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米でもイランでもない。米国防総省の幹部が指摘した“百日戦争”「真の勝者は中国」という不都合な現実

一瞥すればそれぞれ個別に起きているようにも見える中東危機やウクライナ戦争、そして中国を巡る国際情勢の変化。しかしその底流には、これまで前提としてきた秩序の「耐用年数切れ」といった共通した構図があるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、米イラン合意の空洞化やロシアの宇宙通信インフラを狙うウクライナの攻撃、さらには中国の域外的な法的圧力等を分析。その上で、「言葉で合意したこと」と「実際に実行されること」の間にある大きな溝と、日本に求められる備えについて考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです

“言葉の合意”と“実行”の間にある溝‐中東、宇宙、英国、中国から読む秩序の劣化

「戦争の終結ではなく、世界秩序の再交渉が始まった」

先週号でそのようにお伝えしたかと思います。

【関連】トランプ米でもイスラエルでもイランでもない。なぜ中東情勢の“最重要プレイヤー”が「中国」なのか?

イラン・イスラエル間の軍事衝突が小康状態となったことで、中東は「平和」を迎えたように見えますが、実際には、戦場が外交の舞台へ移っただけです。

米国、中国、ロシア、欧州、湾岸諸国はいずれも、次の秩序を誰が設計するかを巡る新たな交渉に入りました。今週の世界を理解する鍵は、「停戦」ではなく「秩序の再交渉」にあります。

実際に国際社会において何が起きているのか?それを紐解いていくうえで、私は大きく分けて5つのポイントを挙げることができるのではないかと考えています。

  1. 「合意した」は「解決した」ではない――米イランMOUの空洞化
  2. 戦争の重心が地上から宇宙へ移った――ドゥブナ攻撃が示す新しい戦争のかたち
  3. 物価高とポピュリズムは連動する――英国スターマー退陣が示す西側の脆さ
  4. 軍事侵攻だけが侵略ではない――中国民族団結法が突きつける新しい脅威の形
  5. すべてに共通するのは「情報とインフラの支配権」争いという構造

そして、

【世界秩序は「停戦後の交渉フェーズ」に入った】

【中国は米国の戦略資源の分散を好機と捉えている可能性が高い】

【ロシアの最大の課題は戦場ではなく、国内の持続可能性になりつつある】

【日本は「傍観者」ではなく、「信頼される交渉の場の提供者」としての役割を強化すべきである】

ということもできると考えます。

それでは今週も国際情勢の裏側についてお話しいたします。

一つ目は【米イラン間の緊張】についてです。ここでは「『合意した』という言葉の中身が、まだ誰にも見えていない」という表現ができます。

6月17日の覚書(MOU)合意以降、米イラン関係は「戦闘停止」という表面上の落ち着きと、「解釈の食い違い」という水面下の緊張が同居する、極めて不安定な状態が続いています。

まず押さえておきたいのは、両者の主張が根本のところで噛み合っていないという事実です。

【ホルムズ海峡の通航料】について、米国は「国際水路であるため通行料の徴収は許されず、それにイランも賛同している」と主張する一方、イランは「航行管理のためのサービス料としての通航料徴収は自国の権利である」と主張しています。実際に戦闘終結に向けた覚書では60日間限定で無償通航に合意していますが、その後については両者の認識が根本的に異なったままです。

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クリアに見えてこないアメリカが置いている最終的な着地点

【IAEAによる核関連施設の査察】についても、アメリカのバンス副大統領は「イランがIAEAによる核関連施設の査察を受け入れた」と主張していますが、イラン側(アラグチ外相を含む複数の外務省関係者)は「新たな約束は何もしていない」と真っ向から否定しています。

IAEAのグロッシ事務局長は「査察という以上、当然、立ち入る必要がある」と繰り返し強調していますが(「問題は“いつ”、“どの施設”を査察するのかについて何ら情報がない」とも述べています)、イラン側は「最終合意の後でなければ査察は認めない」との立場を崩していません。

