6ヶ月以内にウクライナ戦争停戦を実現させると主張し続けるも、事が思い通りに進まないと見るや「仲介からの撤退」を口にし始めたトランプ大統領。場当たり的な外交で世界を大混乱に陥れた合衆国大統領はこの先、どのような代償を払うことになるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、トランプ外交の限界と分断の拡がりについて詳しく解説。さらに「第3次世界大戦」勃発の可能性についても考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:紛争調停から一気に手を引くトランプ政権-戦争の連鎖がもたらす世界戦争の危険性
停戦協議の場でちゃぶ台返しを連発し相互関税を乱発。トランプが国際社会のみならず政権内でも引き起こす“緊張の高まりと分断”
「もう一体何を考えているのか理解できないし、これ以上、振り回されるのはごめんだ」
これはトランプ大統領とその政権の方針が定まらず、言うことや行うことがコロコロ変わり、対応に翻弄されている欧州諸国のリーダーたちや、アラブ諸国、東南アジア諸国のリーダーたちが感じていることではないかと思います。
そして、それはまた、米国内の議会関係者やビジネスリーダー、そして消費者にとっても同じような状況で、日々言うことが変わるトランプ劇場にウンザリしているというのが事実ではないでしょうか。
しかし、皆が困る中、そのような朝令暮改的な対応に翻弄され、実際に困っているのは、現在、様々な戦争の真っただ中にある国々ではないかと思います。
例えばウクライナのゼレンスキー大統領は、前政権時からのトランプ大統領とプーチン大統領の距離感・親密さをベースに一抹の不安を抱きつつも、「24時間以内に戦争を終結させる(その後、6カ月以内に変更)」という“公約”に希望を抱き、第2次トランプ政権発足前からトランプ大統領にアピールし、政権発足後、すぐに停戦に向けて可能な限り優位な立場に立つために、アメリカによるウクライナ支援の継続と拡大をトランプ大統領に求めました。
ただトランプ大統領は、どうもゼレンスキー大統領の姿勢を良く思っていなかったようで、政権発足後すぐから「解決にはウクライナではなく、ロシアがどう動くかが大事」と考えたのか、プーチン大統領のご機嫌取りに興じることにしたようです。
この背後には、前政権時のトランプ大統領自身の記憶が色濃く影響しているものと考えます。
まずプーチン大統領との関係については、トランプ大統領とその側近たちによると「プーチン大統領と面と向かって話し合い、説得できるのはトランプ氏だけ」という強い思い込みがあるため、今回の政権発足当初から「プーチン大統領と直に話すことで、彼を説得し、停戦に持ち込むことができるはず」と盲目的に信じ、それをより確実にするために、ロシア側が提示する“停戦のための条件”をほぼ丸呑みにする作戦を選択しています。
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「憧れの存在」プーチンの魔法に見事にかかったトランプ
今週に入ってロンドンで米欧ウクライナの協議が行われましたが(ただしルビオ国務長官が欠席を表明したため、外相級会合は延期され、代わりに高官級協議に変わりました)、その場で提示された“停戦合意案”は、ロシアの条件がちりばめられており、ウクライナにも、欧州各国にも受け入れが非常に困難な内容になっています。
例えば「クリミア半島におけるロシアの実効的な支配をアメリカが承認し、クリミア半島をロシアの領土と見なす(そして欧州各国にも同意させる)」というものや、ウクライナ東南部4州については、「すでにロシアが一方的に編入した部分はもちろん、今でもウクライナ領として残存しているエリアもロシアに編入させる」という、これもまたロシアの要求をコピペしたような内容が提示されています(そして見事にプーチン大統領がウィトコフ特使を通じてトランプ大統領に伝えている「現時点の前線を認めることを前提とするなら、停戦協議のテーブルに就く用意がある」という内容にも合致します)。
ロシアは、ペスコフ大統領府報道官曰く「アメリカ政府の提案にロシアは非常に満足している」とのことですが、その背後には、ロシアが一向に停戦の協議を前に進めたがらないことにいら立つトランプ大統領の焦りが透けて見えますし、完全にロシアのペースにはまっていることを示していると考えます。
さらに最近のイースター(復活祭)の間の30時間の停戦をプーチン大統領が突如発表したことは、ただの目くらませと考えられますし、実際には「前線において停戦は行われていなかった」という情報も複数入っていますが、これはロシアがトランプ政権のレッドラインを見極めるための危ない賭けと見ることができるかと思います。
なかなか進展がない状況にかなり苛立ってはいるものの「プーチン大統領を説得できるのは自分だけ」と信じて疑わない(少なくとも表向きにはそう主張し続ける)トランプ大統領の心情は、前政権時にプーチン大統領と“良好な関係”を築いたという幻想と、長きにわたり抱き続ける独裁者・独裁体制への憧れと、その象徴的な存在としてのプーチン大統領への個人崇拝にも似た心理が今、トランプ大統領の取り扱い方を熟知しているプーチン大統領に利用されているように見えます。
今後、この幻想が幻滅に変われば、ロシアおよびプーチン大統領に対してどのような態度に出るかは予想不可能ですが、これまでのところプーチン大統領の魔法に見事にかかっているように見えます。
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トランプ政権が着々と進める「責任転嫁」の準備
ではゼレンスキー大統領に対してはどうでしょうか?
