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ホンマでっか池田教授も過去に書いていた「老化は病気」説は本当か

2020年9月に発売されベストセラーとなったデヴィッド・シンクレア&マシュー・ラプラント著『Life Span 老いなき世界』(梶山あゆみ訳、東洋経済新報社)に書かれている「老化は病気である」との説。これに驚いたと語るのは、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田清彦教授です。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』では、30年以上前に池田教授自身がほぼ同じ着想で書いたエッセイを紹介。そんな「老化は病気」説をいまはどう考えているかを理由とともに表明し、そのうえで、非常に専門的で難解でもベストセラーになるケースがある不思議についても綴っています。

「老化は病気である」という説について

昔、老化はウイルスによる感染症かもしれないというエッセイを「現代思想」に書いたことがある。1990年だと記憶する。少し長いけれども引用する。

「もう十年以上前の、私が教師になりたての頃、私はなぜ老化が起こるかについて考えていたことがあった。私が考えた答えの一つは、それは老化ウイルスによる病気である、というものだった。このウイルスは地球上のほとんど動植物にとりついており、徐々に進行してホストを死に至らしめる恐るべき病原体である。すべての人が病気の世界では、病変は正常な生理的変化とみなされる。かつてどこかで全住民がすべてハンセン病に冒されている村があった、と聞いたことがある。当然ここではハンセン病の病変は老化現象とみなされ、人々は仕方ないとあきらめて暮らしていたわけだ。

 

老化は病気である。この素晴らしいアイデアは二週間ばかりの間私をとりこにした。老化ウイルスフリーの個体を作ってやれば、人類の究極の夢、不老不死は現実のものになるかもしれない。」(「原型という夢」『昆虫のパンセ』所収、青土社、1992)

最近、『Life Span 老いなき世界』(デヴィッド・シンクレア&マシュー・ラプラント著 梶山あゆみ訳、東洋経済新報社、2020)を読んでいたら、ほぼ同じアイデアが書いてあって、びっくりした。

「2028年、1人の科学者が新種のウイルスを発見しLINE-1と名づける。やがて、私たち全員がそのウイルスに感染していることや、それを両親から受け継いでいることが明らかになる。そのうえ、ほかの主だった病気のほとんど(糖尿病、心臓病、がん、認知症)についてもこのウイルスが原因だったと判明する。
 
LINE-1は、ゆっくりと進行する恐ろしい慢性疾患を引き起こし、軽度の感染であってもいずれは全人類がこのウイルスに斃れる。幸い、治療法を見出すべく世界中で膨大な額の予算が投入された結果、2033年にとある企業が感染予防ワクチンの開発に成功した。
 
新しい世代は出生時にワクチンを投与されるため、両親より50年長く生きる。のちにそれが人類本来の寿命だったと分かる。私たちは知らなかっただけなのだ。健康になった新世代の人類は、古い世代に憐れみの目を向ける。50歳で体が衰え始めるのが自然であり、80歳まで来られれば良い人生をまっとうしたなどと、なんでそんな考えをやみくもに信じていたのだろう、と。
 
もちろんこれは私が今こしらえたSF物語だ。しかし、読者が思う以上に真実をついているのかもしれない。」(同書161-162ページ、プルーフを読んでいるので、市販の本のページとは少しずれているかも)

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シンクレアの本の30年も前に、同じアイデアを考えていたことを自慢するつもりはない。なぜならば、この考えは恐らく間違いだからだ。早老症という病気がある。いくつかのタイプの早老症があって、日本人に多いのはウェルナー症候群で20代から老化(白内障、脱毛、白髪、ロコモシンドローム)が始まり、実年齢よりもはるかに老けて見える劣勢の遺伝病である。DNAが傷ついたときの修復に関与するDNAヘリカーゼをコードする遺伝子に難があるようだ。

他にも、はるかに稀で重症なハッチンソン・ギルフォード症候群という早老症があり、これは優勢の遺伝病で、患者は10歳未満から老化が始まり、15歳くらいまでしか生きられない。

シンクレアは、ウェルナー症候群という特殊な老化が病気であれば、通常の老化も病気と考えてもおかしくはないと言いたいようであるが、早老症と通常の老化はレベルが違う。早老症が病気であることは間違いない。なる人もならない人もいるからだ。しかし通常の老化は、すべての人が遭遇する事態で例外はない。病気というのは異常のことで、すべての人が遭遇する身心の状態は通常であって、異常と考えるのは無理がある。老化を病気だと言い張る人も、赤ちゃんが成長するのを病気だと言う人はいない。

シンクレアは「老化は1個の病気である。私はそう確信している。その病気は治療可能であり、私たちが生きている間に治せるようになると信じている。そうなれば、人間の健康に対する私たちの見方は根底からくつがえるだろう」(前掲書160ページ)と楽観的な希望を述べており、この楽観性が、この本がベストセラーになった原因であろう。

多くの人は不老不死になる魔法の方法が書いてあるかもしれないと期待して買ったのだと思うが、中身は結構専門的で、生物学や基礎医学の知識が乏しい人が理解するのは容易でないと思う。

かつて、理論物理学者のスティーヴン・ホーキングが一般向けに書いた『ホーキング、宇宙を語る』は全世界で1000万部(日本語版110万部)の大ベストセラーになったが、車椅子の天才科学者(ホーキングはALS=筋萎縮性側索硬化症を患っていた)という話題性と、理論物理の本にもかかわらず、数式が一つしかないという一見読みやすそうな体裁に釣られて買った人がほとんどだと思うが、内容を正確に理解した人はごく少数ではないだろうか。中身が理解できなくても、何らかの流行で、本は売れてしまうことがあるのだ。

老化が一つの病気である、という考えが魅力的なのは分かる。老化に伴って、がん、糖尿病、動脈硬化、運動機能や認知機能の低下、といった様々な心身の不調が起こる。もし老化が一つの病気であれば、これらの不調に対して個別に対応しなくとも、老化という一つの病気を治しさえすれば、すべての不調は解消するからだ。しかし果たして、そんな夢のようなことがあり得るのだろうか。(一部抜粋)

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image by:phinit/Shutterstock.com

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