最近は、ネットやスマホの普及により、オーディオブックやラジオが「新たな本」として機能し始めています。今回のメルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』では倉下さんは、これまで文字の読み書きばかりで勉強していたことを、耳からも学んでみたことで新しい発見が得られたとして、その体験の素晴らしさを綴っています。
耳から学ぶ良さがある
最近、耳学習をしています。オーディオブックやラジオなどで「勉強」しているのです。
まず、オーディオブックに関してですが、固有名詞の読み方を正しく覚えられる点がありがたいです。最初に間違った読み方で覚えてしまうと、それが修正できずに延々と間違え続けてしまうので、まず正しい読みから入れるのはありがたいです。
もう一つ、そもそも私は固有名詞を覚えるのが苦手なのですが、なぜそうなっているのかをオーディオブックを聞くようになってわかりました。端的に言えば「読んでいない」のです。
文章を読んでいるとき、「倉下忠憲」のような名前が出てきたら、こういう形の字の塊とだけ認識し、ちゃちゃっと次に行っているのです。だからそれを口にしようとするとひどく曖昧になってしまう。なにせ私の頭の中には字のぼんやりとしたイメージしかないからです。
そうやって細かく読むことをしていないから、読むスピードが全体的に速いのだと思います。
しかしオーディオブックで聞いているときはそのような部分的な省略ができません。きちんと音で発生してくれます。そのおかげで固有名詞がずいぶん頭に残るようになりました。嬉しいことです。
(この点からいって、Kindleアプリで文章の読み上げをすると、ときどきとんでもない読み間違えが起こるので注意が必要です。初学の分野であれば電子書籍の読み上げよりは、オーディオブックを使うのがよいと思います)
英語の勉強
もう一つ、NHKラジオの英会話系の番組もよく聞いています。移動中などに聞くので、テキストは買わずに、ただ聞くだけの勉強です。具体的には、iPhoneアプリ「NHKラジオ らじるらじる ラジオ配信アプリ」で聞いています。
私は以前より、一日一英文として英語の勉強を続けてきました。参考書から一文だけ英文を書き写し、そこで使われている単語や熟語の意味を確認する。そういう地道な勉強です。
NHKラジオはそれにプラスアルファする形で聞きはじめたのですが、同じ英語の勉強でもこの二つは大きく異なることが体感できました。簡単に言えば、ラジオの英文は「止まって」くれないのです。
たとえば英文を書き写す場合、意味を把握するために立ち止まることができます。
According to a survey,
とまで書いて、「survey」って何だったかなと思ったら辞書を引けば済む話です。あるいは、文中に that が出てきたら、それがどこにかかっているのかを英文全体を確認しながら考えることができます。つまり、個別の要素について立ち止まり、同時に全体を視野に入れる検討ができるのです。非常に理知的な活動といえるでしょう。
一方で、ラジオではそうはいきません。「survey」ってなんだっけな、と思った瞬間にはもう次の言葉が発せられています。アプリだから一時停止はできますが、日常的な会話では無理でしょう。「英語を聞く」というのは、そういう状況で英語を把握していくことなわけです。
そうなると、どうなるのでしょうか。
逐一日本語に翻訳しているのではまったく間に合いません。
environment という単語が口にされたときに「ああ、日本語で環境のことだな」と心に浮かんだ瞬間には、もう次の単語が(それも数個以上の単語が)口にされているのです。当然、それ以上文を追いかけることは不可能になります。
よく「英語は英語として理解するようにしましょう」というアドバイスを聞いていたのですが、英会話として英語を聞くことでようやくその意味が腑に落ちました。日本語を介していると、ぜんぜん間に合わないのです。
environment という単語を耳にしたら、日本語の「環境」ではなく、日本語で「環境」という言葉を耳にしたときに浮かんでくるイメージが浮かばないと追いつきません。
つまり、「environment は日本語で”環境”を意味する」と覚える勉強法では、単語テストには正解できても、話し言葉においてはわざわざ低速になる訓練をしているようなものなのです。どれだけ勉強しても、「苦手意識」は消えないでしょう。
予測が働いている
他にもあります。
たとえば、 I need help と耳にしたら、その瞬間に「この人は助けを必要としていて、この後にどんな助けが必要なのかについての説明が続くんだろうな」という予想・期待・シミュレーションが働いていないと、文脈を追いかけるのは難しくなります。
一通り文が出そろってから、その文の構文を「解析」するような静的な態度では、やっぱり間に合わないのです。
ほとんどの探偵は、事件が起きてからその証拠を集めて事件を解決するわけですが、そのような探偵的態度では、英会話に参加することはスピード的に無理があります。そうではなく、リアルタイムで状況に参加し、次に何が出てくるかを予測しながら「話を聞く」ことが必要なわけです。
実際、自分が日本語で話しているときも、そのような「予測」が働いていることが感じられます。一字一句をその通りに処理しているのではなく、「次にこういう情報が来るだろう」という予測があって、それに合う形で処理しているからこそ、かなりの高速でやりとりを交わすことができるようになっているのでしょう。
異なる形での学び
という感じで、これまで文字の読み書きばかりで勉強していたことを、耳からも学んでみたことで新しい発見が得られました。
これは別に耳から学ぶことが偉い、ということではなく、異なる複数の手段で学ぶことで多角的に学べるよ、という話です。
なので普段一つの方法でしか学んでいないなら、たまには別の方法にチャレンジしてみることをオススメします。たぶん「学ぶこと」そのものへの理解が拡がっていくでしょう。
(メルマガ『Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~』2025年4月11日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にご登録下さい、初月無料です)
この記事の著者・倉下忠憲さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com