旧統一教会の問題が社会の前に可視化されてから、私たちはようやく「宗教2世」が背負ってきた現実の深刻さに向き合い始めました。今回、安倍元首相を銃撃した山上徹也被告と同じ環境で育った妹さんの証言は、母親の記憶の空白を埋めるだけでなく、宗教的虐待がどのように家庭を壊していったのかを、誰よりもリアルに伝える貴重な記録です。メルマガ『詐欺・悪質商法ジャーナリスト・多田文明が見てきた、口外禁止の「騙し、騙されの世界」』では、著者で同教団にかつて信者として身を置いていたジャーナリストの多田文明さんが、山上被告の妹さんの証言から学ぶべきことについて語っています。
宗教2世の立場として育った妹さんの証言は大事なことを教えてくれる
被告と同じ境遇で育った、妹さんの証言は、信者である母親の記憶の飛んでいる部分をしっかりと補完して重要な証言となっています。
母親は子供たちの苦悩がみえないほどに旧統一教会の教義にはまりこみ、宗教的虐待をしてきた姿がありました。
しかしこれは純粋な信者であれば、仕方ない側面ともいえます。
母親が91年に入信した当時、自分の家庭に起こった不幸をもとに、霊感商法でも使われる因縁トーク(悪因縁や悪霊が原因で、家庭が不幸になっている)が心に入れられてしまい、これ以上不幸にならないためには、文鮮明教祖夫妻や教団上層部の指示通りに活動して、サタン(悪魔)による悪の働きかけを排除しなければならないと思っていたことでしょう。
しかし、その結果、起こったことはひどいものでした。46回の渡韓を行い育児放棄、多額の献金による生活苦など、被告の子供たちが宗教的虐待を受けて家庭崩壊に陥りました。
妹さんの証言に「(妹さんに)発熱があっても出かけてしまったり、教会のことで頭がいっぱいで、私に対し、かかわりが少なくなりました」「(自分が)14歳の頃に祖父が亡くなってからは、母親と口論して、『私のことをどうして愛してくれないの?』と言ったら鼻で笑われた」というものがありますが、本当に苦しかった時期を過ごしたことがわかります。
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反対する祖父と、信者である母親との対立のなかでの板挟み
妹さんの証言を聞きながら、改めて一般の親が児童虐待をするのはとは違い、救いの道がない状況であったことがみてとれます。
被告の家庭は、信者である母親からの児童虐待を受けるだけでなく、教団に反対する祖父との板挟みのなかで、輪をかけて苦しめられたと推察します。
こちらは、山上被告の言葉になりますが(祖父から)「母親が帰ってきても、家に入れないように鍵を閉めて、鍵も回収して、『母親抜きでやっていく』というようなことを言われた」としています。
母親を家に入れると「なぜ入っているのか。誰が開けたのか」と、子供たちが祖父の怒りの矛先となり、責められていたようです。二重苦に陥っていることがわかります。
しかし、祖父の気持ちもわからなくもありません。
教団へ強い批判をすれば、母親の目が覚めて、信仰から離れるだろうとの思いで行動したのでしょう。これまで子供に愛情を注いできた人ほど「きっと気づいてくれる」との気持ちが強くなり、そうした行動をしてしまいがちだからです。
しかし旧統一教会のようなカルト思想をもった団体においては、この行動は逆効果です。信者らは、それをサタンからの攻撃と考え、信仰がより強くなってしまいます。
教団の側でも、反対する親がそのような強い行動に出ることは想定済なので、どのように対策をすべきか、信者に教え込んでいます。
旧統一教会への対応方法への理解が乏しい祖父の行動に加えて、母親の宗教的虐待もあり、被告と兄弟は相当苦しんだはずです。
通常の児童虐待と違い、救いの道がなく、三重苦に陥っていた被告の兄弟たち
それだけではありません。山上被告の兄弟たちは、さらなる苦悩を背負い、三重苦に陥ります。
他の宗教2世もそうですが、この問題の根深さは、通常の親が児童虐待するのとは違い、信者である母親の背後に宗教団体と教義があるために、もし子供が虐待行為を周りに相談しても「宗教の問題」「信教の自由の問題」として片付けられてしまいます。その結果、どこにも相談できないことになります。
そうした社会の状況に加えて、旧統一教会の被害への認識もないために「周りに相談できない」という三重苦の状況にあったはずです。
はからずも、安倍元首相銃撃事件を通じて、その実態が世に明らかになりましたが、本来ならば、もっと早く、宗教2世の実情に気づくことが社会には必要でした。
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なぜ、被害者が声をあげられない社会だったのか?
旧統一教会の宗教2世や被害者は、なぜ声をあげられなかったのでしょうか。
それができなかった理由の一つにやはり、政治家と旧統一教会のつながりがあったからだと考えています。当時、現職の総理大臣である安倍一強といわれた時代です。被害者は政治的の権威の前に、被害の声すらもあげられなかった状況があります。
全国統一教会被害対策弁護団による集団調停で、被害者である申立人132人に対して、教団側が合計で約21億3364万円の解決金を支払うことで調停が成立しました。
調停が成立した一人である、母親の相続人である60歳代女性は次のように話しています。
ちなみに、母親は信者として土地の売却代金で全額献金させられるなどして、約2億2000万円の被害に遭っています。その被害に気づき、返金を教団にすべきか、親戚に尋ねたようです。
「母はとても悔やんでいました。でも、親戚から安倍総理とつながりがある統一教会と闘うのは危ないのではないかといわれ、怖いからと諦めていました」と話します。
このコメントは大事で、いかに被害者が政治家と旧統一教会のつながりを前に声を上げられずにきたかを示しています。
霊感商法や高額献金などの被害の声を封じて、葬り去りたい。教団の狙いが確実に社会に浸透していたことがわかります。
政治家が教団にかかわることで、信者らの活動を鼓舞することで被害が広がる点については指摘されてきましたが、被害者が声をあげられない負の側面もあります。
このような声をあげられない社会の姿を二度と繰り返してはなりません。
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