まさに「猫の目」のように日々変化する国際情勢。ホルムズ海峡を巡る米国とイランの対立や停戦の形骸化、各国の安全保障政策の変化は、その潮流を象徴する出来事となっています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、中東情勢や欧州で進む安全保障の再設計、アメリカ外交の変容などを多角的に検証。その上で、軍事力だけでは解決できない現代の紛争において、国際秩序を支える制度設計や交渉の重要性について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
【ホルムズ海峡を巡る新たなパワーゲーム─世界は「戦争」から「海上交通路の支配」を競う時代へ─】
7月中旬、中東情勢は再び緊迫の度を強めました。しかし、今回注目すべきなのは、米国とイランによる軍事的応酬そのものではありません。
本質的な変化は、ホルムズ海峡という国際公共財を「誰が管理し、その安全を保証し、その対価を得るのか」という競争が、具体的な金額と制度をともなって表面化したことにあります。
第二次世界大戦後、世界経済は「自由航行の原則」を前提に発展してきました。国連海洋法条約をはじめとする国際法は、国際海峡において沿岸国が一方的に通航料を課すことを認めていませんが、今、この原則そのものが当事者双方によって崩されようとしています。
1.「守護者」を名乗り合う米・イラン
6月17日に署名された米・イラン間の覚書(MOU)は、60日間の交渉期間を設け、イランに対して「60日間は無償での商船の安全な通航に最善を尽くす」ことを義務付けていました。
しかし、この一文が「60日を過ぎれば料金を徴収してよい」という含みを持つと解釈されたことが、事態を複雑にしました。
7月7日、イランがオマーン領海内でタンカー3隻を攻撃したとされることを契機に、米中央軍(CENTCOM)は報復空爆を開始しました。トランプ大統領はNATO首脳会議の場で「覚書は終わった」と宣言し、イランを「病んだ連中」と呼び、激しく非難しています。
以降、7月9日、13日と立て続けに米軍による対イラン空爆が実施され、イラン革命防衛隊もヨルダン、クウェート、バーレーン、オマーンの米軍関連施設をドローンで攻撃するという応酬が続いています。
7月14日、米中央軍は前日に予告していた対イラン海上封鎖を東部時間16時に再開したと発表しました。トランプ大統領はこれと同時に、「米国がホルムズ海峡の守護者(Guardian of the Strait)になる」と宣言し、その「安全提供コスト」として通航貨物価額の20%相当を受け取るという、前例のない構想を打ち出しました。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
自由貿易体制を支えてきた暗黙の原則に傷をつけたトランプ
2.20%構想の撤回と「通航料」という原則の崩壊
トランプ大統領がぶち上げた構想に対して、海運業界からはもちろん即座に猛反発が起きました。
「貨物価額の20%相当というのは法外な水準であり、到底許容できない」との声が相次ぎ、国際海事機関(IMO)事務局長も「水路への通航料導入は国際法に反する」との立場を改めて示し、専門家からも、米国が海峡を物理的に管理しているわけでも、法的な徴収権限を持つわけでもない中で、この構想は「実効性を欠く政治的メッセージに過ぎない」との指摘が上がりました。
湾岸諸国を含む国際社会から激しい反発を受けて、トランプ大統領は7月14日、方針を転換する羽目になりました。「海峡はイラン以外のすべての船舶に開かれている」と述べ、20%の通航料構想を事実上撤回し、代わりに湾岸産油国との貿易・投資協定を通じてオイルマネーを米国に還流させる方向へと舵を切りました。
一方のイランは、「ペルシャ湾海峡庁」なるものを設置し、独自に1バレルあたり1ドルのサービス料を徴収する構想を主張しています。イランのアラグチ外相は「トランプ大統領の指摘は完全に正しい。商船に安全な航行を提供する者は、その対価を受け取るべきだ。イランは常に海峡の守護者であり、これからもそうであり続ける」と、皮肉にもトランプ発言を逆手に取って自らの主張を正当化しました。
ここに、この問題の本質があります。
米国が自ら「通航料を取る」と言い出した瞬間に、「イランは通航料を取るべきではない」という米国側の従来の主張の正当性そのものが崩れてしまったのです。トランプ大統領がこの点に気づいて、慌てて方針転換したかどうかは定かではありませんが。
