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「トイレで女性が襲われる」性的少数者への差別デマを吹聴する“保守論客”の名

トランスジェンダー職員の女性トイレ使用を制限した経産省に対して、違法判決を下した最高裁。誰もが自分らしく生きられる社会の実現に大きく寄与するこの判決ですが、どうしても受け入れられない向きも存在するようです。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では、漫画家・小林よしのりさん主宰の「ゴー宣道場」参加者としても知られる作家の泉美木蘭さんが、「経産省トイレ使用制限違法判決」を猛批判する論客の主張を紹介。その内容を幼稚で差別意識丸出しの戯言とバッサリ斬っています。

差別したい八木秀次氏の経産省トランスジェンダー叩き

性的マイノリティーの人たちの職場環境に関する訴訟で、7月11日、初めて最高裁が判断を示した。

経済産業省に勤め、女性として生活している50代のトランスジェンダーの職員が、職場の女性用トイレの使用を制限されているのは不当だとして国を訴えていた裁判で、最高裁が「トイレの使用制限を認めた国の対応は違法」との判決を下したのだ。

原告の経産省職員Aさんは、2009年に「性同一性障害」と診断され上司に相談。健康上の理由から、性別適合手術は受けられず、戸籍上は男性のままだが、職場での説明会を経て、女性用の休憩室や更衣室の利用が認められた。

ただし、トイレについては、職員の執務室があるフロアから2階以上離れた女性用トイレしか使用が認められず、人事院に処遇の改善を求めたが、退けられたため、訴えを起こしていた。

「2階以上離れたトイレ」に限定された経緯はこうだ。

説明会の際、Aさんが退席した後、担当者が職員たちの意見を求めたところ、「数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えた」という。そこで、担当者が、1つ上の階の女性トイレを使用してもらうのはどうかと案を出した。すると、1人の女性職員が、自分は日常的にそのトイレを使っていると述べたという。

そこで、経産省では、Aさんに対して、執務階とその上下階のトイレの使用を認めず、それ以外の階の女性トイレの使用を認めたらしい。

Aさんは、この説明会が開かれるまでは、男性の服装で勤務していた。

トランスジェンダーに対する社会的な理解も乏しいなか、戸惑って即座には受け入れがたいという様子を見せた人もいたようだ。

説明会の翌週から、Aさんは、女性の服装で勤務するようになり、2階以上離れた女性トイレを使うようになった。他の職員とのトラブルは一切起こらなかった。

2年後の2011年には、Aさんは家庭裁判所の手続きを経て、名前を女性らしいものに変更し、職場でもその名前を使うようになった。

さらに2年後の2013年末、Aさんは、トイレの使用に関する経産省の措置を不服として、他の女性職員と同等の処遇を人事院に要求。だが2015年、人事院は要求を拒否したため、法廷闘争となった。

1審の地裁ではAさんの訴えが認められたが、2審の高裁では、「経産省の処遇は、全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を果たすための対応」として逆転敗訴。

だが、最高裁は2審を覆し、5人の裁判官全員一致の結論で「国の判断は他の職員への配慮を過度に重視し、Aさんの不利益を軽視したもので、著しく妥当性を欠いている」と結論付け、違法と判断した。

主な理由として列挙されているのは、以下の通りだ。

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Aさんは、最高裁判決後の記者会見でこう述べている。

「私のアイデンティティーは女性です。男と女の中間ではなく、女性です。私は男性という社会的な枠から、女性という枠に移りたいだけです。そして今は、社会的には女性として認識されています」

ニュースでここまでの流れを知り、Aさんが自身の言葉で話している映像を見て、私は、Aさんが長年かけて段階を踏み、職場の中で女性として受け入れられようとしてきたことを感じ、最高裁は素晴らしい判決を下したと思った。

2009年の説明会の時点で、その日まで男性の服装で勤務していた同僚を、これからは女性として扱いましょうと聞いたとき、全員がすんなり理解できるわけがなく、戸惑う人がいるのも仕方のないことだと思うが、だからと言って、明確な話し合いもしないままに「2階以上離れたトイレに行け」と決めた経産省の態度は、あまりにもあからさまな差別だろう。

本来は、違和感を抱いているように見える職員がいたなら、一度の説明会では理解が十分ではないと判断し、さらに理解を深めるための機会を持つなど、取り組みが必要だった。

「違和感を抱いているように見えた」という時点で処遇を決めてしまったのは、そのように「見えた」担当者にも、その上司にも、省全体にも、トランスジェンダーについて理解しようとする気持ちを持つ人がいなかったということだ。

