あまりに性急に進められると感じざるを得ない、皇室典範改正の動き。政府与党は「皇族数確保」を大義名分に掲げていますが、異を唱える声が上がっているのも事実です。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では漫画家の小林よしのりさんが、愛子さまが中学生時代に執筆された短編小説や、天皇陛下のお言葉などを紹介。その上で、皇室典範改正を巡る現状への危機感と、自身が考える象徴天皇のあるべき姿を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
高市も麻生も今すぐ読め。愛子さまが小説にしたためていた「国民と共に生きる覚悟」
政府が強引に今国会中の成立を目指す皇室典範の改正(正確には大改悪)、その目的は「皇族数の確保」とされているが、もちろん大嘘だ。
目的はただひとつ、「愛子さまの排除」である。
何が何でも愛子さまは天皇にはしないという前提で全てが進められているのだ。
このまま愛子さまは排除され、本人の今までの覚悟も、生き方も否定されるのだろうか?
愛子さまが人生に賭けたご覚悟が端的に示されているのが、愛子さまが中学1年生の時に書かれた短編小説だ。
以前にも紹介したが、まだ読んだことのない人もいるだろうし、何度読んでもいいものなので、ここに全文掲載させていただく。
私は看護師の愛子。最近ようやくこの診療所にも患者さんが多く訪れるようになり、今日の診療も外が暗くなるまでかかった。先生も先に帰り、私は片付けと戸締りを任されて、一人で奥の待合室と手前の受付とを行き来していた。
午後八時頃だろうか。私は待合室のソファーでつい居眠りをしてしまった。翌朝眩しい太陽の光で目が覚め、私は飛び起きた。急いで片付けを済ませて家に帰ろうと扉をガラッと開けると、思わず落っこちそうになった。目の前には真っ青な海が果てしなく広がっていたのだ。
診療所は、一晩でどの位流されたのだろうか? いや、町が大きな海へと姿を変えてしまったのかもしれない。助けを呼ぼうとしたが、電話もつながらない。私は途方に暮れてしまった。
あくる朝、私は誰かが扉をたたく音で目を覚ました。扉の外には片足を怪我した真っ白なカモメが一羽、今にも潮に流されてしまいそうになって浮かんでいた。私はカモメを一生懸命に手当てした。その甲斐あってか、カモメは翌日元気に、真っ青な大空へ真っ白な羽を一杯に広げて飛び立っていったのであった。
それから怪我をした海の生き物たちが、次々と愛子の診療所へやって来るようになった。私は獣医の資格は持っていないながらも、やって来た動物たちに精一杯の看護をし、時には魚の骨がひっかかって苦しんでいるペンギンを助けてやったりもした。愛子の名は海中に知れ渡り、私は海の生き物たちの生きる活力となっていったのである。そう。愛子の診療所は、正に海の上の診療所となったのだ。今日も愛子はどんどんやって来る患者を精一杯看病し、沢山の勇気と希望を与えていることだろう。
国民の気持ちに寄り添い、国民と苦楽を共にし、国民の幸せを常に願う…そんな天皇の務めを、おそらくほぼ無意識のうちに、海に浮かぶ診療所で生きものを癒す看護師の小説に託して書いておられる。
こうして将来の夢を育てた幼き日の愛子さまは、ついに「国民と共に歩む」道を断念せざるを得ないのか?
「男系固執」の国会議員たちは、この小説を読んではいないだろう。皇室の方々の人格なんか、一切興味がないのだから。
高市早苗や麻生太郎や男系固執議員が必要としているのは、「Y染色体ロボット」だけだ。政治利用できるロボットが欲しいだけなのだから、天皇陛下や愛子さまの「国民と共に歩む」という覚悟など分かるはずがない。
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上皇陛下が作り上げられた「国民と共に生きる」という天皇像
本来なら、国会議員とは「公僕」である。
日本国憲法15条2項は「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」と定めている。
ここでいう「公務員」は広い概念であり、国会議員・大臣・裁判官など、立法・行政・司法に属する公的職務の担い手を含むとされている。
国会議員も首相も国民の支配者ではない。奉仕者である。
しかも「全体」の奉仕者である。
決して「一部」、すなわち支持団体や政党、ましてや統一協会の奉仕者であってはならないのだ!
