新型コロナウイルス感染症への対応が後手に回り、国民生活に大きな負の影響を招いた安倍政権。危機管理の専門家として、第1次安倍政権時代にNSC(国家安全保障会議)を創設するための会議に出席していた小川和久さんも、日本のNSCが機能していないことを嘆いています。小川さんは、主宰するメルマガ『NEWSを疑え!』で、NSC創設のために参考にし、新型コロナ対策でも成果を上げている台湾版NSCとの成り立ちの違いを解説。早急に危機管理のあり方を国際水準に引き上げる必要性を訴えています。
コロナから学ぶ危機管理の思想
新型肺炎(新型コロナウイルス感染症)への政府の対応について、読者の方から次のようなメールが届きました。
「本当にバイオテロだったら何も出来ないのだなとがっかりしました。NSCの業務にバイオテロ/ハザードは含まれていないのでしょうか。システム的な構築・対応は誰が行うのでしょうか。あまりにも寂しいかぎりです」
もっともなことです。新型肺炎に対してNSC(国家安全保障会議)は機能しているように見えませんし、国会では米国のようなCDC(疾病予防管理センター)が必要だとか、病院船を持つべきだとかいった議論が行われるような段階にあります。日本版FEMA(緊急事態管理庁)が必要だという議論は影も形も見えません。
そこで今回は国家の危機管理について、必要な機能を備えるうえでの考え方の面から整理してみたいと思います。どの組織から始めてもよいのですが、国家の司令塔に位置づけられているNSC(国家安全保障会議)から始めてみることにします。
私は第1次安倍政権の2006年から2007年にかけて、「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」で議員を務めていました。NSCを創設するための会議です。その議員の立場から、米国をモデルにNSCを創設した台湾とオーストラリアのリサーチを行いました。
ここでは台湾の例をお話ししますが、縦割りになっている関係組織の抵抗を排除するため、起きる可能性がある国家的危機について本格的な図上演習を重ねたのです。戦争、テロ、大規模災害、事故、大規模停電、感染症などについて、それぞれをテーマに難問を突きつけ、現在の組織の縦割りでは機能しないことを明らかにし、司令塔としてのNSCの設立にこぎ着けたのです。
図上演習の中で、「ほら、今のままでは機能しないだろう」と明々白々な証拠を突きつけられては、「いまの組織で大丈夫です。NSCなんていりません」という言い訳は通らなくなります。
日本に欠けているのは、このような取り組みです。だからNSCも日本版FEMAも、「そんな組織を作ることは、屋上屋を重ねるようなもので、必要ありません」という役所の抵抗を突破することができずにきたわけです。NSCについては、安倍さんがようやく実現にこぎ着けました。
台湾がやったようなNSCを創設するための図上演習には、当然、バイオテロやバイオハザードも含まれてきます。当然ながら、演習のプロセスで、災害を中心に機能させるべきFEMAのような組織、疾病に対するCDCのような組織を設ける必要性が明らかになります。そこから、必要な機能、人員、組織形態、関連する法制度が描き出されていきます。最初は小さな組織でスタートし、徐々に機能を拡充していくのが普通です。これが物事の順序というものでしょう。
つまり、「はじめに組織ありき」ではなく、思想があり、機能が追求され、それを実現するための組織が輪郭を現す、というのが自然の流れなのです。ところが日本の場合、はじめに組織ありきで、そこに明確な根拠もないまま人員をはめ込み、法制度を整え、予算をつけるというプロセスを、知見のない官僚機構が机の上で描いてしまい、それが機能するかどうかのチェックすらなく打ち過ぎてしまうのです。
今回の新型肺炎の教訓のひとつは、世界で常識になっている思考パターンから日本の危機管理のあり方を洗い直し、新型肺炎に対処しながら、早急に必要な機能を備えていく、危機管理の思想の整理かも知れません。
省庁の抵抗を排してNSCを設置した安倍首相ですから、日本版のFEMAやCDC、そして病院船についても実現できないはずはありません。新型肺炎の克服を突破口として、日本の危機管理のあり方を国際水準に持っていってもらいたいと思います。(小川和久)
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