発行と同時に高騰したものの、高市首相が関与を否定するや一気に暴落した「サナエ・トークン」なる暗号資産。多くの投資家が損失を被る事態となったこの騒動の裏には、どのような事情があったのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、「サナエ・トークン騒動」の経緯と背景を整理するとともに、Web3コミュニティと政治との関係を分析。さらに高市人気の「盲点」とデジタル時代における政治システムの問題について考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:サナエ・トークンの挫折で露呈した高市人気の盲点
高騰から一転暴落へ。「サナエ・トークン」の挫折で露呈した高市人気の盲点
近頃、ネット界隈で物議を醸しているのが「SANAE TOKEN(サナエ・トークン)」なるものである。高市早苗首相の名前を冠した暗号資産ということで市場で価格が爆上がりしたが、高市首相が一切の関与を否定したために暴落。結果として、多くの投資家が甚大な損失を被る事態となった。
運営側が発行済みトークンの過半を保有し、価格高騰の裏で売り抜けて不当な利益を得たとの疑惑も浮上しており、これを受けて金融庁も本格的な調査に乗り出した。同庁は、トークンの販売・交換業務が、「暗号資産交換業」の登録なしに行われていた資金決済法違反の疑いがあるとみており、被害総額は数十億円規模にのぼると推定されている。
トークンとは特定の権利や価値を表す「しるし」「記号」「証拠」といったもの。ゲーマーにはアイテム引換券、投資家には暗号資産として知られているが、一般には馴染みが薄い。せいぜい、ネットバンキングで使う「使い捨てパスワードの生成機」としてその名を知る人がいる程度だろう。
広く世間にサナエ・トークンが知れ渡ったのは、2月25日のことだった。著名なビジネス系YouTubeチャンネル「REAL VALUE」の番組で(中略)「実は高市さんサイドとはコミュニケーションを取らせていただいている」と答えたのは番組の主宰者である実業家、溝口勇児氏だ。すでにこの動画は削除されていて見ることはできないが、青汁王子こと三崎優太氏も加わって話が盛り上がったらしい。
溝口氏が手がけるWeb3コミュニティ「NoBorder DAO」のプロジェクト「Japan is Back」のサイトを見ると、高市首相のイラストとともに、「サナエ・トークン」がこのように紹介されている。
“SANAE TOKEN”は、ただのミームじゃない。日本の希望だ。2025年10月、日本初の女性首相として誕生した高市早苗首相。彼女は瞬く間に「日本の希望」として大きな注目を集めました。
“Japan is Back”これは彼女が安倍晋三元首相から受け継いだ言葉。その意味が歴史的に正しかったと証明される日は、きっと遠くありません。
要するに高市首相を応援するWeb3コミュニティに参加するインセンティブとしてトークンを発行するということらしい。GAFAなどが支配する中央集権的なインターネットが現在主流の「Web2」、ブロックチェーン技術を基盤とした分散型の次世代インターネットが「Web3」である。
「新しいテクノロジーで民主主義をアップデート」とスローガンを掲げ、高市首相の積極財政に賛同する大学教授がアドバイスして進めていた。
高市首相を応援する新時代のコミュニティ。そのインセンティブとして発行される「SANAE TOKEN」。宣伝効果は絶大だった。投資家の間で「現職首相公認のトークンか」との期待が広まり、2月末から3月初めにかけて価格が急騰した。
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高市ツイートで急転。「サナエ・トークン」暴落の舞台裏
事態が急転したのは3月2日。高市首相がXに以下の投稿をしたのきっかけにパニック売りが発生した。
名前のせいか、色々な誤解があるようですが、このトークンについては、私は全く存じ上げませんし、私の事務所側も、当該トークンがどのようなものなのかについて知らされておりません。本件について我々が何らかの承認を与えさせて頂いたこともございません。
溝口氏がコミュニケーションをとっていると主張する「高市さんサイド」とは、高市氏の自民党支部と後援会の有志が運営している「【公認】チームサナエが日本を変える」というXアカウントを指すようだ。同アカウントに3月3日、以下のような投稿がなされた。
SANAETOKENは、素晴らしい提言にインセンティブポイントを付与してより広く声を集めるアプリ内の手段としての説明であり、現在話題になっております暗号資産の様な仕組みとは全く違うお話でした。ブロードリスニングのインセンティブポイントの仕組みがスタートしていない現状で既に発行されているとの事実に触れ、理解に苦しむ状況です。
どうやら、溝口氏と「チームサナエ」とのコミュニケーションはうまくとれていなかったようである。
こうした状況を受けて、5日の衆院財政金融委員会で、中道改革連合の伊佐進一議員がこの問題を取り上げると、金融庁は「サナエ・トークン」の運営者が「暗号資産交換業者」としての登録を行っていないことを明らかにし、片山財務大臣は「法令違反が認められ利用者保護のために必要と判断すれば適切に対応する」と明言した。