3.「国際海峡は課金しない」という原則の綻び
この一件が世界に与えた本当のダメージは、原油価格の変動に留まりません。「国際海峡は課金しない」という、戦後の自由貿易体制を支えてきた暗黙の原則に、明確な傷がつき、国際海運の“常識”が崩壊し始める事態に陥ったことです。
これに関しては、イランによるホルムズ海峡の閉鎖が経済的な武器になり得ることを目の当たりにした他の海峡沿岸国が“要らぬ考え”を持ちかねない状況を生み出しており、すでに4月の段階で懸念すべき兆候も見受けられました。
インドネシア政府プルバヤ・ユディ・サデワ財務大臣からは「マラッカ海峡の沿岸国が通航料を分け合えば、相当な収入になるだろう」との発言が飛び出しました(2026年4月22日ジャカルタで行われたシンポジウムでの発言)。すぐにこの発言はインドネシアのスギノオ外務大臣によって打ち消されていますが、国際社会が直面する本心が透けて見えるような気がします。
米エネルギー情報局(EIA)が出している「World Oil Transit Chokepoints」分析(2025年)によると、世界の海上石油貿易の26%がホルムズ海峡を、29%がマラッカ海峡を通過することが示されています。目を世界の他地域に向けると、欧州圏にもトルコ海峡やデンマーク海峡といった戦略的チョークポイントが存在します。
もし沿岸国が競うように通航料構想を具体化させれば、石油・海運の不透明性リスクが世界的に高まり、自由主義経済国のサプライチェーンの力が弱まります。そしてその空白を利するのは、間違いなく中国とロシアです。
その点で、すぐに打ち消されたものの、トランプ大統領が、イランがホルムズ海峡の通航料を徴収することを非難しながら、自ら20%の通航料に言及したことは、世界中の“海峡周辺国”にあまり望ましくないメッセージを送ったのではないかと懸念されます。
紛争現場で重要な「何を管理する権限を争っているのか」の見極め
4.市場が警戒しているもの、そして「ペトロダラー」への影
金融市場が最も警戒しているのは、一時的な原油価格の高騰ではありません。WTI先物は一時1バレル80ドルを超え、北海ブレント先物も7月14日に一時85ドル台まで上昇しました。これは6月17日の覚書署名以来の高水準です。
米国内のガソリン価格も1ガロン3.87ドルまで上昇し、ベルギーの海運部門のデータ分析企業であるKpler社の分析によれば、ホルムズ海峡の通過量は前週から半減したといいます。
しかし企業経営の視点からより重要なのは、「輸送コストの恒常的な上昇」です。船舶保険料、航路変更コスト、護衛費用、在庫積み増しといった構造的コストは、軍事的緊張が緩和された後も長期間残り続ける可能性が高いといえます。
さらに長期的な視点で見逃せないのが、1970年代半ば以降形成されてきた「ペトロダラー体制」への影響です。
米国が中東産油国に安全保障を提供する見返りに、産油国が石油収入をドル建て資産に還流させるというこの枠組みは、世界の原油取引の大半をドル建てにする土台となってきました。
しかし、SWIFTから排除されたイランやロシアが人民元建て取引を強いられる中で、中国人民元の存在感が徐々に高まっています。ペトロダラー体制の中心地であるサウジアラビアにおいてすら、人民元決済拡大の動きが探られているとの報道があり、これは世界の経済的覇権国でもある米国にとって看過できない懸念材料となっています。
日本を含む各国にとっても、このシステミックリスクは他人事ではありません。サプライチェーンの根本的な見直しとリスクヘッジ戦略の立案・実施は、もはや先送りできない経営課題といえますが、どれほどの対策が出来ているかは不透明です。
ちなみに、今回の一連の動きを「中東危機」とだけ捉えると、本質を見誤ります。現在進行しているのは、「海峡を支配する者が物流を支配し、物流を支配する者が経済秩序を左右する時代」への移行です。
20世紀の覇権国家は、圧倒的な軍事力を背景に国際秩序を維持しました。一方、21世紀後半に向かう世界では、海峡、港湾、エネルギー供給網、デジタル通信ケーブル、決済システムといった「インフラの管理能力」が国家の影響力を左右する要素となりつつあります。
ホルムズ海峡を巡る対立、そして米国自身が「通航料」という言葉を口にしてしまったという事実は、その象徴的な事例といえるでしょう。
紛争の現場では、「何を巡って争っているか」と同じくらい、「何を管理する権限を巡って争っているのか」を見極めることが非常に重要です。
