ウクライナ侵攻開始から1ヶ月以上が経過するも、思い通りの戦果を挙げられていないとされるロシア。複数の将官が戦士したとも伝えられていますが、ロシア軍はこの侵略行為にどのような決着をつける腹積もりなのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、ロシア軍にとって何より重要なのは「プーチンの体面保持」とし、そこから考えうる国民にロシアが勝利したと弁ずることが可能な「落としどころ」を考察。さらにこのウクライナ侵攻が、プーチン政権にとっての「終わりの始まり」である理由を解説しています。
劣勢ロシア軍が考え出した国民向け【言い訳】
劣勢ロシア軍が、国民向けの【言い訳】を考えだしたようです。
BBC NEWS Japan 3月26日。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が「特別軍事作戦」と呼ぶウクライナ軍事侵攻の開始から1カ月たった25日、ロシア軍のセルゲイ・ルドスコイ第1参謀次長はモスクワで記者会見し、作戦の「第一段階」はほぼ完了したと発表した。
ルドスコイ将軍は、ロシア軍は今後「ドンバスの完全解放」に注力していくと述べた。
「第一段階はほぼ完了」だそうです。
もちろん、これは【ウソ】です。プーチンは当初、
- ウクライナ侵攻は2~3日で終わるだろう
- なぜならお笑い芸人大統領のゼレンスキーが逃亡し、政権は即座に崩壊するからだ
- ウクライナ国民の半数以上は、ゼレンスキー「ネオナチ政権」を嫌悪している
- だからロシア軍は、「解放軍」として、歓喜してむかえられるだろう
- 欧米は、ロシアからの石油、ガスに依存しているドイツの反対で、強い制裁を打ち出せないだろう
こんな超楽観的シナリオを描いていたのです。
ちなみに、このシナリオをプーチンに伝えていたFSB第5局のセルゲイ・ビセーダ局長は「処分」されたとか。
このあまい見通しは、完全にはずれました。
- ゼレンスキーは逃亡せず、政権は維持されている
- プーチンは「現代のヒトラー」(プトラー)と呼ばれ、ゼレンスキーはウクライナだけでなく、「世界の英雄」になった
- ウクライナ国民は、ロシア軍を歓迎するどころか、憎悪している
- ドイツはウクライナ侵攻がはじまった2月24日以降、豹変
- 2月26日には、ロシアをSWIFTから排除することなどが決まった
- 結果、ロシア経済はボロボロになっている
とまあ、プーチンが思い描いた夢と現実のギャップは、あまりにも激しいのです。
ウクライナ軍健闘の理由
なぜ、ウクライナ軍は強いのでしょうか?
世界を驚かせているウクライナ軍の強さには、いくつかの理由があります。
1.士気の高さ
ウクライナ軍には、「侵略して自国民を殺しまくっているロシア軍を追い出す」という正義があります。彼らにとってこれは、「聖戦」ともいえる。
一方、ロシア軍は、意味もわからず他国を侵略し、自分の親戚と同じ言葉を話す、同じ顔をした人たちを殺さなければならない。まともな人間だったら、士気が低くて当然です。
2.欧米からの武器のサポート
欧米は、ゼレンスキーが求める「飛行禁止区域の設定」や「戦闘機の供与」を拒否しています。それをやると、プーチンは「NATOが参戦した」とみなし、第3次世界大戦になってしまう。
そうなるとロシア軍に勝ち目はなく、プーチンは「核の使用」を決断するかもしれない。人類滅亡につながりかねない。
だからゼレンスキーやウクライナ国民がかわいそうでも、要求に応じることができない。
しかし、そのかわり欧米は、惜しみない援助をつづけています。その中で、三つの武器が、ウクライナ軍を強くしています。
一つ目は、携帯式対戦車ミサイル「ジャベリン」。これは、重さが20キロほど。これがあれば、歩兵が戦車を破壊することができる。ウクライナ軍は、すでにロシア軍の戦車200台を破壊したそうです。
二つ目は、携帯式防空ミサイル「スティンガー」。ウクライナ軍は、これでヘリや、低空飛行中の戦闘機を撃墜することができる。ロシアは、いまだに制空権をとれていません。
