5月下旬、激戦地バフムトを制圧したとされるロシア。これを根拠としてプーチン大統領がウクライナ戦争に勝利したとする声もありますが、果たしてそれは「正答」なのでしょうか。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、「プーチンはすでに戦略的敗北を喫している」と断言し、そう判断せざるを得ない理由を解説。かつての国際舞台での威厳を失い孤立する、「独裁者の真の姿」を明らかにしています。
「ウクライナでプーチン勝利」「それでも戦争続ける米国は覇権喪失」は本当か
大阪在住、60代の読者さんから、
- バフムト陥落でプーチンは戦争に勝利した
- アメリカはそれでも戦争をやめない
- それが原因でアメリカは覇権を失う
という意見についてどう思うか質問されました。お答えします。
まず、2番目、3番目から。
ウクライナ戦争をつづけることで、アメリカは覇権を失う?
これについて、私の答えは、「アメリカは、すでに覇権を失っている」です。どういうことでしょうか?
1945年、第2次世界大戦が終わりました。そこから、アメリカ、ソ連の冷戦がはじまっていきます。冷戦時代は、別の言葉で、「米ソ二極時代」です。
1991年12月、ソ連が崩壊しました。二極の一極が崩壊したので、世界は一極になりました。そう、「アメリカ一極時代」の到来です。つまり、アメリカ【 単独覇権 】の時代がはじまったのです。
さて、アメリカ一極時代は今もつづいているのでしょうか?別の言葉で、アメリカは【 単独覇権 】を今も維持しているのでしょうか?
維持していません。「アメリカ一極時代」は、終わったのです。
いつ?2008年です。リーマンショックから「100年に1度の大不況」が起こった。それで、「アメリカ一極時代」は終わったのです。
そして、2009年から世界は、「米中二極時代」に入っていきました。そして、2018年から世界は、「米中覇権戦争時代」に移っていったのです。
今は、どんな時代でしょうか?「米中二極時代の米中覇権戦争時代」です。だから、アメリカはすでに覇権、もっと詳しく言うと「単独覇権」を失っているのです。そして今アメリカは、単独覇権を回復するために中国と戦っています。
「バフムトの制圧でロシアが勝利」の無理筋
ウクライナ戦争の戦局については、今まで何度も書いてきました。
1月、プーチンは、ロシア軍のトップゲラシモフ参謀総長を、ウクライナ特別軍事作戦の総司令官に任命しました。ロシア軍のトップを、ウクライナ戦争の総司令官にする。メチャクチャ気合が入っている。同時に、プーチンがかなり追い詰められていることがわかります。
プーチンは、ゲラシモフに、「ルガンスク州、ドネツク州を3月中に完全制圧せよ!」と命じました。2月、ロシア軍は大攻勢を開始。主戦場は、ドネツク州のバフムトです。ロシア軍は猛攻し、バフムトをほとんど制圧しました。しかし、完全制圧はできなかったのです。
ロシア軍が勝ちきれなかった主な理由は、弾薬不足です。最前線で戦っていた民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジンは、「ショイグ(国防相)!ゲラシモフ(参謀総長)!弾薬はどこだ!?!?!?!」と絶叫しています。以下の動画50秒ぐらいからごらんください。
● 「弾薬はどこだ」ワグネル創設者が激怒 ロシアが必要な武器供給を「一晩で約束」(2023年5月8日)
これ、「ディープフェイク」だとか、「プリゴジン迫真の演技だ」というのは馬鹿げています。ロシア軍は、実際に弾薬が不足しているのです。だから、ロシア軍は、バフムト以外でも目立った動きを見せていません。
3月末、ウクライナに欧州から戦車が入ってくるようになりました。ゼレンスキーは4月30日、「重要な戦闘がまもなくはじまる」と宣言します。世界は、「近い将来、ウクライナ軍の反転攻勢がはじまる」ことを知ったのです。
さて、ロシアの勝利は確定したのでしょうか?もちろん、そうではありません。ウクライナ軍は反転攻勢の準備を進めてきました。最近では、モスクワへのドローン攻撃もありました。また、ウクライナ側に寝返ったロシア兵の部隊、「自由ロシア軍団」「ロシア義勇軍団」がルガンスク州、ハリコフ州の北に位置するロシア領ベルゴロド州に攻め込んでいます。
「自由ロシア軍」は5月22日、SNS(テレグラム)で、以下のような声明を出しています。
<今の独裁的なロシアでは、平和を訴えただけで、子供が親から引き離され、10代の若者が終身刑になるのだ。クレムリンの独裁を終わらせる時がきた。ロシアは自由になる。>
全世界が今、ウクライナの反転攻勢の行方を注視しています。ですから、「ロシア軍がバフムトを制圧してプーチンが勝利した」というのは、事実と違います。
プーチンは今、何を狙っているのでしょうか?
