その地下に、実は琵琶湖の水量に匹敵する地下水を湛えているという京都。今回の無料メルマガ『おもしろい京都案内』では、古来より都を潤わし続け、独特の食文化を育んできた「京の三名水」が紹介されています。京都の発展に欠かせなかった名水をめぐる旅の始まりです。
京の三名水
三方を山に囲まれた京都盆地。鴨川・桂川などの河川が流れるその地下には、琵琶湖の水量に匹敵するほどの地下水が湛えられていると言われています。信じられないかも知れませんが、京都盆地は大きな水がめの上にのっているような地形なのです。そのぐらい京都は水が豊富な土地なのです。平安時代から続く都の文化は、このめぐまれた水資源に支えられてきたといっても過言ではないぐらいです。
京都人はこの水資源によって、酒造り・京菓子・豆腐・湯葉などの食文化を育んできました。また、室町時代以降の茶道の発達も深く関係している事でしょう。それ以降京都の水は全国でも名水として珍重されてきました。
現在もこれらの名水や地下水脈は京豆腐や酒造りには欠かせない資源になっています。近代の都市整備などで名水や地下水の水質が損なわれたり、失われたものもありました。しかし、今も昔と変わらずに涌き出ていて、飲むことの出来る名水もたくさん残っています。今回は、そんな京都の水の中でも最も由緒ある京の三名水をご紹介します。
染井(そめい)の井
染井(そめい)の井戸は、京都御苑の東隣にある萩で有名な梨木(なしのき)神社の境内にあります。寺町通りに面したこの辺りは源氏物語の作者・紫式部が住んでいたと伝えられる廬山寺なども道を隔てた斜め向かいにあります。梨木神社の場所はかつて宮内の染所として用いられていました。染井の井戸の水で染め物をするときれいに染まった事からこの名前がついたといいます。
季節を問わず毎日水を汲みに来る人で列が出来ているのをよく目にします。ペットボトルやポリ容器を持参した人が絶えることがありません。その中には京都の名店やレストランの方達もいらっしゃるとか。井戸のそばには「水汲みは1回につき5リットルまでに」といった注意書きが貼ってありました。大行列になったら大変ですからね。
京都滞在中のランニングコースは京都御苑の周回コースなので梨木神社の前はよく通ります。そのような時にはちょうどいい給水ポイントとして私も利用させて頂いています。
こちらは、三名水の中でも現存する唯一の水とされています。是非、この辺り散策された後に立ち寄ってみてください。
- 所在地:京都市上京区寺町通広小路上ル染殿町680
- TEL:075-211-0885
- 参拝時間:6:00~17:30
- 交通・アクセス:市バス 「府立医大病院前停」下車より徒歩約3分
梨木神社
梨木神社は明治18年に創設された比較的新しい神社です。ここには明治維新に貢献した公家の三条実万(さねつむ)と三条実美(さねとみ)父子が祭神として祀られています。
この辺御所の周り一帯には昔、公家のお屋敷がたくさんありました。しかし、明治になって天皇が皇居に移られてから全て東京に移され、梨木神社はその後に創建されました。そしてその場所にこの井戸が残っていたというわけです。
梨木神社は毎年9月に開かれる萩まつりで有名です。梨木神社の名前の由来は、この一帯はかつて「梨木町」と呼ばれていたからだそうです(現在は染殿町。神社に祀られている三条家の家紋は「梨華紋(りかもん)」で、梨に由来しています。
醒ヶ井(さめがい)
市内中心部、四条大宮にある京菓子司にその井戸はあります。醒ヶ井とは元々「佐女牛井(さめがい)」という名前で、現在では碑が立っているだけになっています。堀川五条を少し下ったところにある東急ホテルの横にその井戸はあったそうです。
醒ヶ井は源氏堀川邸にあった名水と伝わります。室町幕府8代将軍・足利義政や千利休も利用したと伝えられている由緒ある名水です。しかし、残念なことにその後戦争で無くなってしまいました。
現在は同じ水脈である、和菓子屋の亀屋良長が店舗改装の折りに「醒ヶ井」と名付けて井戸を掘り直しました。亀屋良長はこの醒ヶ井の水を京菓子の全てに使用しているそうです。また、一般の方にも解放されているようです。
