「岸田首相は焦った。宏池会を解散するなら、安倍派より先にしないと、党のトップとして格好がつかない。さっそく岸田首相は動いた」――岸田首相は、本当は何を目的に派閥解散を決めたのでしょう?それに対し麻生氏が怒ったのはなぜ?裏金事件の本質って?特捜部と自民党の間でどんな“手打ち”が?今後の自民党と日本の政治はどうなる?メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者で元全国紙社会部記者の新 恭さんが、気になるポイントをわかりやすく解説します。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題「35年前に決めた『派閥解消』を今更打ち出す岸田首相の頭の中」
なぜ派閥解消?岸田首相の頭の中をわかりやすく解説
やることなすこと、ヘンテコだ。
昨年12月7日に自民党の派閥「宏池会」を離脱すると表明したはずの岸田首相が、もはや会長でもないのに宏池会を解散すると一存で表明。それに呼応するかのように、清和会(安倍派)、志帥会(二階派)も解散を決めた。
にもかかわらず、急ごしらえの「政治刷新本部」は、派閥の存続を前提に、そのあり方について骨子案をまとめるという。支離滅裂というか、とにかく方向性が定まらない。
ちょっと話を整理しよう。
派閥のパーティー券販売をめぐる裏金事件で追い詰められた岸田首相が窮余の一策として党に「政治刷新本部」を設け、無派閥の菅前首相を引き入れて「派閥解消」をぶち上げるように仕組んだことまでは、当メルマガの先週号でふれた(岸田文雄のシナリオ通り。自民「政治刷新本部」で“麻生に菅を対峙させる”意図 – まぐまぐニュース!)。
この段階で、岸田首相は宏池会の解散まで頭に描いていたに違いない。もちろん、それによって他派閥の解散も促し、首相として「派閥解消」主導の実績をあげたいからである。
悪の根源を「派閥」に置き、それをぶっ壊すことで国民から拍手喝采を得られると踏んでいたのだろう。
ただし、迷いはあったはずだ。池田勇人元首相が創設し、大平正芳、宮沢喜一といった宰相を輩出、保守本流を誇ってきた由緒ある派閥である。そうやすやすと解散を口にできない。
派閥解消は「岸田首相の自己保身」か
だが、迷いを吹き飛ばすような情報が1月18日に飛び込んできた。
派閥パーティー売上をめぐる政治資金収支報告書の不記載は宏池会、すなわち岸田派にもあることは以前からわかっていたが、その額が2018年からの3年間で3000万円超に上ることが判明、特捜部が元会計責任者を略式起訴するというのだ。
そうなると、宏池会の会長をつとめてきた岸田首相の責任は重大であり、まもなく始まる通常国会で野党から厳しく追及されるのは間違いない。
しかも、この時点までに、安倍派が19日に総会を開いて派閥を解散するという情報が入ってきていた。疑惑まみれの安倍派の議員にとって、同派に所属していること自体がリスクなのだろう。
岸田首相は焦った。宏池会を解散するなら、安倍派より先にしないと、党のトップとして格好がつかない。さっそく岸田首相は動いた。
宏池会の幹部を次々と官邸に呼び込んで話をしたあと、18日午後7時過ぎ、宏池会の解散を検討する旨を記者団に表明。その速報が流れると党内は騒然とした空気に包まれた。
麻生副総裁から岸田首相の携帯に電話があったのは同日午後8時半ごろだった。その中身について、誰から聞いたのか、政治ジャーナリスト、田崎史郎氏が以下のように明かしている。
麻生氏「なんだこれは……自分たちは自分たちで考える」
岸田氏「そりゃそうですね、私たちは私たちで考えました」
事実だとすると、麻生副総裁の困惑と怒りが伝わってくる会話である。
麻生氏の政治力の拠り所は派閥の力学だ。それを自分に何の相談もなしに突き崩す動きに、感情的になるのもうなずける。あんたが何と言おうと自分たちは派閥の解散などしないぞと凄む麻生氏に対し、岸田首相も珍しく嫌味な言葉を返した、ということなのだろう。
「自分たちは」と複数形にしたのは、麻生派だけではなく茂木派を含んでいるからだろうか。両派ともに裏金問題を起こしていないとして、派閥の解散を拒んでいる。だがそうなると、国民の厳しい視線を両派が浴びるのは必至だ。
麻生副総裁は内閣支持率が最低レベルに落ち込んだ岸田首相に見切りをつけ、4月前半にも岸田首相が国賓待遇で訪米するのを花道に退陣を要求し、その後釜に茂木幹事長を担ぎあげるハラだった。
しかし、主要三派の消滅により、これまで通りの多数派工作が進められるかどうか怪しくなってきた。
ひょっとするとこれは、追い詰められていたはずの岸田首相が形勢を逆転したといえる状況かもしれない。「政治刷新本部」に非主流で無派閥の菅前首相を取り込み、「派閥解消」の機運をつくったことが功を奏したともいえるだろう。
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派閥解消と禁煙ほど容易いものはない
ただし、これほどあっけなく派閥を解散できるということは、派閥をつくるのも簡単であるという事実を物語っている。
1月20日付の朝日新聞「天声人語」にこんな一節がある。