一つ言えることは、確実にトランプ大統領はゼレンスキー大統領を見下しており、同等のリーダーとは認めていませんが、その背後にあるのは前政権時に自らが水面下で依頼したバイデン氏の恥部の公開という要請を無視されただけでなく、公にされて顔に泥を塗られただけでなく、その後の大統領選で敗北を喫し、かつ訴追の危険性にも晒されたのは、ゼレンスキー大統領のせいだと信じて疑わないと言われています。
それゆえにゼレンスキー大統領からの要請は悉く無視し、スルーを徹底し、または非難の対象として用いて退け、「ウクライナが行うべきは私の言うとおりにすることであり、私に条件を突き付けるなど身の程知らずだ」と信じて疑わないような姿勢を貫いているように見えます。
ウクライナのレアアース権益のアメリカへの譲渡や、ザポロージェ原発をアメリカが所有するという、ウクライナがとても受け入れることができないような要求を一方的に突きつけるのもそのような心理が働いていると思われますし、何よりも個人的なリベンジを今、ウクライナとゼレンスキー大統領にとっては最悪のタイミングで実行しようとしているように見えます(このような無理難題の条件提示は、見方を変えると、ロシアによる攻撃を抑止するという効果が期待できるようにも見えますが、実際にそのようなことを真剣に考えているかは誰にもわかりません)。
ロンドンから入ってくる様々な情報を見てみても、アメリカ政府側の言い分(ルビオ国務長官が欠席を決めたため、ウィトコフ氏が伝えたもの)を見る限り、ウクライナの意見を勘案するような雰囲気は見えませんし、欧州各国に対しても、全面対決は避けようと考えているようですが、アメリカ政府が提示する停戦のための条件に対してYes or Noを答えるように強く求めているように見えます。
個人的には今回のロンドンの協議でウクライナも欧州もYESということは考えづらく、先週パリでルビオ国務長官が触れたように「近日中にアメリカが停戦協議の仲介から離脱する」可能性が高くなるように考えます。
実際に無条件での停戦を主張するウクライナ側が提案を一蹴したことで、ルビオ国務長官が欠席することが決まり、一応、閣僚級から高官級にレベルダウンして協議を米ウクライナ英仏独で開催しましたが、停戦に向けた前向きな動きは出ないままだったようです。
アメリカ政府がとった一連の動きは、実はトランプ政権のmake-upのための観測気球ではないかと考えられ、政権発足から100日以内に何らかの前向きな成果がアピールできるような状況にないと考えた場合には、saving faceのためにロシアとウクライナが“非協力的”と責任を擦り付け、トランプ政権の責任転嫁の準備が行われているものと見ています。
そうなるとどうなるか?