今回、トランプ大統領が20%構想を掲げ、そしてすぐさま撤回した一連の動きは、正直なところ、交渉戦術としては拙劣だったといわざるを得ません。それは、自らの主張の法的正当性を、自らの発言で毀損してしまったからです。相手が使うレトリックを先取りされる、あるいは自らの言葉が相手に利用されるという事態は、交渉における最も基本的な失敗の一つです。
現在の米・イラン対立は、軍事的勝敗だけで決着する性質のものではありません。双方とも、海峡の安全保障と国際的な正統性を自らの戦略的資産として位置付けており、その認識が変わらない限り、軍事的な小康状態が訪れても、根本的な緊張は残り続けるでしょう。
だからこそ、この問題の解決には武力の均衡だけでなく、「海上交通路を誰が、どのようなルールの下で管理するのか」という制度設計を含めた交渉が不可欠となります。
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【停戦が終わっても平和は訪れない─米・イラン対立が示す「新しい戦争」の構造─】
2026年7月、中東で再び軍事的緊張が高まりました。しかし、現在起きている事象を「停戦の失敗」とだけ理解するのは適切ではありません。むしろ注目すべきは、停戦という制度そのものが機能しにくくなっていることです。
かつて国家間戦争では、停戦合意は政治交渉への入口となりました。しかし現在では、停戦は恒久的な和平へ向かう第一歩ではなく、「次の軍事行動までの時間を確保する手段」として利用される傾向が強まっています。
1.6月17日の覚書はすでに崩壊している
6月17日に署名された14項目の覚書は、この一週間でその主要な柱をほぼすべて失いました。
まず、軍事作戦の終結という第一の柱が守られていません。トランプ大統領は7月10日、米連邦議会に対し「7月7日に軍事作戦が再開された」と通知しました。これにより、米国内法上も米・イラン間の停戦状態は正式に終了し、戦闘状態へと戻ったことになります。
米議会は先月、イランへの敵対行為の終結を求める決議を可決していましたが、この措置はほぼ象徴的なものにとどまり、トランプ大統領に部隊撤収を強制する効力は持ちませんでした。
第二に、海上封鎖の解除という柱も破綻しました。イランは7月12日にホルムズ海峡の再封鎖を宣言し、米国も13日、イランの港湾への船舶の出入りを阻止する措置を14日16時(米東部時間)に再開すると発表しました。
第三に、イラン産原油・石油製品に対する制裁除外という柱も、7月7日の禁輸再発表によって崩れています。
さらに象徴的なのが、イランが地下深くに核関連施設を保有しているとされる「ピックアックス山」(イラン側のペルシャ語での呼称ではコラン山)の扱いです。トランプ大統領はこの施設を攻撃対象にすると発言しましたが、専門家によると、ナタンズの核施設同様、米国の地中貫通爆弾(バンカーバスター)をもってしても破壊は困難との見方が強いようです。
米シンクタンクISIS(科学国際安全保障研究所)が主張するように、仮にイランがこの場所で核開発を継続しているのであれば、それ自体が「核開発の現状維持」を定めた覚書の違反となる一方、米国がこの施設を攻撃すれば、それもまた覚書違反となります。
双方が互いを「違反者」と呼び合う構造そのものが、今回の覚書の脆弱性を物語っています。
2.終着点(End State)なき停戦の宿命
停戦が成立したにもかかわらず軍事行動が再開される背景には、一つの共通点があります。「最終的にどのような状態を目指すのか」という終着点(End State)が共有されていないことです。
仮に攻撃停止で合意しても、相手の体制を変えたい国と、現体制の維持を最優先する国とでは、停戦の意味そのものが異なります。そのため、停戦は紛争解決ではなく、「戦略の一部」として扱われやすくなります。
この構造は、中東だけではなく、ロシア・ウクライナ、ガザ、さらにはインド・パキスタンなど、多くの紛争にも共通して見られます。
今回の戦争も、当初は「レジームチェンジ(体制転換)」を目的として始まったはずでした。しかし、イラン国内で期待されたような民衆蜂起が起きなかったことで、この目的そのものへの関心は急速に薄れました。
戦況が膠着状態に陥ると、トランプ大統領からは橋や発電所などイラン市民の生活を支えるインフラへの攻撃も辞さない姿勢が示されるようになっています。何という矛盾でしょうか?
