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「政府の犬」丸出し状態。知らん顔を決め込む原子力規制委員会の屁っ放り腰

政府が今国会で成立を目指す、原発の60年超の運転を可能とする内容が盛り込まれた法案。しかしこの「老朽化原発の運転延長」という重要事項に関しては、十分な議論がなされたとは言い難いのが現実です。そこに専門家の知見は反映されているのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、原子力施設の安全をはかるはずの原子力規制委員会が示した、にわかに信じがたい見解を紹介。その上で彼らの無責任ぶりを強く非難しています。

老朽化原発の運転延期を容認。政府にも経産省にもモノ言えぬ原子力規制委員会の骨抜き

岸田首相は原発を60年をこえて運転できるようにするため、原子炉規制法と電気事業法を改正する法案を閣議決定した。今国会に提出するかまえだ。

安全審査で長期停止した期間分は延長可能という新解釈をひねりだして延々と既存原発を生きながらえさせようというのである。

そのための同意を求められた原子力規制委員会の会合で、今年2月13日、委員の一人が“反乱”を起こした。

「この改変、法律の変更というのは科学的・技術的な新知見に基づくものではない。安全側への改変とも言えない。審査を厳格に行えば行うほど、将来、より高経年化した炉を運転することになる。この案には反対いたします」

発言の主は、原子力規制委員会の5人のメンバーのうち、ただ一人、原子力の専門家ではない石渡明氏である。日本地質学会会長をつとめたことのある地質学の第一人者だ。

原発の運転期間については、福島第一原発の事故後、原子炉規制法の改正で原則40年とされ、規制委が認可すれば最長20年延長できることになった。つまり長くとも運転開始から60年経てば廃炉になるわけである。

電力会社など原発事業者はこの規定の撤廃を政府に要望してきた。日本には1970年代に稼働した老朽原発が多い。原発事故後の厳しい安全基準に適合するよう施設を改良し再稼働にこぎつけたとしても、残りの運転期間が短ければ、思うような収益が見込めない。

電力会社が原発の廃炉を先送りにしたいワケ

言うまでもなく、電力会社が原発稼働に躍起になるのは「総括原価方式」というシステムがあるからだ。必要経費に利潤を足して電気料金をはじき出す。利潤の額は、会社の資産額に一定の報酬率をかけて決める。原発という資産があれば利潤は大きいが、廃炉になると、たちまち巨額の不良資産に変わる。そのような事態を先延ばししたいのが原発事業者の本音だろう。

核燃料工学の第一人者とされる原子力規制委員会の山中伸介委員長は満場一致で合意をはかろうとした。ところが、2月8日の定例会でこの案件に石渡委員が一人反対したため、山中委員長は「来週あらためて議論をしたい」と、2月13日の臨時会を設定したのだが、臨時会でも石渡氏は「炉規法は規制委員会が守るべき法律だ」として譲らず、反対を貫き通した。山中委員長と事務局にしてみれば、この間の説得工作が実らなかったということだろう。

石渡氏の胸には、原発運転期間に関する不透明な意見集約についての疑念がふくらんでいた。

昨年8月24日に開かれた政府の会議で、岸田首相は2050年をめどに脱炭素社会を実現するとして、原発の運転期間を見直す方針を打ち出した。そのためには、原子炉規制法などの改正が必須であり、世間を納得させるためにも規制委員会の同意は欠かせない。

同10月5日の規制委員会で、政府方針について経産省資源エネルギー庁の説明を受けた山中委員長は「原発の運転期間は利用政策であり、規制委が意見を述べるべきではない」と語り、政府方針に従う姿勢を示した。

原発の運転期間に規制委員会は関与しない。この考え方が、いつの間にか委員会全体の合意事項であるかのごとく扱われているというのが石渡氏の疑念だ。石渡氏は「規制委員会がよく議論してこれを決めたかというと、そうではなかったのではないか」と指摘し、山中委員長の姿勢を暗に批判した。

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到底信頼などできない電力会社による安全管理

原子力規制委員会設置法には、委員会について「原子力利用における安全の確保を図ることを任務とする」と定められている。原発の運転期間の「原則40年・上限60年」ルールは、どんな設備でも部品やコンクリートなどの経年劣化が避けられず、その分、事故の危険性が高まるという常識をもとにした制限である。

巨大な地震・津波が想定されながら何ら対策を講じることなく運転を続けたため福島第一原発の事故を招いてしまったことでもわかるように、ともすれば企業は利益を優先して安全をおろそかにしてしまう。電力会社が信頼に足るのなら運転期間はその良識に任せればいいが、カルテルや顧客データの漏洩など不祥事が相次ぐなかで電力料金の値上げだけには躍起となる姿を見て、誰がその安全管理を信頼できるだろうか。

それなのに、山中委員長は、原発の運転期間の判断に規制委員会がタッチすべきではないと言う。その見解がどこから生まれてきたのか。石渡氏は2020年7月29日の規制委員会に提出された事務局作成の資料をあげた。

第2次安倍政権の末期、原子力業界の団体「ATENA」と原子力規制庁との意見交換会が6回にわたって行われた。そのさい「ATENA」側から出された原発運転期間に関する要望について、規制委員会が見解をまとめた文書である。ポイントは以下の記述だ。

運転開始から40年という期間そのものは、評価を行う時期として唯一の選択肢というものではなく、発電用原子炉施設の運転期間についての立法政策として定められたものである。そして、発電用原子炉施設の利用をどのくらいの期間認めることとするかは、原子力の利用の在り方に関する政策判断にほかならず、原子力規制委員会が意見を述べるべき事柄ではない。

