女子スポーツ界で初の国民栄誉賞を受賞した高橋尚子選手、そんな彼女を育てたのが故小出義雄監督です。彼自身も多くのメディアに注目された有名人でした。小出監督は、どうやって選手の才能を見抜き伸ばしたのか、その秘訣を無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』で紹介しています。
“Qちゃん”高橋尚子を育てた小出義雄監督が語る「本当の福が回ってくる人」の共通点
国民栄誉賞を受賞した「Qちゃん」こと高橋尚子選手など、数々のメダリストを育てた小出義雄さん。平成31年に亡くなった名伯楽は、選手の才能をいかに見抜き、伸ばしていたのか。
2,000社を超える企業の再建に携わった長谷川和廣さんとの対談には、その指導のエッセンスが鏤められ、最後に勝つ選手はどういう人なのかを示しています。
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〈長谷川〉
有森さんにしても高橋さんにしても、ご自分から小出さんの門を叩いてきた人たちですね。
〈小出〉
そう。勧誘した子は強くならない。一銭もかけなかったのが強くなっている(笑)。要するに志の差ですよ。
〈長谷川〉
ただ、選手の皆さんは誰もが日本一、世界一になりたいと思っているわけですから、対抗意識や嫉妬のようなものはなかったんですか。
〈小出〉
一度おもしろいことがありました。Qちゃんの先輩に鈴木博美という選手がいたんですね。彼女は1997年のアテネ世界陸上で金メダルを取った実力のある選手です。
リクルート時代、僕はQちゃんにも鈴木にも「おまえは必ず世界一になる」と言っていたんです。まさか話をすり合わせるとは思っていなかったのですが、ある日鈴木がものすごい剣幕で僕のところに来て、「監督は私に世界一になると言っていたのに、Qちゃんにも同じことを言っていた」ってカンカンに怒っていた(笑)。
困っちゃってね、「いいか、よく聞けよ。おまえの世界一はぶっちぎりの世界一だ。Qちゃんは競り合って競り合って、やっと世界一になる。両方とも世界一だけど、おまえはぶっちぎって優勝するんだから、怒ることはないだろ」と言ってその場を収めたんですけれども(笑)。
〈長谷川〉
さすがですね、褒めながらその場を鎮めた。
〈小出〉
実際、鈴木のほうが才能はあったんですよ。ただ、僕が何度マラソンをやるように水を向けても、「いやです。あんな恐ろしく長い距離を走れませんよ。私は1万メートルでいいです」と言って受け入れなかった。
その後、鈴木はオリンピックの有森の活躍に刺激を受けてマラソンに転向したのですが、彼女がそう言い出すまで10年待ちました。
もしも、最初に勧めた時に鈴木が「はい」と言っていれば、たぶんオリンピックで金メダルを2つ取っていたはずです。シドニーの金メダルも高橋ではなく鈴木だったと思っています。
〈長谷川〉
勝負の運は分からないですね。
〈小出〉
たぶん、運というのは誰もが持っているんですよ。それに気づかないで逃している人が多いんですよ。
〈長谷川〉
やっぱり伸びるためには「やってみるか」「はい、頑張ります」というような素直さが必要でしょうね。
〈小出〉
そういう意味ではQちゃんは素直だったし、明るかったし、何より嫉妬しない子でした。本当は嫉妬していたのかもしれないけれど表に出さず、「有森さん、よかったですね」「鈴木さん、よかったですねぇ」と喜んで、「私も頑張ります!」というタイプでした。
だから僕はいつもうちの選手たちに口を酸っぱくして言うんですけど、「自分だけ勝てばいいというのでは一流にはなれないよ」と。
人間、嫉妬しているうちは本当の福は回ってこない。たとえライバルだとしても、人の喜びを「よかったね」と心から喜んであげて、「私も頑張るわ」と発奮剤にできるような人じゃないと伸びないと思います。企業であれば、「うちも儲けるからおたくも儲けてね」という姿勢が大事だと思います。
※本記事は月刊『致知』2010年9月号 特集「人を育てる」より一部を抜粋・編集したものです
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