昨年6月の12日間戦争以降、ナタンズ、イスファハン、フォルドウといった“攻撃を受け大量の核物質・設備を抱える施設”への立ち入りはいまだ実現しておらず、今後もその見込みが立っていません。

【対イラン制裁解除】についても、米国は「協議の進展がなければ解除はない」との立場である一方、イランは「カタール政府の管理下にある一部凍結資産(約60億ドル)が解除され、大規模な復興が始まる」と主張しており、ここでも両者間の主張の溝は埋まっていません。

6月末には、カタールの首都ドーハで技術者級協議が開かれるのではないかとの憶測が広がりましたが、トランプ大統領自身が「ドーハでの会合は重要かもしれないし、そうでないかもしれない」と煙に巻くような発言をする一方、イラン側の有力交渉担当者ガリババディ氏も「そうした報道は確認されておらず、アメリカ側と直接協議する予定はない」と繰り返し否定するなど、両国の足並みは最後まで揃いませんでした。

イラン外務省・カタール外務省ともに、米イランの直接協議という形式そのものを一貫して否定しており、あくまで“カタール政府とイラン政府”・“カタール政府とアメリカ政府”という間接的な形式に終始しているのが実情です。

米上院では6月末、イラン関連の決議が僅差(50対47)で可決されるなど、米国内政治もイラン情勢に敏感に反応しています。

トランプ大統領は「間もなくガソリン価格は1ガロン2.5ドルまで下がる」と国内向けに成果を強調して、秋の議会中間選挙に向けた支持回復に苦心していますが、その裏でイランに対する軍事的な圧力は緩めておらず、「もしイランが合意を破れば、選択肢は複数ある」と警告も忘れていません。

濃縮ウランの問題、IAEAによる査察と核の平和利用、制裁解除に関する話し合いは、専門家による作業部会で行われるとされていますが、その開催予定はいまだ立っていません。

米イラン両国内の政治状況は不安定さを増しており、早期に協議がまとまれば両国の体制強化につながると考えられますが、長期化すれば、それは双方にとって重いボディーブローになります。覚書発効から60日間という猶予期間は刻一刻と過ぎており、その期限が近づくほど、双方の政治的な体力の限界も同時に近づいてきます。

正直なところ、アメリカがどこに最終的な着地点を置いているのか、私にはクリアなビジョンがあるようには見えません。

「イランの核開発を許さない」という大義で軍事攻撃に踏み切った以上、これが実質的な失敗に終われば、中東地域の核抑止バランスが崩れ、核拡散という究極のパンドラの箱が開きかねないとの懸念があります。

その裏側では、「アメリカはイランだけでなく、サウジアラビア王国にもウラン濃縮を認める可能性がある」との観測も出てきており、これが現実になれば、中東の核秩序そのものが根底から書き換わることになります。

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確実に露呈しつつあるアジア全域における安全保障の空白

そして、米国防総省の幹部が明かした「この米イラン百日戦争(2月28日から始まった戦争を私はこう呼んでいます)の「真の勝者」は、当事国のどちらでもなく中国だ」という指摘には説得力があります。

アメリカ政府はインド太平洋地域の軍事力・軍事能力の一部を中東へ振り向けましたが、仮にイランとの戦闘停止が今後も継続したとしても、インド太平洋における軍事的プレゼンスを元の状態に戻すのは容易ではありません。

また米戦略国際問題研究所(CSIS)などの分析によると、アメリカがイラン攻撃で消費したミサイルの在庫回復にも、早くても3~4年は必要とのことです。

アジア全域における安全保障の空白が、静かに、しかし確実に露呈しているのです。

逆に、この百日戦争の「敗者」は、米軍という抑止力に依存してきた民主主義陣営と、安価な石油というエネルギーに頼ってきた自由経済体制です。

日米欧という西側陣営は、軍事・経済の両面で、これまで当たり前だと思っていた安定基盤を静かに損ないつつあります。100日間で10億バレルを超す石油供給が途絶え、国際通貨基金(IMF)の分析によると、2026年の世界のインフレ率は当初予想の3.8%から4.4%へと切り上がりました。

