日本もパートナー国として参加した「NATO首脳会議2024」。多くのメディアが中国を名指しで批判した首脳宣言を大きく報じましたが、当然ながら中国政府はこれに猛反発しています。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂さんが、中国が欧米各国に対して展開した「極めてもっともである反論」を紹介。さらにNATOがアジアにまで出張ってこようとする理由を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:ウクライナに侵攻したロシアの戦争を支えているのは中国ではなく、欧米という不都合な中国の反論
怒り心頭の中国。NATO「ロシアの戦争を支えているのは中国」への的確すぎる反論
いよいよ欧州も中国をターゲットに本格的に動き出したのだろうか。
75周年を迎えた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議(サミット)は10日、首脳宣言を採択して閉幕した。会議の最重要議題はウクライナへの支援の継続だったが、同時にメディアが注目したのは中国だった。
首脳宣言で「ロシア経済を支えている」と初めて名指しで中国を批判したからだ。
NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、「中国はロシアによるウクライナ侵攻の決定に重要な支援者であり、中国による支援によりロシアがヨーロッパおよび大西洋地域に及ぼす安全保障の脅威が拡大している」と発言した。
当然のことだが、中国は怒り心頭だ。
中国外交部の林剣報道官は定例会見で、「ウクライナ危機がいまだに長引いているなか、誰が火に油を注いでいるのか、誰が煽り立てているのかは国際社会の誰の目にも明らかだ。NATOに対して、責任を転嫁して他国に罪をなすりつけるのではなく、危機の根本的原因と自らの行動を再考し、国際社会の正義の声に真摯に耳を傾け、実際の行動によって情勢の緩和を後押しするよう促す」と強い口調で反論した。
中国は少なからず停戦に向けた現実的なアプローチを続けているが、欧米各国は何をしたのか、と問うているのだ。
欧州は今年3月、ウクライナ和平に関する国際会議をスイスで開催したが、当事者であるロシアを抜きで行う会議に実効性があるはずもない。
NATOや欧米各国がウクライナ危機で果たしている役割は、地域の平和のためというよりもウクライナの主権と西側価値観を守るため「ロシアに勝つ」戦いを支援することだ。
今回も32カ国体制となったNATOが打ち出したのは、今後1年以内に403億ドル(6兆9,000億円)を超える軍事支援をウクライナに約束するということ。加えてアメリカの大統領選挙の結果にかかわらずその支援が進められる仕組みをつくることだった。
中国の目にはこれが「火に油を注いでいる」と映る。そのNATOがどんな立場でわれわれを批判するのか、と中国は怒る。
そもそも「ロシア経済を支えている」という批判にも中国は不満だ。例えば、なぜインドは批判されないのか、だ。インドの対ロシアのエネルギー依存は、侵攻前の2%から1年で一気に20%を超えるまでに急拡大している。このことは周知の事実だ。
しかもインドのナレンドラ・モディがロシアを訪れ、ウラジミール・プーチン大統領と笑顔で握手し、欧米各国から不興を買ったのは、NATOサミットのほんの数日前だ。訪ロの目的は、あまりにも大量のエネルギーを輸入したことでインドに貿易赤字が生じてしまった問題の解消だという。
インドはロシアから大量の兵器も買っているが、名指しされるのは中国ばかりである。
相も変わらず簡単に操られ続けるアジア人
中国が「いかなる証拠もないまま、米国の捏造した偽情報を撒き散らし続けている」とアメリカを批判したように、その意図も明白だ。
NATOは冷戦期、ヨーロッパがロシアの脅威に対抗するために設立された機構だが、現状はむしろ「アメリカの世界戦略のため」に利用されていると中国は見ている。
実際、NATOをめぐりアメリカとヨーロッパの利害の齟齬も露見して久しい。
例えばドナルド・トランプ前大統領は、ヨーロッパがアメリカに安全保障面で依存し過ぎていて義務を果たしていないと、NATO加盟国に対し、GDP比で2%以上の国防費の拠出を求めた。
対する欧州も、フランスのマニュエル・マクロン大統領は、アメリカの利益のためにばかり動くNATOへの不満を隠そうとせず「欧州統合軍」設立の構想を打ち出した。
今回、NATOが欧州・北大西洋という枠を越えて、アジアにまで出張ってこようとするのは「中国と欧州の関係に水を差し、中国と欧州の協力を損なう」(林剣)ためだ。
欧州の視点に立てば、ロシアという眼前の脅威に対処するためにはアメリカとの強い関係が不可欠であり、中国の利益を損ねたとしても、積極的に反対する理由はない。
一方の中国も、NATOがアジア太平洋地域に本気で戦力を投射してくるとは考えていない。そのことは足元のウクライナ支援でさえ、これほどまとまらない現状を見れば明らかだ。
しかしNATOのアジアへの拡大が、ただでさえ危うい台湾海峡におかしな政治的メッセージを与え、刺激することには神経を尖らせている。
これまで慎重であったNATOが大きく踏み込んできたのは、いうまでもなく中国を公然と批判できる理由があったからだ。それこそ冒頭で触れた「中国はロシア経済を支えている」だ。
しかし、林剣が会見で反論したように、ロシア経済どころか、ロシアの戦争継続に大きく貢献しているのは、実は欧米の方だというのが中国の言い分だ。
2023年末、多くのメディアがウクライナのメディア「ウクラインスカ・プラウダ」を引用して報じた事実がある。記事には「ウクライナ国家汚職防止庁がロシアの無人機やミサイルなど76の兵器に使用されていた2,453個の部品を分析したところ、米国企業が製造したものが74%に当たる1,813個もあり、日本や欧州、台湾の部品も多数見つかった」とある。
中国外交部は会見で「ロシアが輸入し武器に使用される部品や兵器に転用可能な原材料の6割以上は欧米からの輸入で、ウクライナによって破壊されたロシアの兵器の重要部品の95%は西側社会から来たもの」だと説明した。
また今年5月、アメリカはやっと濃縮ウランをロシアから輸入することを禁ずる法案に大統領が署名した。しかし実際に輸入が止まるのは2027年末だという。つまり今後2年半はロシアの戦争資金に貢献し続けるのだ。
米中対立が激しさを増して以降、アメリカは中国に関するさまざまな疑惑を国際社会に向けて発信してきた。しかし、その後にきちんとした証拠が示されたことはない。
NATOサミットを報じた日本のメディアの素直な記事を見ていると、アジア人を操るのは相変わらず簡単なようだ。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2024年7月14日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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