昨年の衆院選で、公示前に投票を呼びかける文書を送ったとして、「事前運動」を禁止した公職選挙法違反の罪で、日本維新の会の前川議員が在宅起訴され、初公判が4月25日に開かれました。この事件の概要と争点について解説するのは、元検事で弁護士の郷原信郎さん。今回のメルマガ『権力と戦う弁護士・郷原信郎の“長いものには巻かれない生き方”』では、公選法が禁ずる「事前運動」の規定が曖昧ゆえに、候補者や陣営の良識や品格の判断材料になると指摘。「54日間の選挙運動」と語り、平然と法令を無視した横浜市長の山中氏が、公約を反故にし市民を失望させている現状を悪い例として挙げています。
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違法事前運動に対する候補者側の姿勢を考える
公職選挙法は、「選挙運動は、公職の候補者の届出のあつた日から当該選挙の期日の前日まででなければ、することができない」(129条1項)として、「選挙運動」の期間を制限している。候補者の届出前に「選挙運動」を行うなどの違反は、「1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金」に処せられる(129条、239条1項1号)。
選挙運動が選挙期間内に限定され、その期間外の選挙運動が禁止されるのは、候補者間で選挙運動における対等・公平な条件を確保するための重要なルールである。しかし、公職選挙の立候補者の多くは、告示前に「立候補表明」を行い、それ以降、選挙における自らへの支持を高めるため様々な活動を行う。
このような活動も、実質的には、選挙での当選をめざして行うものだが、それが、「政治活動」に過ぎないのか、「選挙運動」に当たるのか、その線引きは微妙だ。
選挙運動とは、判例上、「特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又は立候補予定者のため投票を得又は得させる目的をもつて、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいう」とされている。「直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為」には、選挙に関連するほとんどの行為が該当する。
判例の見解を前提にすれば、「特定の公職の選挙」について「特定の候補者の当選」を目的として行う行為は、大半が「選挙運動」に該当し、告示前に行えば、事前運動の禁止規定に抵触することになる。
例えば、特定の公職選への立候補の意志を明確に表明する記者会見も、「選挙運動」に当たることが否定できず、告示前に行えば形式上は「事前運動」に該当することになるが、実際に出馬会見が事前運動に問われた例は聞かない。
「選挙運動」としての性格の濃淡は、「特定の公職選挙における特定の候補の当選を得る目的」の明確さ、当選を得る目的の直接性の程度によるといえる。実際には、候補者や陣営側の状況や考え方によって、どのレベルまでの行為を告示前に行うのかが判断されることになる。かかる意味において、事前運動の規制をどこまで意識し、厳格な姿勢で臨むのかに、候補者自身やその支援者・支援組織の良識や品格が表われると言える。
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今年3月22日、日本維新の会の前川清成衆院議員(比例近畿ブロック)が、昨年10月の衆院選の公示前に自身への投票を呼びかける文書を配布したとして、奈良地検に、公職選挙法違反(法定外文書頒布、事前運動)の罪で在宅起訴された。
前川氏は公示前の昨年10月14日、奈良市内で「選挙区は『前川きよしげ』、比例区は『維新』とお書き下さい。」などと記載したはがきや「例 前川さんへぜひ一票をお願いします。」などと書いた文書の入った封書を35カ所に送ったとして、起訴されたものだ。
奈良県警は支援者以外の不特定多数に郵送されているとし、宛名書きを名目に投票を呼びかける選挙運動と判断して今年1月、前川氏を公選法違反で書類送検、奈良地検が起訴したものだが、前川氏側は、母校の関西大学の卒業生に、選挙の準備行為としての選挙はがき作成を依頼したもので、送付先に投票を求めてはいないなどと主張している。
前川氏の説明と反論
弁護士でもある前川氏は、自身のホームページに、起訴された事実についての説明と反論を掲載している。そこでは、
「公職選挙法は届出前の投票依頼を禁止しているに過ぎず、政治活動や選挙準備に関する支援のお願いは憲法第2 1条第1項によって「表現の自由」として、特に「優越的な地位」を保障されています。」
と述べた上、事実関係に関して、
「(1)昨年の選挙前、奈良市内の関西大学の卒業生に郵送したのは、「身を切る改革」や教育の無償化などの政策を実行するため、ポスター掲示やボランティア、ビラ配り、選挙はがき作成などの日常の政治活動や選挙準備について支援を要請する文書を送付したもの
(2)「選挙はがきご協力のお願い」には、選挙はがき作成の依頼と記入方法の説明が記載されており、「選挙はがきの用紙に、友人、知人らの住所、名前を書き込んで、送り返して欲しい。」との趣旨
(3)関西大学の卒業生は、在学中のみならず現在も様々な交流があり、特に党派を超えた支援を期待することができる人たち」
などと説明し、
「このような選挙はがき作成の依頼を行うことは、事前運動ではなく、選挙のための「準備行為」であり、もちろん適法です。公職選挙法は、届出前の投票依頼を禁止していますが、選挙前に選挙の準備をすること(準備行為)は禁止していません。
本件郵送は決して「支援を期待することができない不特定多数に郵送した」訳ではありませんが、そもそも「支援を期待することができない不特定多数に郵送した」ら事前運動に該当するとか、仮に「支援を期待できない人たち」に選挙はがきの作成をお願いしたなら事前運動に該当するとしても、そこに言う「支援を期待できない人たち」とはどの範囲か、逆に言うと、選挙はがきの作成を誰にお願いしたなら適法で、誰にお願いしたら事前運動に該当するかなどに関して、公職選挙法にもその他法律にも明文の規定はなく、その意味で罪刑法定主義や、表現の自由に対する規制の厳格な明確性の要請からも重大な疑義があります。」
と主張している。
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公選法の規定との関係
「事前運動」に当たるとの検察の起訴と、これに対する前川議員の主張のいずれが正しいのか、今後の公判では争われることになるが、若干の解説をしておこう。
まず、前川氏が、「公職選挙法は届出前の投票依頼を禁止しているに過ぎず」と述べている点は、若干不正確だ。前記の公選法の規定は、「選挙運動」の期間を制限しているのであり、届出前の「投票依頼」だけを禁止しているのではない。「選挙運動」の中心と言うべき「投票依頼」に該当すれば、「選挙運動」に該当することは明らかであるが、「投票依頼」に該当しないからと言って「選挙運動」であることが否定されるわけではない。
もっとも、「公職選挙法一四二条一項は、同条項各号所定の通常葉書を除いて、前記説示の意義における文書を選挙運動として頒布することを禁止したものであり、これを選挙運動の準備行為として頒布することまで禁止したものではないと解すべきである。」とする判例(最判昭和44年3月18日)があり、この判例により、「選挙運動の準備行為」に該当すると認められれば、「選挙運動」には該当せず、届出前に行っても違法ではないとされることになる。
しかし、上記判例で言うところの「準備行為」には該当しないとしても、前川氏が憲法上保障されていると主張する「政治活動」であれば、「選挙運動」に該当しないとは必ずしも言えない。
判例では、「選挙運動」について、「特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又は立候補予定者のため投票を得又は得させる目的をもつて、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいう」とされているが、公職選挙の届出前に、特定の公職選挙の公示、告示前に、特定の候補者の支持拡大をめざして行われている「政治活動」のうち、どの範囲が「選挙運動」に該当し、事前運動の禁止に違反することになるのかが、不明確であることは確かである。
「選挙運動」の定義が曖昧なまま、それを届出前に行う「特定の選挙に向けての政治活動」の中でどこまでが「政治活動」として許容され、どこからが「事前運動」として犯罪に該当することになるのか、その境目が曖昧であることは、「罪刑法定主義」との関係で問題があるのではないかとの前川氏の主張も理解できないでもない。
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この事件の2つの争点
そこで、この事件についての争点は、次の2つに整理することができる。
第1に、「選挙はがきご協力のお願い」の送付が、判例上の「選挙運動の準備行為」に過ぎないので、「選挙運動」には該当しないと言えるかどうかである。「準備行為」は、「投票依頼」には該当せず、「投票を得る目的で行われる『選挙運動』」にも当たらないとされるのは、基本的には、「選挙に向けての準備」というのは当該候補者の陣営内部で行われるものであり、それは、有権者に対して行うという要素が希薄だからである。
そういう意味では、前川議員が主張するように、「選挙はがきご協力のお願い」の送付先の35名が、陣営内部者と同視できるような関係だったと言えるかどうかが問題になる。この点、上記(3)で前川氏が「同窓会とのかねてからの親密な関係」を強調しているのは、「選挙はがきご協力のお願い」を同窓会関係者に送付した行為は、陣営内部者と同視できるような関係だったと言いたいからであろう。
実際に、そのような「陣営内部者と同視できるような関係」だったと言えるのかどうか、前川氏の公選法違反事件の公判での争点になるものと思われる。
第2に、「選挙はがきご協力のお願い」が、判例で言うところの「選挙運動の準備行為」に当たらないとしても、それが「政治活動」として許容される余地はないのか、という点である。
るようにも思える「事前運動」の中で、今回の前川氏の行為が、特に処罰の対象とされるのは不当ではないかという前川氏の主張も理解できなくはない。
そういう前川氏が、届出前の選挙に向けての活動において、「事前運動禁止のルール」をどのように意識し、どのような姿勢で臨んでいたのかが、公判で問われることになるであろう。「事前運動」の規制が罪刑法定主義に反するのではないか、という主張も、前川氏が、基本的には「事前運動禁止のルール」の趣旨に沿った対応をしていたと言える場合に、相応の説得力を持つことになるだろう。
「事前運動」禁止を尊重する姿勢
選挙に立候補する意思をもって活動していく立候補予定者にとって、いかにして自らの知名度を高め、支持を拡大していくのかは、極めて重要な問題である。それを、公選法の事前運動禁止のルールに違反しない範囲で行っていく姿勢が求められる。そこには、公職をめざす者としての「品格」が表れると言える。
そういう意味で「極端な事例」と言えるのが、昨年夏の横浜市長選挙における山中竹春氏と同氏を擁立した立憲民主党が行った告示前の街頭活動だ。
「事前運動」の禁止をものともせず、当選のためならなりふり構わずにやり抜くという姿勢が、如実に表れたものだった。その根本にある公職の候補者としての「品格」の欠如は、当選するためであれば有権者を騙すことも平然と行うという姿勢にも通ずるものだった。
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山中氏は、出馬会見を行った6月30日の翌日から、連日、横浜市内で、衆議院議員や立候補予定者らとともに、「8月22日 横浜市長選挙」と明示し、ノボリや横断幕を使った街頭活動を繰り返し、SNSなどで、街頭活動の写真がアップされ「露骨な事前運動」と批判されていた。
しかも、そこでは、「医学部教授」「コロナの専門家」などと大書して、「医師で医学の専門家」であるかのようにアピールし、「山中氏が市長になったら、コロナが収束」するなどという街頭演説を繰り返したものだった(山中氏は「医療統計の専門家」であり、医師でも、コロナの専門家でもない)。
横浜市長選は、当時の菅首相が全面支援した小此木氏が、コロナ感染急拡大の猛烈な逆風を受けたことから、野党統一候補の山中氏の圧勝に終わった。それは、そのような「露骨な事前運動」「有権者を騙す行為」を、平然とやり抜いたことが、当選という結果をもたらしたとも言える。
山中氏が、選挙の投開票日、当選後のインタビューで、選挙期間は告示から投票日までの14日間であるのにもかかわらず、「54日間の選挙運動を戦い抜いた」などと平然と発言していたことからも、そもそも「事前運動の禁止」など全く意識していなかったようにも思える。
山中氏は、当選後に山中氏のパワハラ、不当圧力、経歴詐称等の問題が噴出し、通常、野党系の市長が誕生しても、短期間で自公両党との関係構築が図られていたのに、今回は、市長と自公両党との関係は、最悪の状態が続いている。
さらに、山中市長は、市長選挙で公約に掲げた「敬老パス自己負担ゼロ」、「子供の医療費ゼロ」、「出産費用ゼロの」の「3つのゼロ」と中学校給食の全員実施について予算化を見送るなどして、市民の失望を買っている。
このような山中市長を誕生させたことについて、立憲民主党の「製造物責任」を問う声が高まる中で衆院選を迎え、横浜市内の小選挙区のほとんどで落選するという、衆院選での立憲民主党敗北を象徴する選挙結果となった。
「露骨な事前運動」をものともせず、やり抜いた候補者が当選したことが、横浜市では「新市政」をめぐる惨憺たる状況を招いているのである。
自らの選挙において「事前運動」に対してどのような姿勢をとるのかという点に表れる候補者の品格、誠実さ、有権者は、そういう視点から、候補者を評価することも必要だろう。
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image by:Ned Snowman/Shutterstock.com