昨年夏にも囁かれた岸田首相の電撃訪朝。結局実現することはありませんでしたが、ここに来て『週刊現代』が「6月訪朝」をスクープとして報じました。低下の一途を辿る支持率を向上させる秘策とも伝えられますが、はたして岸田首相は、北朝鮮の地に降り立つことになるのでしょうか。今回のメルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』ではジャーナリストの有田芳生さんが、『週刊現代』の記事の誤認箇所を指摘。さらに岸田首相の6月訪朝の可能性について考察しています。
岸田総理の「6月訪朝」はあるのか?
「岸田総理 6月訪朝」「極秘計画すっぱ抜く」「スクープ!」と『週刊現代』が巻頭記事で書いている。いまや週刊誌が売れない時代だ。この「スクープ」がどれほど読まれるかは疑問だ。しかし新聞に大きな広告が出るから、印象だけは広がっていく。もっともいまや紙の新聞も読まれなくなっている。「スクープ」記事を一読して「極秘計画」が「すっぱ抜かれた」内容でないことがわかる。まず致命的な誤認がある。「日朝平壌宣言」(02年)に
『国交正常化の暁には、日本から1兆円規模の経済協力を行うという約束』
があったと書いているが、そんな事実はない。さらに
岸田政権が待望する訪朝を実現させる機運が、北の中枢でも高まっている
とある。そう思い込む理由はある。それは昨年このメルマガで書き、政府が情報漏れを疑って「犯人探し」をした一連の動きである。客観的な事実を経過的に振り返っておく。
岸田文雄政権は北朝鮮拉致問題を安倍晋三政権が「内閣の最重要課題」と位置付けたことを踏襲している。「総理直轄のハイレベル協議」で日朝首脳会談を実現すると公言したのは、2023年5月27日に「家族会」「救う会」などが開催した「国民大集会」だった。その2日後の29日に北朝鮮のパク・サンギル外務次官が談話を発表した。その一節にこうある。
もし、日本が過去に縛られず、変化した国際的流れと時代にふさわしく相手をありのまま認める大局的姿勢で新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由がないというのが、共和国政府の立場である。
日本のメディアは「朝日両国が互いに会えない理由がない」という部分を強調した。岸田発言の2日後にコメントを出した異例の早さは、事前の準備があったからだ。それは日本政府と北朝鮮が2023年3月と5月にタイのバンコクで接触をしていた。そこで「総理直轄のハイレベル協議」が提案されていたようだ。それを北朝鮮労働党の組織指導部で検討し、金正恩委員長にも報告され、異例の早さの談話が出された。
2024年元旦に能登半島を大震災が襲った。1月5日、金正恩委員長は岸田総理にお見舞いの電報を送った。
日本で不幸にも年初から地震によって、多くの人命被害と物的な損失を受けた知らせに接し、遺族と被害者に深い同情とお見舞いの意を表す
被災地の人々が1日も早く地震の被害から復旧し、安定した生活を取り戻すことを願っている
これまた異例の対応だった。日本政府へのメッセージだ。
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さらに2月15日に金委員長の妹で朝鮮労働党副部長の金与正談話が出された。全文を読めば北朝鮮政府の岸田政権への距離がよくわかる。昨年の外務次官談話では、
朝日両国が互いに会えない理由がない
だったが、こんどは
首相が平壌を訪問する日が来ることもあり得る
だ。首脳会談を無条件で行いたいとする岸田総理への呼びかけだ。しかし北朝鮮のこれまでの原則はまったく変えていない。
日本が、既に全て解決した拉致問題や、朝日関係改善とは何の縁もない核・ミサイル問題を前提として持ち出し続けてきた
と批判している。そして外務次官談話と同じく、日本政府の「政治的決断」を求めている。そこにどんな意図があるのか。
金与正談話は「個人的な見解」とするが、金正恩委員長の了解なしで出せるものではない。では日朝交渉は進むのか。北朝鮮は国際情勢を「新冷戦」と捉えている。米朝関係も南北関係も最悪の状況だ。そこに「無条件の首脳会談」を変更していない岸田政権がある。「解決済みの拉致問題」と原則を主張しても、日朝交渉が再開すれば、拉致問題でも話し合うのは、いつもの外交だ。
北朝鮮側が求めているのは朝鮮高校や幼稚園の無償化からの排除を是正すること、日本独自の制裁の解除だ。いま行われているのは拉致対策本部ルートでの「接触」であって「交渉」ではない。正式交渉となれば外務省が中心となる。いきなり岸田総理の訪朝発表があるわけもなく、実現するならば「ハイレベルの協議」の結果である。そのために岸田政権がどんな決断を下すのか。問われているのは日本政府なのだ。日朝関係筋(朝鮮総連ではない)は、「進んでいない」と私に語った。
【資料】金与正談話(2月15日)全文
岸田日本首相が最近、国会衆議院予算委員会で、日朝間の現在の状況を大胆に変えるべき必要性を強く感じる、とし、自分自身が朝鮮民主主義人民共和国国務委員長と主動的に関係を結ぶことが極めて重要であり、現在多様な経路を通じて引き続き努力している、と発言したという。
私は、岸田首相の発言に関連して日本のメディア(複数)が、朝日関係問題について従来とは異なる立場を表明したものとなる、と評価したことについても留意する。
岸田首相の今回の発言が、過去の束縛から大胆に脱して朝日関係を前進させようとする真意に端を発したものであるなら肯定的なものと評価することができない理由はないと考える。
これまで日本が、既に全て解決した拉致問題や、朝日関係改善とは何の縁もない核・ミサイル問題を前提として持ち出し続けてきたことによって両国関係が数十年にわたり悪化の一途をたどることとなったということは、誰もが認める事実である。
日本が時代錯誤の敵対意識と実現不可能な執念を勇気を持って捨て、互いを認めた基礎の上で丁重な振る舞いと信義ある行動によって関係改善の新たな活路を切り開いていく政治的決断を下すなら、両国は幾らでも新たな未来を共に切り開いていくことができるというのが私の見解である。
過去ではなく先を見通すことができる賢明性と戦略的眼目(視野)、そして政治的決断を下すことができる意志と実行力を持つ政治家のみが機会をつかむことができ、歴史を変えることができる。
日本がわが方の正当防衛権に対して不当に食って掛かる悪習を振り払い、既に解決した拉致問題を両国関係展望の障害物として置くことさえしなければ両国が近くなることができない理由などないであろうし、首相が平壌を訪問する日が来ることもあり得るであろう。
ただ現在までわが国家指導部は、朝日関係改善のためのいかなる構想も持っておらず、接触にも何の関心もないものと認識している。
今後、岸田首相の心の内をさらに見守るべきであろう。
これはあくまでも私の個人的な見解でしかなく、私は公式的に朝日関係を評価する位置にはない。
※ 本記事は有料メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』2024年2月23日号の一部抜粋です。初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。
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