過去の本紙を見ると、永田町には「派閥解消と禁煙くらいたやすく実行できるものはない」との言葉があったそうだ。
たしかに「派閥解消」の声は福田赳夫首相が唱えていた時代から絶えたことはない。とくに、リクルート事件、東京佐川急便事件、金丸事件などと金権腐敗事件が続いたことで、自民党への世間の信頼は地に堕ちた。
1993年に下野したあと、若手を中心に「派閥解消」を党再生の切り札とすべきだという声が強まった自民党は翌年、政権に復帰すると、明確に宣言した。
「派閥事務所を本年末までに閉鎖する」。にもかかわらず、その後も現実に派閥は存続してきたのだ。彼らの宣言や決意が、結局のところポーズにすぎないことを経験的にわれわれ一般国民は知っている。
おそらく、この問題に世間の関心が薄れたころには、宏池会や清和会の流れをくむ派閥が復活していることだろう。勉強会とか研究会と称して集まってきた議員たちがその気になって、どこかに事務所をかまえて事務員を置けば、すぐに別の派閥らしきものができる。
法律に基づいた制度でもなければ、自民党の公式な組織でもないから、難しい手続きは不要だ。
国民の信頼を裏切った東京地検特捜部
「派閥解消」は、問題の根本的解決にはつながらない。その意味で、東京地検特捜部が「派閥解消」への動きを成果として政権側と“手打ち”し、“トカゲのしっぽ切り”的な処分で捜査の幕引きをしたように見えるのは、きわめて残念だ。
政治的影響力の少ない安倍派の三人の議員を逮捕したり在宅や略式で起訴し、安倍派、二階派、宏池会の会計責任者らを立件したが、肝心な安倍派の幹部議員や二階派の二階俊博会長には何のお咎めもない。
議員立法で成立した政治資金規正法は、政治家が罪に問われないよう、収支報告書への不記載、虚偽記載について会計責任者に責任をとらせる“建てつけ”になっている。“ザル法”だから検察が議員に手ぬるいのも仕方がないという見方もあるが、ちょっと待って欲しい。
今回の裏金事件は報告書への不記載だけが問題なのではない。
たとえば安倍派のほとんどの議員は、パーティー券売り上げのキックバックという形で、派閥から裏金を受け取っている。これは明らかに、政治家個人への寄附を禁じる政治資金規正法違反であり、税務申告をしていない以上、脱税でもある。
その観点から、東京地検特捜部は捜査をやり直すべきであろう。その場合、安倍派の議員の大半が捜査対象になってしまい、政治が大混乱するかもしれない。検察側の人員にも限りがあるだろう。
しかし、わざわざ通常国会開会までに捜査を終結させると期限を切る必要はなかったはずだ。時間をかけて捜査を尽くさなければ、一般国民から見た不公平感が高まるばかりだ。
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世耕弘成と西村康稔、恥知らず会見のポイント
無罪放免されて一息ついた安倍派の幹部たちが、それぞれ記者会見した。
世耕弘成氏「秘書が私に報告しないまま政治資金収支報告書の簿外で管理していた還付金について受領していたことを把握することはできなかった」
西村康稔氏「こういう還付があることを私は把握してなかった。会長と事務局長の間で慣行として行われてきた。事務総長に就任した後、安倍会長から話があって還付金を意識するようになった」
二人とも、なんという白々しさだろうか。秘書が勝手に簿外で多額のカネを管理するはずがない。
キックバックについて会長と事務局長の間だけで話し合われてきたというなら、事務総長は何のために存在するというのか。
リクルート事件で高まった政治不信を払拭するため、自民党は1989年に「政治改革大綱」をまとめた。そこには「派閥解消」など党改革に向けた決意がはっきりと盛り込まれていた。
れわれは、派閥解消を決意し、分野を特定して活動するいわゆる族議員への批判にこたえ、さらに、党運営においては、人事・財政・組織の近代化をはかり、世界をリードする政策を立案・実行できる政党への脱皮をはかる。
この決意が実現していたら、今さら「政治刷新本部」を新たにつくって同じ議論を繰り返す必要などないはずだ。
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自民党の「派閥政治」は何度でも蘇る
結局、会議では適当に不満や怒りの“ガス抜き”をしたうえで、似たような結論を出し、実行はいつも通りの先送り、いつの間にか立ち消えということになるのだろう。
なにが「派閥のあり方の骨子案」だ。われわれ国民はそんないい加減な会議を当てにするわけにはいかない。
派閥解消、政治資金の透明化。言い古されたスローガンだが、腐りきった政治が“継承”されているために、いまもなお叫ばれなければならない。
岸田首相が本気で党改革をしたいというのなら、35年前に自民党が「政治改革大綱」で示した方針をさっさと実行すればいいのではないか。
岸田首相は、宏池会の解散表明を事前に相談しなかったことをなじられて、麻生副総裁に謝ったという。
こんなへっぴり腰で「政治刷新」をしようというのだから、結果はたかが知れている。
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