「どこからがセクハラにあたるのか」についてはさまざまな解釈がありますが、「何を言ったか」「何をしたか」と並んで、「誰が言ったか」ということも重要な判断基準になりうるようです。今回の無料メルマガ『「黒い会社を白くする!」ゼッピン労務管理』では著者で特定社会保険労務士の小林一石さんが、直接の身体への接触はなく「誘っただけ」でセクハラとして解雇された社員の、その「立場」が重要視された裁判を紹介しています。
「誘っただけ」でセクハラとして普通解雇は認められるのか
「髪、切った?」と聞くのは、セクハラになるのか。これは非常に難しい問題です。基本的にはこれだけでセクハラになるかというとその可能性は非常に低いでしょう(ネットで検索してみると「髪を切ったかを聞くのはセクハラになる」という意見もあるようですが)。
ただ、そのあとに「彼氏と別れたの?」「似合ってるね」などと続くと、その聞かれた相手がどう感じるかによってはセクハラになる可能性もあるでしょう。ここが難しいところです。
例えば、若いイケメン社員に言われるのと中年のおじさん(私もですが…)に言われるのでは当然ながら感じ方は違うでしょう。
実は、セクハラというと、「何を言ったか」も重要ではあるのですが「誰が言ったか」も同じように重視されるのです。それについて裁判があります(※もちろんイケメンはOKで中年のおじさんはNGという裁判例ではありません)。
ある製造業の会社でその会社のある部署の室長がセクハラをしたとして解雇になりました。それに納得のいかなかった室長が会社を訴えて裁判になったのです。
実はこの室長のおこなったセクハラはよく裁判になるセクハラ行為とは少し違うところがありました。それは、体に直接ふれたり、性行為などを行ったりの直接的な行為は一切なく「誘っただけ」だったのです。
具体的には「デートしよう」「一緒に食事をしよう」「今すぐにでも貴女を抱きたい」「(出張に同行すると言いだし)二人で宿をとろうよ」などと、複数の部下(女性)を誘っていました(ただ、結局はどの部下も食事に行くことも出張に一緒に行くこともありませんでした)。そこでこの室長は「行為の重大性、悪質性が低いのに解雇は処分が重過ぎる」と主張したのです。
では、直接的な行為が無くても「セクハラで解雇」は認められるのか。
裁判の結果、「セクハラ行為はあった」とされ、「解雇も有効」と認められました。その理由は以下の通りです。
- 「今すぐにでも貴女を抱きたい」「二人で宿をとろうよ」などの発言はいずれも直接的で露骨な性的言動であることは明らかである
- 部下が結果的に誘いに応ぜずに済んでいることから、上司の地位を利用して強要したということまではできないものの、部下を困惑させ、その就業環境を著しく害するものであったと言わざるを得ない
そしてこの裁判ではもう1つ重要なポイントがありました。それは、この室長の「立場」です。これも、解雇が有効と認められた大きな理由の1つになったのです。
具体的には以下のように裁判所は判断しました。
- 会社は、セクハラを含む嫌がらせのない職場の提供、社員が意欲をもって仕事に取り組める職場環境の維持改善に努めようとし、管理職をその責任者と位置づけていた
- (この室長自身が)セクハラ行為の問題性を十分認識し、セクハラ行為のあった部下に対し退職勧奨を行っていた
そして最終的には
- 被害をうけた者が多かったこと、セクハラに対する会社の取組と室長自身の立場から、自己の行動の問題性を十分認識できる立場にあったこと、などから会社が通常解雇を選択したことには合理性が認められる
としたのです。つまり、「室長という立場でありながらそれはまずいでしょ。なので、解雇は有効」ということです。
いかがでしょうか。ここで実務的に注意すべき点が2点あります。まず1点目が会社として日頃からセクハラ防止などの具体的な対策を行うことが重要ということです。この裁判でも「セクハラを防止するように会社が以前から取り組んでいた」ことが、解雇が認められた1つの要因になっています。そういった対策をしているといざというときには会社にとって有利になります。
次に2点目が「セクハラで解雇もありうる」と、社内に周知することです。言うまでもありませんがセクハラ対策で一番大切なのは「防止すること」です。起こった後に懲戒処分をどれだけ厳しくしたところでセクハラを受けた社員の傷が癒えるわけでも被害が無かったことになるわけでもありません。
であれば「管理職がセクハラを行ったら解雇もありうる(という裁判例もある)」ことを社内研修などで周知し、そもそもセクハラが起こらない環境を作ることが大切でしょう。
実際に問題が起きてしまってからでは時間も手間も(そしてときにはお金も)かかります。また、場合によっては社員という貴重な戦力を失うことにもなりかねません。セクハラ対策は事前予防が一番なのです。
※ ちなみに私がよくご相談をいただく内容で「懲戒処分をどの程度行うべきか(もしくは、どの程度行っても大丈夫か)」というのがあります。そこで、今回の裁判のように管理職であればセクハラをした場合にいつでも解雇ができるかというとそれは状況にもよります。
今回の裁判でも「(この室長は)懲戒処分歴がなく、会社からも能力に対して高い評価を受けていたことからすると解雇はいささか酷であるとの感をもたないではない」とも判断されています。
場合によっては懲戒処分が重過ぎると判断され会社が裁判に負けてしまうということもありえます。懲戒処分(特に解雇)はその判断が非常に難しいのです。
そういったリスクも考えるとやはり事前対策が大切と言えるでしょう。
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