現在の国会議員、特に与党の議員は「憲法違反の国会議員」だらけであり、こんなのは単なる「税金ドロボウ」である。
本来ならまず国民全体のことを考えなければならないはずの国会議員には「国民と共に歩む」という意識など皆無であり、それゆえに愛子さまに国民の支持が集まる理由も全く理解できない。
国会議員は愛子さま人気なんて一時的な流行で、単なる「ポピュリズム」だと思い込んでいる。
だからこそ、どこの馬の骨かもわからん「旧宮家」系の男を養子入りさせて皇族にして、その子供が男だったら天皇になるという荒唐無稽な制度が作れるなんて妄想ができる。
たとえ最初は国民の反発があったとしても、どーせ国民感情なんか移り気なもんだから、そのまま時間が経てば慣れちゃって、なし崩し的に旧宮家系皇族にも敬意を持つようになるだろうと、タカをくくっているのだ。
「国民と共に歩む」の意味がわからない国会議員は、その考えの間違いには死んでも気付かない。
「国民と共に生きる」という天皇像は、上皇陛下が作り上げた「平成流」のスタイルである。
上皇陛下は「天皇は伝統的に国民と苦楽を共にするという精神的な立場に立っておられた」というお考えのもと、この伝統的な精神を現代に活かした天皇像を模索され、被災地ご訪問などで国民と同じ目線で語らう「平成流」の姿を、生涯を懸けて培ってこられた。
そして今上陛下は、それを全力で継承した上で「令和流」をつくろうとされている。
今上陛下は皇太子時代、1995年2月22日のお誕生日会見で阪神・淡路大震災に関する質問に対し、まず「天皇陛下(当時)は常に象徴として国民とともに苦楽を共にするという精神的な立場に立つと言っておられます」と述べた。
そして、その上で「私も天皇陛下のこのようなお気持ちを体し」被災者を励ましたいとおっしゃった。
確認できる範囲では、今上陛下が上皇陛下の「国民と共に生きる」という精神を引き継ぐご意思を公にされたのは、これが最初である。
そして今上陛下は2019年5月1日、ご即位当日の即位後朝見の儀のおことばでは、「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い」と述べられた。
さらに、一連の即位の儀式の中でも最も重要な即位礼正殿の儀のお言葉でも「国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べられた。
また毎年のお誕生日会見でも、必ず何らかの形で「国民と共に生きる」というご意思を表明しておられる。
ここで注目したいのは、時代を遡って2002年4月2日、愛子さまご誕生について行われた記者会見での今上陛下(当時・皇太子)のご発言だ。
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天皇陛下がおっしゃっている「忘れてはならない4つの日」
記者からの「敬宮(愛子)さまを養育されるに当たってどう思われるでしょうか」との質問に対する答えの中で、今上陛下はこうおっしゃっていた。
「陛下(現・上皇)をお助けして、そして国や社会のために尽くす気持ちを養って欲しいというふうに思います」
「また、愛子には一人の皇族として立派に育って欲しいですし、名前のように、人を愛して人からも愛され、人を敬い人からも敬われるような人に育って欲しいです」
ご誕生の直後から、陛下は愛子さまには「国や社会のために尽くす気持ちを養って欲しい」「一人の皇族として立派に育って欲しい」と願われていたのだ!
これは、悠仁さまご誕生直後の秋篠宮殿下のご発言とは対照的である。
2006年11月24日の記者会見で、「男子皇族としての悠仁さまの今後のご成長について思われることを」お聞かせ下さいとの記者質問に対する、秋篠宮殿下のお答えはこのようなものだった。
「私たちにとって男の子というのは今まで経験がないことですので、どのような経緯をたどって成長するのか、分かりません。ただ、基本的には長女、次女と同じように接するつもりでおります。今の段階で言えますのは、元気に育ってくれることを願っているということです」
ごく普通の親の言葉である。「国や社会のため」どころか「一人の皇族として」といった言葉すら入っていない!
