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トルコ軍事クーデター未遂、「真の黒幕」はアメリカにいる

先日トルコで起こった大規模な軍事クーデター未遂事件。既に7,000人以上が逮捕され、粛正対象者は5万人規模にもなると見られています。そもそもクーデターの首謀者は一体誰なのでしょうか。米国に亡命した指導者・ギュレン師に疑いがかかる一方、エルドアン大統領の自作自演という噂もあるようです。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係アナリストの北野幸伯さんはどう見ているのでしょう。

トルコ、軍事クーデター未遂の黒幕は、アメリカにいる?

皆さんご存知のように、トルコで7月15日、軍事クーデター未遂がありました。まだわからないこともたくさんありますが、今回はこの大事件について考えてみましょう。

大規模だった軍事クーデター未遂

最初に驚かされるのは、クーデター未遂の規模です。既に7,543人が逮捕されたそうです。

警官ら8,777人解任、拘束7,000人超=死刑復活も検討─トルコ・クーデター未遂

時事通信7月19日(火)1時42分配信

 

【エルサレム時事】トルコ内務省は18日、クーデター未遂に関連し、公務員8,777人を解任した。このうち7,899人が警察官で、地方の知事・首長30人も含まれた。

 

またユルドゥルム首相は同日、クーデターに関与した容疑で拘束された軍人・司法関係者らが7,543人に増えたと明らかにした。トルコメディアが伝えた。

クーデターを目指す勢力は、

を、同時に攻撃しました。首都アンカラで彼らは、乗っ取ったNATO軍機を使い、

最大の都市イスタンブールで、彼らは

占拠し乗っ取った。また、トルコ最大のアタテュルク国際空港を閉鎖した。マルマリスで、エルドアン大統領が滞在していた、Grand Yazici Mares Hotel を爆撃した。

とまあ、とんでもないほど大規模なクーデター未遂だったことがわかります。では、なぜ失敗したのでしょうか? 結局、エルドアン大統領の拘束に失敗したからでしょう。

動機は?

彼らがクーデターを狙った動機は何なのでしょうか? トルコはもちろんイスラムの国ですが、建国から面白い方針を掲げてきました。トルコ共和国の建国は1923年ですが、その時から「世俗主義」を国是としてきたのです。「世俗主義」とは要するに、「政治と宗教が分離されている」ということです。つまり、「イスラム教が政治を支配することはない」と。

1923年のトルコ共和国建国以来、「建国の父」ケマル・アタチュルクが率いた軍は、厳格な政教分離で公の場から宗教色を排除する世俗主義など建国の国家原則の「守護者」を自任する。世俗主義は憲法にも明記された国是だ。
(朝日新聞デジタル7月17日)

この国是のおかげで、トルコは欧米諸国とも比較的良好な関係を築きNATOにも加盟している。そして、面白いことにトルコでは、軍隊が、「自分たちは民主主義の守護神だ」との誇りをもっている。

為政者が民主主義を逸脱した場合は、クーデターを起こして政権を崩壊させる。しかし、クーデター後は、軍が政権を奪ったままにせず、再び「世俗主義」「民主主義」に戻していく

「非民主的クーデターを起こして、民主主義を守る」というのはなかなかわかりにくい論理ですが…。しかし、軍は、建国後3回クーデターを起こしいずれも成功させてきました。

トルコ軍は1960年、71年、80年と過去3回、クーデターなどで権力を奪取した。

 

国是とする「政教分離」の危機、政党政治の混乱、経済の長期低迷など、軍は「このままでは秩序を維持できない」と判断した場合に実力を行使し、混乱を治めた上で民政に移管させる役割を担った。
(同上)

ところが、「強すぎる軍隊が気に入らない男が政権につきます。それが、今のエルドアン大統領

ところが、2002年にイスラム保守の公正発展党(AKP)政権が発足。03年に首相になったエルドアン氏は、政治に介入しつづけた軍の力をそぐ闘争に着手し、両者の緊張は一気に深まった。

 

AKP政権は国民の支持を得て長期安定政権を維持し、トルコは中東屈指の経済大国に成長。エルドアン氏自身も14年8月、トルコ初の直接選挙で大統領に当選した。エルドアン氏は国民の高い支持を背景に、自分に従わない軍幹部の追放に成功。軍が政治介入できる力は大きく弱まったとみられていた。
(同上)

さらにエルドアンは、軍が守ってきた世俗主義を大幅に修正し始めました。

AKPの事実上のリーダーとして実権を握るエルドアン氏は近年、公の場でもイスラム重視を語るようになり、世俗主義に反するとの批判を受けるようになった。こうした状況を危惧した軍の一部が、世俗主義の徹底を目指して、今回のクーデターを企てた可能性がある。
(同上)

「権力を失いつつある軍の反発」
「世俗主義を捨て去ろうとする大統領への不満」

さらに、

「強まる独裁傾向」
「非民主化」
「言論の弾圧」
「クルド人弾圧」

などへの不満があったのでしょう。ちなみに、昨年11月トルコに戦闘機を撃ち落とされて関係が悪化したロシアでは、「軍の一部は、エルドアンが人類の敵『イスラム国から石油を密輸し私腹を肥やしているのが許せないのだ!」と報じられていました。

