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日本のPCR検査数が増えない深刻な事情。原因は「政治の弱さ」か

日本のPCR検査数の少なさについて、国内はもとより海外からも非難の声が数多く上がっています。このまま「患者数の実態がつかめない国」とみなされてしまえば、国際的に多くの不利益を被ることにもなりかねません。一体なぜ我が国は検査数を増加させることができないのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住作家の冷泉彰彦さんが、考えられる10の可能性を挙げそれぞれについて詳細に分析・解説しています。

PCR検査数抑制、考えられる10の可能性

新型コロナウィルスに関するPCR検査ですが、韓国や欧米と比較すると、日本の場合は件数が極端に少ないことが問題視されています。単に少ないだけでなく、検査件数を絞るために「37.5度4日間」という謎のルールが設定されていた期間には、現場がこれに縛られた中で救命失敗の事例も報告されています。

また社会として感染者の実数把握ができない中では、出口戦略も描けないし、仮に経済活動を再開しても今度は人々が疑心暗鬼となり、経済の再起動に失敗する原因ともなりかねません。そんな中で、この問題、加速度的に政治課題化しているのも事実です。

ですが、統治スキルのない野党がこの問題で政府を攻撃しても、迫力も説得力もないわけです。また、攻撃された政府が官僚の書いた低レベルの自己弁護答弁を繰り返してしまっては、政治への信頼、行政への信頼も崩壊してしまいます。

仮に安倍政権が現状を「うまく言い逃れ」たとしても、今度は国際社会からの信頼という問題が出てきます。2021年のオリパラ開催はほぼ風前の灯という感じですが、このまま「検査しない国」というイメージが先行してしまうと、結果的に開催断念の口実にされかねません。また、国境オープン後の、インバウンド消費にも、また国際的な機関投資家による日本への投資にも悪影響が出ると思います。

私は、仮に現在のトレンドが続く中で、決定的な治療薬とワクチンが完成する前に、北半球で一旦感染収束が可能になった場合に、最大の問題は「中国という巨大なコロナ真空地帯」であり、次に「アフリカなど南半球での感染拡大継続」という問題、その次の3番目の問題として「感染者数の見えない、従って収束も確認できない謎の日本」という問題が来ると考えています。

ちなみに中国の「真空」というのは、湖北省など感染地域以外の約10億人の人口が「完璧すぎるロックダウン」のために地球最大の「コロナ陰性+コロナ抗原・抗体陰性」という「感染への感受性集団」として残ってしまうという問題です。従って「被害が少ないので経済活動を牽引できる」はずの中国が「ワクチン完成までほぼ完全な鎖国を継続」しなくてはならない、これは世界経済にとって深刻な問題です。2番目のアフリカ問題も実は深刻で、WHOを批判している場合ではありません。

というわけで、どう考えても検査数の拡大が求められているわけですが、問題は「どうして数が伸びないのか?」という理由です。野党は自身の無能を棚に上げて政府を叩きますが、政府にしても理由が分かっていて隠しているなどという高スキル集団ではありません。では、官僚組織が何もかもを知っていて自己防衛のために隠しているのかというと、それも違うと思います。

官僚組織も「原因がハッキリ分かるほどの組織掌握スキルはない」と考えるべきです。また、悪意で隠しているということもなく、基本的に政権も厚労本省も「できれば何とかしたい」と考えているはずです。ということは、原因は複合的である可能性が濃厚です。極悪腹黒の官僚が一方的に陰謀をめぐらせて検査数を抑制し、その事実を隠蔽し、改善を妨害しているのでは「ない」、そう考えるべきです。

つまり、どう考えても非合理な対米戦に突入したり、バブル崩壊後(いやその前から)30年かけても経済成長の戦略が発見できないといった、日本が「ダメ」になる場合のパターンが繰り返されているという可能性です。とりあえず、10の理由を列挙してみることにします。

(1)検査数を拡大すると陽性者が増える、そうなると以前なら無症状でも入院、現在はホテル療養の地域もあるが、いずれにしてもコストや収容人員逼迫の問題がある。

(2)イメージの問題。3月までなら2020年夏のオリパラを意識して「できれば陽性者数を抑制したい」という動機が否定できず。また現在でも県によっては、イメージ戦略や経済活動再開のために「少ないほうがいい」という誘導が行われる可能性はある。

とまあ、ここまでは状況的な要因で、やや過去形に属する問題です。そうではあるのですが、こうした価値観が現在も影を落としている可能性はゼロではないかもしれません。

(3)検体採取には危険を伴う。特に「鼻咽頭ぬぐい液」採取のために、鼻孔用の細い減菌綿棒を挿入すると、患者の「くしゃみ」を誘発して飛沫の高速・大量飛散を発生させる危険があり、十分な防護を行う必要がある。従って、検体採取には専門知識のある人材が、専門のPPE(医療用防護用品)を使用して行う必要があるなど簡単には拡大できない。