これは、明確な政治的目的を欠いたまま続く戦争が、いかに「終わらせ方」を見失いやすいかを示す典型例だといえるでしょう。
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中東情勢が世界に示した「戦争の終わり方が変わった」という教訓
3.軍事的優位だけでは交渉は成立しない
近年の紛争では、「軍事的勝利」がそのまま「外交的勝利」につながるとは限りません。むしろ、一時的に優位に立った側ほど、交渉の余地を狭めてしまうケースも少なくありません。
軍事行動は交渉力を高める手段ではありますが、それ自体が政治目的ではありません。政治的な出口戦略が曖昧なまま軍事行動が継続されれば、戦争は消耗戦へと変質していきます。
4.「勝利」よりも「管理」が重視される時代へ
冷戦期には、「どちらが勝つか」が戦略の中心でした。しかし現在では、エネルギー供給、海上交通路、半導体、レアアース、金融決済、サイバー空間などを継続的に管理する能力こそが、国家の影響力を左右しています。このため、軍事衝突そのものよりも、「管理権」を巡る競争が激しくなっています。
今回の中東情勢が世界に示した最大の教訓は、「戦争の終わり方」が変わったことです。
停戦は、もはや平和への入口ではありません。むしろ、「次の交渉」「次の軍事行動」「次の外交圧力」に備えるための一時的な局面となりつつあります。そのため、各国は停戦合意の有無よりも、その後も維持される軍事態勢や経済制裁、物流ルート、外交チャネルの変化に注目しています。
国際秩序は、「戦うこと」よりも「管理し続けること」を重視する時代へ移行しています。
私は紛争調停の現場で、停戦合意そのものをゴールとして捉えたことは、実際にはほとんどありません。私が重視しているのは、「停戦後にどのような秩序を築くのか」という実施に重点を置いたシステムの設計です。
紛争当事者たちが停戦文書に署名することは難しいものです。しかし、それ以上に難しいのは、双方が将来像を共有し、その合意を維持できる制度を作ることです。
今回の6月17日の覚書が一か月足らずで崩壊した最大の原因は、まさにここにあります。「60日間は無償」という一文が、両国それぞれに都合の良い解釈を許してしまいました。
合意文書における曖昧な表現は、短期的には署名を可能にしますが、長期的には対立の火種を残します。これは、企業間の契約交渉においても、国家間の外交交渉においても変わらない普遍的な教訓です。
現在の米・イラン関係を見ても、軍事的な均衡だけでは安定は生まれません。海上交通路、エネルギー、安全保障、経済制裁、地域秩序といった複数の論点を一体として扱う包括的な交渉設計が求められています。
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【イスラエル総選挙が左右する中東の未来─国内政治が世界秩序を揺るがす時代へ─】
2026年10月27日に予定されるイスラエル総選挙は、一国の政権選択を超えた意味を持ちます。その結果は、ガザ、レバノン、イランへの対応のみならず、米国との戦略的関係、中東諸国との外交、さらには国際社会の安全保障環境全体に波及する可能性があります。
これまでの中東では、「外交が国内政治を左右する」場面が多くありました。しかし現在は逆に、「国内政治が外交を規定する」構造が鮮明になっています。今後数か月の中東情勢を見通す上で、軍事動向と同じくらいイスラエル国内の政治力学を注視する必要があります。
1.与野党逆転の兆し──ネタニヤフ首相の苦境
この一週間で最も注目すべき動きは、世論調査における地殻変動です。
7月8日・9日実施のマーリブ紙による世論調査によれば、ネタニヤフ首相率いる与党リクードの予想獲得議席は21議席にとどまり、アイゼンコット元参謀総長率いる中道政党「ヤシャル」の22議席を下回りました。
その後複数のテレビ局(チャンネル12、チャンネル13、Kan)が実施した調査でも、ヤシャルがリクードに並ぶか、あるいは上回る結果が続けて示されています。