これ、新しい読者さんには「トンデモ話」に聞こえるでしょう。しかし、事実です。読売新聞2016年11月28日付をじっくり読んでみましょう。

欧米情報当局「イスラム国がトルコに石油密売」

読売新聞1月28日(土)10時22分配信

 

【パリ=石黒穣】イスラム過激派組織「イスラム国」から大量の石油がトルコに密輸されているとの見方は、欧米情報当局の間でも強い。

 

米軍特殊部隊は今年5月、シリア東部で「イスラム国」の石油事業責任者を殺害した。英有力紙ガーディアンは、同部隊がその際押収した文書から、「トルコ当局者と『イスラム国』上層部の直接取引が明確になった」と伝えた

反乱軍に勝利したエルドアンさんですが、「ダークサイド」があることも、知っておいた方がいいでしょう。

クーデター未遂の黒幕は誰だ???

ところで、クーデター未遂の首謀者は誰なのでしょうか? 軍幹部が直接クーデター作戦を指揮したようです。

政府は16日、2,839人の軍人を拘束したと発表。地元メディアによると、このうち高級幹部はアーデム・フドゥティ陸軍第2軍司令官、エルダル・オズトゥルク陸軍第3軍司令官、アキン・オズトゥルク元空軍司令官らで、トルコ紙によると将官40人以上、大佐が29人いるという。
(朝日新聞デジタル7月17日)

すごいメンツですね。ところが、当のエルドアンさん自身は、なんと「真の黒幕は、アメリカにいる!!!」としています。どういうことでしょうか? エルドアン大統領は、政敵のギュレン師が「クーデター未遂の黒幕」と見ているのです。

トルコ「クーデターを首謀」米にギュレン師引き渡し要求

朝日新聞デジタル7月17日(日)21時14分配信

 

トルコのボズダー法相は17日、未遂に終わったクーデターに関与したとして約6,000人を拘束したと述べた。陸軍の幹部など複数の将官や大佐らが含まれる。

 

またトルコ政府はクーデターを首謀したのは米国亡命中のイスラム教指導者ギュレン師だとして、米国に同師の引き渡しを求めた。

ギュレン師とは誰でしょうか?

AKP政権発足当初、エルドアン氏はギュレン師とイスラム重視で一致。軍の政治的影響力の排除などで同師の協力を得た。だがエルドアン氏が強権ぶりを発揮するのに伴い、ギュレン師は離反したとされる。

 

13年には両者の対立は決定的になり、エルドアン氏はギュレン師を「国を乗っ取ろうとしている」と非難した。

 

トルコ政府は昨秋、国家転覆を企てているとしてギュレン師の団体を「テロ組織」に指定した。
(朝日新聞デジタル7月17日)

ギュレンさんの影響力は強く、「ギュレン運動」というのもあるのです。

ギュレン運動:米国に亡命中のイスラム教宗教指導者ギュレン師を中心とする運動。公の場から宗教色を排除する世俗主義が国是のトルコで、世俗主義とイスラム教は矛盾しないとする穏健な思想を持つ。公的機関でのスカーフの着用や酒類販売の規制強化など宗教色を前面に出すエルドアン政権とは対立関係になった。
(同上)

ちなみに、ギュレン師本人は、クーデター未遂への関与を否定しています。それどころか、「エルドアンの自作自演だ!」と語っている。ギュレン師の引き渡しを要求されたアメリカは、「証拠をみせやがれ!」と逆要求しています。

ギュレン師の引き渡し、ケリー氏「証拠示せば」

読売新聞7月18日(月)0時13分配信

 

【ワシントン=尾関航也】ケリー米国務長官は16日、訪問先のルクセンブルクで記者会見し、トルコ政府がギュレン師の身柄引き渡しを求めていることについて、「トルコ政府が妥当な証拠を示せば米国は適切に判断する」と述べた。

軍事クーデター未遂失敗の影響は?

完全な真相はわかりませんが、とにかくエルドアンは勝利しました。そのことは、これからのトルコと世界にどのような影響を与えるのでしょうか?

まずエルドアンさんは、ますます独裁色を強めていくことでしょう。すでに、EUに入るために廃止した「死刑を復活させる可能性があるとしています。

ギュレン派への弾圧は強まることでしょう。さらなるクーデター未遂を警戒し、政治や言論の自由への規制を厳しくするに違いありません。そのことが、エルドアンとアメリカEUとの関係を悪化させます

アメリカがギュレン師の引き渡しを拒否していることで、トルコ人の反米感情が強まっている。EUは、「死刑を復活させるなら、EU加盟はあり得なくなる」としています。しかし、エルドアンさんは、「もうどっちでもいいや」という感じになっている。つまり、これからトルコと欧米の関係は悪化していく。それを喜ぶのは、第1にロシア、第2に中国、第3にイラン、シリアなどでしょう。

勝利したエルドアンさん。まだまだ安心できない日が続きそうです。

image by: esrk / Shutterstock.com

 

ロシア政治経済ジャーナル
著者/北野幸伯
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