こちらも初期時点からよく言われていた説明です。ですが、その後、防護シールドの普及、ドライブスルー検査、ウォークスルー用ブースなど、色々な対策が取られるようになっており、件数が伸びないことへの決定的な理由ではなくなっています。

(4)安易な拡大は疑陽性による隔離キャパの浪費、偽陰性による陽性者への誤った「免罪符」発行に繋がる可能性がある。

これは一種の詭弁と言いますか、弁解用のレトリックの範疇だと思います。偽陽性が医療崩壊に繋がる危険を恐れて検査を抑制する方が、誤差をマネジメントしながら検査を拡大して隔離政策を徹底するよりも「結果が良好」ということは言えません。一方で偽陰性の人が闊歩して感染を拡大するという可能性も、無自覚な陽性者が闊歩している現実、そして社会隔離政策が曲がりなりにも実施されている中では、あまり意味のない指摘です。

(5)検査のうち、検体採取を増やすのはそれなりに可能だが、採取した検体を分析する要員には限界がある。

ここが多分本丸なのだと思います。分析作業に必要なのは、まず「臨床検査技師」という国家資格で、これは多くの場合4年制の大学でその専攻を行って後、国家試験を受けて取得するものです。更にPCRなど遺伝子検査の場合は「2年程度の実務経験」があって一人前となります。ですから、非常に人材として限られているわけです。

(6)臨床検査技師は、代表で参院議員を送り出すなど利害集団を形成していて、その団体の政治力が検査拡大を妨害している。

これは、少し違うと思います。確かに臨床検査技師集団のボスは、自民党の参議院議員として1名のポストがあるようです。例えば、伊達忠一前議員(北海道選出)は2016年から19年まで3年間参院議長を努めていますが、その前は、この議員が業界を代表していたようです。

同氏が参院議長になった時点で、新たに宮島喜文議員という新人議員(比例区)が、その「1名」となったと考えられます。宮島議員の場合は「日本臨床衛生検査技師会、日本衛生検査所協会、日本臨床検査薬協会、日本臨床検査薬卸連合会」が支持団体としてあるようで、「臨床検査」という業界を代表しているのは間違いないと思われます。

仮にそうだとして、既得権益を守るために活動しているとか、実は権益の甘い汁があるというのは、ちょっと違うのではないかと思います。

(7)臨床検査というビジネスは、最前線でも薄利、現場は微妙な均衡の中にあって負荷がかけられない構造。

たぶん、そうした形容が実態に近いのではないでしょうか。まず臨床検査というビジネスそのものは、拡大傾向にあり大きな産業になっています。ですが、その単価は抑制されていますし、医療費抑制、健保体制維持のためには大幅な拡大は望めません。むしろ、保健所の予算などは切り詰められているのが現状です。

また、臨床検査技師という資格は、「決して独占ではない」という問題があります。まず、医師や看護師は、臨床検査の業務ができます。それどころか、検査そのものに関しては、無資格でやっても法的には問題はない、制度としてはそうなっています。

更に、給与水準も決して高くはありません。年収300万円代からスタートして、年功で上がっていって全平均は500万という水準です。そして、基本的に「平時には残業が少ない」職業であるので、70%が女性という構造もあります。ということで、「既得権益の甘い汁」というのとは全く違っていて、ギリギリの均衡状態の中で業務を淡々と進めていく、そうした専門職集団なのだと思います。

実は、この構造はアメリカも似ています。専門学校や4大で専攻して試験を受けて資格(公的資格の州と、私的団体の資格でいい州があります)を取ること、スタートが年収3万ドル台ということなど、その地位は似通っています。但し、決定的に違うのは労働市場がオープンかどうかということで、日本の場合は終身雇用の正規雇用が主ですので、よく言えば安定していますが、悪く言えば緊急時への即応体制は弱いわけです。

(8)ギリギリで回している臨床検査技師集団への「ソンタク」の可能性。悪質ではないが、天下りによる本省との「濃厚な関係」。

これも誤解を招かないように言うのは難しいのですが、そうした中で「臨床検査技師集団」には、今回のコロナ危機により大きな負担がかかっているわけです。人員は足りない一方で、件数は増える、そしてミスは許されないということで、その現場への負荷は大きいわけです。更に言えば、ではOBが復帰すればいいとか、無資格でやっても違法ではないとはいえ、遺伝子検査というのは熟練を要する実務なので、簡単にOBが復帰できるとか、無資格の新人をトレーニングしてとは行かないのだと思います。

そうなると、とにかく官僚の発想としては現場の実務を変えない、前例と規則で必死になってこの専門家集団を守っていかなくてはならない、そうした行動様式になることは容易に想像ができます。そこで、これは想像になりますが、加藤大臣などは「俺が泥をかぶって組織を守ればいいんだ」などと思い詰めているのかもしれません。

一つ考えられるのは、それぞれの業界団体や、資格試験に関連した教育機関などが厚労官僚の「天下り先」になっていて、現場と本省が癒着しているという可能性です。十分にありそうですが、仮に天下りの構造があるにしても、そのために単価がものすごく高く設定されて、納税者や被保険者が食い物にされているということはないと思います。また、既得権益というにしては、現場の処遇は大変に地味です。

そうではあるのですが、全体として「臨床検査」ビジネスのトータルとしては、検査薬が5,000億、機器が1,000億、合わせて6,000億という規模であり、これに間接費込み700万かける7万人イコール5,000億という人件費が乗っかります。ということは、ザックリ言って1兆円プラスの「業界」であるわけです。これは医療産業トータルの中では立派な勢力です。

勝手や横暴はできないし、処遇改善を要求しても財源は限られるわけです。ですが、とにかく「自分たちなりの最低の要求は認めてほしい」という静かな力を持っている、そんな可能性は十分にあると思います。

その延長で、例えばですが「猛烈に検体数が増加するのは阻止してほしい」とか、反対に「あまりにも自動化の進んだ機器が入るのは、雇用と体制を動揺させるので慎重に」といった「意向」を持った場合に、厚労本省の方が「ソンタク」してしまうということはあると思います。悪どい利権ではなくても、「先輩が天下りしている団体」ということになると、そうした力学は十分に作用します。

(9)悲しいまでに保守的な官僚組織の構造。

仮にそうした力学が作用してしまうと、官僚組織というのは悲しいもので、「人命を救う」とか「国として内外からの信頼度を上げてゆく」といった最終的な目的はどこかへ吹っ飛んで、「無茶な改革は止めてくれ」「異常時を理由に雇用や組織の秩序を壊すのは止めてくれ」という極端な防衛行動に走ってしまう可能性があります。

そこを分かった上で、例えばシロウトであった菅直人という人は、タナボタ式で厚労大臣になった際には、スタンドプレー式に「薬害エイズ問題」で官僚組織と対決して、まるで自分が官僚組織をやっつけたかのように、それを自慢したのでした。厚労省には、もしかしたらその際の「被害者意識」や「その手の改革への警戒感」が残っているのかもしれません。

だとすると、改革を先回りして阻止するとか、一旦決めた方針を柔軟に変更するのは、徹底的に先回りして潰すといった、悲しいほどの本能が強化・濃縮されている可能性もあります。その結果として、誰も悪意を持っていないのに、組織全体としては硬直し切って、全く誤ったアウトプットが出てきてしまうということは、十分にあると思います。

であるのなら、今回という今回は、徹底してあらゆる段階の当事者の利害を透明化し、改めて「検体採取だけでなく、分析プロセスの自動化」による、全体の効率化を進めて、現場が疲弊したり将来不安に陥ることのないようにしながら、1日あたりのPCR処理能力を他国並みに持って行く、そうしたマネジメントが必要です。

(10)結局は政治の弱さに起因。

ということは、結局は政治の弱さに起因するということです。政治はあくまで政治であり、「本当に正しいこと」を要求するのは無理かもしれません。ですが、今回の「検査数が伸びない騒動」というのは、このまま行けば、加藤大臣の政治的な信頼度は官僚組織の代弁をするたびに食いつぶされていきます。また、安倍総理もそれをかばうことで、どんどん政治的な資産は減っていきます。

こういうことをやっていては、例えばですが、コロナの沈静化だけでなく、その後にやってくる経済の深いリセッション、そして世界経済の大きな変化にはとても対応できるとは思えないのです。

だからと言って、医学もビジネスも分かる超優秀な知識人に総理や大臣になってもらうというのは、現在の日本では不可能です。安倍総理や、閣僚などの人々が、必要な努力をして、つまり「専門外のことでも、責任をもって判断したり答弁をする場合には、全てを理解するまで徹底的にブリーフィングを受け、資料を精査する」という地道な努力をして、全てを頭に入れて、自分の言葉で話すことができる、つまり政治家として最低限のことをやらないから、こういうことになるのです。浅薄な追及のための追及に走っている野党議員も同罪です。

大臣は組織防衛、総理はその大臣の防衛、それでは世論にメッセージは届かないので、発信は専門家の中でタフな肝の座った尾身茂博士や、西浦博博士に丸投げ、これも問題です。彼らにはいわば天然のコミュ力で、科学に本音をまぶして情報を小出しにするテクニックがあるわけですが、そこに甘えているからこういうことになるのです。

とにかく、現在の状況は政治と官僚組織の「弱点」が複雑な化学変化を起こして、結果的に「仕事の進め方が変えられない」という実に「仕事のできない」自縛というか、スキル不足を露呈しているのだと思います。(1)から(10)に分解してお話しましたが、要はその全体構造に問題があるわけです。ですから、ここで、しっかり全部を明らかにして、しかも各部分がけんか腰ではなく、丁寧に利害と事実をすり合わせて「具体的に仕事が進む方向へ」調整していただきたいと思うのです。

image by: Shutterstock.com

冷泉彰彦この著者の記事一覧

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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