この見解について石渡氏は、ATENAとの意見交換会でも議論された形跡がないと述べたうえで、次のように主張した。

「原子力規制委員会が関わるべき事柄ではないという部分がどういう経緯で盛り込まれたのか、非常に疑問に思っております。この文章は、昨年9月末以来、何回もこの場に出てきているが、原子力規制委員会がよく議論してこれを決めたかというと、そうではなかったと思います」

2014年9月から委員をつとめる石渡氏が、ほとんど議論した記憶がないにもかかわらず、この見解が規制委員会の文書に盛り込まれたことへの疑問の表明である。

岸田首相の意を汲み運転期間改変を容認するようリードしてきた山中委員長

山中委員長は「5年前から運転期間についてどうあるべきかというのを議論してきた」と述べて石渡委員に翻意を促したが、石渡氏は「この文章をあたかも金科玉条のように使っているが、原子力規制委員会の全体の意志として確固として決定されたというものではない」と反論した。

この食い違いはなぜ起きたのだろうか。答えは、この文章が登場する1週間前、2020年7月22日開催の規制委員会にあった。

この会合では、ATENAとの意見交換会の結果が報告されているが、その内容は、経年化への技術的対処に関する事項が並べられたものであったため、石渡氏は何ら異論を唱えることはなかった。

しかしその会合で、委員の一人だった現委員長、山中氏は、次のように述べていたのだ。

「運転期間延長認可制度の40年という期間は、科学的、技術的な観点から定められたのではなく、政策に基づいて決定されたもので、原子力規制委員会が議論すべき問題ではなく、長期運転停止期間をそれに含めるかどうかについても原子力規制委員会が判断すべき事柄ではないと考えます」

つまり、事務局は山中氏のこの発言をそっくりそのまま使って規制委員会の見解文書案としてまとめ、1週間後の会合に提出したわけである。

そして、そこから2年が経過した昨年夏、岸田首相が運転期間の見直しを宣言すると、山中委員長はその方針を支持するための論理として同じ見解を使い、今年に入って原子炉規制法改正案の国会提出が間近に迫るなか、2月8日、13日の会合で、運転期間改変を容認するようリードしてきたわけである。

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第2次安倍政権以降に経産省支配が強まった規制委員会

だが、その流れがあまりに拙速であったため、賛成した委員のなかから次のような意見が出たことも事実だ。

「我々がこれを決めるにあたって、外から定められた締切りを守らなければいけないという感じでせかされて議論をしてきました。そもそもそれは何なのだというところはあります」

もちろん、委員をせかしたのは、直接的には事務局の原子力規制庁であろう。ただ、原子力規制庁の担当者が昨年7月から9月にかけて資源エネルギー庁の担当者と少なくとも7回にわたり面談していたことが明らかになっており、山中氏のその後の動きは経産省の強い要請を受けたものと見ることもできる。

原子力の安全規制は、かつて資源エネルギー庁のもとに置かれていた原子力安全保安院が担い、それとは別に内閣府の審議会の一つであった原子力安全委員会が多層的にチェックするという仕組みだった。

しかし、規制する側が規制される側に支配される「規制の虜」となり、電力会社の言いなりになって、あの大事故を防ぐことも、発生後にうまく対応することもできなかったため、両機関とも事故後に廃止された。

そして、経産省から切り離され、環境省の外局としてつくられたのが原子力規制委員会であり、その事務局が原子力規制庁である。むろん環境省の官僚は原子力に関して門外漢であり、つまるところ、保安院の官僚が横滑りして事務局をつとめるしかなかったし、委員会のメンバーも“原子力村”の専門家が中心だった。このため、第2次安倍政権以降、しだいに経産省支配が強まる傾向にあった。

政権と経産省にモノ言えぬ原子力規制委員会の無意味

それにしても、原子力施設の安全をはかる委員会が原発の運転期間にタッチしないのは責任放棄ではないのだろうか。福島第一原発のような事故を繰り返さないための安全対策として運転期限が定められたはずなのに、利用政策の問題だからと知らぬ顔を決め込むのである。

山中委員長は「我々がやるべきことは、高経年化した原子炉に対し、基準に適合しているかどうか、個々に安全規制を確実に行うこと」という。

新しい規制案が「運転開始後30年を超えて原子炉を運転しようとするときは、劣化を管理するための10年以内の計画を策定し、原子力規制委員会の認可を受けなければならない」となっているのはその考え方に沿ったものだろう。しかし書面上の劣化管理計画だけを審査して、実態がわかるとは思えない。

原子炉は道路や橋などと違い、中に入って点検することができない。40年ルールを決めた時と異なる知見や検査法が生み出されたわけでもない。一律に運転期間を決めなくとも個々の原子炉ごとに経年劣化の進み具合をチェックしていけばいいというのは、理屈の上だけならともかく、実際にそれをやるとなると、きわめて難しいはずである。

原子炉規制法などの改正案は今国会に提出される見通しだ。独立性を掲げながら、政権と経産省にモノを言えない原子力規制委員会を象徴するようなこれらの法案を通すことは、再び「規制の虜」に堕することを国会が容認するに等しい。野党が弱体化し大政翼賛的傾向が強まるなか、あらためて議員の見識が問われることになろう。

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image by: 原子力規制委員会

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