南シナ海周辺の滑走路建設やベトナム漁船への体当たりなどで、世界中から非難を浴びている中国。なぜ、中国は対外的に悪い印象を与えるような行為ばかり繰り返しているのでしょうか? 戦略学者の奥山真司さんは、自身のメルマガ『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』で、中国が「孫子の兵法」を利用し、あえて混乱を呼ぶような行動に出ている可能性があると指摘しています。
中国戦略思想の究極の理想とは?
おくやまです。
さて、新年になっても中国をめぐる問題は冷めやらず、とりわけ南シナ海情勢が混沌としてきていることはみなさんもご存知の通りです。目立ったところでは、以下の2つのニュースが大きいでしょう。
●南シナ海:ベトナム漁船、体当たり受け沈没 中国船か(毎日)
南シナ海に関しては、古典地政学の観点からいえばニコラス・スパイクマンの「アジアの地中海」という概念が参考になることはこれまでにも何度か触れた通りです。
ここで、私が注目したいのは、中国が南シナ海で戦略的に何を狙っているのか、という点です。
これに対する答えがあるとすれば、それは「中国の夢」、もしくは「恥辱の百年」を経ての「国土回復運動」(レコンキスタ)ということになるでしょう。
つまり現在の中国は、それが歴史的に正しいかどうかに関係なく、彼らの感じる「失われた祖国の土地」を取り返したい、という感覚(や世界観)でこのような対外拡張的な行動に出ているとも言えるのです。
ところがそこから下の階層の話になると、外から見ているわれわれに混乱が生じてきます。
なぜならルトワックが拙訳「自滅する中国」の中でも解説していたように、実際の国家の行動としての戦略・戦術レベルでの行動は、周辺国の反発を呼ぶものであるため、むしろ「自滅的なもの」であるからです。
たとえば今回のような無理やりな滑走路建設というのは、対外広報的にも最悪で、アメリカを含む周辺国や世界的にも「中国は侵略的な国家だ」というイメージを拡大しかねませんし、実際に拡大してます。
ではこのような戦略を行っている北京側の担当者たちは、このような誤解されるようなメッセージを外に発信していいと本気で思っているのかというと、これもまた微妙。というのも、世界の中国ウォッチャーたちには、中国が対外政策や外交を内部闘争の延長として行っているとする見解も有力だからです。
私もその見解に同意する部分はあるわけですが、戦略学的に「孫子の兵法」を学んできた人間として一言そこに付け加えたいのが「無形」という概念です。
すでに本メルマガでも何度か触れましたが、「無形」というのは「兵法」の全13章の中の第6章に当たる「虚実篇」のなかで戦略の理想形として描かれている概念です。
もちろん日本語訳では色々な解釈がされておりますが、戦略学の解釈としては「相手に勝ちパターンを察知されない状態」のことを「無形」としております。これはつまり、「相手に自分の意図を探られてないことが理想的である」ということなのです。
拡大解釈ととられる危険性はありますが、この「無形」を中国の戦略思想の究極の理想であると仮定して考えてみると、現在の北京側のやりかたについての1つのヒントが得られることになります。
というのも、「無形」が理想であれば、たとえば彼らが南シナ海をはじめとする対外政策での最大の狙いは「相手に意図を知られないこと」、もしくは「相手を混乱させること」にあることがわかるからです。
「いや、実際に彼ら自身も何やっているかわからないんじゃないですか?」というツッコミにも一理あるでしょう。
ただしここでのカギは、その戦略を行っている彼ら自身の中に「相手に意図を知られないことが理想である」と考え、対外的にも混乱したイメージを発信してもかまわないと考えているということ。
だからこそ、彼らはあえて秘密主義に徹し、人民解放軍はミステリアスな存在であればあるほど良いという前提で行動をしかけてくるのです。
私はここで「孫子を学んだだけで中国の対外戦略のすべてがわかる」と言いたいわけではありません。しかし、我々日本人はこれまでもこれからも地政学的に中国と対峙してゆかざるを得ない境遇にあります。中国が戦略面で理想と考えている「孫子の兵法」を、彼らがどう理解して、如何に利用しているのか? 日本人は、そのことこそをまずは理解すべきなのではないでしょうか?
image by: Shutterstock.com
『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』
国際情勢の中で、日本のとるべき方向性を考えます。情報・戦略の観点から、また、リアリズムの視点から、日本の真の独立のためのヒントとなる情報を発信してゆきます。
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