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軍事のプロが問う。総裁選候補者は「敵基地攻撃」を本当に理解しているか?

29日に投開票を迎える自民党総裁選で論点の1つとなっているのが安全保障問題。9月になって北朝鮮がミサイルを連発していることもあり「敵基地攻撃」に関して各候補の考えの違いが注目されています。しかし「攻撃」の内容は具体的には語られず、国民の理解が深まる議論にはなっていません。今回のメルマガ『NEWSを疑え!』では、軍事アナリストの小川和久さんが、まず「敵基地攻撃」を時代遅れのマスコミ語と指摘。その上で日本が“敵”と想定する中国や北朝鮮を攻撃する前提条件や、攻撃したりされたりした場合に起こる事態を明確に示し、現実に則した議論の必要性を訴えています。

総裁選候補者は「敵基地攻撃」を理解しているか?

自民党総裁選で論点のひとつになっていますが、実は「敵基地攻撃」という言い方は正しいとは言えないのです。これはマスコミ的な命名で、それは今日のミサイル発射装置の主流が移動式となっていて、固定した基地の攻撃とはイメージが違うことのほか、以下の条件を見れば明らかです。私はシンプルに「打撃力」と呼ぶのが望ましいのではないかと思っています。

一般的に口にされる敵基地(あるいは敵地)攻撃論は、北朝鮮や中国に日本を攻撃する兆しが見えたら、ミサイルが発射される前に破壊できないと国を守れないというものです。もちろん、北朝鮮や中国にそんなことをさせてはならないのですが、前提条件として考えなければならないのは次の点です。

北朝鮮や中国は何を目的として日本にミサイルを撃ち込んでくるというのでしょうか。また、どんなミサイルをどのくらいの数、日本のどこに向けて発射し、ミサイル攻撃のあと、日本に対してどんな動きに出てくるというのでしょうか。

それに、日本に向けて発射される前に敵のミサイルを破壊すると言いますが、日本はどんなミサイルを何発くらい発射するのか、その場合、敵の日本に対する反撃がどのようなものになり、日本はどのように対処すると考えているのか、それも語られたことがありません。

以上のような条件が不明なまま、これまでの敵基地(あるいは敵地)攻撃論は一人歩きしてきた面があります。それを口にする皆さんは、数発、あるいは数十発のミサイルで敵の発射装置などを叩くことをイメージしているのは明らかです。ここはひとつ、無責任な抽象論、感情論がはびこらないよう、ひとつひとつ整理していく必要があると思います。

まず、北朝鮮や中国には日本に対する渡洋上陸作戦能力が備わっていません。従って、日本を占領する能力がない以上、目標がどこであれ、日本に対するミサイル攻撃は破壊を目的としたものにならざるを得ないのです。

その場合、日本に対する攻撃は日本列島に84カ所の軍事基地を展開する米国から「自国に対する攻撃」とみなされ、反撃の対象となるのは自然の流れです。ほかの同盟国の場合と違い、日本列島は米国にとって死活的に重要な戦略的根拠地と位置づけられているからです。この場合、在韓米軍も同時に反撃に出ますから、韓国も一緒に反撃せざるを得なくなります。韓国に司令部を置く朝鮮国連軍15カ国以上が参戦する条件ともなります。米韓両国の反撃能力は、ミサイルだけを見てもすさまじいものです。

現在、北朝鮮全域と中国の首都北京をにらむ米国の反撃能力は、横須賀を母港とする米空母の護衛艦11隻と巡航ミサイル原潜が搭載するトマホーク巡航ミサイルだけを見ても約500発にのぼります。北朝鮮に向けられた韓国のキル・チェーンと呼ばれる反撃能力は短距離弾道ミサイルと巡航ミサイルが1000発以上。2022年までに2000発の配備が計画されています。この米韓の反撃力がミサイル発射国に襲いかかることになるのです。

そうなれば、北朝鮮は壊滅的な損害を受け、中国も深手を負うことになるのは火を見るよりも明らかで、いかに日本にミサイルを発射しようと思っていたとしても、手出しを躊躇うのは当然のことです。これが抑止力というものです。

日本に対する破壊目的の攻撃が核兵器によるものだった場合、米国の反撃も核戦力によるものになります。この核攻撃のシナリオは、北朝鮮や中国が国家として生き延びることを考えている以上、あり得ないと考えてよいでしょう。

それでは日本が先に手を出した場合、どういう展開になるでしょう。

日本が敵基地(あるいは敵地)攻撃能力を持ち、敵国の動向を的確に把握できるだけの情報収集能力を備え、機先を制してミサイル攻撃を行ったとします。最初の一撃で敵国のミサイル戦力を壊滅状態にできない限り、敵は必ず反撃してくると考えなければなりません。それに対して上記のような米韓の反撃が行われます。朝鮮半島でいえば、第二次朝鮮戦争の戦端が開かれたことになるのです。

敵基地(あるいは敵地)攻撃には、このように「戦争の引き金」という性格があり、日本が先にミサイルを発射するというのは日本が「戦争の引き金」を引いたという状況です。

そうであればこそ、米国は米韓相互防衛条約で結ばれた韓国のキル・チェーンを在韓米軍司令官のコントロール下に置いているのです。韓国が勝手に「戦争の引き金」の引き金を引いたら、米国は望まない戦争に引き込まれる恐れがあるからです。

日本の場合も同様に考える必要があります。敵基地(あるいは敵地)攻撃能力を持つ場合、米国との調整のもとで能力の内容と発射の管轄権が定められることになるでしょう。米国の承認なしにミサイルを発射できなくされることは間違いありません。

日本が米国との調整のもと、反撃力の一角を構成しようとする場合、反撃速度の点から射程距離2000キロほどの準中距離弾道ミサイルが有力な選択肢となるでしょう。そのように考えれば、既に導入が検討されている巡航ミサイルは速度と射程距離の点から離島防衛などを目的とするスタンドオフ兵器として位置づけられる点も理解しておく必要があります。

さらに、非核三原則(持たず、作らず、持ちこませず)を二原則にして、米国による核兵器の持ち込みを認めるという選択も、日本には核武装するという選択肢が備わっていない以上、反撃力、抑止力の点から冷静な議論が行われてよいのではないかと思います。

日本に核武装やNATO諸国のような米国の戦術核兵器のニュークリア・シェアリングという選択肢がないことは、改めてお話ししたいと思います。(小川和久)

image by: Shutterstock.com

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地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。

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