もっとも、直近ではホルムズ海峡の緊張緩和を受けてブレント原油は1バレル80ドル前後まで軟化しており、米国内のガソリン価格にも一定の落ち着きが見え始めていますが、これはあくまで「一時的な小康」であり、次の一発の攻撃報道で再び急騰しかねない、極めて脆い均衡だという点は強調しておきたいと思います。

国家紛争と物価上昇はポピュリズムを勢いづかせ、民主主義と自由経済にとっては逆風となります。英国ではスターマー首相が退陣させられる事態に発展しました。米国によるイランへの攻撃は、トランプ政権の信認にも大きなダメージを与えています。傷を負ったのは世界全体です。石油需要国はホルムズ海峡というチョークポイントを抱え、安全保障政策の根本的な見直しが急務となっています。

米軍の伸び切った兵站は、アメリカが仕掛ける多面作戦の限界を示しています。アジア有事で「日本売り」が鮮明化したら、日本は国防どころか生活必需物資すら調達難に陥るという、国家安全保障上の大きな問題が表出する恐れがあります。

ここに止まらない円安と、1,000兆円を超すと言われる過大な債務が重なれば、それは日本経済に止めを刺す一撃になりかねません。日本としては、決して「対岸の火事」として見過ごしてはならない局面です。

2つ目は【地上の消耗戦から“宇宙の消耗戦”に姿を替えたロシア・ウクライナ戦争】についてです。

ウクライナの無人ドローンによる容赦のないロシア全土へのインフラ攻撃が続いています。結果として、ロシア国内の製油所の損傷が相次いでいます。

同時にウクライナ軍は、クリミア半島への攻撃を強め、ロシア側の補給路・供給路を断つ戦略を鮮明にしています。

ロシア系住民が多数を占めるクリミア半島では、対ロシア政府批判が高まりつつあります。これは、2014年の奪還・併合時にロシア国内でブーストされた「ロシアの同胞の救出」というクリミア半島併合の正当化のために用いたプロパガンダ戦略への大きなショックとなりかねず、プーチン大統領と政権の正当性そのものに疑問符が呈される事態になりかねません。

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ロシア国民による検索キーワードに“終戦”が頻出する事態に

モスクワでも深刻化するガソリン不足は、ロシア国民・モスクワ市民のプーチン大統領への不満が、静かにでも確実に広がっている兆しです。

「外国に売るほど石油があるのに、製油所をウクライナに攻撃されたことでガソリン供給不足が深刻化している」という非難が相次いでおり、プーチン大統領としては、この由々しき事態をこれまでのように「ウクライナが引き起こしたもの」という図式に落とし込みたいところでしょうが、現況下でそれがうまくいくかは不透明です。

ロシア国内では、否定できない厭戦気運と戦争への疲弊感の高まりが、じわじわと広がり始めており、その証拠にロシア国民による検索キーワードに“終戦”が頻出する事態になっているようです。

これらの対ロ攻撃の激化に加え、ウクライナは2022年2月以降、破壊・鹵獲したロシアの兵器を分解し、その性能や作りを詳らかにすることで、ロシアの軍事的優位性を最小化する戦略を活発化させています。

ウクライナ国防省の管理下に置かれているTrophyLabと呼ばれるデータベースを通じて、この情報は各国へ公開されていますが、これにより、ロシアの手の内が欧米諸国に露わになるのと同時に、ロシアから軍事支援を受ける北朝鮮やイランなど親ロシア諸国の軍事的な情報・性能なども詳らかにされる恐れがあります。

ウクライナは欧米諸国からの支援と引き換えに、これらの蓄積された情報を提供する用意があり、今では「援助の懇願」という形式から、「対等な立ち位置での対ロ共同戦線の提供者」という状況を手に入れつつあります。