だがAさんは、その処遇を一旦は受け入れて、職員として働き続けながら、女性として理解を得られるように闘ってきた。

自覚がないまま漏れ出すのが差別心だと思うが、私は、経産省が、Aさんに対して嫌がらせの処遇を突き付けて、自主退職してくれたらいいとすら思っていたのではないか、と疑っている。

一時的にそのような決定をしてしまったとしても、その後の数年間、Aさんが服装も名前も変え、女性として働き、認識されるようになっていくなかで、考え直すことはできたはずだ。ところが、数年たって本人から改善を要求されても跳ねのけたのだから、やはり、省として全く受け入れる気がなかったわけだ。

「女性トイレを使用してもトラブルは生じていない」と書かれているが、トラブルを起こすような人ではなかったという単純な話ではないだろう。

一日の大半を過ごす職場で、Aさんが、トイレのたびに周囲の目を気にして緊張しなければならず、じわじわと自身への差別的待遇を味合わされている切実な状況が想像される。職場で打ち明けるにも相当な勇気を振り絞っただろうし、その後、上司からは、「男に戻ったほうがよい」という心ない言葉を数々投げかけられて、長期間休職もしたという。

それでも復帰して、働き続けながら、国と最高裁まで争ったのだから、その姿勢は並み大抵のものではないと思う。「私怨を晴らす」というような私的感情だけでやり抜けることではないだろう。

最高裁の判決を下した今崎幸彦裁判長は、こう述べている。

「職場の理解を得るには、当事者のプライバシーの保護と、ほかの職員への情報提供の必要性という難しい判断が求められるが、職場の組織や規模など、事情はさまざまで、一律の解決策にはなじまない。トランスジェンダー本人の意向と、ほかの職員の意見をよく聞いて、最適な解決策を探るしかない」

「多くの人々の理解抜きには落ち着きのよい解決は望めない。社会全体で議論され、コンセンサスが形成されることが望まれる」

非常に大人の見解で、見事なコメントだと思った。

つまり、判決は「国としてトランスジェンダーに対して、一律にこうあれ」と規則を下したものではなく、その職場、その組織の状況、環境、本人の意向や事情によって、解決法はさまざまであり、何よりもまずは日本全体で、トランスジェンダーへの理解を深めることが先決で、これを機に社会全体での議論を喚起したいという大きなテーマがこめられているのだ。

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ところが、この判決に対して、猛然と異を唱える雑誌がある。

今号の『月刊正論』特集「性は多様にあらず」。

その筆頭論文は、八木秀次の「最高裁トイレ判決は社会分断の序曲」である。

八木は、今崎裁判長のコメントなどを紹介した上で、判決を「いかなる場面でも本人の性自認を優先させるべきだとするトランスジェンダリズム(性自認至上主義)の主張の根拠として使われる」「今回の判決は社会の混乱や分断への序曲となったもの」と、猛批判。

女性宮家・女性天皇は「社会の分断」、トランスジェンダーへの理解は「社会の分断」と、起きてもいない「分断」をすぐに妄想し、自分の身内に向かって、ありもしない危険を知らせながら、自身の心のなかにある「女は男より下に置いておきたい」「トランスジェンダーなんて認めたくない」という差別心をげろげろ吐き出すのがこの人の特徴だ。

まず、「トランスジェンダリズム(性自認至上主義)」という言葉を、はじめて知った。調べてみると、トランスジェンダーをとりまく歴史や問題を解説した本、性別適合手術を受けた人のルポのタイトルに、この単語が使われているケースがあったが、基本的には、当事者が使うことはまれのようだ。

さらに調べると、アメリカのLGBTQ団体「GLAAD(中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟)」が、この単語について警告を出していた。

トランスジェンダーの人々が使う用語ではなく、反トランスジェンダー活動家がトランスジェンダーを非人間化し、トランスジェンダーを、言論の自由を脅かす危険なイデオロギーであると貶めるために使用するものです。

Glossary of Terms: Transgender

なるほど。

グーグルで「トランスジェンダリズム」と検索すると、「女性の人権と安全を求める会」なるホームページがヒットした。

そこには「トランスジェンダリズム」が危険な思想であるかのように解説されたページがあり、今回の判決についても、最高裁に対する猛烈な抗議文が掲載されていた。

最高裁判決は、「一律にこうせよ」というものではないのに、その意図も裁判長のコメントもまったく理解せず、強固すぎる「ジョセイノジンケン!」のみに特化・先鋭化して、完全に真逆の方向へと飛んで行ってしまった人たちのようだ。

八木は、こういった先鋭化した主張に乗っかって利用し、トランスジェンダーをまるで政治的イデオロギーであるかのようにレッテル貼りし、差別しているのである。

さらに八木は、Aさんと思われるツイッターアカウント(本人かどうかは不明)に着目。

そこに書き込まれていた下ネタや、トランスジェンダーを認めない人々に対する「心無いド畜生」という本音の書き込みを取り上げ、「人には深層心理がある」「攻撃性・暴力性を感じさせる侮辱語だ」「深層心理において男性性を払拭できていないように思える」などと解釈し、「これらの投稿の存在は最高裁の判決後に発見されたもので、裁判官の判断に影響を与えるものではなかった」などとまとめた。

Aさん本人のアカウントだったとして、下ネタや本音の怒りのなにが悪いのか。

芸能界で活躍する日本のトランスジェンダーのタレントたちを見ていれば、固定観念に縛られない世の中の見方や、独特な感性を持っている人が多いと感じるし、たまに男性性を感じさせる発言や発想を見せるところが面白いと思うことがある。

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長年、日常的に差別的扱いを受けていれば、鬱積した感情を漏らしたくもなるだろうと許容できるし、そういった個々の匿名発信が、最高裁の判断に影響を与えるとも思わない。

訴え出るなら清廉潔白で、聖人のような人格者であれ、という感覚なのか?それは、伊藤詩織さんに対して「男と酒を飲んだら、レイプされても被害者とは言えない」と言い出した人間たちと似た感覚だ。

第一、「人には深層心理がある」とのたまうなら、アンタの文章は、差別心どろどろの深層心理が全然隠せてねーよと言いたい。トランスジェンダーであるAさんを受け入れることができず、とことん貶めて差別したいだけなのだ。

また、八木は、Aさんが健康上の理由で性別適合手術を受けることができず、男性器があるという事情についても取り上げ、

「男性器があるまま法的には女性に、女性器のあるまま法的には男性に性別移行することが可能になる。そして男性器のある女性が生まれつきの男性と、女性器のある男性が生まれつきの女性と法律上の結婚ができることにもなる」

「男性から女性へ性別移行した人が、男性と結婚するが、不貞行為で第三者の女性を妊娠させ、出産する場合、子どもの父は戸籍上は女性となる。」

など、頭がこんがらがるような特殊すぎる事例だけを次々と並べて、読者を混乱に陥れようとする。

さらに、「性自認は変化し、生物学的性別の性自認に戻ることが知られている」とまったくデタラメな自論を展開。また統一協会の説か?

【関連】統一教会をとことん擁護。自民が重用するエセ保守論客・八木秀次氏のトンデモ論考

そして最後は、「本人の性自認を絶対視すれば、男性の外見をした戸籍上の女性は、トイレを含む女性専用スペースに立ち入れるのか」と曲解。LGBT理解増進法の時と同じく「これでトイレや風呂にチンチンのついたオッサンが堂々と入ってくるぞ~!」という類のデマの吹聴に加担しているのであった。

判決は、本人の性自認を「いかなる場合も絶対視」しているものではなく、Aさんのケースでは、Aさん本人の訴えと、医師の診断、治療の経緯、日々の振る舞いや社会的認知、職場の様子や環境などを精査して、「省内での話し合いが不十分で、Aさんへの理解を深めようともしておらず、差別的処遇は違法」と判断されているのだ。

そもそも、最高裁の判決の意図も、Aさんの抱えている問題も、トイレの利用問題だけではない。今回はたまたま「トイレ問題」が議題になったが、社会全体でトランスジェンダーの存在について理解を深めて、それぞれの現場で話し合っていくようにしてほしい、そのような土壌がなければ、根本的な解決にはなりませんよという話なのだ。

「トイレ、風呂、キケン、女性が襲われる!」

というのは、わざわざ下ネタとして問題を矮小化している、あるいは、その程度の幼稚なところまでしか理解できない脳みそから発信されるデマ・戯言で、マイノリティーに対する理解を妨げようとする差別心にすぎない。

『月刊正論』は危険な差別雑誌である。

(『小林よしのりライジング』2023年8月15日号より一部抜粋・文中敬称略)

2023年8月15日号の小林よしのりさんコラムは「男色文化は明治をどのように生き延びたか?」。ご興味をお持ちの方はこの機会にご登録ください。

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