ここの銘菓は創業享和3年より販売されている「烏羽玉」です。黒砂糖とこし餡を練り固め、寒天でくるんだあんこ玉です。甘ったるさがしつこくなく、さっぱりといただけるお菓子です。京都人が大昔から水を大切にし、代々守って行く心意気が感じられます。
- 所在地:京都市下京区四条通堀川東入北側
- TEL:075-221-2005
- 営業時間:9:00~18:00
- 定休日:無休
- 交通・アクセス:阪急京都線「四条大宮駅」下車
県井(あがたのい)
京都御所の西側にあり、京都御苑三名水の一つでもあるのが県井です。京都御苑三名水は、懸井(あがたい)、染殿井(そめどのい)、祐井(さちのい)です。
昔、県井の側に県宮(あがたのみや)という社があったようです。地方官吏(かんり)になりたいと願う人々がこの井戸で身を清め、宮に祈願し、宮中に参内したと伝えられています。江戸時代まで五摂家のひとつ一条家の屋敷があったところにあります。
県井の水は、明治天皇の皇后・一條美子(昭憲皇太后)のうぶ湯に用いられたと伝えられ、古くから名水とされてきました。井戸のまわりには山吹が咲き、後鳥羽院などの歌にも詠まれています。
長く枯れたままになっていましたが1997年に復活しています。非常飲料水として使えるように、水は浄化・消毒済みですが、「井戸水ですので飲まないように」とのことです。その昔、「大和物語」では病気を治す不思議な水と紹介されていたこともあったようです。今は名水だったという雰囲気だけを残して静かに佇んでいます。
- 所在地:京都市上京区京都御苑3
- TEL:075-211-6348
- 交通・アクセス:地下鉄東西線「今出川駅」下車
京都にはこのように名水と呼ばれている井戸が他にもいくつもあります。人間が生きていくのに欠かせない水。水が豊富な土地でないと都市は栄えません。生きていくためだけではなく、ものの運搬や移動にも今以上に水路が欠かせませんでした。京都はこのような理由からも都にとても適した場所だったのです。
京都盆地から地下水が流れ出ていく場所は京都の南、天王山(大山崎町)と男山(八幡市)の間の1カ所だけです。この2つの山は実は豊富な地下水を京都盆地にとどめる天然のダムのような役割をしているのです。天王山はご存知天王山の戦いで有名な場所です。男山は石清水八幡宮が鎮座する山です。
さて、この地下水の出口・大山崎に早くから目をつけたのがサントリーです。日本初のウイスキーの蒸留所が1923年に建設されました。あの有名なウイスキー「山崎」はここで生まれたのです。今ではウイスキーの本場のスコットランド人が日本からのお土産で欲しがるぐらいの世界的なブランドです。
山崎は平安貴族なども離宮を営み、清らかなる水を歌に詠んだ場所です。そして、戦国の世に茶道を極めた千利休にとってもゆかりのある場所です。現存する唯一の利休作と伝わる茶室、国宝「待庵(たいあん)」がサントリー山崎蒸留所の近くにあるのです。
ちなみに待庵は国宝茶席三名席の一つです。他の二ヶ所は京都大徳寺龍光院の密庵と京都建仁寺永源正伝院にあり、現在は愛知県犬山城下有楽苑にある如庵を言います。現存する茶道文化史上最高級の遺構で日本で最も貴重な茶室に指定されています。
たかが水の話と言え、京都をテーマにつなぎ合わせていくとこれだけ色々物語が出てくるのです。覚えた知識が1つの点として存在するのではなく線となり面になる。京都の魅力はまさにこのようなところだと思います。どんな切り口でも飽きさせない顔をいくつも持っているのです。
海から遠く離れ、山に囲まれた盆地の底に琵琶湖の水量に匹敵するほどの地下水が存在するとは驚きですよね。それでもなおかつ琵琶湖疏水によって琵琶湖から水を引くようになった理由や経緯はまたいつかお伝え致します。楽しみにしていて下さいね。
いかがでしたか? 京都は日本人の知識と教養の宝庫です。これからもそのほんの一部でも皆さまにお伝え出来ればと思っています。