ただし、このアピールにより、元々根強くある欧州の対ウクライナ不信感がかえって刺激されているとの情報もあり、支援側の一枚岩の対応の確立には至っていません。

このところ、ロシア・ウクライナ戦争において新しい局面が生まれてきています。それはロシアの衛星による監視機能を含む宇宙戦力に対するウクライナの攻撃が激化している事態です。

【見えなくなった軍隊は、やがて撃つことさえできなくなる】

まさに今、宇宙の帝国と例えられたロシアの軍事作戦能力に大きな穴が空こうとしています。

ロシア軍はこれまで、戦争を「砲弾の数」と「兵士の数」で語ってきました。しかし21世紀の戦争を決定づけるのは、そのどちらでもありません。宇宙です。

その予測を裏付ける出来事が、まさに今週起きました。ウクライナ軍は6月22日、
モスクワ州北部の先端技術産業都市ドゥブナにある宇宙通信センターを攻撃したのに続き、わずか一週間あまり後の6月30日、同じドゥブナ衛星通信センターを再度攻撃したのです。

ゼレンスキー大統領はこの施設について、「情報収集やウクライナで戦うロシア軍の調整に利用されている」と明言し、攻撃の意義を強調しています。1980年のモスクワ五輪の中継送信を機に開設され、かつてクレムリンとホワイトハウス間のホットライン運用も担ったこの由緒ある施設が、今や戦争の最重要標的の一つになっているのです。

ロシア側はドゥブナ通信センターへの攻撃を確認していませんが、モスクワ州のボロビヨフ知事は、街の「行政庁舎」にドローンが衝突したと明らかにしています。

この間、モスクワには29日夜から相次いでドローンの波が押し寄せ、防空網が60機を超えるドローンを撃墜(ロシア国防省発表では全体で419機を迎撃・破壊)、シェレメチェボ、ブヌコボ、ドモジェドボ、ジュコフスキーといったモスクワ圏の主要国際空港4カ所が、安全確保のため一時全面閉鎖に追い込まれました。

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ウクライナが開始したロシア軍の「神経系」を切断する作戦

航空機の離着陸制限は、夜が明けた午前になってから順次解除されていますが、モスクワ郊外エゴリエフスクでは、ドローンが住宅に衝突し人々が瓦礫の下に閉じ込められ、生後6カ月の乳児が病院搬送中に死亡するという痛ましい犠牲も出ています。また、ロシア西部トベリ州でも、撃墜された「敵のドローン」が夏の別荘に衝突し、61歳の女性が死亡しました。

これは単なる通信施設への破壊工作ではありません。ロシア軍の「神経系」を切断する作戦であり、戦場全体を徐々に麻痺させる長期戦略の始まりだと私は見ています。

衛星通信施設は、偵察衛星から送られてくる膨大な情報を地上へ降ろし、各部隊へ配信する中継点です。ここが損傷すれば、司令部は戦場を見渡す「目」を失い、前線は命令を受け取る「耳」を失います。さらに、不正な手段で入手していた米国のStarlinkへのアクセスを失った(著しく制限されている)ロシア軍は、いまだに代替の通信インフラを構築できていません。

興味深いのは、ウクライナ軍が偶発的にこの施設を狙っているのではなく、同じ施設を繰り返し攻撃している点です。一度壊して終わりではなく、修復能力そのものを疲弊させ、運用能力を恒久的に低下させることを狙う、典型的な「システム破壊戦」です。

しかし、本当に恐ろしい影響は、まだ先に訪れます。

ロシア軍の精密誘導兵器の多くは、GLONASS(ロシア版GPS)による測位情報に依存しています。GLONASSは衛星だけで成り立っているわけではなく、軌道上の衛星を監視し、時刻を補正し、軌道を更新し、誤差を管理する地上管制施設があって初めて、高い精度を維持できる仕組みです。