首相としての適性を問う設問でも、アイゼンコット氏がネタニヤフ首相を10ポイント前後上回るなど、明確な差がついた調査もあります。
もっとも、野党陣営(ユダヤ系野党)だけでは過半数の61議席には届かず、アラブ系政党を加えて初めて過半数を超えるという構図は変わっていません。つまり、政権交代の可能性は高まっているものの、その道筋は依然として複雑です。
ネタニヤフ首相の不人気の背景には、2023年10月7日に発生したハマスによる襲撃──1,000人以上の犠牲者を出し、251人が人質に取られた事件──の責任を問う声が根強くあることに加え、戦争や安全保障を盾にした同首相の権力集中に対する左派からの懸念も影響しています。
なお、連立与党は7月17日にクネセト(国会)を解散し、10月16日から20日の間に総選挙を実施することで合意していますが、この決定はまだ、7月16日現在、本会議での正式な議決を経ていません。
2.国内政治が外交を動かす時代
従来、イスラエルの外交政策は、安全保障上の必要性から比較的一貫性を保ってきました。しかし現在では、連立政権の維持、与党内の力学、世論の変化、人質問題、司法改革を巡る対立など、国内政治の要因が外交判断に与える影響が大きくなっています。
支持率回復を狙って、ネタニヤフ首相はこれまでガザ、レバノン、イランへと戦線を拡げ、戦果を挙げることで求心力を維持しようとしてきました。総選挙を控え、一段と強硬姿勢を強めるとの懸念も根強くあります。「政治の魔術師」とも呼ばれ、幾多の政治的危機を乗り越えてきた同首相が、支持率低迷のなかでもなお続投するのではないかという見方も囁かれています。
また、直近ではイスラエルの情報機関モサドが、イランの体制転換を企図し、アハマディネジャド元大統領を担いで親イスラエル体制の樹立を図る工作を行っていたことが発覚し、頓挫するという出来事もありました。アハマディネジャド氏は現在、革命防衛隊によって自宅軟禁状態に置かれているとされています。
この一件は、イラン国内の反イスラエル感情を刺激しただけでなく、トランプ大統領を激怒させたとも伝えられており、米・イスラエル関係にも微妙な影を落としています。
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競争と協力が同時に存在する複雑な均衡状態にある中東の現状
3.米国との距離感の変化
イスラエルと米国の関係は依然として極めて重要です。しかし、「同盟関係」と「政策の一致」は必ずしも同義ではありません。
近年は、軍事支援や安全保障協力を維持しながらも、ガザ情勢やイラン政策、人道支援などを巡って、両国の優先順位に違いが表れる場面が増えています。
トランプ大統領はネタニヤフ首相に対し、レバノンからの部隊撤収を要請したと伝えられますが、同首相は強硬姿勢を崩しておらず、要請に応じるかは不透明です。
ネタニヤフ首相は今週末、リンゼー・グラハム米上院議員の葬儀に参列するため訪米する予定ですが、現時点でトランプ大統領との会談は組まれていません。
イスラエル政府は、米・イラン間の6月17日の覚書そのものを支持しておらず、独自路線を強める傾向が顕著になりつつあり、これは今後の中東および世界の安全保障環境にとって大きな不確定要素となり得ます。
米国内でも、イスラエルへの支持のあり方を巡る議論は多様化しており、共和党・民主党双方の内部でも見解は一様ではありません。
そのため、今後の米・イスラエル関係は「無条件の支持」というよりも、「利益を共有する部分では協力し、意見が異なる部分では調整する」という、より現実主義的な関係へ移行する可能性があります(この点については後ほど詳述します)。
4.中東外交は新たな均衡点を模索している
アブラハム合意以降に進展したアラブ諸国との関係改善は、ガザ情勢やイランとの対立の影響を受け、新たな調整局面に入っています。一方で、多くの中東諸国も全面的な軍事衝突の拡大は望んでおらず、安全保障と経済発展を両立させる新たな地域秩序を模索しています。
