立憲民主党の野田代表との党首討論で、「政治とカネ」問題について「そんなこと」と言い放った高市首相。後に首相はこの発言について「言い訳」をしてみせましたが、識者はどのように受け止めたのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、高市氏の「そんなこと」発言が単なる軽口ではないと断言。さらに自維連立合意書の内容を読み解きつつ彼らが議論を避けようとする「恥部」を解説するとともに、中選挙区制復活論の安易な流布が日本政治にもたらす危険性を指摘しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:「中選挙区制」復活論の安易な横行に反対する/まず「政治とカネ」問題の切開と「企業・団体献金」の全面禁止は「そんなこと」ではない!
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
「政治とカネ」の問題を「そんなこと」と言い放つ危険。高市の深層心理を読み解く
高市早苗首相の「そんなこと」発言は、単なる軽口ではなくて、自維連立政権の一番触れられたくない“恥部”を急いで隠して別の話題に反らせようとする彼女の深層心理の露出と見なければならない。
11月26日の党首討論で、立憲民主党の野田佳彦代表が公明党と国民民主党が共同で衆議院に提出した企業・団体献金の規制強化法案について、今国会中の成立に向けて協力するつもりがあるかを問い糺したのに対し、高市は「そんなことより定数削減をやりましょうよ」とはぐらかした。
後に参議院でこの真意を追及され、「政治資金のあり方を追求することと議員定数削減を追求することはどちらも大切」と繕ってみせたものの、それが嘘であることは、10月20日付の自維両党の「連立政権合意書」そのものが示している。
自維連立合意書の「政治改革」に記されている内容
連立政権合意書の第12項「政治改革」は全文は次のとおり。
▽企業団体献金の取り扱いについては、自民党は「禁止より公開」、日本維新の会は「完全廃止」を主張してきた。特定の企業団体による多額の献金が政策の意思決定をゆがめるのではないかという懸念を払拭し、国民に信頼される政治資金の在り方を追求し、そのための制度改革が必要であるとの課題意識は共有しつつも、現時点で最終結論を得るまでに至っていない。そこで、両党で、企業団体からの献金、政治団体からの献金、受け手の規制、金額上限規制、機関誌などによる政党の事業収益および公開の在り方などを含め、政党の資金調達の在り方について議論する協議体を25年臨時国会中に設置するとともに、第三者委員会において検討を加え、高市総裁の任期中に結論を得る。
▽政党におけるガバナンスを明確化するため、政党法について検討を進める。
▽1割を目標に衆院議員定数を削減するため、25年臨時国会において議員立法案を提出し、成立を目指す。
▽時代に合った選挙制度を確立するため、両党は衆院議院運営委員会に設置された「衆議院選挙制度に関する協議会」などあらゆる場で議論を主導し、小選挙区比例代表並立制の廃止や中選挙区制の導入なども含め検討する。そのため、25年度中に、両党による協議体を設置する……。
「政治とカネ」問題を棚上げしてでも政権入りを望んだ維新
見る通り、維新は企業・団体献金の「完全廃止」の主張を引っ込め、それについての協議体を25年臨時国会中(12月17日まで)に設置すると共に、衆議院の選挙制度について現行の小選挙区比例代表並立制を廃止して中選挙区制に戻すことを有力案とする含みで選挙制度に関する協議体も来年3月末までに設置するという格好で、いつまでに結論を出すか期限を定めないまま体よく先延ばしし、しかしそれでは余りにも恥ずかしいので、「衆議院の議員定数を1割削減する議員立法を25年臨時国会中に提出し、成立を目指す」ことに無闇に力を入れ、政治改革に熱心であることをアピールしようとしているのだが、自民党も野党もなぜ議員定数削減が目下の中心課題なのか、それが政治改革のどこに繋がるのか、そしてなぜ1割なのか、さっぱり分からないで困っている。
何のことはない、これは企業・団体献金禁止の従来からの主張を棚上げにしても自民との連立にしがみつきたかった維新の「目眩し」に過ぎない。
自民党の方から見れば、維新がその勘所を外してまで連立に馳せ参じてくれたことに感謝感激で、これで旧安倍派を中心とした裏金作りの奇々怪々のシステムや闇に紛れた政治資金の乱脈使途などを血を流して切開しなくて済みそうだと大喜びなのである。
