これまで日本では、防衛装備品の輸出には厳しい制限が設けられ、「武器を輸出して利益を得る国」になることには一定の歯止めがかけられてきました。しかし現在、その規制は大きく緩和され、防衛産業は「成長産業」の一つとして位置付けられています。メルマガ『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』では、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野晃一郎さんが、日本の防衛産業の現状と海外移転をめぐる動きを整理しながら、その意味を考えています。
日本の防衛産業について考える
前号 の「今週のメインコラム」では、亀井静香氏と古賀誠氏の週刊誌対談を取り上げましたが、両氏の発言の中に以下のようなものがありました。
亀井氏: 高市は馬鹿じゃけぇ。だってそうだろ!今の政権は防衛装備品だ何だと武器輸出の規制をどんどん緩めているが、戦争を放棄している国が、戦争をする道具を外国に売って金儲けをするなんてどういう話なんだよ。誰が考えたっておかしいのに、そこまで彼女はおかしくなっちゃったな。
古賀氏: 私もまったくおかしいと思うし、何より世界の国々に恥ずかしいですよ。我が国は「9条をもって戦争をしません」と世界に約束してきた。その平和の理想をあなたたちも学んでくれと頼んでこそ9条が生きてくるのに、武器を売って儲けるなんて「一体何なんだ」と呆れられますよ。
安倍政権時代、2015年に安保法制を強行採決して以降、条件付きで集団的自衛権を容認したり、武器輸出三原則を防衛装備移転三原則に置き換えるなど、戦後長い時間を掛けて構築してきた平和国家としての礎がどんどん壊されてきました。そして高市政権では、ついに防衛品の輸出規制である「5類型」まで完全撤廃し、殺傷能力のある武器輸出を解禁するところまで来ました。年末までに予定されている安保3文書の改訂では、長く国是としてきた「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」とする非核三原則の見直し(特に、「持ち込ませず」に関して)にも含みを持たせています。
防衛産業については、日本成長戦略の17分野の1つにも位置付けられていますが、そうなると、そこにビジネスチャンスを見出そうとする企業が出てくるのは自然な流れで、本メルマガ Vol.163 ではテラドローンについて触れましたが、先日は、楽天がドイツ企業と組んで攻撃型ドローン事業に参入することが報じられました。
そこで私は思わず以下をXにポストしたのですが、今日は日本の防衛産業について少し整理してみたいと思います。
テラドローンに続いて楽天も…。既に歯止めは外れてしまったが、今のうちに何とかしないと、知らない間に戦争屋が跋扈する国になっちゃうよ。 https://t.co/uNEvBWonN6
— 辻野 晃一郎 (@ktsujino) August 17, 2026
まずは、そもそも日本の防衛産業は現在どうなっているのでしょうか。
戦後の日本には、米国のロッキード・マーチンや英国のBAEシステムズのような、いわゆる「武器メーカー」という看板を掲げた企業はありませんが、防衛装備品を手掛けている企業は複数あります。代表格は三菱重工や川崎重工ですが、三菱重工は、戦闘機、ミサイル、戦車、護衛艦、潜水艦など、川崎重工も、潜水艦、哨戒機、輸送機、ヘリコプターなどを手掛けています。また、三菱電機は、レーダーや誘導弾、電子システムなどを提供しており、NECも、通信、レーダー、指揮統制システムなどを手掛けています。他にも、IHI、SUBARU、日本製鋼所、東芝など、多くの企業が防衛産業に関わっています。
実際、2025年度の防衛省の主要調達先を見ると、三菱重工は極超音速誘導弾、護衛艦、潜水艦、次期戦闘機などを受注し、三菱電機は地対空誘導弾やレーダー、川崎重工は哨戒機や電子作戦機などを受注しています。つまり日本は、戦後80年以上「平和国家」を掲げてきましたが、その一方で、分野によってはかなり高度な防衛技術と生産能力を維持してきました。
ただし、日本の防衛産業には、欧米とは大きく異なる特徴があります。輸出が厳しく制限されてきたため、顧客はほぼ防衛省に限定され、市場が小さかったことです。少量生産で特殊仕様、しかも何十年にもわたって保守部品を供給しなければなりません。そのため、収益性が低く、防衛省自身の資料でも、日本の防衛産業の利益率は2~3%程度にとどまってきたとの産業界の調査結果が紹介されています。そのため、防衛事業から撤退したり、規模を縮小したりする企業も相次ぎました。
そこで政府は、防衛産業を「防衛力そのもの」と位置付け、国家として育成するために輸出を解禁して市場を広げる方向に大きく舵を切りました。もちろん、ここまでは必ずしも理解できないわけではありません。日本が平和国家を標榜してどれだけ平和を願ったところで、残念ながら現実の世界から軍事的脅威がなくなるわけではありません。日本が自国を守るために自衛隊を持つ以上、国防のための装備を生産・維持・修理し、必要な技術を国内に蓄積しておくことも必要です。何から何まで外国製、特に米国から購入しなければ自国を守れないという状態は、独立国家として健全とは言えません。
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憲法9条についても、政府は一貫して「専守防衛のための必要最小限度の実力」は保持できるという立場を取ってきました。しかし一方で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母など、「専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる攻撃的兵器」の保有は許されない、という一線を固く守ってきました。
