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WBC開催前だから知っておきたい。監督として才能を開花させた奇妙奇天烈な「伝説の男」

もうすぐ始まる野球の世界大会「WBC」。大谷翔平選手やダルビッシュ有選手らが参加することで話題ですが、そんなWBCの始まる前に知っていただきたいのが、米メジャーリーグの伝説となっている名監督ケーシー・ステンゲルです。今回のメルマガ『歴史時代作家 早見俊の無料メルマガ」』では時代小説の名手として知られる作家の早見俊さんが、かつて人気を博した名監督ステンゲルの奇妙奇天烈なエピソードの数々を紹介しています。これを読めば、野球がますます面白くなりますよ。

WBC開催前に知っておきたい伝説の「これぞ名監督」

今年はプロ野球の開幕前に野球の世界大会WBCが行われますね。連日、ネットニュースやテレビのスポーツニュースを賑わせています。今回はメジャーリーグに所属する選手たちも日本チームに参加しますからひときわ注目され、期待がかかっています。

対戦するアメリカやプエルトリコもメージャーリーガーが多数出場しますのでレベルの高い、そして日本には強敵揃いの大会になりそうです。それだけに楽しみでもありますね。

今や日本で活躍したプロ野球選手がメジャーリーグに行くのは当たり前になっています。バッタバッタと三振の山を築くピッチャー、特大のホームランを量産するバッターも遠からずメジャーリーグに行ってしまうのだろうと思うと、一野球ファンとしては寂しい気持ちとメジャーリーグという大舞台で活躍する姿を見たい、という期待が交錯しています。

そんな野球ファンは多いのではないでしょうか。

ところで、プロ野球のルールに、監督またはコーチが一イニングに二度マウンドへ行ったら、ピッチャーを交代させなければならない、があります。かつて巨人の長嶋茂雄監督はこのルールをうっかり破ってしまい、交代させるつもりのなかったピッチャーを代えざるを得なかったことがありました。長嶋は言うまでもなく日本プロ野球史上最大のスタープレイヤーであり、監督としても国民的人気者であり続けました。

日本のプロ野球界ではスター選手が監督になるケースが珍しくありません。読売ジャイアンツの監督はジャイアンツで活躍した4番打者かエース投手ばかりです。対してメジャーリーグはスター選手が監督になるケースは多くはありません。ですから、スター監督は稀です。

そんなメジャーリーグにおいても人気を博した監督がいました。ケーシー・ステンゲルです。

選手ではなく、監督として才能を開花させたレジェンド

ステンゲルは現役の頃は外野手としてメジャーリーグのいくつかの球団を渡り歩きましたが、スター選手ではありませんでした。監督として才能を開花させたのです。

前記、ピッチャー交代ルールはステンゲルがあまりにもマウンドに行くために作られたと言われています。彼は1949年から1960年までの12シーズンの長きに亘って名門ニューヨーク・ヤンキースの監督を務め、ワールドシリーズ5連覇を含めてリーグ優勝10回、ワールドシリーズを7回制覇しました。今日、当然のように行われているツー・プラトン・システム、すなわち相手ピッチャーが左投げは右投げかよって、バッテイングオーダーに右バッター、左バッターを並べることを始めたのもステンゲルでした。

ステンゲルが人気を誇ったのはヤンキース監督時代の圧倒的な実績と手腕ばかりが理由ではありません。「道化師ステンゲル」という愛称が示すように、彼は試合中、ユーモラスなパフォーマンスを行い、ファンにサービスをしていたのです。

野球帽の中にスズメを隠しておいてホームプレート上で脱いで飛ばす、代打を観客のリクエストで決める、球場が暗いと懐中電灯でピッチャーにサインを出す、雨が強くなった為、アンパイアに中止を求めようと傘を差して行く、等々、ステンゲルは監督とは思えない奇妙奇天烈な行動でファンを沸かせました。

彼はヤンキース監督退任後、ニューヨークの新興球団メッツの監督に迎えられました。創設間もないメッツは他球団のプロテクトが外れた選手の寄せ集めとあって、エラーとミスは日常茶飯事、さすがのステンゲルもチーム力をアップさせることはできませんでした。

監督であった4シーズンともリーグ最下位に終わります。ヤンキースで築いた栄光が地に堕ちたと思いきや、そうはならず、ステンゲルの人気はかえってアップしました。メッツを退任したのは成績不振の責任ではなく、シーズンオフに骨折して入院したのをきっかけに、75歳という高齢を考えて辞めたのでした。

1965年のシーズン、メッツは最下位にもかかわらず観客動員は伸び、ホーム球場の興行成績は両リーグを通じて3位でした。メッツを上回ったのはワールドシリーズを制したロサンジェルス・ドジャースと初めてドーム球場を本拠としたヒューストン・アストロズだけだったのです。スター選手不在だったメッツにあって、ファンはステンゲル目当てに球場に押し寄せたのでした。

ステンゲルはヤンキースには優勝を、メッツには熱いファンをもたらし、両チームで、彼の背番号、「37」は永久欠番となっています。

選手としては活躍できなくても大監督として球史に燦然と輝くケーシー・ステンゲル、まさしく適材適所、人生七転び八起き、逆転人生の見本ですね。

image by: Shutterstock.comBaseball Digest, front cover, October 1953 issue., Public domain, via Wikimedia Commons

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歴史、ミステリー四方山話、思いつくまま日本史、世界史、国内、海外のミステリーを語ります。また、自作の裏話なども披露致します。

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【著者】 早見俊 【発行周期】 週刊

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