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「国際政治は生き物」を実感。カナダとインドの関係はなぜ“悪化”したのか?

欧米諸国が重要視してきたインドとの連携に綻びを生じさせる出来事がカナダで起こりました。カナダが、国内でのシーク教徒の指導者殺害事件にインド政府の工作員が関与していると非難したことにインドが反発し、外交官追放の応酬となったのです。この事態の裏にある動きを、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学の富坂聰教授が解説。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、この件がアメリカとインドの関係には波及せず、カナダが梯子を外された格好になったことと、そのカナダがゼレンスキー大統領招聘時に重大な失策を犯し欧米で非難されていることに言及。国際政治は生き物だとの実感を伝えています。

中国やロシアに対抗するため「欧米とインドの連携が大切」といった単純な発想はどこまで国際社会に通用するか

国際政治は生き物である。日本ではあまり感じないが、中国の視点から世界を眺めていると、この言葉の意味が実感される。例えば、昨今のカナダをめぐる情勢の変化だ。なかでも対中包囲網を築くため、アメリカを中心として西側先進国が仲間に引き入れようと躍起だったインドとの関係悪化だ。

きっかけは9月半ば、カナダのジャスティン・トルドー首相が、カナダ国内で殺害されたシーク教徒の指導者について、「インド政府の工作員が関与した可能性がある」と議会で言及したことだった。

問題の事件は今年6月18日、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州のシーク教寺院の外で起きた。何者かに射殺されたシーク教の指導者、ハーディープ・シン・ニジャール氏はカナダ国民。ニジャール氏はシーク教徒の独立国家を支持していたとされ、インド政府は目の敵にしていた。2020年には彼を「テロリスト」にも認定していた。

トルドーがインド政府の関与に触れると、モディ政権は即座に激しく反応。インド外務省は「(インドの関与説を)ばかげている」と一蹴。「政治的な動機に基づくもの」とカナダを批判した。だが、カナダ側も一歩も引かず両国の対立は激化した。トルドー政権がインド外務省のパヴァン・クマル・ライ外交官を国外に追放すると、インド政府もすかさず対抗措置としてカナダの外交官1人に5日以内の国外退去を通告。外交官追放の応酬となった。

カナダにはインド系住民が推定で200万人弱暮らしているとされ、なかでもシーク教徒は、インド・パンジャブ州を除いて、世界で最も多い。つまり国内政治の視点からこの事件を放置できなかったとの見方がある。

ただトルドーが強気だった理由はそれだけではなかった。カナダが突出してインドとの軋轢を深めたいと考える理由はなく、実は、ニジャール氏殺害にインドの工作員が関与した可能性が高いと判断したのはアメリカを中心としたファイブアイズの情報網だったからだ。トルドー自身、「アメリカと非常に緊密に連携していた」と打ち明けている。

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中国メディアはこのやり取りを、西側のスパイ活動に一打を加える機会ととらえた。『環球網』は「認めた! カナダはインドの外交官を監視していた」(2023年9月22日)というタイトルで記事を配信。日ごろのうっ憤を晴らすように報じたが、一方でバイデン政権がどう動くかを注視していた。

米メディアの多くは「カナダ首相の爆弾発言で板挟みの米国、インドとの関係強化が崩壊も」(米ブルームバーグ 9月20日)という視点で見ていた。中国の興味も同じだった。

この問題が単なるカナダとインドの関係悪化という枠にとどまらず、西側の価値観VSインドという対立構造に陥ってゆくかどうかも中国の関心事であった。もしそうなれば、バイデン政権とサウジアラビアの対立が深刻なレベルにまで陥ったような、同じような展開も予測できたからだ。

だが、現状を見る限り、事態はそうした方向には向かっていない。アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は9月28日、インドのスブラマニヤム・ジャイシャンカル外相とワシントンで会談したが、米ブルームバーグの報道によると、「米国務長官、インド外相と会談-声明はカナダとの対立に言及せず」(9月29日)だったというのだ。

トルドーにとっては、ちょっとした梯子外しのような展開で、納得できたのだろうか。そして、そのカナダはさらに厄介な問題に巻き込まれてゆく。

9月22日、カナダ下院に招かれたウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が議会で演説した際、下院議長が「英雄的なウクライナ人であり、カナダ人」と紹介した98歳の老兵が、実は問題のある人物だったことが後に発覚するのだ。演説から約1週間後、その人物、ヤロスラフ・フンカがかつてドイツ軍武装親衛隊(SS)の師団、「ガリーツィエン」第1師団に所属していた経歴があることを、カナダのユダヤ人団体が指摘したのだ。

世界は一気に蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。メディアも一斉にトルドーやゼレンスキーがスタンディングオベーションでフンカの登場に応えている映像を流した。

事態を受けてトルドーは慌てて謝罪。下院議長も辞職に追いやられた。だが、当然のことそれで納得する国ばかりではない。ここぞとばかり責め立てるロシアの動きはやり過ごすことができたにしても、やっかいなのはポーランドだった。過去の歴史からポーランドの反応は激しく、閣僚のなかからも、「元ナチスの老兵を引き渡せ」とカナダを批判する声が上った──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年10月1日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by:Alexandros Michailidis/Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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【著者】 富坂聰 【月額】 ¥990/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 日曜日

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