ところが、第二次安倍政権以降、その一線がどんどん後退し、防衛装備の海外移転については、ついに5類型の撤廃にまで至ったということは大いに問題だと思います。「専守防衛のために必要最小限の防衛産業を維持すること」と、「殺傷能力のある武器を海外に売ることで防衛産業を成長させること」は同じではありません。また、前者が後者の言い訳になるわけでもありません。
政府は、防衛装備の海外移転について、紛争当事国への移転は禁止し、輸出先や最終需要者を審査し、目的外使用や第三国移転についても原則として日本政府の事前同意を求める仕組みにしています。しかし、一度海外に渡った兵器が、どのような場で誰に対して使われるのかを、日本政府が完全にコントロールできるわけではありません。
また、米国の第二次トランプ政権以降、世界秩序は大きく変遷しており、今日の友好国が10年後も友好国である保証はありません。政権交代やクーデターもあります。第三国への移転は容易に起こり得ます。そして何より、日本製の兵器によって外国の市民が命を失う可能性を完全に排除することはできません。それどころか、日本製兵器が敵対国に渡った場合には、自国が生産した兵器で、自国や自国民が攻撃される事態すら起こり得ます。ここに、普通の輸出産業とは決定的に違う防衛産業の特殊性があります。
高市政権では、防衛産業を「成長産業」と位置付けていますが、そうなると、国からお墨付きを得た形で、企業の参入が増えることが予想されます。実際、前述の通り、テラドローンのような新興企業の参入や、楽天のような異業種からの参入が相次いでいます。企業活動においては、当然ながら売上や利益が追求され、株主からは成長も期待されます。防衛事業が大きくなれば、工場を稼働させ、雇用を維持し、研究開発費を回収するために、より大きな市場が必要になります。国内需要だけでは足りずに海外市場を求め、その結果、「自国の安全保障のために必要だから作る」から、「事業を成長させるために海外に売る」へと目的と手段が逆転する危険性があります。そして最終的には、事業の存続や成長のために、世界のどこかで戦争が絶えず起きることを願うようになります。英国や米国は、まさにそのために特殊工作部隊を使って、世界中に戦争の火種を仕掛け続けてきた歴史を持つ国です。
日本が防衛産業を維持することに国防上やむを得ざる理由があるのは前述の通り理解しています。しかし、それはあくまで専守防衛のためであり、いかなる事情があろうとも、戦争をビジネスチャンスと捉えて世界市場に武器を売る「軍需産業国家」を目指すべきではなく、ここには明確な一線を引く必要があります。以前にも引用しましたが、宮澤喜一元首相が外相だった時代に「我が国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれていない」と発言しています。日本の経済事情が当時とは様変わりしたとはいえ、今でも尊重すべき重い発言だと思います。亀井氏と古賀氏の対談にもあったように、戦争に巻き込まれない国の維持は、理屈で収まる話ではないのです。
日本製防衛装備品の海外移転に関しては、やはり5類型による縛りは残しておかねばなりません。救助用ドローン、無人輸送システム、サイバー防御、衛星監視、通信、地雷・機雷の除去、避難設備、救急医療、インフラ復旧といった、人命救助に資するいわゆる「デュアルユース技術」の平和利用に役立つ範囲に限定すべきです。やはり「歯止め」は重要で、これをひとたび緩め始めると、最後は何でもありになってしまいます。
戦後日本が積み上げてきた「平和国家」というブランドは、数字には表れにくいものですが貴重な国家資産です。その背後には、アフガニスタンで平和活動に尽力した中村哲氏や、国連難民高等弁務官として活躍した緒方貞子氏など、多くの日本人のたゆまぬ努力がありました。安全保障環境が厳しくなったからこそ、自国を守る力を強化する必要があるのはやむを得ません。しかし、それと「武器を海外に売って稼ぐ国になること」は別問題です。
憲法9条を大切にしてきた日本だからこそ、世界の防衛産業とはまったく違うモデルを作ることができるのではないでしょうか。日本成長戦略に防衛産業を位置付けるのであれば、同じく17分野の1つとして掲げている「防災・国土強靱化」と密接に関連付けて予算も統合し、「人を殺す技術」ではなく「人を戦争や災害から守る技術」で世界に貢献するというような国家戦略を掲げてもらいたいものです。
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最後に、以前にも何度か紹介したことがありますが、ノンフィクションライターの立石泰則氏が書いた『 戦争体験と経営者 』(岩波新書)を再度紹介しておきます。
戦後も、再軍備を求める経済人は少なくなかったと聞きますが、そういう風潮に真っ向から立ち向かった気骨ある大物経営者の何人かを紹介している本です。実際に戦場を経験したが故の平和への強いこだわり、経営哲学、国家観には、軽々しく軍事ビジネスに手を出すような最近の経営者にはない迫力があります。
この本で特に印象に残っているエピソードの1つに、ダイエーを創業した中内功氏の話があります。中内氏には、一兵卒として満州やフィリピンの戦場に赴いた過酷な経験がありますが、ある時、当時の関西経済界の重鎮だった住友金属(当時)会長の日向方齊氏に食ってかかったそうです。中内氏が参加した経営者セミナーで、「憲法改正、ソ連を仮想敵国とした防衛力強化、徴兵制の復活」などについて日向氏が持論を展開していたそうですが、財界の大物を前に聴衆の誰もが沈黙を強いられる中、一人立ち上がって「戯れ言を言わないでいただきたい」「軍備では日本は守れない、そんなことよりソ連と仲良くする努力をすることの方が大切だ」と真っ向から反論したそうです。
中内氏がもし今も健在であれば、テラドローンの徳重氏や、楽天の三木谷氏は、中内氏を納得させる説明ができるのでしょうか。
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