ロシア側は、「今ロシア軍が支配している地域をロシア領とすること」を条件に、停戦しようとしています。つまり、2014年3月に併合したクリミアは、ロシア領。昨年9月に併合した、ルガンスク州、ドネツク州、ザポリージャ州、ヘルソン州はロシア領(実際には、ロシアが完全支配を達成しているのは、ルガンスク州だけですが)。
この条件を、もちろんウクライナ側は受け入れることができません。それで、反転攻勢で、ロシア軍に占領されている領土をとり戻そうとしているのです。
プーチンがすでに敗北しているこれだけの証拠
私は、この戦争がはじまる前から、「プーチンがウクライナ侵攻を決断すれば、【 戦略的敗北 】は【 不可避 】と書いてきました。例、2022年2月16日。
● 全ロシア将校協会が「プーチン辞任」を要求…!キエフ制圧でも戦略的敗北は避けられない破滅的な侵攻を回避できるか
そして、予想通りに動いています。プーチンは、ウクライナとの戦闘に勝てるかもしれません。あるいは負けるかもしれません。しかし、プーチン自身が主張しているように、この戦争を
- 西側陣営 対 ロシアの戦い
と見れば、プーチンはすでに敗北しています。なぜ?
かつてロシアは、G8の一員でした。2005年5月9日、第2次世界大戦終結60年を祝うために、世界中の首脳たちが赤の広場に集結しました。
プーチンの横には、ブッシュ大統領。日本からは小泉首相。ドイツのシュレイダー首相。フランスのシラク大統領。中国の胡錦濤国家主席。インドのシン首相。その他大勢。プーチンは当時、世界の大国の長をほぼ全員招いて集結させることができる力と権威を持っていました。
ところが、今はどうでしょう?ロシアのウクライナ侵攻を支持したのは、北朝鮮、ベラルーシ、シリア、エリトリアだけでした。実際、プーチンが「友達」といえる国は、世界に北朝鮮、ベラルーシ、シリア、イランぐらいしかいません。
そしてプーチンには、国際刑事裁判所から逮捕状が出されていて、同裁判所の参加国123か国にいけない状況です。国際社会でプーチンは、「ウクライナの子供たちを誘拐した容疑」で逮捕状が出されている「戦争犯罪容疑者」なのです。
ウクライナ侵攻前、少なくともロシアは、「旧ソ連の盟主」でした。ところが、今やロシアは、その地位も喪失しています。ウクライナ、モルドバ、ジョージアは、EUに加盟申請した。アゼルバイジャンは、ロシアよりもトルコと緊密な関係を築いている。アルメニア、カザフスタンは、ロシアを中心とする軍事同盟CSTOからの離脱を検討している。中央アジア諸国は、ロシアを捨て中国に走っている。
5月19日、「中国中央アジアサミット」で習近平は、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、トルクメニスタンの首脳に、「中国・中央アジア【 運命共同体 】を構築しよう!」と提案しました。
旧ソ連である中央アジアはこれまで、「ロシアと運命共同体」でした。ところが、中国は、「中央アジアは中国と運命共同体になろう!」と提案した。世界的に孤立し、金のないロシアと、いまのところ金がたっぷりある中国。中央アジア諸国がどちらにつくか明らかです。
いろいろ挙げましたが、これらすべての事実が、「プーチンは戦略的に負けている」ことを示しています。もちろん、負けても「俺は勝っている」ということはできます。しかし、一般的にそれは、「負け惜しみ」といいます。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2023年6月4日号より一部抜粋)
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