この時、自称保守界隈は41年ぶりの男性皇族の誕生に大いに沸き立ち、悠仁さまが将来の天皇になることは規定事実だとしていた。
だが、秋篠宮殿下にはそんなつもりは最初からなかったのだ。次の天皇となるべく育てられているのは直系長子の愛子さまであって、傍系第三子の息子は違うという認識だったのは、ほぼ間違いない。
ちなみに、愛子さまご誕生の際には特別に記者会見が行われたが、悠仁さまの際には記者会見は開かれず、悠仁さまご誕生に関する記者質問は、秋篠宮殿下のお誕生日会見で他の質問と併せて行われた。このような点でも、初めから扱いは全然違ったのだ。
もちろん秋篠宮さま・紀子さまが悠仁さまに対して、皇族として生きることを軽視した育て方をされたわけがないし、自分たちが公務などに臨む姿も見せてこられたはずである。しかしその重みは、天皇皇后両陛下が愛子さまに対して見せてきたものとは全然違ったのである。
それは秋篠宮殿下が悪いわけではない。これが直系と傍系の違いなのだ。そしてその違いは、国民には直感的にわかる。愛子さまが身に着けてこられた公共心は、悠仁さまのそれとは次元が違うということを瞬時に感じる。それが愛子さまと悠仁さまの人気の差として表れているのだ。
愛子さまと悠仁さまでさえこれだけ違うのに、完全な一般国民として生まれ育った男が急に皇室入りして、その子が男だったら天皇になれるなどと言われて、いったい誰がそれに敬意を持つことができるだろうか?
天皇陛下は、日本人には「忘れてはならない4つの日」があるとおっしゃっている。沖縄慰霊の日(6月23日)、広島原爆の日(8月6日)、長崎原爆の日(8月9日)、そして終戦記念日(8月15日)である。
このお考えも上皇陛下から引き継がれたもので、天皇陛下はこの4つの日には黙祷を捧げて平和を祈り、身を慎んで過ごされているという。
もちろん愛子さまも、物心ついた時から4つの日には同様に過ごされていたはずである。
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愛子さまが自らのご意思で選ばれた「国民と共に歩む」覚悟
単なる一般国民である旧宮家系の男に、必ずこの4つの日に黙祷を捧げてきた人などいるわけがない。それどころか、沖縄慰霊の日が何月何日かすら知らないかもしれない。そんなのが皇室に入っても、誰も尊敬なんかできるわけがない。何年経とうが無理である。
こんなことは、誰でも即座にわかる。わからないのは国会議員だけだ。国会議員は自分が選挙次第でどんな人にでも取り換えの効く存在だから、世の中には余人には決して代えられない、かけがえのない人物がいるということが理解できないのだ。
「国民と共に歩む」とは一時的な流行やポピュリズムではない。
それは覚悟である。
壮絶な覚悟なのである。
愛子さまはその覚悟を、自らのご意思で選ばれた。
国民は無意識的に愛子さまの中にそのご覚悟を感じ取っている。
国会議員だけが、一切それを感じないのだ。
天皇陛下も雅子皇后陛下も、あれだけ公共心の強い娘を育て上げられたのに、ついに「男系固執」というカルト妄念に囚われた国会議員の前に、屈服せざるを得ないのか?
その時は天皇制の終わりであり、日本の崩壊である。
愛子天皇という国民の願いを実現する奇跡の予兆として、今週末、夏祭りが開催される。
応募してくれた方々は、会場で会おう。応募できなかった人は、生放送で1部・2部を配信するので見てくれ。そして感想を送ってほしい。
みんなの応援の後押しさえあれば、奇跡が起こるだろう。
● 7/11 13:00~ 「おぼっちゃまくん生誕40周年祭~小林よしのり全宇宙~」夏祭り 第1部・第2部 小林よしのりゴー宣道場
(『小林よしのりライジング』2026年7月7日号より一部抜粋・敬称略。そのほかの記事も満載のメルマガ『小林よしのりライジング』全文はメルマガ登録の上お楽しみください)
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