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Google日本元社長が問う。なぜ日本政府は「汚染水の海洋放出」に拘るのか?

中国の猛反発を招き、ネット上においても日本国民を分断する事態を引き起こしている福島第一原発の処理水海洋放出。そもそもなぜ政府は「海洋投棄」と批判されても仕方のない方法にこだわったのでしょうか。今回のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』では、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野さんが、そんな疑問を含む「自身が確認したいこと」を列挙。その上で、「感情論よりも冷静な検証が必要」との見解を記しています。

自ら国際問題化。核汚染水の海洋投棄を強行した日本政府

8月24日午後1:00、日本政府は福島第一原発からの俗に「ALPS処理水」と呼ばれる核汚染水の海洋放出を開始しました。

これに際して、岸田首相はX(旧ツイッター)で以下のメッセージを発信しました。


本日よりALPS処理水の放出が始まりました。
福島第一原発の廃炉に向けて歩まなければならない道であると同時に、福島を始めとした被災地復興の新たな一歩です。
今後政府を挙げて、風評対策をはじめ福島や被災地の復興の姿と、日本の食文化の魅力などを、世界に向けて力強く発信してまいります。

このメッセージに違和感を持った私は、上記に対して以下のように引用リポスト(引用リツイート)しました。


失礼ながらおっしゃっていることのすべてが的外れです。処理水の海洋放出と廃炉は無関係ですし、海洋放出が被災地復興に繋がるわけでもありません。また、重要なのは風評対策ではなく実害の検証であり、日本の食文化の魅力は大きく棄損されることになります。

すると、これがかなりバズったので、今回はこの処理水の問題について取り上げます。私も専門家ではないので、ここでは断定的な物言いを出来るだけ避け、私が疑問に思ったり、確認したいと思ったりしていることを列挙する形に留めて問題提起したいと思います。

1.岸田首相は、「処理水の海洋放出が福島第一原発の廃炉に向けて歩まねばならない道」と発言していますが、本当なのでしょうか?廃炉の作業を進める上で、デブリに触れた汚染水や、その汚染水をALPS処理した水の保管タンクが敷地内に増えて、廃炉の作業の邪魔になる、ということはあるかもしれませんが、「廃炉作業を進める」ということと「処理水の海洋放出を行う」ということは全く別次元の話かと思います。処理水の海洋放出は廃炉作業を進める上でどうしても必要な作業ではありません。すなわち、「海洋放出は廃炉に向けて歩まねばならない道」という首相の発言は正しくありません。

2.処理水の処分オプションについて、何故海洋放出一択なのでしょうか?実際のところ、処理水を処分するオプションは別に海洋放出だけではありません。タンクの増設スペースがないと言いますが、それは東電の敷地内の話であって、敷地外の中間貯蔵エリアなどには広大なスペースがあると聞いています。そういうスペースを確保し、タンクの増設を続けながら汚染水を保管し続けて時間を稼ぐとか、米スリーマイル島原発事故でやったように汚染水を乾燥・蒸発させるとか、あるいはモルタル固化法と呼ばれるセメントで固めて地中に埋める方法など、汚染水や処理水の処分オプションはいろいろあるようですが、他のオプションは何故排除されたのでしょうか?特に、モルタル固化法については、環境省が「リプルンふくしま」という施設を作って実際に取り組んでいる手法でもあります。

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ロンドン条約でも禁止されている放射性廃棄物の海洋投棄

3.他のオプションを排除して処理水の海洋放出にこだわるのは、青森県六ケ所村に建設中の使用済み核燃料の再処理工場の稼働を見越していて、トリチウム水を海洋放出する計画があるからだ、という話もありますが、本当でしょうか?

4.岸田首相は「処理水の海洋放出が福島を始めとした被災地復興の新たな一歩です」と発言していますが、本当でしょうか?これも先程の廃炉の議論と同じで、海洋放出と被災地復興が直結するわけではありません。実際、今までは海洋放出せずに復興作業を進めてきたわけで、処理水を海洋放出することによって被災地復興が進むわけではありません。復興の妨げになっている一番の問題は、廃炉の作業が進まないことにあります。現地の漁業関係者が心配しているように、海洋放出することが却って「風評被害」を呼び込んで、逆に復興の妨げになるのではないでしょうか。

5.汚染水にしろ、汚染土壌にしろ、政府は何故核汚染物質を拡散するのでしょうか?常識的には、核汚染物質は特定の地域の外に出ないように、封じ込めるのが常識なのではないでしょうか?そもそも放射性廃棄物の海洋投棄はロンドン条約でも禁止されています。国際条約を破って処理水を海洋放出することで、これまで国内問題だったことを一気に国際問題化してしまいました。汚染土壌も全国に運ばれているようですが、汚染物質を封じ込めずに拡散するのは根本的に間違った対処法なのではないでしょうか?