つまり、宇宙通信センターや関連施設への継続的な打撃は、単に通信能力を低下させるだけではなく、長期的にはGLONASS衛星群の運用管理能力そのものを蝕んでいく可能性があるのです。

衛星の軌道や時計の補正が遅れれば、測位誤差は少しずつ積み重なります。平時なら数メートルで済む誤差が、十数メートル、数十メートルへと拡大すれば、精密誘導兵器はもはや「精密」とは呼べません。軍事目標を狙った巡航ミサイルが建物一棟分外れ、防空レーダーではなく何もない空き地へ着弾する。橋脚ではなく河川へ落下する。滑空誘導爆弾の誘導精度も低下し、弾薬消費はさらに膨らむ――そうした事態が、半年後、一年後に静かに現実化していく可能性があります。

宇宙インフラへの攻撃は、今日の通信障害だけで終わる話ではなく、ロシア軍全体の打撃精度を静かに劣化させる「時限爆弾」なのです。ロシア軍事ブロガーが「国家レベルで目と耳を潰されている」と危機感をあらわにしたのは、決して誇張ではないでしょう。むしろ彼らは、事態の本質を理解している数少ない人々なのだと思います。

皮肉なのは、ロシアが冷戦時代から誇ってきた宇宙大国としての優位性が、いまや最大の弱点になりつつあることです。巨大で集中化された宇宙通信インフラは、長距離ドローンという安価な兵器によって、一つずつ無力化され始めました。唯一ウクライナがロシアに遅れを取っていた偵察衛星・通信衛星といった宇宙アセットの分野で、そのコントロールが着実に削られ始めています。

現代戦では、戦車を百両撃破するより、宇宙通信施設を一つ止めるほうが戦局に与える影響は大きい場合があります。戦争は地上で戦われているように見えますが、勝敗を左右するのは、地平線のはるか上空を回る衛星と、それを支える地上インフラです。ロシアが失いつつあるのは、一つの施設ではありません。【宇宙への支配力】そのものなのです。

宇宙からの目を失ったロシアは、ウクライナ軍が見えなくなり、やがて撃つことさえできなくなる状況に陥ることになります(そして脅しに使っているロシアの核兵器の運用にも大きな影響が生じる恐れが出ています)。

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国際社会が危険視する中国「民族団結進歩促進法」の内容

3つ目は【英国スターマー首相の退陣に見る“ポピュリズムの波”の拡大】です。

これはもう、欧州各国にとっては決して対岸の火事ではないと言えます。

先ほど触れた通り、国家紛争と物価上昇はポピュリズムを勢いづかせ、民主主義と自由経済体制にとって強い逆風となります。その象徴が、英国のスターマー首相退陣です。

6月22日、スターマー首相は官邸前で演説し、「労働党は次期総選挙(2029年までに実施)に向けて誰が党首に適任かを問うている。党の意向を受け入れ、党首を辞任する」と表明しました。

2024年7月の総選挙で労働党を14年ぶりの政権奪還に導いてから、わずか2年足らずでの退陣となりました。5月の統一地方選での大敗を受けて、与党・労働党内で退陣圧力が強まっていたところに、最有力後任候補とされるバーナム前マンチェスター市長が国政に復帰したことで、続投は困難と判断したとみられます。

スターマー氏は、過去10年で6人目の任期途中退陣となる英国首相です。就任後は支持率が急落し、2025年秋以降の世論調査では純支持率がマイナス40%台後半からマイナス50%台まで悪化するという、英国首相として極めて低い水準に沈んでいました。

後任は、党首選の指名受付を7月9日に開始し、議会の夏季休会を挟んで9月の再開前に決める日程が想定されています。最有力候補はバーナム氏と見られていますが、正式な手続きが完了するまで、誰が新首相になるかは確定していません。

