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「金魚!」と叫んだ伯父の死。寄り添ってくれた人々と感動の最期

今までパーキンソン病を患う伯父のことを、自身が発行するメルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』の中で何度か紹介していた、ジャーナリストの引地達也さん。今回のメルマガでは、その伯父さんが亡くなられたことが伝えられました。前例がなかった「金魚」の飼育を許可してくれた施設の職員の皆さんとの最後の交流は、感動的なステージの演出のようだったと、引地さんは振り返っています。

金魚!と叫んだ伯父が逝ってのカーテンコール

私が後見人となっている伯父が他界した。あの「金魚!」と叫んだ伯父。昨年9月13日の本コラム第199号「伯父は高齢者ホームの居室で『金魚!』と言ったから」や同11月8日の第207号「『金魚!』と言ったから、金魚を置いてみた」で紹介した、仙台市太白区の高齢者施設に入居した、その居室に金魚の水槽を入れ、それを眺めていた伯父である。

17年間パーキンソン病を患っていて体が不自由だった伯父だったが、最後は気管支炎となり苦しい咳を繰り返し、高熱もおさまらない状態であったが、最後は咳もなく、静かに目を閉じたという。そして施設職員の話では、亡くなる前日は「一日中、金魚をみていた」という。

居室に生きた金魚とその水槽を設置したいきさつは上記コラムで報告した。私が金魚を居室で飼育することに、施設側は当初「規約ではペットは禁止にしていますが、それは犬や猫を想定したものなので」と戸惑いつつ、内部協議の結果、「是非やってください。伯父さんがどんな感じになるのか楽しみ」と快諾、設置となった。

何よりもうれしかったのは、伯父のサービス利用計画の中に「金魚を通じての機能回復」が明記された点である。私も障がい者支援施設でのサービス提供側にいる者として、当事者の支援の基本行動となる利用計画に明記することは、支援員はじめ職員がその計画に基づいて職務として携わることになる。金魚が「機能回復」に向けてのツールとして考え、職員の方々は積極的に金魚に関わったのだろう。おかげで、金魚はすぐにえさのやりすぎで丸々と太ってしまい、その都度金魚は交換された。

この30センチ程の立方体の水槽は仙台市太白区の「アクアートギャラリー」(野津安彦代表)が管理してもらい、月1回水草やディスプレイの変更を行い、私や来る人の目を楽しませてくれた。この水槽の管理をしている野津代表は月1度のメンテナンスの日に伯父の居室を訪れ、何らかのコミュニケーションをとっていたのだろう。亡くなったとの知らせに「何もできませんで」と悔しがった

伯父にとっては、数少ない来客の1人だったから、とても心待ちにした存在だったと思う。1人の居室で狭まっていく社会にあって、その張り合いは外部との接点や金魚が全身で示す「生きている」ことの形だったかもしれない。今年秋になって月に一度しか訪れることのできない私の家族が帰ろうとすると、「おう!」と断末魔の叫びのような声を上げた。それは年末に「家に帰りたい」という訴えだった。

体の状態から家に帰ることはできないが、車椅子のまま車両に乗せて、車の中から家を見ることは出来る、と福祉車両をレンタルしようと、可能性を調査し始めた矢先に、気管支炎で入院したところから体調が悪化していった。一時は私と会うことができたものの、最後は静かに目を閉じて、多くの職員に見送られた

遺体が葬儀所に運ばれ、私が居室の整理をしに行くと、職員は丁寧になくなった状況を説明し、居室の整理を手伝い、すべてが終わると居室のフロアスタッフが全員そろって整列し、私を見送る。施設の玄関では事務スタッフもすべて玄関に出て、私を見送り、玄関から外に出てからも複数の担当職員が見送る

演劇のカーテンコールからお見送りのように、その感謝のやりとりは、伯父の死が感動的なステージの演出のようにも思えてくる。金魚を受け入れた施設とその職員、金魚を太らせ、それを見ていた伯父、そして、金魚を管理していた野津さん、それぞれが伯父の最後のステージの素敵な役者たちだった。すべてに感謝したいと思う。

image by: shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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【著者】 引地達也 【月額】 ¥110/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 水曜日 発行予定

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