三つめは、ドローン。「戦争の形態を変える」といわれる兵器。2020年9月に起こったアゼルバイジャン・アルメニア戦争。アゼルバイジャン軍のトルコ製ドローンが、アルメニア軍戦車部隊に壊滅的打撃を与えたといわれています。そのトルコ製ドローンやアメリカ製ドローンをウクライナ軍が使っている。
3.アメリカ、イギリスからの情報サポート
ウクライナは米英の諜報機関と密接な関係を保っているようです。米英の諜報機関から、ロシア軍の位置情報をもらっている。だから、奇襲をかけて、大きな打撃を与えることができる。
こんな感じなので、開戦1カ月たっても、首都キエフを陥落させることができないでいる。「ロシア軍劣勢」というのは、本当みたいです。
ロシアの国営テレビでも、そのことを認めるコメントがでてきました。ある専門家は、「われわれはウクライナに勝てないのか。ゼレンスキーに勝てないのか。であるなら、NATOやアメリカに勝てるはずがない。ウクライナに負ければ、国家としてのロシアは終わる!」とコメントしていました。ロシア側の支配層にも悲壮感が漂っています。
そして、ロシアの「ショイグ国防相が消えた!」というのが話題になっています。2週間姿を現していない。先日テレビにちょろっと顔を出しましたが、「あれは過去の映像だ」といわれています。ショイグ国防相は、すでに「粛清」されたのでしょうか?
ロシア軍の言い訳
ロシアは、どうするのでしょうか?
ロシア軍にとって一番の課題は、「プーチンの体面をどうやって保つか?」です。重要なのは、この一点。
どうやって?
そもそもこの「特別軍事作戦」の宣言された目的は、「ウクライナのネオナチに8年間ジェノサイドされつづけてきた、ドネツク、ルガンスク人民共和国の民を守ること」でした。
プーチンは2月21日、ドネツク、ルガンスク人民共和国の独立を承認した。そして、「平和維持軍を派遣する」という話だった。
ところが2月24日に、ウクライナ全土への攻撃をはじめた。既述のように、ゼレンスキー政権を崩壊させ、傀儡大統領たてる。傀儡大統領は、
- クリミアをロシア領と認める
- ルガンスク、ドネツクの独立を認める
- NATOに加盟しないことを約束する
- 非軍事化する
ことなどを宣言する。
しかし、この作戦について、プーチンは公式に明かしたことはありません。だから、「もともとルガンスク、ドネツクを解放すれば、それでよかったのだよ」と言い訳できる。ついでに、ゼレンスキーが「NATOに入らなくてもいい。中立でもいい」といいはじめた。だから、
- ウクライナから、ルガンスク、ドネツクを事実上解放した
- ルガンスク、ドネツクとクリミアの間にあるマリウポリを制圧した
- ウクライナにNATO非加盟を約束させた
このあたりを落としどころにすれば、「プーチンの体面は保てる」(自分たちは、粛清を免れることができる)と考えているのでしょう。
つまり、これをもって「ロシアは勝利した!」と宣言する。もちろん、国際社会は、「プーチンは負けた!」と報道するでしょう。ですが、その情報は国民に知らせなければいい。
目論見通りになっても、ロシアの【戦略的敗北】は不可避
私は、ウクライナ侵攻がはじまる前から、「プーチンはウクライナとの戦争に勝っても負けても、【戦略的敗北】は避けられない」と書きつづけています。どういうことでしょうか?
2014年3月、プーチンは、ほぼ無血でウクライナからクリミアを奪いました。これは、【戦術的大勝利】です。しかし、欧米日の制裁で、その後ロシア経済はまったく成長しなくなった。2000年~08年、ロシア経済は年平均7%の成長をつづけていた。ところがクリミアを併合し、制裁を科せられた2014年から2020年まで、ロシアのGDPは、年平均0.38%しか成長していない。これが【戦略的敗北】の意味です。
そして、今回は、クリミア併合時とは比較にならない、【地獄の制裁】が科せられている。ロシアの経済成長率今年、マイナス8%~マイナス20%になるといわれています。
結局、2022年2月24日にはじまったウクライナ侵攻は、【プーチン政権おわりのはじまり】になるのです。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2022年3月27日号より一部抜粋)
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