身を消耗する暇があったら、どんどん政策を前に進めたいという傾向を持つ政治リーダーではあった。
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高市首相が触れられたくない「いくつもの問題」
むろんそれだけではない。サナエ・トークンや誹謗中傷動画をめぐる疑惑、そして木下秘書の参考人招致など、触れられたくない問題がいくつもあるからだ。だが、首相が国会から逃れたいと、もがけばもがくほど、野党の追及が厳しくなるのは自然の理である。
6月22日の衆院予算委員会。中道改革連合の後藤祐一氏が高市首相に質問した。「高市事務所の木下秘書らが、松井氏らとLINEグループのメンバーになったのは間違いないか」。松井氏とはもちろん、サナエ・トークンの開発者であり誹謗中傷動画の作成・拡散者である。
このときの高市首相も質問には答えず、後藤氏の持ち時間が削られるのもかまわず、滔々と自分の思いを語り続けた。
「何カ月も外交、安全保障、経済対策、成長戦略について私も歯を食いしばって働き続けてまいりました。これからもそういたします」
「私は30年以上衆院議員を務め、総裁選挙にも3回立候補しましたけれど、他の候補を中傷したり批判したりするようなことはせず、ひたすら自分の政策を訴え続けてまいりました。これは私自身の政治家としての矜持であり誇りでもございます…」。
そして、最後に出してきた“奥の手”が「陳述書」だった。
「近日中に、奈良の秘書の陳述書と、暗号資産に関する記述などどこにもない相手企業から送られてきた唯一の提案書、これを予算委員会の理事会に提出させてください。それをもって本件に関する詳細な問いへの答弁とさせていただきたいと考えます」
国会で答弁をせず、その代わり「陳述書」を出すという前代未聞の申し出に、自民党内にすら驚きの声が広がった。「国会答弁」という機能が、首相の恣意的な判断によって「書面の提出」へと矮小化されたのだ。議員や参考人が意見陳述書を提出することはあっても、首相が答弁の代わりに陳述書を提出してことを済ませた例は過去に一度もない。
本来なら、坂本哲志・予算委員長(自民党)が一蹴すべきところだが、「陳述書を私が預かり、理事会でご協議いただきたい」と引き受けてしまった。
今の国会運営は「数の力」による決定に偏り、意見の異なる者との対話プロセスがないがしろにされている。それが、いかに国会の質を低下させているか。首相への忖度を優先する議事運営には強い疑問が残る。
当然のことながら、野党は一斉に反発した。首相の国会軽視を容認するべきではないからだ。参院だけでなく、衆院の野党各党も集中審議と党首討論、木下秘書の参考人招致を要求した。
衆院の野党5党が結束して審議拒否に踏み切ったのは26日の午後に開かれた衆院議院運営委員会の理事会がきっかけだ。
与党側は衆院定数削減法案と副首都構想の関連法案を審議したいと提案したが野党側は応じず、自民党の山口俊一議院運営委員長は職権で議院運営委員会を開催。野党がこぞって欠席するなか、二つの法案を特別委員会に付託することを自民・維新両党の賛成で決定した。
定数削減法案と副首都構想関連法案は、言うまでもなく連立の最重要課題として掲げる維新の看板政策だ。いずれも、野党のみならず自民党内でも反対意見が多いのだが、公明が抜けた連立の穴を維新が埋めたことによって総理の座をつかみ取った高市首相としては、その恩義に報いて連立を安定させるためにも、約束を守っている形をつくりたいところだ。
国会正常化のため「姿勢を改める気配」など皆無の首相
「陳述書」といい、強引な国会運営といい、議会制民主主義の根幹を揺るがすような高市自民党の姿勢に対し、中道改革連合、国民民主党、参政党、チームみらい、共産党の野党5党が珍しく一致結束したのは、国会の信用を守るうえで、当然のことといえるだろう。
参院では防災庁設置法案、再審制度の見直しを含む刑事訴訟法改正案、個人情報保護法改正案など重要法案が審議中だった。衆院では国旗損壊処罰法案を野党欠席のなか、むりやり衆院通過させたものの、このままの国会情勢が続けば、今国会中の成立が危ぶまれる重要法案がいくつも出てくる可能性がある。
だが、国会正常化のために高市首相が姿勢を改める気配はいまのところ皆無だ。おまけに7月1日から3日までインドを訪問し、モディ首相と首脳会談を行う予定になっている。
7月17日に会期末が迫る中、維新肝煎りの定数削減法案と副首都法案は、与党議員だけが出席した衆院の特別委員会で審議入りした。「今国会で是が非でも成立させる」というポーズを維新に示したいのだろうが、参院が少数与党だけに、成立は見通せない。
30日に国会へ提出された皇室典範改正案については、麻生太郎副総裁が躍起になっており、党としての本気度がより高いとみるのが妥当だ。麻生副総裁が維新の藤田共同代表と直々に会談して合意を取りつけている点からも、維新の看板政策をバーターとして処理しつつ、本丸である皇室典範改正案を通したいという政権側の計算が見え隠れする。
むろん、どれもこれも衆院での「再議決」を前提として問答無用で審議を強行するわけにもいかないだろう。
衆院で与党は352議席を擁し、「3分の2」を楽に超えている。理論上、「再議決」による法案の成立は容易だ。しかし、参院を無視してそれを繰り返せば、「衆院の独裁」と見なされ、参院自民党からも反乱が起きるリスクがある。「再議決」は、これを通さなければ政権が倒れるという究極の場面で使うべき武器なのだ。
そもそも、この「再議決」を使うにも、参院での「否決」というステップが必要だ。参院の審議が止まっている現状のままでは否決の段階にすら達しない。
このため、「法案の衆院通過から60日以内に参院で採決されない場合、否決されたとみなすことができる」という憲法の規定に目をつけ、会期を60日間延長する案を官邸が検討しているという報道まで出はじめた。
しかし、維新が乗り気な一方、自民は慎重といわれる。第一、国会への出席を嫌う首相自身が避けたいことだろう。
とにもかくにも、すみやかに高市首相が集中審議と党首討論、木下秘書の参考人招致に応じ、強引な国会運営をやめさせさえすれば、一気に“正常化”に向かうはずだ。難しいことではない。すべては、高市首相の一存にかかっている。いま問われているのは、首相の政治力ではなく、民主主義のリーダーとしての「誠実さ」なのである。
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image by: 首相官邸