中東全体は「対立か協調か」という二者択一ではなく、競争と協力が同時に存在する複雑な均衡状態にあるといえます。
このような状況下で実施されるイスラエル総選挙の本当の意味は、首相が誰になるかだけではありません。より重要なのは、「中東が軍事力を中心とした秩序を維持するのか、それとも外交と地域協力を組み合わせた新たな安全保障モデルへ移行するのか」という方向性です。
現在、中東では国家間の対立だけでなく、国内政治、世論、経済、エネルギー、地域外交が相互に影響し合う構造が形成されつつあります。
したがって、一つの選挙結果だけで将来を断定することはできません。
しかし、アイゼンコット氏の急浮上に象徴されるイスラエルの政治的選択は、中東全体の安定性を左右する重要な変数であり続けるでしょう。
紛争調停の現場では、「相手国」と交渉しているように見えて、実際には「その国の国内政治」と交渉していることが少なくありません。
政府の交渉姿勢は、軍事的な優劣だけで決まるものではありません。世論、連立政権、議会、選挙、そして指導者の政治的基盤が複雑に絡み合って形成され、それはイスラエルも例外ではありません。
ネタニヤフ首相が支持率の低迷にもかかわらず強硬姿勢を崩さない背景には、「弱さを見せれば連立が崩壊する」という国内政治上の制約があると見るべきでしょう。
だからこそ、外交交渉を成功させるには、交渉相手の公式な立場だけではなく、その背後にある政治的制約を理解することが不可欠です。相手が「何を望んでいるか」だけではなく、「何なら国内で受け入れられるのか」を見極めることが、持続可能な合意への第一歩となります。
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【欧州は「戦争経済」ではなく「戦略的自律」の時代へ─ウクライナ戦争が加速させた欧州安全保障の再設計─】
ロシア・ウクライナ戦争が長期化するなか、欧州では安全保障政策そのものの再設計が進んでいます。その背景にあるのは、「ウクライナを支援する」という短期的な目的だけではありません。むしろ欧州各国は、「アメリカに依存し過ぎた安全保障体制から、どこまで自立できるのか」という長期的課題への対応を迫られています。
防空システムの共同開発、防衛産業基盤の強化、共同調達の拡大は、その象徴的な動きです。欧州はいま、「戦争への備え」を進めているのではありません。「戦後秩序の次」を準備し始めているのです。
1.欧州防空システム新連合の発足
7月13日、ウクライナ、英国、ドイツ、フランスなど欧州10か国が、新たな防空システムの共同開発を目指す連合を発足させました。デンマーク、イタリア、オランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデンも参加予定であり、米国製「パトリオット」システムの欧州版を想定し、将来的なロシアのミサイル脅威から欧州を守るための統合ミサイル防衛網の構築を目指しています。
ウクライナは、自国の防衛大手ファイアポイント社が開発した迎撃ミサイル「FP-7.x」の試射に着手しており、2027年の実戦配備を目標に掲げています。
新連合は、このFP-7xを軸とした防空システム開発を支援する方針で、ウクライナは実戦で得た迎撃ミサイルの知見を加盟国と共有する一方、独仏が強みを持つレーダー技術などを取り入れる意向とされています。
ウクライナはすでに仏伊共同開発の中距離防空システムSAMP-Tの提供を受けているほか、米国とはパトリオットのライセンス生産で合意しており、防空能力の総合的な強化を加速させています。
2.「戦略的自律」は現実となるのか
欧州連合(EU)は長年、「戦略的自律」という理念を掲げてきました。しかし、その実現には多くの課題が残されています。
