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12年前の震災で考えたことに優しく入り込む、芥川賞『荒地の家族』を読んで

仙台市の書店員でもある作家、佐藤厚志氏による短編『荒地の家族』が第168回芥川賞を受賞しました。東日本大震災にまっすぐに向き合った作品と称されるこの作品を早速手に取ったのは、メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』著者で、生きづらさを抱えた人たちの支援に取り組む引地達也さん。宮城県出身で、震災直後から被災地に入り支援に関わってきた経験から、この小説を「私の物語」であり、多くの人の震災への「思い」を表現した“ノンフィクション”と受け止めたと語り、12年を経て示された「新しい生きる」を感じ取っています。

3.11東日本大震災から12年-芥川賞受賞『荒地の家族』に見る現実

東日本大震災を題材にした小説『荒地の家族』(新潮社)が第168回芥川賞を受賞した。作家の佐藤厚志さんは仙台市出身で仙台駅前の丸善仙台アエル店で勤務する書店員であることが話題になった。

私も故郷に戻った先日、せっかく買うのならば、とこの書店で同書を購入した。その行動は、おそらく私の中で震災に関することは一歩踏み込んできた中で、この購入もその心の動きにつながったのだろう。

そして、本書の内容も丁寧で精緻な表現で描かれたフィクションを、心象風景という誰の中にもあるその震災への「思い」を表現したノンフィクションと受け止めた。

そう言い切ってしまうのは、私自身がその意識の中でこの本を捉えたからだ。震災を語ることで風化を防止するという考えは大切だが、語れないもの、語りえないものがある。それが何か、この小説は静かに、そして力強く表現している。

まだ読まない人もいるので、ストーリーには触れない。出版元の新潮社の紹介文はこうある。

「元の生活に戻りたいと人が言う時の「元」とはいつの時点か──。40歳の植木職人・坂井祐治は、あの災厄の二年後に妻を病気で喪い、仕事道具もさらわれ苦しい日々を過ごす。地元の友人も、くすぶった境遇には変わりない。誰もが何かを失い、元の生活には決して戻らない。仙台在住の書店員作家が描く、止むことのない渇きと痛み」

この要約は正しいが、人それぞれのイメージは広がるだろうか。私にとって、「渇きと痛み」の正体が分からないから、人は生きていくのかと問いかけられているような気がしている。

前回にも触れたが、2023年3月11日で東日本大震災から12年。この間、私なりにこの震災に向き合いながら生きてきた結果、大きく人生は変わったから、それは私の物語でもある。だから敏感に反応してしまうのである。

小説で描かれる宮城県の沿岸。仙台市から南側は砂浜の海岸線が伸びていて、舞台の亘理町もその中にある。震災から数日後に仙台市内に入り、市街地から自転車で向かったその沿岸部には津波に飲まれ、置き去りにされた家や車、あらゆるものが散乱していた。沿岸と田圃を分ける防風林はなぎ倒され、生活はすべて破壊されていた。

泥の中から遺体を掘り出し毛布にくるみ合掌をして運び出していく活動に加わりながら、命やモノについて考えた。そして、今も考え続けている。この小説はその思考に優しく入り込み共感してくれるようで温かい感触もある。

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第165回芥川賞受賞の『貝に続く場所にて』(石沢麻衣著)も同じく震災をテーマにした作品で、私の心に根を下ろす美しいストーリーであるが、こちらはファンタジーのような存在感で包んでくれたが、今回は少しグロテスクな現実を示しながらの、温かさ、である。

東日本大震災の日が近づくにつれて、毎年のように忘れたくない、と思う。あの震災でどれほど生きることに自覚的になったか、死ぬる人を崇めることの真理を得ようとしたか、それが自分の成長にどれほど影響を及ぼしているかは不明であるが、少なくとも今、自分が幸福に生きていることの基盤であることは確かである。

このような悲劇の上に幸福が成り立っていることは不思議であるが、その不思議は感謝という言葉で昇華するしかないと思う人間にとって、震災を題材にした作品はそこに新しい風を吹き込んでくれる。そこに新しい言葉を与え、新しい生きるを示してくれるのだ。

佐藤さんが示したストーリーは12年の歳月だからこそ、被災地に関わる人の心の奥底に共感される今の疼きなのだと思う。

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image by:Aduldej/Shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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