これを英国一国の政局と片付けるべきではないと、私は考えています。物価高と地政学リスクが同時進行する局面で、既存の中道勢力の支持基盤が急速に溶けていくという構図は、他の西側民主主義国にとっても他人事ではないはずです。

米イラン戦争による原油高、ウクライナ戦争の長期化による経済的疲弊、そしてそれに伴う各国国内政治の不安定化――これらは互いに独立した現象ではなく、一つの負の連鎖として理解する必要があり、迅速な対応が求められます。

4つ目のポイントは【中国政府による「民族団結進歩促進法」の施行】です。これは私なりに表現すると【法治の仮面をかぶった域外統制】と言えるのではないかと思います。

7月1日、中国で「民族団結進歩促進法」が正式に施行されました。前文と7章65条から構成されるこの法律は、「中華民族共同体意識」の強化を国家全体の基本任務として位置づけ、教育、言語、出版、インターネット、企業活動、宗教、対外発信、そして香港・マカオ・台湾、さらには海外華僑までを一体で規律する、極めて広範な構造になっています。

注目すべきは、第63条に代表される「域外適用」条項です。国外の組織・個人が「民族団結を破壊する行為」に及んだ場合にも法的責任を追及できると規定されており、日本国内での中国批判的な言論や、少数民族・人権問題に関する調査・報道も、理屈の上では対象になり得ます。

中国政府自身は施行にあたっての会見で「中国の内政に対する粗暴な干渉であり、国際慣例に合致した正当かつ合法な法律だ」と反論していますが、国際社会からは恣意的な法執行や越境的な弾圧への懸念が相次いで示されています。

台湾も適用対象に含まれており、台湾の市民に対しては“中華民族への帰属意識を増進し、同じ中国人であるという認識を強化すること”が求められています。

中国で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の報道官は、「もし台湾独立勢力が独立を謀ることを目的として民族団結を破壊する行為に及べば、法に基づき処罰される」と述べ、台湾市民であっても法律の対象となる可能性を示唆しました。

中国政府としては、この法律によって統一への機運を高めるとともに、大陸と距離を置く台湾の頼清徳政権に圧力をかける手段として利用したい思惑があるものとみられます。

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日本の企業や日本人が真剣に向き合うべき新しい現実

もちろん、日本国内にいる限り、この法律によって直ちに逮捕・処罰されるわけではありません。しかし、中国本土や犯罪人引渡条約を結ぶ第三国への渡航時の拘束リスク、現地法人への圧力、取引・協力の制限、資産凍結、関係者への嫌がらせといった実務的な圧力手段は現実に存在します。

例えば、2020年の香港国家安全維持法が、当初「これは香港の政治の話だ」と多くの外資系企業に軽視された結果、後になって企業活動・情報管理・人材配置・言論対応・サプライチェーン判断にまで影響を及ぼしたという教訓を踏まえれば、この新法についても「また一つの中国の国内法だ」と片付けるのは危険です。

さらに厄介なのは、米国の「ウイグル強制労働防止法」への対応との板挟みです。新疆ウイグル自治区からの輸入品が強制労働で生産されたものではないと証明できない限り、輸入は原則禁止されるという米国法に従うためには、日本企業はサプライチェーンを徹底的に調査する必要があります。

ところが、中国工場での強制労働の可能性を調査しようとする行為そのものが、今度は中国側から「民族分裂を扇動する行為」と認定されるリスクが生じるのです。

この構造は、すでに反外国制裁法によって先行して整備されていましたが、民族団結法はこの「板挟み」の対象範囲を人権問題全般に拡大するものだと理解すべきでしょう。

これは、「軍事侵攻だけが侵略ではない」ことを示す、法制度・経済・言論を通じた圧力の一つの完成形として、日本企業・日本人が真剣に向き合うべき新しい現実だと私は捉えています。