加盟国ごとに安全保障上の脅威認識は異なり、東欧諸国はロシアへの抑止を最優先する一方、南欧諸国は地中海や北アフリカ情勢への対応を重視し、西欧諸国は経済競争力や財政との均衡も考慮せざるを得ません。そのため、「欧州として一つの軍事戦略を持つ」ことは容易ではありません。
それでも、防衛産業の連携強化や共同開発は着実に進みつつあり、欧州独自の安全保障能力を高めようとする流れは今後も続くと考えられます。
3.防衛産業は欧州経済の新たな成長分野となるか
近年、欧州各国では防衛関連投資が急速に拡大しています。これは単なる軍拡ではありません。半導体、AI、宇宙、通信、無人システムなど、多くの先端技術が防衛分野と民間分野の双方で活用される「デュアルユース」の時代に入っています。
その結果、防衛産業は安全保障だけでなく、産業政策や技術競争力の観点からも重要性を増しています。一方で、財政負担や社会保障とのバランスをどう取るかという課題も大きいといえます。人口高齢化が進む欧州にとって、防衛費の持続可能性は今後の重要な政策論点となるでしょう。
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「ブルガリアの離脱」で露呈した欧州内における温度差
4.支援疲れと結束の狭間──ブルガリアの離脱
欧州各国はウクライナ支援を継続していますが、その温度差も次第に表面化しています。象徴的なのが、7月14日にラデフ首相が表明した、ウクライナ支援融資国連合からのブルガリアの離脱です。
ブルガリアは「外交交渉による解決こそ重要であり、ウクライナに戦争を継続させる支援はむしろ逆効果で、和平にはつながらない」との立場を示しており、すでに今年6月の時点でウクライナへの軍事支援を停止していました。
ブルガリアはEUとの連携自体は維持する方針のようですが、EUが検討しているロシアへの追加制裁──特に個人を対象とするもの──については拒否権を行使する構えを明言しています。全会一致を原則とするEUの意思決定システムの下では、この制裁は事実上見送られる公算が大きいといえるでしょう。
それでも現時点では、「欧州全体としてロシアの一方的な現状変更を容認しない」という基本姿勢は維持されています。個別政策では意見が分かれても、安全保障の基本原則については一定の結束が保たれていることが、欧州の特徴だといえます。
ウクライナ戦争が欧州にもたらした最大の変化は、「ロシアへの警戒」だけではありません。「安全保障は他国に委ねるものではなく、自ら構築するものだ」という認識が欧州全体に広がったことです。
その結果、防衛政策は軍事だけでなく、エネルギー、サイバー、宇宙、AI、半導体、サプライチェーンといった国家の総合力を競う政策へと変化しています。安全保障と産業政策の境界は急速に薄れつつあります。
今後の国際競争では、「どれだけ強い軍隊を持つか」よりも、「どれだけ持続可能な安全保障基盤を築けるか」が重要な評価軸となるでしょう。ただし、ブルガリアの離脱が示すように、この「結束」は決して一枚岩ではなく、経済的疲弊が進めば同様の動きが他の加盟国に広がる可能性も否定できません。
紛争は、戦場だけで終わるものではありません。長期化した紛争の後には、必ず「新しい秩序をどう設計するか」という課題が残ります。欧州がいま取り組んでいるのは、まさにその設計作業です。
防衛費を増やすこと自体が目的ではありません。本当の目的は、「抑止力を維持しながら、将来の戦争を起こさせない仕組み」を構築することにあります。
調停の現場でも同じです。一時的な合意は、危機を止めることはできます。しかし、長期的な安定をもたらすのは、当事者が共通の利益を持ち、それを支える制度と信頼が築かれて初めて可能となります。
ブルガリアの離脱は、「結束」と「合意疲れ」が紙一重であることを示す好例でもあります。欧州が目指すべきなのは、軍事的優位ではなく、持続可能な安全保障秩序であり、その成否は制度設計と政治的意思の双方にかかっています。