政治資金の使途不明では人後に落ちない維新
とはいえ、維新も政治資金の使途不明では人後に落ちない。維新の政党支部「日本維新の会国会議員団」が24年に、赤坂のスナックで2回「会合」したとして政治資金から計27万7,000円を支出していたことが明らかになったのに続き、大阪7区選出の奥下剛光衆議院議員が23年に、東京・赤坂のキャバクラに3万6,300円、大阪市のラウンジに5万7,200円、東京・六本木のショーパブに3万3,000円を政治資金から支払っていた。
政治とカネの問題を連立合意から外したかったという点では維新も同じだったのかと思ってしまう。
奥下は、宮沢喜一元首相や橋下徹元大阪市長の秘書も務めていたというから、それほど馬鹿ではないと思うが、政治活動をするような場でないことが誰の目にも明らかなスナックやキャバクラやラウンジやショーパブ〔こういうカタカナ名のどれも女性が侍るらしい酒場のどこがどう違うのか、国民の多くは知らないが国会議員は詳しい?〕で遊びたいなら遊べばいいけれども、どうして国民からの預かり金である政治資金でそれを賄うのか。
橋下徹が前によく言っていた「『飲み食い政治』はもう止めよう」など冗談に聞こえてしまうほどの維新の腐敗というか、“自民党化”である。その実態を知る吉村洋文代表は、結局、政治とカネの問題には深入りしないことで高市と手を握り合い、そのままでは格好がつかないので「議員定数の1割削減」を突き出したのではなかったか。
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日本政治をますます訳の分からぬ所へ引き摺り込んでいく自維
自維連立合意で「小選挙区比例代表並立制の廃止や中選挙区制の導入なども含め検討する」というのが唐突に出てくるもの極めて怪しい。
いや、現行の小選挙区比例代表並立制には問題が多々あり、以前の中選挙区制に戻した方がいいのではないかという議論は以前から行われているけれども、政党間の公式合意にこのように(断定的ではないにせよ)いかにもその方向に行きたい気分が満々な表現で盛り込まれたのは初めてのことで、自民党内では果たしてそのような議論が煮詰まっているのかどうか。
本誌が機会あるごとに述べてきたように、私はこの「中選挙区制」復活論には一貫して反対で、むしろ、日本国民は1993年「政治国会」の成果であり細川護熙「政治改革」政権の最大の遺産である現行の小選挙区比例代表並立制を、まだ十分に使いこなすに至っていない――どうしたらほぼ同じ時期に同じような制度を導入したイタリアのように、保守・右翼とリベラル・左翼との、ほとんど選挙ごとの政権交代を実現することができるのか――という視点から議論を深めるべきだと主張してきた。
いや、もしかして結論として中選挙区制に戻した方がいいということになるのかもしれないけれども、それにはまず現行制度をどこまで使いこなしてきたのかの総括を徹底的に行うことが必要で、それを抜きに、ただ単に制度を変えれば政治が良くなるかの安易な態度で別の制度に飛び移ろうとするのは正しくない。
問題は多岐に渡るが、一点だけ。イタリアの場合は、日本の今以上にバラバラの多党化状況の中で、保守側もリベラル側も最初から複数の政党による連立しかあり得ず、そのためもあって連立は当面の焦眉の課題のいくつかを次の数年間の政権期間に必ず実現することを有権者に約束して成立するものであって、玉木雄一郎がよく言うように「基本政策で一致できないと連立は組めない」などと幼稚なことをほざいている政治はイタリアには存在しない。
こうして、本筋の「政治とカネ」の問題を「そんなこと」と言って棚に上げてしまうための偽装として「議員定数1割減」論があり、さらにそれを何となく意味ある“改革”に見せかけるために、定数減だけでなくそのついでに中選挙区復活論も絡めた議論に持ち込もうという混濁がある。
国民不在の密室での駆け引きだけで出来上がった自維連立合意が日本の政治をますます訳の分からぬ所へ引き摺り込んでいくのである。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年12月8日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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