これら4つの大きな動きを踏まえ、全体を俯瞰してみて私が強調したいポイントは、【秩序の耐用年数切れにどう向き合うか】という大きな問いについてです。

今週の出来事を並べてみると、共通して浮かび上がるのは、【これまで前提としてきた秩序が、静かに、しかし確実に耐用年数を迎えつつあるという構図】です。

米イラン間の合意は、「合意した」という言葉だけが独り歩きし、中身の解釈は依然としてバラバラのままです。ロシア・ウクライナ戦争は、地上の消耗戦から「宇宙という新しい戦場」へと重心を移しつつあります。英国では、物価高とポピュリズムの波が、就任からわずか2年足らずの政権をも押し流しました。そして中国は、法治という体裁を整えながら、国境を越えて言論と経済活動を統制する仕組みを一段と強化しています。

いずれの局面でも共通しているのは、「言葉で合意したこと」と「実際に実行されること」の間に、大きな溝が存在するという事実です。

紛争調停の現場に長く身を置いてきた者として申し上げれば、覚書やMOUへの署名は交渉のゴールではなく、むしろ「本当の交渉が始まる合図」に過ぎません。

米イラン間の作業部会が一向に開催されないのも、ウクライナがロシアの宇宙インフラという「見えない急所」を執拗に狙い続けているのも、すべては「紙の合意」だけでは何も変わらないという現実を、当事者たちが誰よりもよく理解しているからです。

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求められる「複数のシナリオに備えておく戦略的な忍耐」

日本にとっての教訓は明確です。ホルムズ海峡というチョークポイントへの依存、米軍の抑止力頼みの安全保障、そして中国の域外的な法的圧力――これらはどれも、これまで「所与のもの」として深く考えずに済んできた前提です。

しかし、その前提が一つひとつ崩れつつある今、私たちに求められているのは、性急な結論を出すことではなく、変化の兆候を丁寧に読み取り、複数のシナリオに備えておく「戦略的な忍耐」ではないでしょうか。

もう一つ付け加えるならば、今週の4つの事象は、いずれも「情報とインフラの支配権」をめぐる争いだという点でも共通しています。

米イラン間ではIAEAという第三者機関の査察権限そのものが交渉のカードになり、ロシア・ウクライナ間では宇宙通信という「見る力・聞く力」そのものが標的になり、英国では有権者の情報環境がSNSを通じたポピュリズムに揺さぶられ、中国では言論というインフラそのものを国家が域外まで管理しようとしています。

かつての紛争は「領土」や「資源」の奪い合いが中心でしたが、今起きているのは、それに加えて「誰が情報を制し、誰がインフラを支配するか」という、より抽象的で、しかしより本質的な争いです。そしてこの種の争いは、勝敗の輪郭が見えにくいがゆえに、当事者たちが「勝った」「負けた」の判断を誤りやすいという厄介な性質を持っています。

ウクライナがロシアの宇宙インフラを執拗に叩き続けているのは、まさにこの「見えにくい優位性」を地道に積み上げる戦略であり、逆にロシアがそれに気づいた時にはすでに手遅れになっている、というシナリオも十分にあり得ます。

紛争調停の現場でよく感じることですが、こうした「情報戦」的な要素が強まるほど、当事者同士の直接対話だけでは事態は収拾しにくくなります。

第三者による事実確認、検証可能な情報の共有、そして双方が納得できる「共通の物差し」を用意することが、これまで以上に重要になってきます。

IAEAの査察の可否がここまで揉めているのも、突き詰めれば「何をもって事実とするか」について米イランの間で共通の物差しが存在しないからです。これは中東に限った話ではなく、ロシア・ウクライナ間の停戦協議、そして将来起こりうるどんな地域紛争においても、同じ構造が繰り返されるはずです。

そのような中、私たちはどう生きていくべきでしょうか?その答えを明らかにしなくてはならない時期がもうそこまで来ているように感じています。

今週も最後までお読みいただき、ありがとうございました。来週も、世界の水面下で動いている力学を、皆様と一緒に読み解いていきたいと思います。

以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。

(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2026年7月3日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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