Web3コミュニティといえば、新潟県長岡市の旧山古志村で展開されている「山古志DAO」がよく知られている。
人口約800人の限界集落が、ブロックチェーン技術を活用して「デジタル民」という新たな仲間を世界中から募り、地域の存続を目指す日本初のプロジェクトだ。山古志村は中越地震(2004年)という大きな困難を乗り越えてきたが、人口減少に歯止めがかからなかった。そこで生まれたのが「地域を世界に開き、外部の人を対等な仲間として認める」という発想だった。
このコミュニティの鍵となるのが、山古志の特産品である錦鯉をモチーフにした「Nishikigoi NFT」(非代替性トークン)だ。一つ一つが異なる錦鯉アートにシリアルナンバーが振られた「一点もの」で、「電子住民票」としての機能を持つ。特筆すべきは、その流通性の低さだ。売りに出されている割合が1%以下と極めて低く、売買して利益を得るのではなく「持ち続けて参加する」ことに価値が置かれている。いわば、地域への「愛着」を可視化したデジタルな会員証といえる。
一方、サナエ・トークンの構造は対照的だ。「AI/Web3などの新しいテクノロジーを掛け合わせ、日本の民主主義をアップデートする試みです」とホームページに謳われているが、「投機性」がないとは決して言えない。ビットコインと同じ「代替性トークン」であり、交換や決済、分配に適した構造を持つ。それゆえ、コミュニティへの帰属意識よりも、マーケットでの価格変動と流通に関心が向きやすくなるのは仕方がない面がある。
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「Web3時代」に政治家が向き合わなければならない喫緊の課題
このプロジェクトに関わり、ネットで発言してきた教授は、SNSで次のように釈明した。
トークンについては、当方はその発行・供給・販売に関与しておりませんが、アプリ内での活動(意見投稿など)に応じて付与されるデジタル資産との説明を受け、その趣旨に沿った発言をして参りました。しかし、実際にはアプリ内活動とは独立して発行され、発行時点で大量に外部市場へ供給されていたことについては、事後的に認識いたしました。
トークンが外部の市場で取り引きされるとは知らなかったと言うのである。たしかに運営側は、このトークンを「コミュニティ活動への貢献に対するインセンティブ」と位置づけていた。しかし、このようなトークンは、たとえ運営者にその気はなくとも、分配を受けた人が勝手に自分のウオレットから外部市場に出すことができる。そこが、ブロックチェーンの“自由”なところである。
この教授のような高名な学者でも「Web3」といった新しい技術に精通しているとは限らない。コミュニティ内だけのインセンティブであるといわれれば素直に信じるということもありうるだろう。それでも、やや軽率だったと評価されるのはやむを得ないのではないか。
溝口氏は3月5日、SNSに「関係者間で協議と検討を重ねた結果、プロジェクトは中止する判断に至りました」「今回の経緯に関する検証や補償(返金)については、責任を持って進めてまいります」と投稿し、騒動は収束に向かっているかに見える。
しかし、「Web3による民主主義のアップデート」という輝かしいスローガンにケチがついてしまったことは、きわめて残念である。溝口氏にそんな意図はなかったと信じるが、たとえば、トークンをエサに人々を集め、そのトークンの売買で得たカネを政治献金として高市氏にまわす構図を勝手に思い描く人がいるとしても不思議ではないだろう。
溝口氏のような起業家にすれば、社会的意義とマネーゲームを一石二鳥でかなえられる枠組みはグッドアイデアと思えるに違いない。新時代を象徴する「Web3」。「民主主義のアップデート」というカッコいいフレーズ。同調する学者や有名人がいて、盛り上がり、ひとつの幻想が生まれる。
ただ、高市氏の言い分を信じるなら、高市氏や高市事務所の知らぬところで、コトがどんどん進んでいたということになる。多忙極まるなか、溝口氏や教授の言動をチェックするゆとりもなく、必要性も感じなかっただろう。政治家は熱く支援してくれる人たちをむげに扱えない。その「盲点」が、デジタル空間で数十億円規模の被害や、民主主義への不信感へと直結してしまうのが現代である。
つねに危険をはらみながらも、インターネットの描く未来図は「自律分散型社会」へと昇華する。たとえば、会社という枠組みに代わり、トークンによって投票権を持ち、世界中の参加者が意思決定を行う新しい組織形態が一般化する。
山古志DAOが世界中からデジタル村民を集めたように、行政の範囲が「物理的な土地」から「共通の価値観や目的を持つネットワーク」へと広がるだろう。
そうなった時、政治はどう変わるのか。今回の騒動は、その巨大な変化の波に、今の政治システムが追いついていないことを露呈させた。政治家が「Web3」を単なるスローガンではなく、統治の新しい形として捉え、真剣に向き合わなければならない時代が、すぐそこに来ている。
※ 編集部註:本記事はメルマガ本文の一部を修正・中略しています。
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