散々振り回し、状況をかき回すだけかき回して、結局、その責任を取らずに離脱するという、最近のアメリカ政府お得意の外交・安全保障戦略の失敗が繰り返され、ウクライナがロシアに蹂躙されるか、さらには周辺国にロシアの刃が向けられるか、そして、中ロの結びつきが強まり、かつアメリカに(トランプ政権に)愛想をつかした“元”アメリカの同盟国が、完全にではないにせよ、中ロ側になびくか、関係修復を願って一気に最接近して、秩序なき国際社会が生まれることになるかもしれません。
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エジプトとカタールが尽力してきた仲介プロセスは無視
同じようなことはイスラエルが暴れ狂う中東地域でも顕在化してきているように思われます。
トランプ大統領は、かわいい娘Ivanka氏の婿であるJared Kushner氏がイスラエル国籍も保有するユダヤ人であり、第1次政権時にも超が付くほど親イスラエルの姿勢を取りましたが(エルサレムを首都と宣言し、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転したことなど)、その際、ネタニエフ首相がこれでもかと言うほど、トランプ大統領の言うことを聞き、トランプ大統領に取り入ったことで、トランプ大統領にとっては「ネタニエフ首相は自分を言うことを聞くかわいいやつ」という確固たるイメージが定着していることで、第2次政権においてより色濃くPro-Israelの姿勢を鮮明にさせています。
ネタニエフ首相は表向きトランプ大統領に従い、最近の関税措置(相互関税)が発表され、イスラエルも例外ではないと言われた際も、トランプ大統領の方針に反抗するそぶりは一切見せず、代わりにイスラエルは完全に服従する姿勢・恭順姿勢を鮮明にさせることでトランプ大統領からの日ごろの贔屓に応えることで、アメリカ政府からさらなる親イスラエル姿勢を引き出しています。
ウクライナ案件同様、トランプ大統領は就任前から“ガザ情勢の鎮静化・戦争の終結”を公言していましたが、彼の提示する“解決”はすべてイスラエル寄りの内容であり、さらには自らのイメージも活用して、「ガザ地区をアメリカが所有して再開発する。そのためにガザの住民は周辺国に恒久的に移住するべき」という荒唐無稽な案をぶち上げて、仲介者ではなく、イスラエルの強力なサポーターとして動くことを鮮明にしました。
ウィトコフ氏を中東特使に就け、イスラエルとハマスの停戦協議(戦闘停止と人質解放)を担当させていますが、それは中立の立場からではなく、完全にイスラエル寄りの采配を行い、うまくいかないのはすべてハマスが悪いということを公言することで、調停努力を滅茶苦茶にしています。
さらにはこれまでエジプトとカタールが尽力してきた仲介プロセスを無視し、アメリカ案をテーブルに乗せるという荒業を強行して、停戦の機運を吹き飛ばしただけでなく、それはイスラエルに付け入る隙を与え、極右が主張するガザおよびハマスの完全壊滅と、パレスチナの存在を消し去るという凶行を後押ししているように見えます。
イスラエルが行っている攻撃や人道支援のブロックなどは、明らかな国際人道法違反で、ガザで行われていることはまさにジェノサイドですが、そのような状況を招いたのは、イスラエルが悪いのではなく、ハマスの存在と柔軟性の欠如というようにレッテルを貼り、ここでもまたプロセスが失敗に終わった際の責任転嫁と撤退のための手筈が整えられている様子が覗えます。
第1次政権時にトランプ氏と非常に近しかったモハメッド・ビン・サルマン皇太子(サウジアラビア王国)は、バイデン政権に冷遇され、公で非難されたことと、中国との関係強化が進められたことで、アメリカへの依存度が大きく減少し、おまけにアメリカが敵とみなすイランと歴史的な和解を行ったこともあり、今回の第2次トランプ政権に対しては、反抗姿勢は控えているものの、協力する意図はあまりないという状況が見えます。
とはいえ、トランプ政権が主導するロシアとウクライナの停戦協議の場を提供して、アメリカとも絶妙の距離感を保つことと、再度、外交の表舞台に出るためのstepping stoneとしてアメリカを利用するという意図もあり、アメリカとも付き合いますが、前政権時ほど、べったりの関係ではなく、親イスラエルでアラブを軽視する姿勢を取るトランプ政権の姿勢に対しては、イスラエル批判を通じて非難し、同時にアラブ諸国をAnti-Israelで結集させる核となり、そこにイランとその仲間たちを加え、かつ関係修復を行ったトルコを巻き込んで、イスラエルに対する圧力を強めています。
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懸念される「第3次世界大戦の勃発」という最悪の事態
サウジアラビア王国は、アラブ連盟を通じて、和平のための(ガザの戦後復興のための)アラブ案を提示し、イスラエルとハマスに検討を迫っていますが、アメリカの反対を受けて、イスラエルもそれを突っぱね、他の中東案件と絡んで、イスラエルとアラブ諸国の間の緊張は極限まで高まってきています。
最近、中東における核兵器使用の危険性が高まっているという分析結果が多数上がってくるようになりましたが、これまでのイラン核問題に対するアラブ諸国、特にサウジアラビア王国の反発と警戒とは違い、公然の事実として認識されているイスラエルの核兵器保有と配備を受け、今後、アラブ諸国が挙ってイスラエルに対する攻撃を行う場合、イスラエルは核兵器による反撃を加えるのではないかという懸念が広がってきています。