6.福島の原発事故は、原発の安全性に関して、長く東電、政府、マスメディアのプロパガンダやディスインフォメーションに国民が騙されてきたことを明らかにしました。また、事故発生後も、情報の隠蔽を含めたディスインフォメーションが続きました。にも拘らず、処理水放出を容認する理由として、東電や政府発表の説明やデータを「科学的根拠」と信じて掲げ、正当化しようとする人がたくさんいるのは何故なのでしょうか?

7.中国が日本の水産品を全面禁輸したことに対して、農水大臣を始め、政府関係者は「想定外」と言いましたが、5.で書いたように、汚染水問題を敢えて国際問題化したのは日本政府であり、自らの選択で、中国をはじめとした諸外国に外交上の言質を与えてしまったわけです。そのような決断について、外務省を始め、深刻な外交問題化することを予見して対策を打ってこなかったのは何故なのでしょうか?中国からは事前に警告だけでなく代替案の提案もなされていたと聞きます。経済安保担当の高市大臣などが「対抗措置を検討する段階」などと物騒な発言をしているのも、本末転倒ではないでしょうか。自分たちがやったことが中国に言質を与えてしまったことの自覚がないのでしょうか。

8.ALPS処理水はトリチウム水とも呼ばれ、飲んでも問題ない、などと政治パフォーマンスでもさかんに使われていますが、実際にはヨウ素129、ルテニウム106、ストロンチウム90、セシウム137など、他の多くの核種が残留しているとされています。これは東電もデータとして公表していました。また、トリチウムは世界中の原発が排出しているので問題ない、との楽観論も根強いです。しかしながら、正常運転されている原発の二次冷却水として排出される水にトリチウムが含まれている、という話と、メルトダウンした核燃料デブリに直接触れた水をALPSで処理した水にトリチウムが含まれている、という話は、そもそもトリチウム混入の機序が全く違うものです。また、今すぐ飲んで安全というよりも、今後の食物連鎖による生物濃縮の問題が不安です。

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慎重派を罵倒し必死に放出を正当化する人たちの謎

9.今回、海洋放出を強行しても、排出できるのは現在溜まっている全汚染水の1/3といわれていますが、残りの2/3はどうするのでしょうか?

10.「風評被害」という言葉がよく使われますが、実際のところ、原発事故後の風評被害の実態はどのようなものだったのでしょうか?聞くところによると、事故から10年後の調査では、風評被害の実態は無かったという報告もあります。風評対策よりも、汚染水の海洋放出や、汚染土の拡散による実害を調査、検証する方が重要なのではないでしょうか?

11.SNSなどで、有名人にしろ無名の人にしろ、専門家でも当事者でもないのに、処理水の海洋投棄について、驚くほど感情的になって、慎重派を罵倒しつつ必死に正当化しようとする人たちがたくさんいるのは何故なのでしょうか?

12.もちろん、これら数々の疑問の背景には、「原子力村」とも呼ばれる利権集団がいて、政治的にも大きな力を持っていることはわかっていますが、そもそも原子力村とは何なのでしょうか?村長さんは一体誰なのでしょう(笑)。経産省ですか、電力会社ですか、自民党国会議員ですか、御用学者ですか、それとも、日米原子力協定を延長した米国なのでしょうか?この人たちが未来永劫原子力利権を手放そうとしないことがこの国のエネルギー政策を捻じ曲げているのではないでしょうか?

13.etc.

まだまだあるかと思いますが、処理水の海洋放出の政府決定については、疑問に思うことだらけです。都合のよい説明やデータに惑わされないことと、感情論よりも冷静な検証が必要だと思います。

なお、本件を取り上げるにあたって、ネットで様々な情報やデータを参照しましたが、中でも、元朝日新聞記者 烏賀陽弘道さんの動画「福島第一原発 ALPS水・海洋排水に関する12の誤りを指摘する」は秀逸です。烏賀陽さんには、以前に『「Jポップ」は死んだ』(2017年、扶桑社新書248)という本を書かれていた時に、取材に協力したことがありますが、真実の追及を貫く姿勢を堅持した、今や日本では数少ない本物のジャーナリストの一人だと思います。

また、もともと原子力技術者でありながら、福島の事故以来、反原発の活動をされている元京都大学原子炉実験所助教 小出裕章氏の「原発汚染水はなぜ流してはならないか」という講演動画 も参考になります。

※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』2023年9月1日号の一部抜粋です。興味をお持ちの方はこの機会にご登録ください。

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image by: 首相官邸

辻野晃一郎この著者の記事一覧

辻野 晃一郎(つじの・こういちろう):福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

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【著者】 辻野晃一郎 【月額】 ¥880/月(税込) 【発行周期】 毎週 金曜日 発行

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