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時価総額がテスラ超え。中島聡氏が徹底解説、「痩せ薬」でボロ儲けしたデンマーク企業の名前と開発の背景

糖尿病治療を目的として開発した薬の「痩身効果」に注目が集まり爆発的ヒットを記録し、結果として自社株の時価総額がテスラを超えたNovo Nordisk社。しかしながら同社は当初、肥満の治療薬としての流用には否定的だったと言います。そんな糖尿病治療薬「Ozempic」開発の背景やメカニズム、さらに痩せ薬として認可され今日に至るまでの流れを解説しているのは、メルマガ『週刊 Life is beautiful』の著者で世界的エンジニアとして知られる中島聡さん。さらに中島さんは記事中、同薬が飲食業に与えることが予想される影響について紹介しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:痩せ薬が社会に与える影響

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

株価急騰、食品購買欲まで変える。「痩せ薬」が社会に与える大きな影響

この件は、少し前から書きたいと考えていましたが、なかなか頭の中がまとまらず、先送りになっていましたが、ようやく書く準備が出来ました。

米国では、肥満(obesity)が大きな社会問題になっています。FRAC(Food Research and Action Center)によると、米国においては、子供の18.5%、大人の39.6%が肥満状態にあるそうです(「Obesity in the U.S.」)。

原因はいくつかありますが、主なものとしては、

などが挙げられます。

肥満は、高血圧、心臓病、脳卒中、2型糖尿病の発症リスクを高めるだけでなく、体重が関節に過度な負担をかけるため、関節炎や骨の問題(特に膝や腰)が発生しやすくなります。肥満は全体的な生活の質を低下させるだけでなく、早期死亡のリスクも高めることが知られています。

そんな米国で、注目を集めているのが、元々は糖尿病の薬として開発された、GPL-1系の薬です。

GPL-1系の薬として最初に注目を集めたのは、デンマークの医薬品メーカー、Novo Nordiskが2017年に、2型糖尿病の治療薬としてFDAの認可を受けたOzempicです。

健康な人の場合、消化管の中に食べ物が入ってくると、炭水化物や糖分がブドウ糖として血液中に取り込まれると同時に(血糖値が上がる)、小腸からGLP-1と呼ばれるホルモンが分泌されます。すると、血液中のGLP-1を感知した膵臓がインスリンを分泌し、インスリンが(全身の)細胞による、血液中のブドウ糖の吸収(取り込んでエネルギー源としての利用)が促進されるため、結果として血糖値を下げる、という形でバランスが保たれます。

2型糖尿病は、先天性の1型糖尿病と異なり、高カロリー食、高脂肪食、運動不足などが原因で起こるインスリンの働きが鈍くなる生活習慣病で、血液中のブドウ糖が適切に処理されなくなった結果、血糖値が高くなり、様々な副作用を引き起こす深刻な病気です。

糖尿病の対処療法としては、インスリンの注射が行われていますが、血中の糖分を常時測定し、適切なタイミングでインスリンを投与する必要があり、一歩間違えれば、低血糖症を起こしてしまう、管理が難しいリスクの高い療法です。

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投与された糖尿病患者の体重が大幅に減少

GLP-1が糖尿病の対処療法に使えるかも知れないというアイデアは、以前からありましたが、単にGLP-1を血液中に投与しても、数分で分解されてしまうという欠点がありました。GLP-1は、小腸から膵臓にシグナルを送るためには数分あれば十分ですが、薬として投与するには短命過ぎます。

Novo Nordiskの研究者、Lotte Bjerre Knudsenが率いるチームは、GLP-1と同様の構造を持ちながら体の中で長持ちする物質の開発を90年代から進め、1998年には、毎日の投与が必要なLiraglutideを、2008年には1週間に一度の投与で十分なSemaglutideを作ることに成功したのです。

LiraglutideもSemaglutideも、GLP-1とは若干違うアミノ配列を持っていますが、物理的構造が十分にGLP-1に似ているため、膵臓が持つGLP-1の受容体が勘違いして反応してしまうのです。どちらも、GLP-1は食べ物を食べた時にしか作用しないため、危険な低血糖症を起こす心配がなく、インスリンの直接投与と比べると、安全で管理しやすいのです。

Novo Nordiskは、2型糖尿病の治療薬として(2017年に)FDAの認可を受けたSemaglutideを、Ozempicとして販売を開始しましたが、Ozempicを投与された糖尿病患者の体重が大幅に減少するという情報が口コミで瞬く間に広まり、一部の医者は、本来の目的とは異なる「肥満の治療薬」としてOzempicを処方し始めるという異常事態になってしまいました。

当時、Novo Nordiskは、Ozempicの肥満の治療薬としての流用には否定的でしたが、それが真摯な本音だったのか、単に表向きの「たてまえ」にしか過ぎなかったかは不明です。しかし、当時から、大々的なコマーシャルを放映していたし、肥満の治療薬としての申請もしていたことを考えれば、「流用を喜んで黙認していた」と私は解釈しています。

2021年には、Semaglutideが肥満の治療薬として正式に認可を受け、Novo Nordiskは、Wegovyという商品名で販売を始めました。

Wegovyは、肥満の治療薬としては有効ですが、値段が高く(一月$1,349、約20万円)、保険も効かない上に、投与を辞めると体重が戻ってしまうという欠点を持ちます。にも関わらず、需要はとても高く、生産が追いつかないそうです。

結果として、Novo Nordiskの売上・利益とも爆発的に上昇し、株価総額はこの記事を書いている時点で、$630billionと、Teslaの時価総額($579billion)を超えています。Novo Nordiskはデンマークの経済にとっても大きなインパクトを持ち、デンマークのGDPの伸びは全てNovo Nordiskが稼いでいると言われています。

Novo Nordiskの最大のライバルは、Eli Lillyで、こちは、Tirzepatideという物質ベースの治療薬を、Mounjaro、Zepboundというブランド名で販売しています。Tirzepatideは、Semaglutideと同様に、膵臓のGLP-1の受容体に作用するだけでなく、同じくインスリンの生産を促すGIPの受容体にも作用するそうです。

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ファーストフード・ビジネスに大きな影響を与える可能性も

SemaglutideなどのGPL-1系の薬は、膵臓によるインスリンの生産を促すだけでなく、脳にも作用して食欲を減らすために患者の体重を減らす効果があることが知られていますが、それが、結果として、飲食業、特にファーストフード・ビジネスに大きな影響を与える可能性があると予想されています(「Will weight loss drugs kill the fast food business?」)。

大手スーパーのWalmartは、去年、GPL-1系の薬を投与されている顧客が購入する食料品の量が明らかに減っているとのレポートを書いて、注目を集めました(「Walmart says users of weight loss drugs are buying less food」)。Walmartは、食料品だけでなく、薬の販売もしているため、GPL-1系の薬の購入と、食料品の購入量を調べた結果、そこに明らかな相関関係があったそうです。

肥満は、上に書いたように、体に様々な悪影響を与えるため、肥満の治療薬がより多くの人に投与されるようになれば、健康な人が増え、国全体での医療費の削減に繋がる可能性があるという明るい未来を予想する人もいます。しかし、今のままの値段では、誰もがこの薬のメリットを受けられるわけではないので、競争原理により値段が下がることを期待する声が大きいのも事実です。

参考文献

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