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【変質するアメリカ─「世界の警察」から「世界秩序の設計者」への転換は起こるのか─】
2026年のアメリカ外交を理解するうえで最も重要なのは、「孤立主義か国際協調か」という二項対立ではありません。真に問われているのは、「アメリカはどの国際秩序を維持する意思があり、どこまでそのコストを負担する覚悟があるのか」という問題です。
冷戦後のアメリカは、「世界の警察」として圧倒的な軍事力を背景に国際秩序を支えてきました。しかし現在では、その役割を全面的に維持することへの国内的な支持は弱まりつつあります。これはアメリカの衰退ではありません。国家戦略そのものの優先順位が変化しているのです。
1.リンゼー・グラハム氏急死の衝撃
この一週間で米国内政治に最も大きな衝撃を与えたのは、7月11日に急死した共和党上院議員リンゼー・グラハム氏の訃報です。同氏はウクライナとイスラエルの強力な支持者として知られ、対イラン強硬派の筆頭格でもありました。2月28日の対イラン攻撃開始に際しても、ネタニヤフ首相とともにトランプ大統領に決断を促した人物とされています。
死去の前日までキーウを訪問していたことから、ロシアによる関与・工作を疑う声も一部にありますが、これは未確認の憶測の域を出ません。
むしろ重要なのは、トランプ大統領とイスラエル・ウクライナ双方を結ぶ「稀有な結節点」が失われたという事実です。同氏に代わる存在は容易には見当たらず、これによりトランプ政権の対外介入主義がさらに後退する可能性が指摘されています。
2.イスラエルへの視点の変化──ギャラップ調査が示すもの
米国内では、イスラエルに対する視線そのものが変化しつつあります。
2023年10月7日以降、7万人を超えるパレスチナ人の犠牲者を出してきたイスラエルの軍事行動に対し、厳しい見方が広がっています。ユダヤ系米国人や、伝統的に親イスラエルの傾向が強いとされる民主党支持層・リベラル層の間でも、対イスラエル感情の悪化が見られます。
共和党内でも、「イスラエルはアメリカを戦争に巻き込み、資金と人的犠牲を強いる国だ」というイメージが徐々に広がりつつあります。
そして米ギャラップ社の調査(ただし、2026年2月に行われた)では、ついに史上初めて、パレスチナへの支持がイスラエルへの支持を上回るという結果が示されました。これは、米国の外交政策における「不動の前提」の一つが揺らぎ始めていることを意味します。
3.国内政治が外交戦略を規定する時代
アメリカ外交は長年、「超党派」で一定の継続性を保ってきました。しかし現在では、財政赤字、インフレ、移民問題、製造業の空洞化、社会的分断といった国内課題が、外交政策の選択を大きく左右するようになっています。
その結果、「どこで戦うか」よりも、「どこには関与しないのか」という判断が、以前にも増して重要になっています。
4.予測不可能なアメリカ
2026年の中間選挙を控えた補欠選挙では、民主党が共和党の牙城とされるテキサス州やフロリダ州も含め、多くの勝利を収めています。仮に民主党への政権交代が実現すれば、再び国際協調路線への回帰が予想されますが、実際にどうなるかは予見し難いところです。
むしろ問題の本質は、トランプ路線が物価高問題を解決できず、不要な戦争によって米国を消耗させ、対外的なプレゼンスを著しく低下させたという認識が広まれば、共和党内の伝統的な保守層が勢いを取り戻す可能性がある一方で、政権がどちらの手に渡ろうとも、アメリカはますます「予測不可能な国」になっていくという現実そのものにあります――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2026年7月17日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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