そうなるとまさにこの世の終わりが始まることになりますが、最近になって「第3次世界大戦がはじまるのは、コーカサス地方でも、バルカン半島でもなく、中東・アラブ」という分析や予測を耳にすることが多くなってきました。
中東アラブにおける中国とロシアのプレゼンスの高まりと、戦略的パートナーシップの強化、そしてイランとの歴史的な和解などを踏まえ、中東アラブ諸国における核保有への機運が、これまで予想されていたシナリオ(イランへの対抗策)とは異なり、イスラエルの企てに対する策として高まっているということのようです。
トランプ政権が急にイランとの核協議を走らせ、今週から来週にかけて3回目の協議がオマーンで開催される見込みとのことですが、これはアラブ諸国の不満と反イスラエルの機運の高まりに危機感を感じたからなのか?それとも、ただ成果を急いでいるだけなのかはわかりませんが、トランプ政権側が特段条件を和らげている様子は見当たらないため、あまり結果には期待できないと思われます。またこれまでと違い、アラブ諸国のサポートがイランについていることも、イランの交渉ポジションを高めているように思われます。
誰も第3次世界大戦の勃発は望んでいませんが、国家安全保障の名のもとに我が道をひたすら突き進み、念願のパレスチナの崩壊に着手しているイスラエルの姿勢に対して、アラブ諸国とイラン、その背後にいる中ロとトルコが結束を強めている様子は、大きな懸念を抱かせる状況になってきています。
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東南アジア諸国が早くも見せた「変節」の始まり
トランプ政権後、停戦協議の場でちゃぶ台返しを連発し、かつ相互関税を乱発して緊張を高めていますが、緊張の高まりと分断は、国際情勢の場に限らず、実はトランプ政権内でも起こってきています。
さっさとウクライナから手を退いて中国との対峙に集中すべきという勢力と、アメリカは国内マターに集中し、国際案件からは完全に手を退くべきという非干渉勢力、そしてアメリカはその影響力を活かして国際案件の解決に再登場し、アメリカ主導の国際秩序の再興を行うべきという勢力が政権内で対峙して、なかなか方針が定まらないという事態が顕在化しているようです。
陰謀主義者の女性の声を聴いてペンタゴンの高官を更迭したり、パウエルFRB議長に圧力をかけたかと思えば解任は考えていないという手の平返しを繰り広げてマーケットを混乱させたり、中国とのチキンレースも辞さないという強硬姿勢を貫くかと思えば、ベッセント財務長官を通じて「中国との貿易摩擦は近日中に解決する」と発言したり、「習近平国家主席とは友人であり、共に何かを作り出すのだ」と秋波を送ってみたりして混乱を作り出しています。
まさに混乱の極みですが、それがトランプ大統領とその側近たちの気まぐれで済まされる状況ではなくなってきており、世界の富を吹っ飛ばし、紛争の種を芽吹かせ、緊張を高めて一触即発の状況を間接的に作り出し、そして下手すればジェノサイドと民族浄化が繰り返されかねない事態が生まれてきているように見えます。
「トランプ大統領は何をしでかすかわからない」「トランプ大統領は次にどのようなことをするだろう」と各国がそわそわして右往左往する状況から、「トランプ大統領が何をするかわからないので、もう適当にあしらって、アメリカが混乱している間に分かり合える国同士で結びつき合って新たな秩序を作ろう」というようなアメリカ飛ばしの状況が出てくることも予想できます。
中国への警戒を強めていた東南アジア諸国が、習近平国家主席の訪問を、諸手を挙げて歓迎し、次々と中国とのパートナーシップを強化する方向に動いているのは、もしかしたら、その変節の始まりなのかもしれません。
その変節がアメリカの影響力低下で留まるのか?それともアメリカという重しが効かなくなって、一気に戦争が各地で勃発し、最悪の場合、核兵器使用の可能性をまじめに恐れなくてはならない状況が訪れるトリガーになるのか?
トランプ大統領のアメリカが国際情勢へのコミットメントから一気に手を退いたとき、どのような世界が待っているのかを予測するのは恐ろしいですが、もうすぐ政権発足から100日を迎えるにあたり、就任式で宣誓したように「世界に和平をもたらし、自由の火をかかげ、各国がフォローするような存在になる」べく、適切な判断を下し、行動を起こしてもらいたいと心より願います。
ニューヨークでアメリカ政府のいろいろな人たちに会う予定ですが、どのような話し合いになるのか、今から楽しみであり、心配でもあります。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年4月25日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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image by: Presidential Press and Information Office, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons